癒し
    - 2017/05/21(Sun) -
    帰ってきたら、小さな庭の
    ユキノシタの花が満開になってて

    20170521.jpg

    小さくても 癒しの庭。

    虫や小さな生きものもいるので
    猫にとっては、好奇心満載の庭です。
    捕って欲しくはないけどね。

    墓所も緑が豊かになっていました。
    鳥の声や風に揺れる草木のざわめきや小川の音は
    もう私には聞こえないけれど 
    自然に包まれたあの場所は 大きな癒しです。

    補聴器をつければ少しは聞こえるけれど・・

    音のあった世界を懐かしく思う このごろ。

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    帰ってきました
    - 2017/05/19(Fri) -
    暫く留守にしていました。

    その前から更新できなくて、長い間お休みしていましたが、
    生きていますので・・。
    時々覗きに来て下さっていた皆さん、ありがとうございます。

    生きてますが、最近は残りの人生をよく考えるようになりました。
    悔いなく・・悔いがあっても まあいいけど。

    生きていられるのは ありがたいことですね。

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    クリスマスイブ
    - 2016/12/25(Sun) -
    昨日はうちの火事記念日で
    むっちぃの命日でもある。
    いつものようにむっちぃのためと、
    その一週間ほど前が命日のふーちーのため、
    お刺身やフードをお供えした。

    どうかどうか 安らかに。
    生まれ変わりがあるのなら、
    どうかどうか 幸せに。
    そう願いながら。

    そして二度と火事を起こさないようにと誓って。


    そして昨日はクリスマスイブ。

    クリスマスとは無縁の我が家。
    どじが死んでからは
    うちにはサンタさんは来なくなった。

    と カウンセラーの女性に話したら
    彼女は涙ぐんだ。

    ずっと前の話。


    でも今年は 大きな靴下入りのお菓子と
    お菓子の家のお菓子が お供えしてある。
    これは どじのためね。

    いつもは買わないんだけど今年は買った。
    その話は次回に書くことにします。

    そして夜になり、家族の一人が
    ショートケーキを買って帰ってきた。
    夕食の後、紅茶を入れて
    そのケーキを食べた。

    クリスマスイブにケーキを食べるなんて・・
    19年ぶり。

    本当に久しぶりで・・
    ケーキを食べて 感慨に浸った。

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    少し暑さになれてきた
    - 2016/08/08(Mon) -
    青い空に白い雲
    眺めているだけで一日過ごせる。

    とはいえなかなか
    そんな時間は持てないけど。

    夏はやっぱり 
    青い空に白い雲


    いつものように3日の誕生日は
    ちらし寿司をつくり
    例のスイカをつくり

    いつものように6日の原爆の日には
    亡くなった多くの人達の人生に想いを馳せ

    そして今日は8日で月命日
    いつものように カレーをつくる。

    と 淡々と日々を過ごしている。


    それにしても暑い 


    日中は極力外出せず
    永遠に続く身辺整理と手仕事して過ごす。
    いつものように。

    と 変化がないようで
    変化がある 今年の夏


    皆さんは 元気にされてますか?
    熱中症にならないように 気をつけて下さいね。

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    風が梅干しの香り
    - 2016/07/24(Sun) -
    201607 - コピー

    梅雨明けの3日後から梅漬けを干し始める。
    自分が管理しやすい場所で干すものだから
    お天気の良い日でも丸一日は干すことが出来ない。
    一日5時間程度、影になる個所を避けて
    ざるを回しながら。

    それでも赤く おいしそうな色になってきた。

    自分で漬ける梅干しは
    自分の味覚に合って、おいしい。
    1年置くと尚おいしい。

    だけど漬けるようになったのはここ数年で、
    以前1度だけ作って、あとは全然手をつけなかった。
    何故なら、面倒だったから。
    体調が悪くて何もしたくなかったのもある。
    精神的に何もできなかった時期もある。
    疲れていたのもあるし 忙しかったのもある。

    だけど忙しかった というのは言い訳だ。
    と 友人の言葉を書いてみる。

    http://forest0818.blog71.fc2.com/blog-entry-197.html

    友人 いいこと言うよね。


    梅を裏返しながら思う。

    忙しい、面倒だと思い何もしなかったこと
    なんてもったいない時間を過ごしたのだろう。

    確かに面倒くさい。
    でもこの手間と時間が
    豊かなものを手にさせてくれる。

    今年は手違いで、例年より多く漬けるはめになった。
    だけどその分 自分の味を楽しめると思うと、
    ちょっと 嬉しい。

    面倒という言葉を使うと
    本当に面倒になってくる。
    あまり考えずに動くのがいい。
    これからはなるべく 禁句にしていこう。
    という なるべく という言葉をつかうのも、
    自分の味のうちなんだろうね。

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    森のくまさん
    - 2016/06/22(Wed) -
    ツキノワグマが人間の味を覚えたとか
    熊にとっては人間は襲いやすいとか
    大変恐ろしい動物のように繰返し伝えるテレビ。
    小動物を襲っている場面を何度も見せたりして
    見る度にため息が出て胸が痛くなる。

    熊が愛らしくて大人しい動物だとは言いません。
    力のある、大きな動物なんですから。
    でもヒグマとは違い、ツキノワグマは
    獰猛ではないと聞いています。

