東名高速の事故
    - 2017/06/13(Tue) -
    東名高速で乗用車が中央分離帯を越えてバスに衝突したニュース。
    よく目にしますね。

    いつもテレビをつけている訳ではないし、
    音声が聞こえず字幕が頼りなので
    視線を外している時は内容がわからないんだけど、
    その乗用車の運転手の男性について、
    語られることはあまりないように思うのですが・・

    語られていたとしたらごめんなさいですが、
    乗用車の男性が亡くなっていることに、
    一人の命が車によって奪われてしまったことに、
    目を向けていないのは、何故なんだろう。

    その人が飲酒していたとか、
    覚醒剤の常習者であったなら、
    また 見方が違ってくるとは思うけど。

    原因は徐々にわかりつつあるけれども、
    その男性に大きな非があったかどうかは現在の時点ではわからない。
    非があるないに関わらず、
    その人を悼む声がないことに、少し疑問を感じる。
    バスに衝突した瞬間の映像ばかりが目立って
    その人の命を忘れているようにさえ感じる。

    バスの運転手さんの判断は、さすがプロですね。
    乗員乗客の方々に死亡者がいなかったのは幸いでしたが、
    大怪我をされている方々は、後遺症のことも心配だと思います。

    早く回復されることと
    亡くなられた乗用車の男性の冥福を祈ります。

    そしてこのような事故が今後はないように
    命を失うことがないように、
    改善されることを願うばかりです。
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    最近は
    - 2017/05/25(Thu) -
    通学路を車で暴走する様子を
    車内から映している動画があるとニュースで知った。

    何の不満があるんだろうね?
    ○○につける薬、どこかに落ちてないかな?

    私がその道路を歩いていたら
    撥ねられているかもしれない。
    (車の接近に気付かなくて)


    近所には幅4メートルもない道路が多い。
    後ろから来る車に気付かなくて、
    真後ろで大きな音でクラクションを鳴らされて
    びっくりすることが何度もある。

    狭い道の真ん中をとろとろと歩いている私が悪い、
    と ドライバーは思っていると思う。
    (追い越しざまに睨まれる)

    最近は端の方を歩くようにしているけれど、
    それでも通れない場合が多いので、
    毎度車の通行の邪魔をしています。

    だけど

    道路は車だけのためにあるものではなく、
    歩いている人の全てが車の接近に気がついているわけでもないから、
    そこのところは理解して欲しいものだと思う。

    そして

    最近私は、外国(中国など)の方に間違われることが多くなった。

    ファッションは中国的ではないと思う。
    顔を見て判断はできないだろうと思う。

    では何故、間違われるのか?


    その訳は、

    日本語がわからない人と思われているから。

    声をかけられても無視するし、放送にも反応しないので、
    歩いていて突然、中国語や韓国語が書かれた案内を見せられる。
    びっくりして、日本語で聞けば、
    ○▼□×(日本語)・・・・と言って離れて行かれる。

    最近慣れてきたけどね。


    ということで

    聞こえている人は、
    聞こえない人も世の中にはいるのだということを、
    心の片隅に留めておいて欲しいものだと思う。

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    ブレーキとアクセル
    - 2016/12/06(Tue) -
    交通事故のニュース
    いつまで経っても目にしますね。
    死亡者が少なくなったからと言っても
    交通事故が特に減ったわけではないのです。
    痛ましい事故も多くて、胸が潰れるような気持ちになります。

    ブレーキとアクセルの踏み間違いも多いですね。
    高齢者に多いとは限りません。
    ほんの少しのことで、間違えるものだと思います。

    以前このブログでも書きましたが、
    私も ブレーキとアクセルを踏み間違えたことがあります。

    その時、少し急いでいました。
    車に乗り込み、発進。
    駐車場から県道まで50メートルほどあり、
    一度左折してから、県道に出ます。
    左折するまでの間に段差があり、
    5メートル程下り坂になっています。

    アクセルを踏んで駐車場を出て、その少しの坂道の手前で
    ブレーキを踏みました。
    だけど全く速度が落ちない。
    焦って更にブレーキを踏みました。
    なのに更に加速する!!
    ブレーキが利かない!おかしい!!何故!?
    そこでやっと、踏み間違いに気付きました。

    僅か30メートル程の間です。
    気付くまでに数秒かかっています。
    誰もいなかったから事故にはならなかったけど、
    もしご近所の人が歩いていたら、
    撥ねてしまっていたかもしれない。

    それまで、ブレーキとアクセルの踏み間違いなど
    起こるのがおかしいと思っていました。
    自分がそんな間違いをするわけがないと思っていました。

    でも踏み間違いをするには、理由があったのです。
    急いでいたので車に乗り込んだ時に、
    体の向きが少しずれていたのです。
    目は前方を向いているので、
    体の向きがずれていることには気付いていない。
    アクセルを踏んで、次にブレーキを踏むという行為のなかで、
    右足をブレーキに移動させたつもりが、
    同じアクセルを踏み込んでいたのです。

    正しくブレーキを踏んで止まった時、
    冷や汗がどっと出ました。
    事故を起こさなくて良かった。

    その時私は30代でした。
    どじが事故に遭う、数年前のことです。
    その後は乗車の際には、一度落ち着くという、習慣がつきました。

    踏み間違いをすれば警告音が出る装置があると、
    ニュースが伝えていました。
    人は間違いを起こすもの。
    安全を機械に頼れるのは、安心出来ますね。
    全ての車に安全装置があれば、もっとよいのですが・・。

    それでも、運転をする人の心構えが一番、大事です。
    自分だけは大丈夫、と思わずに
    簡単に凶器となる車に乗るのだということを心に留めて、
    安全運転
    どうぞ よろしくお願いします。

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    世界道路交通犠牲者の日
    - 2016/11/21(Mon) -
    色を増してきた木々には目を向けたくないけれど
    こんな日常は撮りたくなる。
    20161114.jpg

