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    開かずの引き出し
    - 2018/05/22(Tue) -
    どじの全ての服のリメイクが終わってから、手をつけようと思っていた。

    ようやく収納ケースの引き出し1個分になったところ。
    先日もバッグをひとつ縫い終わったところ。
    はぎれが多くなってきて、何を縫うか、なかなか決められない。

    思いつくのはもう一つの、開かずの引き出しの中のものを別の形にすること。
    そこで、久しぶりに押し入れにしまい込んでいたその引き出しを開けた。

    何年ぶりだろう。

    そこに入っているのは、亡くなる1ヵ月前頃から始めていた、空手の道着。
    体操服と水泳パンツ、水泳帽、ゴーグル。
    それから、
    事故時に着ていた服 
    下着のシャツを除いて全て。
    タイヤの跡もまだ残っている
    病院でもハサミを入れられ 引き裂かれてしまった服。

    事故数ヵ月後に泣きながら洗った。
    お湯の色がピンクに染まった。
    どじの血や 脳髄がついていたであろう服。
    後で 洗わなければよかったと思った。
    ずっとそのまま置いておけばよかった。

    お湯で流しただけだったので
    数年前に引き出しを開けた時でも
    まだ においが残っていた。
    悲しいにおいだった。

    だけど今日 開けた時には
    もう においは感じなかった。
    20年の時は 確実に流れていた。

    この服を使って 普段使うものを作ろうと思う。
    一緒に また出掛けよう。
    事故の時の服なんてと 思った時もあったけど
    最後まで身を包んでくれていた
    大切な 大切な服なのだから。

    もう一度洗って お日様にあてて乾かして
    新しい形となって
    新しい思い出をつくっていこう。

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    GW
    - 2018/05/08(Tue) -
    今年の春は早くから気温が高くなったけど
    体調がすぐれないのか、いつまでも寒く感じる。

    それでも何とか元気に過ごせていて、感謝。

    庭に出るとぽかぽかと暖かくて
    (他人は暑いのかもしれない)
    狭くても癒しの庭で寛いでいる。

    いいなあ 草のにおい 木のにおい

    20180505a.jpg

    20180505b.jpg
    今年の柿の出来 どうですかね?


    そして
    土のにおい

    私みたいなみょうがだな
    20180505e.jpg
    植木鉢も含めて自分


    GWはどこにも行かず、家にこもってました。
    手がけていたことがひとつ、一旦片付いたので、
    どじの小さなジーンズをリメイクしようと
    数日間ミシンに向かってました。

    20180507.jpg

    初夏の風を感じに
    一緒に出掛けてみようかな。

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    森のにおい
    - 2018/04/28(Sat) -
    20180428.jpg

    なつかしい 
    森のにおい
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    墓所にて
    - 2018/03/07(Wed) -
    陽があたる場所はあたたかく
    どじが眠っているところももうすぐあたたかくなってくる
    お昼頃。

    高い木の先を見上げ
    木の葉が騒めく様をずっと見ていたとき
    ふと 
    ある人の顔が浮かんだ。
    その人とはあることで意見が対立してから
    数年間、ずっと会っていない。

    以前はその人が好きだった。
    気持ちの通じる人だと思っていた。
    今は離れてしまったけれど
    特に その人のことを嫌いではないと思った。

    その人の 考え方 物事の捉え方 が
    受け入れることが出来なかっただけで
    その人の行いが嫌であっただけで
    その人・・その魂は
    嫌いではないことに
    そのことに 気が付いた。

    どこかの本に書かれているようなことで
    以前から知ってはいたけれど
    風に揺れる木の葉を見ていて
    ふと 腑に落ちたように思う。

    好きではない人達の顔が次々浮かぶ。

    あの人の行いが嫌いなだけで
    あの人の魂が嫌いなわけではない。
    この人も 行いが嫌いなだけで
    この人の 魂が嫌いなわけではない。

    大嫌いな人達の顔も浮かぶ。

    あの人達の行いが大嫌いだけれど
    あの人達の魂には関係のないことだ。

    加害者の妻の行いが大嫌いなだけで
    加害者の妻の魂を 嫌いとは言えない。
    加害者の行いが許せないだけで
    加害者の 魂 とは別のものなのだ。


    私だって 大した人間ではない。

    そして 私だって 
    魂が汚れているわけでもない。

    教えてもらったような 気がする。


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    - 2018/01/31(Wed) -
    今年こそと 思う心に 今はなし