    以前岐阜県の観光駐車場で
    ツキノワグマがいきなり人間を襲ったニュースがありました。
    数人が怪我を負い、
    その熊は射殺されました。

    その時もとても胸が痛みました。

    襲われた人達は恐ろしかったでしょう。
    命を落とさなくて良かったです。
    他にもパニックになった人達も大勢いました。

    熊もパニックだったんですね。

    ニュースによると、人間の残飯を狙っていたのではないかということ。

    要するに、熊のテリトリーに人間が近づきすぎてしまったことが原因です。
    自然に近づきすぎてしまったんですよ。

    自然豊かなところに簡単に行ける。
    人間にとっては嬉しいことですが、
    あまりにも距離を縮め過ぎてしまった。

    近づきすぎて襲われれば
    熊は恐ろしい!殺せ! 
    となる方がもっと 恐ろしい。

    何でも 程良い距離感が大切なのです。
    自然と人
    人と人
    同じです。

    日本熊森協会という団体があります。
    私は会報を見るだけ、知るだけ会員ですが、
    この活動に賛同しています。

    別に頼まれて書いている訳ではないですが、
    熊について思い違いをしている人も多いのではないかと思い、
    ちょっと紹介してみました。
    協会のブログも一度、読んでみて欲しいと思います。

    http://kumamori.org/

    上手に共存していきたいですね。
    亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
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    鎮守の森のプロジェクト
    - 2016/06/04(Sat) -
    今日から梅雨入り。
    時が経つのは早いものです。

    「早くみつかりますように」 の 男の子、
    見つかって本当に良かったですね。
    想定外の場所でしたが、捜索して下さったたくさんの方々に感謝します。


    さて、
    ブログの左のくすのきの写真の上に貼ってあるリンク先、
    クリック募金(ついでにクリックお願いします) と、
    森の長城プロジェクト がありますが、
    プロジェクトの方は7月から名称が変更されます。

    新しい名称は
    「鎮守の森のプロジェクト」
    このブログでも変更しておきました。


    森の長城プロジェクトとは、
    東日本大震災で出たがれきなども入れて丘をつくり
    そこをその土地に適した常緑樹を密植・混植して森とする。
    津波などの災害の際には、森が街や人を守ってくれます。

    震災後数ヵ所で植樹を行ってこられました。
    5月にも宮城県の「千年希望の丘」で植樹活動がありました。
    行きたいと思いましたが、遠くてなかなか行くことが出来ません。


    「千年希望の丘」 とは

    津波で被災した岩沼市沿岸部に丘を15つくり、それをつなぐ園路に30万本の植樹をして森をつくるという千年希望の丘計画は、津波がきた時の避難所になり、さらに威力を減衰させるという役割を担っています。森の長城プロジェクトでは、この千年希望の丘にこれまで20万本の苗木を提供し、植樹の指導を行ってきました。


    (鎮守の森のプロジェクトHPより)


    名称を変え、今後は東北地方だけでなく、
    全国で森作りの活動を行っていくそうです。


    副理事長は生態学者の宮脇昭氏です。
    以前、お世話になった手話通訳者の方にこの方の本を薦められ、
    読んで感銘を受けました。
    その後何冊か読み、
    そして震災後に出版された本で、この活動のことを知りました。

    がれきを使用することに対して問題点を指摘する声もありました。
    専門家ではない私は何が正しいのかはわかりませんが、
    東日本大震災で、正しい 安全だと思われていたものが
    自然の力でいとも簡単に崩壊してしまったことを考えれば、
    どの方法が適正であるのかは、状況や場所によって違ってくるのでしょうね。

    活動は、指摘されたことについては検討し進めていく と
    どこだったか忘れたけど、書いてありました。


    今後全国で活動を展開していくことは、素晴らしいと思います。

    自然が凄いスピードで減少している。
    それが全て人間の手で行われてきた。
    自然に目を向け、再生していくのはとても大切だと思う。

    犯罪が増える 危険が増える、
    という声もまた、出てくるのだろうけれど
    人間に都合のよい環境ばかりではいけない。
    自然は人間だけのものではない。

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    たけのこご飯
    - 2016/04/17(Sun) -
    たけのこをいただいたのでたけのこご飯を炊いた。

    という日常を送れることのありがたさ。


    熊本の地震で亡くなられた方、そのご家族、
    被災者の方々・・
    とてもお辛いだろうと思う。

    熊本にはお世話になった人もいる。
    関わった人達 それぞれのお顔・・忘れてしまったけど
    雰囲気はずっと覚えている。
    その時だけで、別れてからはお付き合いは途絶えたけれど
    熊本と聞くと思い出していた。
    今はどうされているだろうか。 

    自宅が火事で半焼した時さえも
    ようやく落ち着いたのは半年を過ぎてからだった。
    地震で住む場所を失えば(東日本大震災もそうだけど)
    元の生活に戻るには、大変時間がかかるだろう。

    一日を生きる。
    あせらず 無理せず
    積み重ねていくしかない。

    生きるということは
    創り出し 壊し 壊され
    壊れたものを修復していく作業を
    繰り返しているように思える。


    テレビでは被災地が映し出されている。
    それを見ながらたけのこご飯を口にする。

    普通の生活を送っている自分が
    被災者の方に申し訳ないと思いながら、
    また 普通に過ごしている人を
    うらやましいとも思いながら、
    今を味わって 生きている。