    秋は辛い季節だけど
    家にこもることはなかなかできません。

    昨日は、交通安全啓発チラシの配布を行いました。

    11月の第3日曜日は
    世界道路交通犠牲者の日です。
    交通犯罪予防のため、道行く人達に
    安全運転をお願いしています。

    今年も昨年と同じ、
    イオンモールKYOTOの広場にて行わせていただきました。

    交渉してくださったおかげで、
    当日、出入りの多い場所でも配布できるようになり、
    準備していたチラシや風車、全て配布できました。

    毎年京都犯罪被害者支援センターと
    京都府警の方が協力してくださいます。
    今年は京都市役所の方もご協力くださいました。
    そのおかげで私達の活動もスムーズに行えます。
    感謝です。

    風車
    20161121.jpg

    無視していく人もいますが、
    受け取って、じっくりと読んでくださる人もいる。


    交通事故はなくならない。
    死亡者の数は減ってはいても
    事故後24時間を過ぎた死、
    重い障害を残した人の数は含まれない。

    人間の体など脆いものです。
    鉄の塊の車にぶつけられたらどうなるか、
    誰もがわかることなのに。

    自分のこととして捉えられないから。

    交通事故は他人事です。
    だから運転中にゲームも出来る。
    電話しながら運転も平気。
    ルールだってマイルール。

    その結果、事故を起こして
    大きな不幸を他人に与えてしまう。

    いい加減気付いてくれないかな。
    事故を起こさないでいるのは
    たまたま運が良かっただけなのだということを。
    周囲が危険を察して、避けている時も多いのです。
    そのことに早く気付いて欲しい。
    避けられない事故など、殆ど無いに等しいのですから。

    自動ブレーキ、自動運転など
    安全に運転出来る車が開発されているけれど
    全ての人がそんな車に乗れるわけじゃない。
    自分の運転に自信を持つ人の中には、
    そのような車には 乗りたくないと思う人もいるかもしれない。

    だから大事になるのは 心がけ。
    それぞれが意識を変えていくこと。
    ハンドルを握るその手に
    自分の、他人の、 
    命が委ねられている。

    安全運転 お願いします。

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    1年の区切り
    - 2016/11/01(Tue) -
    ずっと書く気になれなくて、
    ブログさぼってました・・。

    今日から11月。
    初心に戻り、また書き始めたいと思います。

    今年は夏が終わっても、いつまでも気温が高かったですね。
    季節の流れをあまり感じられませんでしたが、
    カレンダーは今日から11月。
    それに合わせたかのように、
    10月末頃から寒さを感じるようになってきました。

    10月は何かとすることがあり、
    命日の準備なども全然していなかったのですが、
    (私にとっては、命日が1年の区切り)
    11月になった途端に切り替わりました。
    今日から家の掃除を始めています。

    今年も断食をするつもりでしたが、
    夏の初め頃からあまり体調が良くなく、
    また春頃から体重減少が始まって、
    ちょっと断食は控えた方がよいと思い
    7月からは行っていません。

    食事も、自然食だから大丈夫などと考えず
    きちんと食べるようにしたからか、
    今は元の体重に戻っています。

    何故痩せたのか? は不明。

    そのおかげで検査を受けるようになり、
    この命、大切にしようと思うことができました。

    ずっと、生きることに消極的だったのは、
    多分、自分に罰を与えていたからだったと思います。

    親として子供の命を守れなかったのに、
    何故私がいつまでも生きているのか。
    それが許せなかったのです。
    だから 健診にも行かなかったし、
    体を悪くして苦しむのも、当たり前だと思っていたのです。

    自分のことしか考えていなかったから。

    でもそれはやめようと思いました。

    死ぬ時が来るまでは、
    命、大切に生きようと思います。

    明日も掃除の続きです。
    窓拭きもしなくちゃね。

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    積み重ねてきたもの
    - 2016/08/21(Sun) -
    北の方では大雨の地域もあるそうですが
    こちらは晴れた日が続き、非常に暑いです。
    昨日は地蔵盆で殆ど1日外にいて
    厳しい暑さにぐったり。

    昨日は夢バンドのコンサートもありました。
    どじの歌は歌われないけど
    年に一度のコンサート。
    先生方(元先生も)の変化も感じられ、
    トークは聞き取れないけれども
    毎年楽しみにしていたのですが、
    残念、忙しくて少しの時間も行けませんでした。
    また来年のお楽しみですね。


    昨日の朝には、お世話になった方の死も知りました。
    既に他界されていて、昨日が四十九日だったとか。

    生命のメッセージ展開催や、「ゼロからの風」の映画上映、
    飲酒運転をなくすための講演などに、ご協力くださった方です。
    断酒会の方で、お酒を断って30年、
    知り合ってからは13年。
    いつも 助けていただきました。

    3月にお話しした時に体調を崩されていて
    その後連絡つかず、心配していたのですが、
    夏になる前に、お亡くなりになっていました。

    昨日は忙しさに考える時間がありませんでしたが、
    一夜明けると寂しさが募ってきます。
    人はいつか死ぬもので、その方の死はある意味、
    自然な流れではありましたが、
    周囲の高齢の方に比べるとまだ若い。
    もっと生きていただきたかったと思います。

    残念ですが、私ができることは
    その方から教えていただいたことを
    忘れずに生きていくことです。

    交通事故に関する活動は今は減らしましたが
    大切なことは他にもたくさんあり、
    微力ではあるけれども関わっていこうと思います。
    その時にはその方のことを思い出します。

    Gさん、今までありがとうございました。

    でも終わりではありません。
    積み重ねてきたもの 心にたくさん残っています。
    多分 これからも助けてくださることでしょう。

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    解放
    - 2016/06/22(Wed) -
    眠れないとき ふと思ったのです。
    今まで (これでも)信じられないくらいに元気に過ごせてこれたのは
    奇跡みたいなものだったと。