    信号待ちで止まった車から見えた
    お寺の掲示板に書かれていた言葉。

    今 大事ですね。
    過去も未来も 今にはない
    今 今 今 と 積み重ねて行くしかないのだから。

    私は 過去を考える時が多いかな。
    過去の続きに今があるけど、
    過去は過去で
    取り戻すこともやり直すこともできない。

    未来を考える時は 妄想・・・それも楽しいけど。

    今が大事と思いながらも、
    時々思うのだ

    今年こそと。

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    あいうえおで呟き2017
    - 2017/12/30(Sat) -
    あ・・あっというまのにじゅうねん
    い・・いろとりどりのこうようみあげ
    う・・うつむくのはもうやめた
    え・・えにかいたもちじっしゃかはいつ
    お・・おたんじょうびありがとう

    か・・かくとしてつねにもっている
    き・・きこえないみみにうたながれ
    く・・くみあわせくみたててみえてくる
    け・・げんいんばかりがさわがれる
    こ・・ごめんねといえるちいさなできごと

    さ・・さむいばしょこそあたたかく
    し・・しゃしんのえがおえいえんに
    す・・すいかがわらうなつのよる
    せ・・せのたかいこにみるおもかげ
    そ・・そんなことどうでもいいじゃない

    た・・たのしいこともたしかにあったにじゅうねん
    ち・・ちいさなおもいでつめこんで
    つ・・つらいきせつもいつかやわらぐ
    て・・てのひらにひかりをともす
    と・・どんぐりのころがるぼしょにかぜあそぶ

    な・・なんのはなしかわからないだけで
    に・・にほんごがわからないひとではないの
    ぬ・・ぬるいところもあってもいいよ
    ね・・ねんがじょういままでありがとう
    の・・のうりょくのあるなしなにできまる

    は・・はじめのいっぽにはげまされ
    ひ・・ひつだん〇〇なかなかよいよ
    ふ・・ふうけいいつもながれてる
    へ・・へるものじゃないものへってよいもの
    ほ・・ぼしょのかぜにいやされる

    ま・・まさかうれしいまさかがいいな
    み・・みているのにみていない
    む・・むりしてわらうもうしない
    め・・めんどうとおもうじかんもったいないかも
    も・・もえぎいろやわらかはいこうのはる

    や・・やまのみどりあおいそらしろいくも
    ゆ・・ゆめのていねんないみたい
    よ・・よいことわるいことどちらもできごと

    ら・・らんどせるだきしめわかれをつげる
    り・・りあじゅうはちょっとつかれるおとしごろ
    る・・るーたーのてんめつつぶやいて
    れ・・れんたるしているだけかもね
    ろ・・ろぐいんされろぐあうとされるこのよ

    わ・・わたしにはみえないなにかをみてくれる
    を・・〇〇〇を〇〇するよ
    ん・・ちょっとが ん ばってみるのもよいね
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    温かく
    - 2017/12/23(Sat) -
    寒いね。

    風が強くて、窓から見えるゴミ処理場の煙突から出る煙が、
    ま横にどんどん流れてる。

    処理場の横には 火葬場があるんだよ。

    どじを焼いた煙は 静かに 
    空に向かって上がっていった

    と 思う。
    風のない暖かな日だったから。

    処理場の煙を見る度思い出す。


    今日死刑執行があったでしょう。
    1992年の事件だったそうだけど
    申し訳ないことにどんな事件だったか覚えていない。
    当時は体調が悪く、ニュースはほとんど見ていなかった。

    25年後の執行で
    その間にその死刑囚は
    考え方を少しは変えることが出来たのだろうか?