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    山椒の花
    - 2016/04/11(Mon) -
    山椒の花の蕾

    20160411.jpg

    まだ花が開いていないのを採って、さっぱりと甘辛く、炊いた。

    咲いてしまった花が多くて
    ほんの少ししか採れなかった。
    本当は昨日が採り頃だったんだけど、
    交通安全週間の街頭活動のため、採れず。

    昨日は免許センターでおこなった。
    ドライバーの皆さん、安全運転お願いします。

    ということで採れなかったけれど、
    早起きすれば良かったかな。

    でも春は 眠い 眠い・・

    そういえば、以前よりは眠らなくなった。
    どじが亡くなってからは昼も夜もとにかく眠っていた。
    眠らなければ生きていけなかったんだと思う。
    結果的に体を休めることになり、
    病気は改善の方向へ向かった。

    病気に目を向けなくなったからだろうか?
    自分のことはどうでもよくなったからだろうか?
    今思えば 何故病気があんなに辛かったのだろう。
    病気など たいしたことではなかったのに。
    どじがいなくなってしまったことに比べたら
    病気の苦しみなど とても軽いもののように思える。

    とはいえ、病気で苦しむことは辛い。
    今は病気など軽いことだと思う私も
    風邪をひけば苦しいし、
    どこかが痛めば 不安にもなる。
    いろんな病気を想像して
    死ぬまでに整理するものなど考えたりして。

    病気で動けなくなることも 副作用に苦しむことも
    出来ないことが増えていくことも
    死を感じて恐れるのも 
    比べるものがなくても あっても 
    やっぱり病気は辛いもの。

    出来るなら健康で 
    災害にも 事故にも遭わず
    お金に困ることもなく
    嫌な人も遠ざけて 幸せに暮らしたい。 
    みんなそう思って生きている。

    なかなか思うようにはいかないけどね。
    起こってしまったら受け入れるしかない。
    これもなかなか 難しいけどね。

    死ぬまで元気で 笑顔で暮らせたら幸せ。


    山椒の花を教えて下さった方は
    春になる前に 人生の幕を閉じられた。
    91歳 
    充実した人生を送られた方だったと思う。
    この地の歴史に詳しくて
    数年前までは歴史の講座も開いておられた。
    参加してみたいと思ったけれども、
    聞こえないからと諦めた。
    誰かに通訳を頼んで、参加すれば良かったと思う。

    「お宅の山椒、花咲いてますな」
    「あの花炊くと美味しいんでっせ」

    山椒の木に花が咲いていることも気付かなかった頃。
    最初に教えて下さった時のことを、
    今でも時々 思い出す。

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    グラスの中の光
    - 2016/01/04(Mon) -
    画像1

    憂鬱な年末年始もようやく終わった。

    とはいっても世間では1年の区切り。

    皆様にとって幸せな1年でありますように。


    齢を重ねながら どじの生きた何倍もの時間を生きている自分。
    恥ずかしいことだと思いながら
    苦しいことだとも思いながら
    死と比べれば なんて軽いのだろうと思う。

    泣き 笑い 
    時には楽しみながら生きている。
    申し訳ないという思いを抱きながらも
    生きているのだから
    せいぜい頑張って 生きていこうと思う。

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    なんでもあり
    - 2015/12/24(Thu) -
    年末年始は憂鬱だ。
    例年の如く今年の暮れもため息まじりに、
    それでも事を淡々とこなしている。

    雨も上がったし。
    広告に載っていた、2日間限定の安値が忘れられないので
    自転車をぶっ飛ばし・・(たいところだけど最近は慎重)・・
    て、とろとろと買い物に行こうと思う。
    もちろん安全運転で。

    だけど街はクリスマス。
    クリスマスくるしみます と カビが山盛り生えたダジャレを言いながら
    ぼちぼち行こうかと思いつつまだPCに向かってる。


    12月の初めごろ、マイナンバー通知カードの配達に来られた郵便局員さんに
    「年賀状まだでしたなら」と賀状の購入を勧められたけど、
    あいにく 賀状は出さないのでとお断りした。

    いつもはいただいた方にだけ、寒中見舞いをお返事として出していた。
    今年はそれさえも書けなかった。
    一昨年も出せなかったけど
    その年は頑張って暑中見舞いを出した。
    今年は それもできなかったわけね。
    甘いといえば甘い精神。

    気力を出せばできることが できない
    のは 少々病的でもある。
    とにかく無気力なのです。
    感謝の気持ちはあるけれど
    形にしなければ相手には伝わらない。

    事故後早い時期に年賀状を復活していれば、
    習慣化して出せたのかもしれない。
    でもその機会がないまま、今になり
    たぶん、今後もずっと出せないだろうと思う。

    それでも今年こそは、寒中見舞いを出そうと・・
    心に決めてはいる。
    その前にお断りすれば良いことであるのに・・
    さて どう書こうと思うと もうペンがストップする。
    くださる方には、大変失礼な話です。


    先日引き出しを整理していたら
    事故前に作っていた年賀状が出てきた。
    毎年恒例、木版多色刷りで作っていた。
    デザインを考えて、彫刻刀で掘る。
    簡単なものが多いけど。

    24年前の申年はコレ
    P1010407.jpg
    時には右側のおさるさんみたい でも
    いい。 
    そうした方がいい時もあり
    そうでない方がいい時もあり
    なんでもありで。
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    年の初め
    - 2015/11/10(Tue) -
    今年の流行語大賞についてのニュースをぼんやりと見ていて、
    何故今?年の初めにするのだろう?・・・・・
    と思ってたけど
    違う!