    どんなに自分の精神に酷使されても、
    文句も言わず体は応えてくれました。

    体調が悪いと不満に思いました。
    また悪くても無視していました。
    申し訳なかったと思います。

    こんな私を今までよく支えてくれましたね。
    暗闇の中で 心から
    体にありがとうと言いました。


    風邪をひいたり、痛みがあれば治したくて病院に行っても
    積極的に生きていこうという思いはあまりなかったので、
    どんなに痛くても翌日治れば放置していたし
    健診に行こうとも思いませんでした。
    自分が生きている間は 命を味わい生きていくけれど
    家族のためにも食事にも気を遣っていたけれど
    自分の体のこととなると いい加減でもありました。
    これでは家族への責任感も
    ないとは言えないまでも、
    あったとも言えません。

    いつも いつ死んでもいい と
    心の片隅で思っていたからですね。

    そのくせ もし
    余命があとどれくらいか聞かされたら
    きっと おろおろして 
    生きていたいと思うのだろうなと想像してました。
    生きているものは 生きていたいと思うものだから。


    だけど先日、ある男性の方の通夜に行って
    思ったことがありました。

    高齢の方です。
    奥様が優しい方なんです。
    お話しする度に
    気持ちがほぐれるような感じがして
    世の中には 優しい人がいるのだなと
    いつも 思っていたのです。

    家族葬で 参列されたのはほとんどがご親族の方でしたけど
    悲しいけれども ご家族の方にも 笑顔がありました。


    どじの葬儀の時は 私は笑顔になれなかった。
    悲しい 苦しいだけの葬儀でした。
    その気持ちをずっと引きずっています。
    死は終わりではないと感じていても、
    実際にこの世では二度と会えないのだから。

    だから長生きしたくないと思っていました。
    じゅうぶんに長生きな人が
    もっと長生きしたいと言われること、
    毎年欠かさず健診に行く人達のこと、
    そんな当たり前であることを、
    私は少し冷めた目で見ていたのです。


    でも 通夜の様子を見ていて思いました。

    笑顔が出る葬儀って
    いいものだなって。

    亡くなられた方がどんな方だったのかはよく知りませんが
    ご家族を見れば、いい方だったのだなということがわかります。
    入院されていた期間が長かったので、
    漠然と あまり質のよいものではないのかな と勝手に思っていましたが、
    そんなこと 他人の私が知ることができる訳がない。


    優しそうな笑顔の遺影を見ながら思いました。

    子どもを失った悲しみを引きずって生きていくのは
    今日で終わりにしよう。
    もちろん忘れることはありません。
    毎日 ずっと想っています。
    でもそれに囚われるのはやめようと思いました。
    私は私を解放します。

    18年と7ヵ月かかって やっと思えるようになりました。

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    謝罪
    - 2016/05/29(Sun) -
    日々いろいろなニュースがあり
    知るだけで胸が痛むものも多い。

    早く回復されますように
    早くみつかりますように
    大きな悲しみが癒える時が来ますように・・


    オバマ大統領の広島訪問がありましたね。
    オバマ氏が現職大統領として献花された姿に
    癒された人達はたくさんおられたのではないでしょうか。

    謝罪の言葉はなかったけれど、
    謝罪など必要ないと思う人々が多数いる国の大統領が
    その言葉を口には出来ないでしょう。


    安らかに眠って下さい
    過ちは繰返しませぬから


    その言葉に心を重ね 想いを重ねてもらうこと
    その場に行き 行動で示すことが
    大切ではないかと思う。

    小さな(だけど大きな)
    私の体験からでもそう思う。


    謝罪 
    簡単なようで 難しいですね。

    どじの加害者は何も行動しようとしなかったし
    もちろん謝罪もしなかった。
    そのことに対して長い間怒りを感じていたけれど、
    今思えばある意味 
    それでよかったのではないかと思っている。

    謝罪しないことで彼は苦しんだろうし
    それは彼が受けた罰でもあると思う。
    自分が自分に与えた罰なのです。
    口先だけの謝罪をしなかった訳が
    自分に与えた罰だったのなら、
    加害者を少しだけ、尊敬できるように思います。

    でも、私の願望に過ぎないのかもしれない。
    本心を聞く機会を失ってしまって 残念に思う。


    起こしたことを間違いと気付き、
    間違いと気付いたら行動すればいい。
    それがその人の赦しへの道となり
    被害者の癒しにつながるのだと思う。

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    不安
    - 2016/01/20(Wed) -
    各地で大雪だそうですが、皆さんのところは大丈夫ですか?
    お怪我のないようにしてくださいね。

    こちらも今日は雪。
    もしかしたら この冬初めての雪かもしれない。

    いそいそと雪だるまを作っている。
    (人目を避けて)
    どじのことを思い出しながら作っている。
    雪の日は喜々として遊んでいたね。
    どじは何年経っても9歳のまま。

    だけど私は衰えてきたよ。
    だってあれから18年も経ってしまった。
    衰えは運転しているときに特に感じる。
    注意力が足りなくなってきているのだ。
    ひやっとする時が何度あることか。

    だから運転するのはあと10年くらい?
    もしかしたらもう少し早くなるかもしれない。
    それまでは無事故でいようと思う。


    軽井沢のバス事故 痛ましいですね。

    ハンドルを握っていた運転手さんの年齢は、
    どじを轢き殺した加害者と同じだった。
    あのころ 私は加害者を
    老人だと思っていた。

    なぜ老人がダンプを運転するのかと
    憤りを感じていた。
    今自分も齢を重ねてきて思うのは、
    その年齢で運転をやめる決断をするのは
    なかなか難しい人も、地域も 多いということ。

    それでも自分の年齢を意識しなければならない。
    人それぞれ違うけれど
    運転に適正な年齢はあるはず。

    バスに不具合があったとしても、
    大型バスの運転に慣れていない65歳が起こした事故は
    起こるべくして起こったと思っている。
    本人、バス会社、ツアー会社
    安全優先に考えればこのような事故は起こらない。
    だけどそうせざるを得ない事情は
    格安の高速バスになど乗ることがない人達には
    わからないことなのだろう。