    それにしても25年
    遺族にとっては大変長い月日だったと思う。
    私だって20年。
    あっという間に過ぎたようでも 
    落ち着きを取り戻すまでに必要だったその20年の月日は
    決して短くはない。決して。

    子供がもうこんな齢で 早いね 
    としをとるはずだね 笑
    と言う
    大きな出来事もなく過ごしてきた人達とは違う月日を重ねてきて
    思う。

    20年辛かった 悲しかった 苦しかった
    他の人と決して同じじゃなかった。

    でも普通の顔をして
    早いね と 笑い合う。

    それも仕方のないことだと思う。

    それぞれの時は違うから
    自分と似ている人も
    そうでない幸せな人もいるのは 当たり前。

    だけどどんな人も穏やかな気持ちで 
    この1年 無事に過ごせたことを感謝しながら 
    過ごせたら良いなと思う。

    寒い毎日
    風邪ひかないように 温かくね。



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    秋の風
    - 2017/11/13(Mon) -
    秋の風

    一年ごとに想いを乗せて

    今年は

    ほほをやさしくなでる


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    命日
    - 2017/11/08(Wed) -
    昨夜はいつものように
    暗闇に紛れて事故現場を掃除し
    花を置き、
    いつも造花を飾ってくれている友人宅にお礼に行き、
    と 毎年 いつもと同じ。

    違っていたのは、悲しくてたまらなかったことだ。

    悲しくてたまらないのもいつもと同じだけど
    涙が止まらないのは 初めてだった。

    友人宅にお礼に行って、話しているうちに
    悲しくて悲しくてもうどうにも止められなくて。

    この20年間 人前で泣くことはなかった。
    いつもぐっとこらえて、涙はほんの数滴で抑えてた。

    昨年 どじの納骨の時には
    涙が止まらなくて号泣していたけれど
    それ以後も そんなに泣くことはなかった。

    でも今は涙が止まらない。
    悲しくてたまらない。

    人前で涙を流せるようになったのが
    いいことなのかどうかはわからない。

    ただ悲しい それだけ。

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    絵に描いた餅
    - 2017/11/01(Wed) -
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    書くことはいっぱいあるのですが・・
    いろいろあった10月でした。

    最近の私は妄想ばかりしていて、
    そんな私に友人が一言。

    「妄想より希望していると言った方がいいよ」

    確かにそうかも。
    妄想という言葉は ふさわしくないかも?

    私にとっては妄想=希望=現実へ
    ということだと思っているので、
    つい 妄想 と言ってしまうのですよね。

    「絵に描いた餅をいつも食べてます」

    と、2014年のブログに書いた。
    あいうえおで呟き

    あの頃から・・そのずっと前から・・進んでいないということか。

    いやいや 少し進んでるかも。
    一歩を踏み出したからね。
    10年早かったら良かったとも思うけど、
    心が定まるまでに時間がかかった。

    だって遺族だものね。

    ようやく落ち着いてきたと最近思っている。
    11月だけど、落ち着いて受け止めている。
    そう思えるようになるまでに、20年かかった。

    遺族の皆さんが全員、そうではないですよ。
    私より早い人も (いるかもしれない)
    長い人は (けっこういそうな気がする)

    落ち着く=忘れる ことではない。
    心の中心にはいつも どじがいる。

    だから私はいつも 
    安心して絵に描いた餅を食べている。

    これがまた 美味なんですよ。



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    眠れぬ夜
    - 2017/09/29(Fri) -
    余っている写真を整理することにして
    ずっと紙袋に入れていたけど、
    最近になってようやく
    要らない写真を少しずつシュレッダーにかけている。

    要らない写真の中にも
    たくさんの思い出が詰まっている。
    余ってはいても、どうしてもまだ捨てられない写真は箱に入れ
    ランダムに選んで2、3枚ずつ飾り、
    半日か一日置きに交換する。

    ある日手に取った写真は、
    生まれて数ヵ月の笑顔のどじの写真と、
    同じく笑顔の 
    黒い枠の額に入ったどじと一緒に写る、家族の写真。

    その対比に胸が詰まる。

    それでも飾る。
    どちらもどじの大切な人生の一コマであるのだから。

    どじの人生は終わっているようで 終わっていない。
    何故なら私の心の中で生きているから。
    常に私の心にいる命。

    誰かの心の中にもいるかもしれない。
    いつもはいなくても 
    ある日ふと その人の心に現れたなら
    その人の心の中で 生きている。
    いえ 生かされている。

    どじを生かせてくださって ありがとう。
    忘れないで 時々 思い出して欲しい・・

    ・・などと 眠れない夜には考える。
    いろいろなことを考える。

    最近は眠れない夜と
    よく眠れる夜が交互にくる。
    眠れないこんな夜は
    さぼっていたブログ更新ができて、 
    良いかもね。

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    特別な歌
    - 2017/08/19(Sat) -
    8日 京都の街中の
    ビルに挟まれた、車が連なる道路で
    赤とんぼが群れ飛ぶのを見ました。