    今は年の終わりに向かっている時期だった。

    自分にとってはもう 新しい年が始まっているので
    世間とかなりずれていて 混乱している。
    (○○症ではないと思う・・まだ  多分。)

    そんな感じで生きている
    新たな1年の始まり。

    日々を味わって
    生きていこうと思う。


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    もうすぐ年の終わり
    - 2015/10/27(Tue) -
    ブログをさぼっている間に、ひと月経ってしまいました。
    そんなに時間が経ったと思えないのは
    毎日心身ともに忙しかったからでしょうね。


    すっかり秋の空
    20151026.jpg

    もうすぐ11月。
    世間とずれた、年の終わりの掃除を始めています。

    まず昨日と今日、6枚の窓拭きと網戸拭き、
    カーテン洗濯行いました。

    少しずつ、ぼちぼちと。

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    最近
    - 2015/07/31(Fri) -
    猛暑日が続いていますが、お元気にされていますか?

    梅干しを干す季節


    今年はカビずに上手くいった。
    梅シロップも上出来だった。
    梅ジャムまで作ってしまった。

    と 自分の周囲ではひどい出来事もなく、過ぎていく日々。
    世間を見渡すと苦しくなる出来事はたくさんあるけど
    自分の周囲にも小さなことはたくさんあるけど、
    以前のような荒波にもまれているような
    深い海の底に沈んでいくような毎日を
    過ごすことは随分減った。


    暑い毎日で体もだるいけど
    秋の終わりの頃に比べれば
    なんて気持ちの楽な季節。

    楽なのは町に住んでいるからか。
    夏の草いきれ 風の匂いを感じるところ
    そんなところにいれば きっと苦しくなるだろう。

    でもそんな場所に行きたくもある。


    今年ももうすぐ 
    どじの誕生日がやってくる。


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    カマキリ
    - 2015/07/05(Sun) -
    2、3日前に薄い緑色の羽虫が部屋にいて
    外に出してやろうとしたもののつかまえられなくてそのままで。

    今日ふと 天井を見たらその虫がとまっていたので
    ほうきの先に誘導してちっこいベランダから外に出してやろうと
    よく見たら

    20150705.jpg

    ちっこい カマキリだった。


    嬉しくてね。

    カマキリはどじが好きだった虫なので
    庭などでみつけたらそれこそ

    狂喜乱舞。


    ここ数年全然見かけないので
    みつけた時にはすごく嬉しくて。


    だから今日 何故か部屋の天井にいたちっこいカマキリの存在に
    とても 心慰められたような気がした。

    無事に 大きくなって欲しい。


    そうそう 近所のスーパーの子ツバメも
    無事 巣立ったみたいで

    それも 嬉しい出来事でした。
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    美しい瞬間
    - 2015/07/02(Thu) -
    20150702.jpg

    夕食の支度をしていた時
    窓の外の夕焼けに気付いて、西の窓から眺めた。
    カメラを持ってきて写して
    また野菜を手にした時には 消えていた
    ほんの短い時間の 美しさ。

    どじはもっと 生きたかったろうね。
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    うれし
    - 2015/06/04(Thu) -
    20150602.jpg

    熟した小梅は梅干しに
    青梅は梅シロップに

    の予定。
    (お願いカビないで)

    小梅が届いたので火曜日にやりました。
    いつもなら、ちょっと疲れたので明日にでも・・・

    って感じになるのだけど 
    青梅まで買いに行っちゃって がんばりました。

    って そんなに
    頑張るような仕事でもないけど。

    それでも 死ぬほど眠くてもがんばりました。
    と 自分をほめ。

    眠れない夜はなかなか改善しない。

    だけど先日、TVで寝返りについて特集をしていたのを見て
    思い当たることあり。

    寝返りが出来にくいんですよね。
    猫が布団の上に乗っかって寝てるから。
    それで身動き取れなくて、睡眠不足→睡眠不規則→寝付けない

    のではないかと。

    そこで昨夜、ベッドを部屋の中心に移動した。
    猫が乗っても蹴飛ばして落とせるように
    (ごめんね)

    そのおかげなのか?
    昨夜は猫も乗らず 比較的ぐっすり眠れた。

    うれし。
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    遺産
    - 2015/05/31(Sun) -
    今夜も眠れなくてね。

    日中ちょっと忙しくて
    用事が終わった後に疲れて少し横になって
    1時間程眠った。

    それで眠れない。

    あまりお酒は飲みたくないので
    瞑想したりしてなんとか眠ろうと思ったけれど
    眠れない。

    だから仕方なく? またビールを飲んでいる。
    窓の外はうっすらと明るい。

    眠れないのはちょっと辛いけど
    そんな日が数日続けば疲れて
    ぐっすり眠れる日がくる。

    毎日ぐっすり眠れるとよいけれども
    限界を超えたら眠れるのだからよしとしよう。
    それに 眠れなくとも
    なんとなく 爽やかな気分でもあるから。