    不安に思うことの結果は大概良くはない。
    不安のない生き方を選んでもらいたい。

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    世界道路交通犠牲者の日
    - 2015/11/15(Sun) -
    11月の第3日曜日は、
    『世界道路交通犠牲者の日』 です。

    1993年にイギリスのNGO(ロードピース)によって
    「道路交通犠牲者の日」が行われ、
    その後ヨーロッパを中心に支持が広がり、
    2005年10月26日の第38回国連総会で毎年11月の第3日曜日を
    『世界道路交通犠牲者の日』 とすることが決議された。


    春と秋の交通安全運動では、
    全国的にイベントが行われ周知されていますが、
    この11月の犠牲者の日は、ご存知ない人が多いと思います。

    この日に合わせ、交通安全啓発活動を行っています。

    20151115b.jpg

    京都で行うようになったのは数年前からです。
    毎年、京都府警と、京都犯罪被害者支援センターさんに
    ご協力をいただいています。
    大学生さん達がボランティアで来て下さる年もあります。
    ご協力があって、私達もスムーズに活動が行える。
    感謝しています。

    今年は場所が変わりいつもよりは人が少な目で、
    多くなってきた頃には 残念、
    時間切れとなってしまいました。

    それでも最後まで
    一人で、または家族で、
    熱心にパネルをご覧になって下さっていました。


    安全は、ハンドルを持つ 「人」 の手に委ねられています。
    その 「人」 によって
    結果が大きく変わってしまいます。

    犠牲者の日があるという現実を、
    いつも心の片隅に留めて欲しい。
    加害者にも被害者にもならないように、
    自分達の命も、他人の命も大切に
    守っていただきたいと思います。

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    ぞっとした
    - 2015/11/04(Wed) -
    車で、3車線の道路で信号待ちをしていた時に
    ふと前方の右折車線を見て ぞっとした。

    250ccくらいのバイクの後ろに幼児が乗っている。
    3~4歳くらいだろうか?
    ちゃんとヘルメットはつけている。
    小さなヘルメット・・
    そりゃそうだね。幼児だもの。

    自転車なら理解できる。
    お母さんが自転車で 子供にヘルメットをかぶせて
    乗っているなら、わかる。
    だけどバイクなのだ。
    スピードが違う。
    しかも交通量の多い道路。
    転落したら命はないと思った方がいい。

    固定しているようなものは見えない。
    手を上にのばして、小さな手で
    前の大人のジャケットの襟部分? を掴んでいる。

    先にこちらの信号が変わったので、
    どのようにして走っていったのかはわからないけど、
    もし子供が手を離してしまったら?
    もしふいに眠ってしまったら?
    どうするつもりなのだろう。

    見えないところで固定しているのかもしれない。
    そう思いたい。
    だけど、幼児なのだ。
    大人と同じ判断力はない。

    多分慣れているのだろうと思う。
    怖さをまだ知らないのだ。
    子供も 大人も。


    私も子供の時には、父のバイクの後ろに乗って
    よく出かけていた。
    小学校4年生くらいからだろうか。
    その頃はノーヘルだった。
    小さな、前に持ち手がついているバイクだった。

    ずっと持ち手を掴んでいると、体が痛くなる。
    ある時信号待ちで、手を離して私は伸びをした。
    その瞬間、バイクが発進、
    後ろにのけぞり、落ちそうになった。
    必死で掴まり、事なきを得たけど、
    すぐ後ろにも車がとまっていたから
    あの時頭から落ちていたらと思うとぞっとする。

    そしてある日とうとう 事故になった。
    舗装道路上に砂がたくさんこぼれていた。
    交差点を右折しようとした父は前から来たダンプに気をとられ
    バイクは砂にすべり傾いた。
    バイクは転倒、
    私は放りだされ、片頬で何メートルもスライディング!
    近くに車がなかったから良かったものの
    ダンプに轢かれていたとしたら、そこで命は終わっているか
    生涯に渡る怪我をしていたに違いない。

    怪我は痛かったけど、骨折などなかったのは幸いだった。

    父も安全意識が低かったね。
    その時代は、殆どの人がまだまだ低かったのだ。

    その二つの出来事を思い出しては、少しぞっとしていたけれど、
    自分も免許をとり、バイクに乗れるようになってからは
    その爽快感が怖さを忘れさせた。

    そして私もある日、道路上の砂ですべり、
    顔から道路に突っ込んだ。

    傷が治るまで何日もかかったよ・・
    痛いし、傷だらけの顔をさらして恥はかいたけど、
    大きな怪我がなかったのはまだ良かった。
    それからようやく、注意して乗るようになった、
    馬鹿な私であったのだ。

    幼児を乗せていたのは、お父さんなのだろうか?
    大丈夫なんていわず、
    どうか、その危険さに
    早く気付いて欲しいと思う。

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    秋の全国交通安全運動
    - 2015/09/27(Sun) -
    30日まで 秋の全国交通安全運動 が行われています。

    今日は運転免許センターで啓発活動を行いました。
    20150927b.jpg

    パネルの写真は交通事故被害者の皆さんです。
    ちらっと眺めただけで、立ち去る人や
    立ち止まり、熱心にメッセージを読んで下さる方などさまざまですが、
    犠牲者のことを心の隅に留め、安全運転に努めていただければと思います。

    ネットに風車。
    20150927.jpg

    いつもは大きな風車を子供さんに渡していますが、
    今回は、車内に固定できる吸盤付きのミニ風車にしてみました。

    20150914b.jpg

    運転している時などに風を受けてくるくる回ると はっとします。
    注意しなくちゃ! と改めて思います。

    軸は綿棒を使っています。
    最初は針金で作っていましたが、
    何か起こった時に怪我をしないだろうか と不安になり、
    試作を繰り返し、結局綿棒に落ち着きました。
    ベビー綿棒なので強い力が加わればすぐ折れるし
    あとはプラスチックのストローと吸盤なので、
    大丈夫だと思います。