    もう赤とんぼ?
    台風が去った後の蒸し暑い日で
    不思議にも思ったけれど、
    自分の住む町でも赤とんぼが飛んでいた。

    今年の夏は短いのかな?
    肌寒さで目覚める夜も増えてきた。


    そして今日は 夏の終わりのコンサート。
    どじの先生方が行う 年に一度のコンサート。
    今年もほっこり。
    たくさんの来場者の方々と、楽しい時間を過ごしました。
    どじは本当に 良い先生方と出会えたね。

    どじの歌は歌われることはない。
    寂しくもあるけれど 少しほっとしている自分に気付く。

    この場所で私はもう 特別な人ではないのです。

    特別という言葉は適切ではないかもしれない。
    でも 事故で亡くなった教え子の歌を歌ってくださることは
    私にとっては 特別なことだった。

    いつも緊張して 背筋を伸ばして聞いていた。
    会場にいる人の中にも
    あの歌を 私を 
    特別と思った人がいたのではないだろうか。

    生きているのが当たり前の年齢の子供が
    突然死んでしまうのは非日常。
    とても大きな悲しみ。

    それを受け止めて長年歌ってくださった。
    命日にも毎年来てくださった。

    歌を歌われなくなって
    先生方との繋がりが ひとつ減ったと感じている。
    他の同級生達の母親と
    同じ場所に立てたようにも 感じている。
    普通の人と同じ場所に。
    その人達と距離はあるけれども。

    歌を手放して下さったことで
    平凡だった日常を思い出したのかもしれない。
    二度とそこに戻れなくても、 
    ひと時でも、
    特別さ がないことに
    少し自由を感じてもいる。

    そう感じられるようになったのも 
    歌ってくださった十数年の時があったから。
    たくさんのことを思い出し、
    心から感謝しています。

    天国にいるあなたへ

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    一体になる
    - 2017/08/05(Sat) -
    洋裁関係の本の
    バッグ作家の方のアトリエ訪問 というページの
    その方のミシンについてのコメントに、

    昔はよく失敗してはほどいていたけど
    ある時ふとミシンと一体になったような感覚になれた瞬間があった
    と 書かれていた。

    私も失敗してほどくのはしょっちゅうだけど
    ミシンと一体になれた なんてこと一度も思ったことはない。

    その作家さんほど、ミシンに触れていないから
    まあ 当たり前でもあるんだけど、
    ほかのどんなものでも、
    一体になれた、と思えるようなこと
    もしかして一度もなかったかもしれない。
    いろいろなものを少しずつかじってはいても、
    一つのものに深く入ることはないから。


    バッグ作家なら ミシンと一体に
    書家なら 筆と一体に
    ギタリストなら ギターと一体に
    ピアニストなら ピアノと一体に
    旋盤工なら 旋盤と一体に・・

    どれもプロの仕事ですね。


    私は永遠のアマチュア。


    亡くなった人と一体に・・
    という言葉も時に聞くけど
    私 どじと一体に と思ったこともない。

    ただ自分の 核 として 常にある。

    自分の限度の中で 出来ることをする。
    それでもいいのだと 思っている。

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    お誕生日ありがとう
    - 2017/08/03(Thu) -
    今日は曇り時々晴れ。
    室温は30度前後あったけど、
    遠くの雨の空気を運んでくるような風が冷たくて、
    気持ちがよい一日だった。

    今日はどじの誕生日。

    家中をきれいにし、
    いつものようにちらし寿司を作り、
    好きだったおかずを作り、
    いつものようにスイカを準備
    と、
    今日は一日 どじのために動いていた。

    どじが生まれた、
    私がどじの母親になった、記念の日
    なのに 
    おめでとうの言葉は似合わない。

    だから おめでとうの代わりに
    ありがとう。


    お誕生日ありがとう

    生まれてきてくれてありがとう
    あなたの親にならせてもらってありがとう

    ありがとうの言葉の中に 
    申し訳ない気持ちが 
    ありがとうの何倍もこもっている。

    生かせてやれなくてごめん
    私だけが生きていてごめん

    私の心情にはごめんねの言葉が一番合うけれど
    どじにはそれは似合わない。

    だからありがとう

    ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう
    ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう

    お誕生日 ありがとう

    201783.jpg
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