    ということで
    前の記事に書いたように
    前の前のことを思い出したのでその続き。

    家の向かいには数軒の長屋が軒を連ねていた。
    斜め向かいには 一人暮らしのおじいさんが住んでおられた。
    子供さんも独立し、10年程前には奥さんを亡くされた
    ちょっと 気難しい感じのおじいさん。
    だけど住んでいるうちに打ち解けて
    会えばお話をするようになっていた。
    具合がお悪い時には、
    お節介にもおかゆなど持って行くくらいに
    少しだけ親しくもなっていた。

    長屋は間口が狭くて奥行きがあり、
    玄関を開けると土間が奥まで続いている。
    左には和室があり土間とは障子で仕切られていた。

    気になっていたのは その障子。
    時代劇のドラマのあばら家に出てくるような
    ぼろぼろの障子なのです。

    これでは風も入ってくるし
    貼り替えてあげたいと思ったけれども
    当時は私は 幼児を抱えた身。
    それにそこまでするのも
    なんとなくその方のテリトリーを犯すようで
    直しましょうか? とは言いだせなかった。

    そのうちにそこを引っ越すことになって
    その方とはお付き合いはなくなってしまいましたが・・。


    その後 どじが事故で命を奪われて
    数年後、
    わかったことがありました。

    あの方がぼろぼろの障子を放置していたのは
    面倒で直さなかったのではなく、
    奥様が貼った障子を貼り替えたくなかったからなのではないかと。

    御親戚の方や子供さんが きっと
    貼り替えようとおっしゃっていたのだと思いますが
    多分 断っておられたのではないかと・・。

    うちにも 貼り替えられない障子がある。
    火事で死んだ むっちぃが
    火事になる前の秋に
    羽虫を追いかけて 障子に爪のあとを残していた。
    その爪痕が残る障子を貼り替えられない。
    あれから10年過ぎた今でも
    その部分だけ残して 貼り替えている。

    お風呂の蓋もそう。
    どじが1歳の時に家を新築し、
    その時に買った蛇腹の風呂蓋。
    引っ越してからも持ってきた。
    今はもうばらばらになって 8個のパーツとなっている。
    それでもどじも使っていた その蓋
    どうしても捨てられない。
    最近、ようやく処分する決心がついたものの
    なかなか捨てられず 今も使っている。

    同じように そのおじいさんも
    思い出の残る障子を 貼り替えなかった・・
    のかもしれない。

    私の場合がそうなので
    そうなのかもしれないと思うだけなのですが、

    貼り替えましょうかと 言わなくてよかったと思っている。


    大切な 
    遺産のようなもの

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    つばめの巣
    - 2015/05/10(Sun) -
    近所のスーパーの入り口前の
    自転車置き場にもなっている通路には、
    毎年つばめが巣をかける。

    巣をかけたら、毎年その下に

    「ツバメの巣があります
     フンにご注意ください」

    と書かれた紙が
    巣の下に置いてある樽 (なぜか) の上に
    貼りつけられる。

    つばめが巣を作るのは思っているよりも早い。
    だけど今年は、4月下旬になっても巣がかけられない。
    中旬ごろに、1羽、ぽつんと電灯の上にとまっているのを見たのだけど
    なかなか巣がかけられない。

    天井を直したような跡も見受けられたので、
    食品を扱う店だから、お客さんからクレームがきて
    巣が取り壊されたのだろうか・・・
    感染症やアレルギーなどの問題がニュースになる今は
    仕方のないことなのだろうか・・・
    と 寂しくも思っていた。

    そして5月になった ある日、
    ふと上を見上げると巣が!
    下を見たら毎年見る樽が!!

    嬉しかった。
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    赦す
    - 2015/05/08(Fri) -
    大嫌いな人がいるというのは
    あまり嬉しいことではないですね。

    もしどじの事故がなければ
    大嫌いにはならなかったのでしょうけれど。

    事故から2年半経って、今の家に越してきて
    以前の街とは縁がなくなりました。
    それまでは いやなことがあっても、いやな人がいても、
    あの街が好きだったのです。
    事故がなければずっと住み続けていたでしょう。
    今では家のすぐ近くにあった山を遠くから見るだけでも
    苦しい気持ちになってしまう。

    それなのに先日、加害者の次に大嫌いな人と会ってしまって
    嫌なことをいっぱい思い出しました。

    そして その人達との間で、
    1つだけ心が和んだ出来事があったことも思い出しました。

    その人達の一人です。
    顔を合わせたくないので、
    出来るだけその人を避けるようにしていました。
    その人も私のことが嫌いだったと思います。

    だけどある日、すれ違った時に
    その人に声をかけられたのです。

    「あんたとこのぼん、ええ子やな」

    空き地に置いてあった木材の上に乗り、遊んでいたどじに、
    危ないと注意したそうなのです。
    どじは素直に 「はい」 と言い、下りた。
    その時に2人は話をしました。
    何の話かは聞いていないのですが、
    多分、心が穏やかになった瞬間があったのだと思います。