    だけど本当に大丈夫だろうか・・・・
    と考えれば考えるほど不安になってくる。
    人より不安感が強いのは
    人の体は脆いものだと
    身に沁みて知っているからかもしれません。

    今後も改良を続けるつもり。

    お渡しした皆さん、
    視界の妨げられない、安全な部分にはり付けてくださいね。
    お家でも、危険のない場所に置いてくださいますように。

    安全運転
    どうぞよろしく お願いします。

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    - 2015/09/10(Thu) -
    涼しくなりましたね。

    台風の影響で各地で強い雨が降っている。
    皆さんのところは 大丈夫ですか?
    気を付けて、怪我したり命を失うことがないようにしてください。

    さて 買い物に行って
    帰宅して、
    どじのために買ったポテトチップスを置いて、
    しばらくしてからふと見たら

    20150909.jpg

    花が開いてて、びっくりした!

    さっきまで蕾だったのだよ?

    とはいえ それから数時間は経っているかもしれない。
    一気にぽん! とは咲かないだろうし。

    とまあ びっくりしてから
    ああ この花は生きているんだ と思った。

    見えないだけで、この部屋の中にも無数の命がある。
    大きさは違うけど 私もその命のひとつ。

    何なのだろう 命って
    命についていつも考えている。

    海先生は 平和についてずっと考えているそう。
    平和についても 考えはそれぞれで・・
    一概には言えないですね とても難しい。

    全ての人が幸福を感じる平和な世界
    到達するにはまだまだ 人は未熟な存在だ。
    私もね。

    だからまず命について考える。
    それさえもよくわからないのだけど
    とにかく暇さえあれば考えている。

    この夏も考えて考えて
    そして他にも考えることがまた増えて
    もう考えまとまらない。
    瞑想しようとしてもいつの間にか何かしら考えてしまう。
    頭わるいのに。

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    平和
    - 2015/08/14(Fri) -
    戦後70年。

    今朝、NHKの朝ドラが終わった後に、続きに
    「団地 ともお」 というアニメが放映されていた。

    このアニメ、人物の絵がきもちわるい・・
    (私の主観ですすみません)
    と思いながら
    見るとなんとなく最後まで見てしまう。
    不思議な魅力があるアニメだ。

    偶然にしか見ない番組なので設定がわからないけど
    どう見ても昭和の絵。でも
    今日は 「戦後70年」 をテーマにして話が進んでいた。
    途中までしか見られなかったけれども
    高校の先生の近代史の講義を
    進んで聞きに行く大人達
    ご近所のご老人の戦争の話を聞く子供達
    戦争についての認識の違いをぶつけ合う人達

    このように、戦争について話題にできるのは
    とても良いなと思って見ていた。

    が 現実には
    普段の生活の中で話をする機会は
    かなり少ないのではないかと思う。

    私が戦争の話を聞く相手といえば
    親または 当時子供だったろう者。
    祖父母には聞く機会がなかった。
    義父には聞いたけど
    義父も両親も、戦争に行った経験があるわけではない。
    知り合いのろう者達は、
    聞こえないから兵役不適格となり、戦争に行った人はいない。

    だから 直接、戦争の話を聞いたことはない。
    情報は書物、テレビなどから。
    それでも戦争の悲惨さは伝わってくる。


    平和がいい。

    だけど 平和ってなんだろう。

    平和を辞書で調べてみると

    ①安らかにやわらぐこと
     穏やかで変わりのないこと
    ②戦争がなくて世が安泰であること

    となっている。

    戦争や紛争がない社会は平和だ。

    だけど戦争がない日本の社会でも
    全ての人が平和を感じているわけではない。

    いじめ、犯罪、事故、虐待・・・・
    さまざまなことで苦しんでいる人
    私は平和ですと言えない人が数え切れない程いる。

    私も今は 落ち着いて平和とも言えるけど
    明らかに17年間は平和ではなかった。
    今 平和であるとは思っているのは
    自分の感情をコントロールできるようになってきたからでもある。

    平和は他人任せでは手に入らない。
    一人一人の意識を変えていかなければならない。
    多くの意識が良い方向に向かっていけば
    社会も変わっていくのではないだろうかと思う。

    物事は多くの意識の結果でもある。
    だから 考えた方がいい。

    平和がいい。
    平和でありたい。
    世界が 平和であって欲しい。


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    ゆっくりした一日でも心の中に
    - 2015/06/20(Sat) -
    午後から雨になると思っていたけど、
    お天気はだんだん回復してきて
    今は穏やかな青空が見えている。

    今日は久しぶりにゆっくりした一日を過ごした。

    窓を全開にしておくと涼しい風が入ってきて
    じっとしていると肌寒くなってくる。

    部屋の片づけを  ぼち ぼちとしながら
    部屋をぼーっと眺めたり 
    窓の外の空を眺めて過ごす。

    ごろんと寝転んだらいつの間にか眠っていたり
    眠っている私の横に猫が寄り添っていたり。

    災害や紛争で不安な日々を過ごしている人達のことが頭をよぎる。
    静かな一日を過ごせるのは なんて幸せなことなのだろう。


    いろんなことを考えていた。

    大津市の飲酒の2教諭は懲戒免職となった。
    一昨日のNHKの夕方のニュースでは、
    小学校名とそれぞれの実名が出ていた。
    最初に地域の人に聞いた
    女性教諭がいた小学校名をこのブログに載せたけど、
    きちんと確認できていなかったのと
    子供達の気持ちを考えると掲載するのは良くないのではと思い、
    翌日か翌々日に校名は削除した。
    削除して良かった。
    ニュースによると掲載した校名は男性教諭のいた学校だった。

    その小学校でも緊急保護者会が開かれたので
    勘違いしたようです。
    確認せずにそのまま掲載し申し訳ありません。

    それにしても飲酒による事故が続けて起きて
    ニュースを見る度に胸が痛む。
    気がつけば涙を流している。
    特に北海道の家族4人の命が奪われた事故。