    例え相手が幼児でも、気に入らないことがあれば
    激昂し大声で怒鳴りつけるような人です。
    その人がどじを(嫌いな私の、息子を) ほめました。
    私は、この人にも仏心があるのかと思い、少し驚きました。
    仏心という言葉が出てしまう程、厳しい性質の持ち主なのです。
    ただ子供が素直に自分のことを聞いたから
    だけなのかもしれませんが、
    私は、どじが素直な心で
    その人と話したからだろうと思っています。
    だからその人も素直な心になり、
    話をしたのではないかと思います。

    今から思えば、その人達は
    自分達を守るために、
    他人に対して攻撃的になっていったのかもしれません。

    その人とは良い思い出はないと思っていましたが、
    こんなこともあったのだと、思い出させてもらったようでした。

    とはいえ、やっぱりその人達のことは大嫌いなのです。
    人のことを大嫌いだなんて、思いたくはないけれど
    どうしても受け入れられない人達です。
    「ゆるせない」 と思うことが多いのです。
    私だって、多くの人に赦されて生きてきたと言うのに。

    だけど少しずつでも、大嫌いな人達を
     「赦す」 ようにしていけたなら、
    いつか自分を赦すことも 
    出来るようになるのかもしれません。

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    大嫌いな人達
    - 2015/05/06(Wed) -
    大嫌いな人がいるのです。

    一番嫌いなのは加害者。

    加害者に対する憎しみは手放しましたが、
    亡くなった (本音は 「死んだ」 と言いたい) 今でも、
    加害者のことは大嫌いです。
    その妻もその親戚も大嫌いです。
    加害者が死んでくれたので
    今の私の心は平安です。
    妻や親戚のことは知りません。
    みじめに暮らせばいいと思っています。
    幸せならば怒りを感じるだろうと思います。
    大嫌いな人の幸せを願えるほど 私は出来た人間ではありません。

    その次に嫌いな人達がいます。
    その人の家族、親戚
    思い出す度に胸がむかむかするくらい 嫌いです。

    とはいえ 今は会うことはありません。
    人づてに噂を聞くくらいです。
    その大嫌いの人の
    大嫌いな親戚は亡くなりました(死にました)。
    それを聞いて、その周辺がキレイになったと思いました。
    まともではない おかしな人達だと思っています。

    でも 
    加害者達と
    その次に大嫌いな人達と 
    私と
    一体どんな違いがあると言うのでしょうか。

    程度の差はあれ
    私にも 
    加害者や 次に大嫌いな人達と
    似ている部分があると思うのです。
    その人達と同じような人生をたどっていたのなら、
    きっと もっと似ていたと思います。

    私は聖人ではありません。
    客観的に見れば
    優れたところもある(かもしれないし)
    劣っているところもある(これは確かに)
    どこにでもいる 平均的な人間だと思います。

    大きな悪も持ち合わせておらず
    大きな善も持ち合わせていない。
    小さな悪の部分は持ち合わせていて
    小さな善の部分も持ち合わせているl。

    そんな どこにでもいる人間。

    そんな私が 他人を非難する資格があるのでしょうか。

    資格 という言葉は違うかもしれない。
    でも感情に嘘はつけません。

    とにかく、その2人の人間と
    その人に似ている家族 親戚が
    嫌いで仕方ないのです。

    加害者は死んでいる。
    加害者の次に嫌いな人はまだ死んではいないけど
    もう私が影響を受けることはない。

    だから どうってことはないのですが、
    そんなことを考えるのは
    次に嫌いな人の家族に先日出会ってしまったから。

    歳をとられたなと思いました。
    でも今でも 笑顔で挨拶など出来ない人です。
    嫌な人に会ったと思いました。

    そのせいでしょうか
    夢を見たのです。

    加害者の次に嫌いな人の
    お葬式の夢でした。

    夢では私はその近所に住んでおり
    葬式に行きたくないけど行かねばならないのかと
    悩んでいる夢でした。

    目覚めてから思いました。

    加害者の次に嫌いな人が死ねばいいと思って
    そのような夢を見たのではなく

    その人に自分が似ている部分を捨てたくて
    殺そうとしたのだと。

    加害者のような生き方をしたくない。
    次に嫌いな人のような生き方をしたくない。
    だから似ている部分を殺しました。 夢で。

    このようなことを考える私も
    程度が低いのですよ。

    でも
    その感情を否定せず
    受け入れて そして
    変えていこうと 思っています。
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    久し振りにその気になった
    - 2015/04/26(Sun) -
    久し振りに湖岸を通った。
    何ヶ月ぶりだろう?

    いつも 他の道を選んでた。

    20150425.jpg

    ここ数日気温が高くなり
    ようやく 春の陽気になってきた。
    ようやく 気持ちが楽な季節になった。

    とはいえ 以前のように
    毎日悲しみの中で生きてはいない。

    とはいえ 感受性に蓋をしなければ
    生きづらい日がないわけでもない。

    それでも 少しずつ変化がある。

    自然なこと。
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    とりとめのない話
    - 2015/03/17(Tue) -
    溜まっていた疲れをとるには睡眠が一番。
    横になると自然に眠りに落ちている。
    そしてとりとめのない夢を見る。

    住んでいる最上階の部屋は狭いけど居心地がよく
    窓から見える向かいのビルに住む男のことも私は知っている。
    でも本当にここで暮らしているのかよくわからない。
    部屋も置いてあるものにも見覚えはあるけど実感がない。
    出かけた先では以前関わっていたグループの人達と親しげに話しているけど
    どこに行ってもぼんやりと霞がかかっているような印象だ。
    はっきり聞き取れない私がきちんと理解できないままに
    物事が進行していくという感じに似ている。

    わからないままに時が過ぎていき、ある時にある場所ではっと思いだした。
    私はその部屋ではなく別の場所に住んで生活をしているということ。
    どじを思い出して、こんな可愛い子供がいたんだということ。
    その時にはまだどじが死んでいることには気が付いていない。
    思い出してただ嬉しくてただ懐かしい。
    思い出して徐々に物事がはっきりと見えてくる。

    認知庄になるってこういう感じなんだろうかとも思う。
    現実とは違うけれども緩やかに現実と繋がっているから
    その世界ではそれ程矛盾を感じない。
    強い悲しみは多分遮断されている。
    でも多分 時々思い出す。
    そして混乱するのだろう。

    悲しみは精神を疲れさせる。
    私は疲れた 疲れてしまった。
    疲れない生き方の方がいい。
    けれど
    悲しむことも必要だったのだろうと思う。

    毎日起こる膨大な量の出来事の中の
    その中のたった1つの自分の出来事は小さく
    だけど大きい。
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    思い出
    - 2014/12/22(Mon) -
    家の最寄りの駅から小さな電車に乗ったら
    向かい合って座る座席の真ん中辺りに
    ろうの友人がいた。

    「おはよう」 
    「寒いね~」
    「風邪ひいてない?」
    「大丈夫 昨日は○○へ行った」

    などと
    降りる駅までいろいろ話した。
    もちろん 手話で。

    彼女と話しながら思いだしていた。
    どじの事故があってから
    暫くの間私は手話から遠ざかっていた。
    その頃私は聞こえていたから
    手話で会話ができなくても困りはしなかった。
    最低限の外出しかせず、何もせず 
    ずっと家にいた。

    そんな時 
    最低限の外出をする用事が出来て
    仕方なくこの小さな電車に乗った時
    駅で 今話している
    この友人とばったり出会ったのだ。

    朝の時間 たくさんの人の中の
    その友人と目が合ったとき
    やぁ と自然に笑顔になった。
    事故以来初めての
    久しぶりの 作り物でない笑顔。
    どじを亡くしてから数ヵ月は経っていたと思う。
    そのことに自分で気がついた時
    救われたような気持ちになった。
    笑顔にさせてくれたこの友人に感謝した。
    そんな付き合いをさせてもらっていたことに 感謝した。

    暖かい電車の中で会話しながら
    そのことを思い出していた。
    心にともる 小さな炎のような
    あたたかい思い出。

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    今年の漢字
    - 2014/12/13(Sat) -
    今年の漢字は 「税」 

    消費税がアップされてから、出費が増えた。
    それまでなら
    例えばスーパーで買い物をし、
    レジに並んだ時に大体の金額を予想し
    その額はほぼ当たっていることが多かったけど
    増税されてからはいつも予想金額を大幅に上回る。
    値上げされた商品が多く
    更に中身も減っていて
    自然に出費は多くなる。

    税金が高くても
    社会保障が充実しているなら納得はできる。
    デンマーク、スウェーデンのような
    福祉国家の日本  

    夢。

    税金 大事に使って下さい。


    ということで 「税」 今年の漢字。

    マイ「今年の漢字」 は なんだろうと考えてみた。

    いくつか頭に浮かんだけどれも
    やはり今年は 『縫』
    だろうか。

    結構縫いました。
    とはいえ、お直しが多かったですが、
    かけはぎなども勉強してみたので
    時間ができれば チクチク縫っていたような気がする。

    最近はどじのコートの袖を広げて、着られるようにした。
    昨日着てみたけど
    薄手なので さむ~ かった。
    雨が降り気温が下がったせいもあるけど
    こんな寒いのを私は着せていたのかと思い
    申し訳ない なぜもっと あたたかいのを着せてやらなかったんだとも思い

    でも動きが多い子供と 立派な中年の私とでは違うとも思い
    そうだ 寒くない? と聞いても、元気に「うん!」と
    答えていたからきっと大丈夫だったんだろうとも思い
    いや やっぱり、もっとあったかいのを着せてやるべきだった とも思い、
    ・・・・と 帰宅してから30分程 しょんぼりとしていたのだった。

    思い返せば後悔することが多い。

    どじを失って心は裂けてしまった。
    思い返して後悔しては新たにまた傷を広げている。
    そんなびりびりに破れた心を
    どじの服や思い出の服を
    新しい形にして縫うことで
    少しずつ 直していったようにも思える
    この1年。

    『縫』
    マイ 今年の漢字

    これからも丁寧に
    日々 縫っていきたい。
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    布に向かう
    - 2014/10/23(Thu) -
    裸足でいると冷える季節になってきたね。