    注意すればよかったという周囲の声も聞かれるけれど
    起こってからでは遅いのです。

    「触らぬ神に祟りなし」

    ということわざ 
    こういう場合には忘れた方がいいです。

    実はこの言葉嫌いです。

    嫌い故、その神に触りすぎて
    いつも嫌な思いをするのですけどね。

    言うべきことは言おう。
    皆で言えば怖くないですよ。
    大人は 勇気を出した方がいいのです。

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    責任
    - 2015/06/09(Tue) -
    前の記事の 学校の
    子供達も落ち着かない気持ちでしょう。
    事故を起こした先生に対して、
    親しみを感じている子もいるのでしょう。

    「事故らなければ逮捕されなかったのに」
    と言った人は、

    (先生かわいそう)
    (運がわるい)
    と 思ってのことなのでしょうか。
    若い人なら、意識は昔のままですね。

    ですが以前の私 (若いころも含めてだから昔) なら
    同じようなことを言ったかもしれません。

    以前は飲酒運転に寛容な社会でした。
    私も、交通事故に対しての意識が低かったのです。

    事故を起こした先生は今どんなお気持ちなのでしょうか。
    同乗されていた先生は今度こそ、反省されているのでしょうか。

    物損事故で良かったです。
    取り返しのつかない大事故になる前に
    事故をされて、良かったです。

    起こしたことに対しては責任を取らなければならない。
    そのうえで人生の仕切り直しをすればよいと思います。

    一番して欲しくないのは うやむやにしてしまうことです。
    ご本人も 周囲も。
    教育委員会も。

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    教師でなくても飲酒運転はしないで下さい
    - 2015/06/07(Sun) -
    5月18日の夜に
    大津市立の小学校の39歳の女性教諭が、
    別の市立小の57歳の男性教諭と飲酒し
    男性を送るため車を運転して物損事故。

    6月3日にようやく大津市教育委員会が発表。
    現在2人とも自宅謹慎中と
    恥ずかしながら 恥ずかしながら
    今日知りました。
    新聞を見損ねていたのと、TVのニュースを見ていなかった。

    何故知ったかというと、
    今日友人に教えてもらったから。
    事故のことを話していた人達のおしゃべりを
    小耳にはさんだそうなのです。

    そのなかで、
    「事故らなければわからないし、逮捕されることもなかったのに」
    と 言っていた人がいたそうで、
    友人、唖然としたそうです。

    飲酒していながら車を運転したこともバカなことですし、
    小学校教員としての自覚がないこともバカなことですし、
    男性教諭には酒気帯び運転中に自損事故を起こした前科があるのに
    (しかも学校には隠していた)
    女性教諭に運転をさせたこともバカなことですし、
    飲酒運転を軽く考えている人が
    「事故らなければわからないのに」 と話すのもバカなことですし、
    なんでこんなにバカなことばかりあるのかと
    その話を聞いて私も唖然としたのです。

    教師の不祥事があちこちで発覚しています。
    大津市だけの問題ではありませんが。
    大津市教育委員会はね・・

    こちら事故関連の、大津市教育委員会について

    http://forest0818.blog71.fc2.com/blog-entry-461.html


    教育に携わっている者としての、自覚が欠けているのは情けないことです。
    責任を感じていないのは残念なことです。
    自分の仕事に誇りを持てないからでしょうか。
    他の仕事でも言えることだと思います。
    ストレスが多い社会ですが、
    自覚と誇りは持って欲しい。

    教育者が飲酒運転をするなどもっての外ですが、
    教育者だけの問題ではありません。
    「事故らなければわからないのに」 と
    他人事として交通事故を軽く捉えている人も、
    その人だけの問題ではありません。
    社会全体の問題です。
    なのに個々には責任がないと思っている。
    その個々の意識が問題ではないでしょうか。

    子供を育てる責任も、親だけではなく、
    ましてや教師、学校だけではなく、
    全体にあるのではないでしょうか。
    多くの人が、「全体で子供を育てている」 という
    意識を持てれば良いと思います。
    子供は社会の、大切な宝なのだから、
    未来を担う子供を育てる責任は、全体にあると思うのです。

    個人は個人でそれぞれの人生を楽しめばよい。
    でも 問題の責任は全体にあることを
    それぞれが意識できるなら、
    世の中もっと 変わっていくと思います。
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    眠れない夜
    - 2015/05/28(Thu) -
    最近夜眠れない夜が多くてね。

    そういう時には、無理に眠ろうとせず
    本を読む。

    そのうち眠たくなればいいけどそうもいかない時には
    お酒を飲んで、眠れる時を待つ。


    今夜も眠れなくてね。

    眠たくて床についたけど
    なかなか眠れなくてね。

    うとうとしているうちに午前2時を過ぎた。

    このまま悶々と横になっているのはもったいないと
    今夜も起きだして、暗闇の中冷蔵庫の冷えているビールに手を出す。
    その間に床に置いてあったモノを蹴飛ばして
    騒がしい音をたてたりして。

    まあそんな感じで、
    ちっこいベランダに腰掛けて
    ビールを飲んでいたわけです。

    飲んでいるうちに新聞屋さんのバイクの光が
    闇を照らす時間になった。

    そして あることを思いだしました。

    前の前は 前の家と同じ街の別の場所に住んでいた。
    商店街が近くて、お豆腐屋さんもすぐ近くにある場所だった。
    家の前の道路は幅3メートルにも満たない
    舗装もされていない路地で、
    向かいには昔ながらの長屋が数件、連なっていた。

    その頃にも 猫を飼っていたのです。
    アメリカンショートヘアが交じった可愛い猫で
    名前は いしまつ。
    洗面所の窓から
    出入り自由の雄猫。