    最近は家にいる時は時間を見つけて、縫物をしている。

    縫物と言っても、古い服を手直ししている時が多いけど。
    リメイク ですね。

    どじが着ていた服
    どじが生きていた頃に自分が着ていた服
    どんなにボロでも 火事のために変色していても
    捨てることが出来ない。

    だから生まれ変わらせる。

    時間がある時には布に向かう。

    ブログ更新もせず。


    書くことはたくさんあったけど
    パソコンに向かうと何もできなくて。

    夏の終わりの恒例のコンサートのこととか
    友人達が開催したイベントのこととか
    交通安全運動のこととか
    空の具合や
    災害のこととか。
    最近では庭によく出没する痩せたイタチのこととか。

    その他諸々 

    嬉しい出来事も胸の痛む出来事も多くあり
    頭で処理しきれない。

    だから布に向かうのかもしれない。
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    嵐が去って
    - 2014/08/10(Sun) -
    猫と一緒に夜空を見上げる。

    嵐が去って、お月さまがきれい。


    避難勧告が出て落ち着かなかった方も
    たくさんいらっしゃると思う。

    まだ風雨の中の方もいらっしゃると思う。

    被害にあわなかった方は何より。

    被害にあった方にはお見舞い申し上げます。

    天災も人災も自分で防げるならよいけど
    防げなかった場合は当然辛い。


    猫を抱きながら思った。

    この命も私の命も
    いつか消えてなくなる。

    動物も人間も理由はさまざまだけど
    命を失うのは自然の摂理でもある。

    だから私はずっと嘆き悲しんではいけない。

    一時は嘆き悲しむのは当たり前。
    何年も続くのも当たり前。
    でも自分の命がなくなるまで
    そこに留まってはいけない。

    悲しいことでもあるけれど。

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    得体のしれない不安感
    - 2014/07/02(Wed) -
    集団的自衛権が閣議決定され
    得体のしれない不安を感じている。

    交通事故ゼロを目指す、
    いじめをなくそう、
    命を大切に、

    などという言葉がなんとなく
    霞んでくるような気がしている。

    平和であるのが一番です。


    それにしても阿部さん、急いでますね。

    彼は自己愛性パーソナリティだと
    どこかに載っていたのを見たことがあるけど、
    そうだとしたら大変困りますね。

    何を言っても無駄。
    人として未成熟な印象を受ける。


    なんてえらそうに言っている自分はどうなのか?

    と考えたら どうなんでしょう・・

    多くの失敗を重ねて
    少しは賢くなってきたとは思うけど、
    人としてはまだまだですね。

    いい人 とよく言われるけど
    「都合のいい人」 に過ぎないのかもしれませんね。

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    ぐみが色づいてきた
    - 2014/05/27(Tue) -
    140527a.jpg

    ぐみが色づいてきた。

    食べられるのだろうけど 一度かじってみたことがあるだけで
    収穫したことはない。

    甘酸っぱい・・酸っぱさの方が勝った味だった。

    毎年たくさんの実がなって、
    小鳥たちのご馳走になっている。

    以前住んでいた人はこのぐみを
    どのようにして食べていたんだろう?

    斜め向かいに住んでいたおばあさんに
    昨年 このぐみの話をしたら、
    来年生ったら、食べさせてくださいねとおっしゃっていた。

    だけどその前に、
    長年住んだ家を離れてしまわれた。

    今は施設にいらっしゃるとか。

    時が経つと環境が少しずつ変わってくる。

    5年後には私の周辺も
    大きく変わっているかもしれない。

    変化は少しずつだろうけど

    嬉しい変化か そうでない変化かはわからないけど
    それまでの時の流れの時間
    せいぜい 味わっていこう。
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    しこりのように
    - 2014/05/18(Sun) -
    窓の外の
    いつも見慣れている景色。

    今日は
    その窓枠のなかにある山に
    存在感というものが感じられる。

    この季節
    若葉や花で
    山は盛り上がっているから
    そう感じるのかもしれない。

    その山の続きの大地に
    私は住んでいるのだな と思った。

    その山は連なりながら続いている。
    続いている1方向は小さな山となり
    川で途切れている。

    その小さな山のふもとに、
    どじも一緒に私たちは住んでいた。

    そこから北に移り住んだから
    必然的にその山は見えるはずなのに、
    見えないのはなぜなのか

    (ただ見えなくなっただけ) と
    理由を考えようとせず
    見えなくなって良かったと思っていた。

    以前仲間と、バスで別の山に登った時
    遠くにその小さな山が見え

    ”あそこでどじは死んだのだ”

    と思った途端辛くなり
    帰りのバスの中では寝たふりをしながら
    泣くのをずっと我慢していた。

    あれ以来なるべく見ないようにしている。

    とはいっても見えるけど
    それでも自宅から見えないのは救いだ

    なんて漠然と思っていたけど

    3、4年程前にある日
    見えないわけがわかったのだった。

    それは近くの
    1軒の大きな家の屋根に隠れて見えないだけ

    だった。


    気付くの遅すぎ。


    それ以来

    もしあの家が解体されでもしたら
    もうここには住めない

    などといつも考える。

    小さなことだけど。

    そんな小さなことが
    しこりのように
    心の中に存在している。

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