    その猫はいつも 家の前の道路の真ん中で
    昼寝をするのが日課だった。

    人は通り道にしているけど
    車は住人以外には通らない 静かな道。

    いっつもその道路の真ん中で 
    どっでーん と堂々と眠っていた。

    ある日いつものように猫が寝ている時に、家の前で
    夕刊を配達中の新聞屋のおじさんと遭遇。
    出会えばいつも何か話をするおじさん。

    その方、猫を見て

    「死んでるんかと思った。寝てるんかぁ!」

    と 笑ってた。


    そしてしばらくした ある日
    新聞に交通事故の記事が載った。

    「男性が朝刊配達中に飲酒運転の車にはねられる」

    その方だった。

    驚いたけれど
    その時にはそれ程心配はしていなかった。

    重傷か 重体 だったのかよく覚えていない。
    もしかしたら重体の意味がよくわかっていなかったのかもしれない。
    いつか元気になって戻ってこられると思っていた。

    そして1、2ヵ月過ぎた頃だろうか。

    夕刊を配達に来られた別の人に
    あの方、回復されましたか?
    と聞いたら、

    「事故の数日後に亡くなられました」

    という返事がかえってきて 言葉を失った。
    猫を見て笑ったその方の笑顔が浮かんだ。

    胸が痛んだ。
    なんて寂しいんだろう お気の毒に・・と。

    あの頃は 交通事故は自分とは無関係だと思っていた。
    数年後に、自分が被害者側の立場になるとは
    想像することもなかった。

    もっと 事故のことを深く考えていれば・・
    あのまま引っ越さずにあの場所に住み続けていれば・・
    どじは 事故で命を奪われることもなかったのかもしれない。

    思えば後悔ばかり。
    ああすれば良かった
    こうすれば良かったと
    後悔ばかり。

    そんなことを考えているうち
    だんだん夜が明けてきた。

    薄明るくなった空を見ながら
    もう後悔はしたくないと思う。

    この先 どんなことでも
    後悔せずに生きていくことは できるのだろうか?
    いつまで経っても未熟な自分。
    そうはいかないかもしれない。

    それでも少しでも後悔せずに
    生きていけたらと 
    小さな決心をして 残っていたビールを飲み干した。

    想いが巡る眠れない夜。
    だけど眠れない夜も
    時にはあった方が いいのかもしれない。
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    命のかたち
    - 2015/05/01(Fri) -
    10年前のこと

    友人達と一緒に
    日帰りで温泉に行ったんですよ。

    その温泉は白山の麓にあり
    その先は登山道だけの行き止まり。
    鄙びた温泉です。

    その場所の自然の美しさに
    どじを想い、心が安らぎ、
    心が洗われるような気持ちになったのを覚えています。

    昼食に出された食事は、山の幸 川魚
    その頃はまだ、今のような野菜中心の食事をしていた訳ではなかったのですが、
    その素朴なお料理がとても美味しかったのです。
    自然の美味しさなのでしょうね。
    このような辺鄙なところで、と言ったら失礼ですが、
    こんな美味しいお料理をいただけるとは思っていなかったので
    驚き、そして感動しました。

    その温泉宿はご家族で経営されていました。
    ご両親と、40代くらいの息子さん。
    息子さんが山菜を採りに行くと仰っていたと思います。
    冬季は雪が深く休業になりますが、
    定期的に雪下ろしなど点検に来ているそうです。
    雪で車が入ってこれないので、スキーを履いて歩いて来るんですよと
    笑顔で話されていた息子さんを思い出します。

    夏は星がとても美しく、
    そのお話を聞いて、
    夏にもう一度来てみたいと思ったものです。

    ですがなかなか機会がなく、
    昨年のちょうど今頃に
    また日帰りで行ってみようかなと思い
    HPを見たところ・・・

    なんということなのでしょう。

    2年前の春に息子さんが山菜採りに行かれた時に
    足を滑らせて川に落ち、亡くなってしまわれていたのです。
    平地より1ヶ月くらい遅れて春が訪れる地。
    雪解けの水がまだ冷たい季節です。
    ご両親も大変落胆されて、
    宿は閉館となってしまっていました。

    ショックでした。

    お顔はぼんやりとしか覚えていませんが、
    穏やかな息子さんとご両親の姿が目に浮かび
    とても胸が苦しくなりました。

    何も知らないでいたことを申し訳なくも思い、
    ご両親のお気持ちを思うとやるせなくもなり・・

    たった一度訪れただけなのですが、
    まるで親しかった人を亡くしたような気持ちがしました。

    その話を聞いたある人が
    「人の命には いろいろな形があるんですね」
    と 言いました。

    本当に 人の命 
    人それぞれなのですね。
    とても悲しいことですが・・


    温泉も閉鎖となり、大変残念に思っていましたが
    その後、ある企業が買い取り、
    企業の施設として再開されることを知りました。

    そうなればまた、訪れることが出来るかもしれないと思い
    その日を楽しみにしようと思っていましたが、
    残念ながら今年の2月に、雪の重みのため本館が倒壊し、
    再開は延期となってしまいました。
    現在は再建の工事をされているところです。

    どじとは行ったことはありませんでしたが・・
    きっと あのような場所には
    自然が好きだった どじの命が溶け込んでいるような・・
    そんな気持ちになる 温泉です。

    いつかまた 訪れたいと思っています。
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    冷めてはいても
    - 2015/03/21(Sat) -
    世間は
    「泣ける映画」 「泣ける物語」 「泣ける音楽」 「泣けるエピソード」 
    などあるから、
    泣きたい人はたくさんいるのだろうと思う。
    幸せだなと思う。
    少なくとも大きな悲しみを持った私達遺族よりは。

    感動的な話を聞いた時には泣いて
    悲しい話を聞いた時にも泣いて、

    その当事者にも泣くことを期待する ということ
    あるのだろうと思う。
    泣いて当然と思っているのだろう。

    だけど私は泣かない 外では。
    期待されても泣きはしない。

    悲しみを嫌でもコントロールしなければ
    うまく生きていけなかった。
    悲しむことにも疲れてしまった。

    期待を裏切り平気な顔をする。
    冷めている けどこれからは
    覚めていく。
    そうすることにした。
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    繋ぐ
    - 2014/11/10(Mon) -
    今年も海先生と山先生が来て下さった。

    今まで命日に来て下さることで
    どれほど救われたことでしょう。

    心から感謝します。


    海先生は最近お孫さんが生まれたそうで。

    孫が生まれるって どんな感じだろう?

    聞いてみた。


    自分の娘が子供を産んで、その子がそこにいることが
    不思議な感じがする と仰った。

    とても可愛いんだそうですよ。


    これが 命を繋ぐ ということなんでしょうね。


    どじには命を繋ぐことができなかった。

    子孫を残すことは
    生命の大きな目的ではあるけれど

    残せなかったからと言って
    命を繋げなかった ということではないと思う。

    適切な言葉ではないかもしれないけれど
    どじの精神 本質 魂

    というものは
    私に繋がってきていると思う。

    子から親へとは 反対のようでもあるけど
    私を通じてまた 別の人に
    そのものが少しでも通じるならば
    命を繋いでいるということに ならないだろうか?

    どじはまだ子供で
    伝えられるものがなかったようにも思えるけど
    どじの行動や言葉から 
    何かしら受け取った
    感じ取った友達も いたかもしれない。

    失われた命を考え
    その命がどんな命だったかを考え
    心に留めていけるなら
    失われた命はその人の
    助けになるのではないだろうか?

    経験してきた自分の身近にいた、何人もの人の死。
    時折思い出す人がいる。
    その人の本質を ふと思い出すことがある。
    それに勇気づけられたり
    救われたりしたこと
    そう 
    私にも 確かにある。
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    大変難しい
    - 2014/10/28(Tue) -
    膝の上と左右に、猫はべらせて布に向かう。

    庭の柿の木にメジロがやってきて
    残しておいた柿の実をついばんでいる。

    P1000635.jpg
    メインは奥だったんですが・・


    平和で穏やかな日常です。

    内側はそうでもないけど
    外から見たら幸せなんだろうと思う。
    多くの人もそうだろうけどね。

    だけど静かに布に向かえる時間を持てるのは
    幸せなことに違いないですね。


    どじの服は、本来なら捨ててしまう部分も使うので
    丁寧にほどくため時間がかかる。

    手先を見ながら、あったかいけど膝の猫重い・・  
    と呟きつつ
    いろいろなことを考える。


    人の意識を変えるのは難しいね。

    携帯片手にハンドル握る人。
    なんで停まれないかな~

    と、
    まず思うのは交通安全意識の足りない人達。

    他人の意見を聞き入れない人達。

    暴力的な人達。

    威圧的な人達。

    政治家 などなど。

    政治家が入るのも情けない話ですが。


    他にもたくさんいますよね。

    そして
    他人から見た自分も入っているのだろうと思う。
    人が正しいと思えることは 
    人それぞれだものね。


    以前は私は、それ程交通安全意識が高い訳ではなかった。

    自分では高いつもりでいたけど
    それは勘違いで、自分のこととして考えていなかった。
    大切な子供を失って、思い知ったのだ。

    だから意識を変えるには、
    大きな出来事が一番効果があるのだろうと思う。

    でもそれでは悲し過ぎる。

    どうすれば人の意識を変えることができるのだろう?

    継続した活動ももちろん大切、
    他に、何か良い方法はないだろうか・・

    と糸をほどきながら 考えている。

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    ヤキ入れました
    - 2014/10/27(Mon) -
    フライパンをリフレッシュ。

    ガンコな焦げを焼いて はがして 磨いて 
    油で仕上げして3時間。

    くたびれた。

    でもキレイになって気持ちいい。
    達成感がある。


    マナーとルールがなってないドライバーにも
    ヤキ入れて ハンドルから引き離して 
    亀の子タワシで垢を落として
    きれいにする ってこと 
    出来ないですかね?


    電話する間くらい停まればよいのに。

    急用でも1分かからないだろうに。
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    断食
    - 2014/09/08(Mon) -
    毎月7日は 断食日としているのです。
    6日~8日の3日間は断酒日。

    大酒飲みではないですけどね。
    ビールが好きなんです。
    可愛く 350ml缶を1本か2本
    程度ですけど。

    夏などは冷たいビールが 
    ほんとに美味しい!

    1日断食するより、
    1日から8日間断酒する方が辛いんじゃないか
    と 昨日は思った。
    断食をやめて、断酒の期間を長くしようかと。

    そう思うのは、断食がやっぱり辛いからです。

    とはいえ、体調が万全でなかった
    7月、8月は1食は食べました。

    昨日も、ほんの少し、つまんでいます。
    だから厳格な断食ではありません。

    でもやっぱりお腹が空くのです。
    お腹が空いて辛いんです。

    そして どじはもう何も食べられない飲めない
    笑う事も 泣く事も 遊ぶことも
    何もできないのだと思い
    涙をぽろぽろ流すのです。

    お腹が空くことよりも死は辛い。

    だけど死は必ずやってくる。
    早い死も 遅い死も。

    事故 災害 犯罪 病気
    争いに巻き込まれることもある。

    早くに 突然に 亡くなった人達
    遺されてしまった人達
    その悲しみをも心に留めて
    やっぱり私は来月も
    断食をするのだろうと思う。

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    ラウンドアバウト
    - 2014/08/16(Sat) -
    先日お墓参りに行ったお寺は
    京都市の端の住宅街の中にあります。

    以前は市の中心部の便利な場所にあったのですが、
    都市計画のため現在の場所に移転しました。
    おかげで遠くなってしまいました。
    お寺にしてみれば、敷地も広くなり立派なお寺を建てることができて
    良かったのかもしれませんけど。

    だけどお墓のお引っ越し、
    大変だったことでしょうね。

    今のお寺は住宅街の中に建っています。
    豪邸も多い、閑静な町です。

    1980年代に開発が始まったその町には
    円形になっている交差点があります。
    ラウンドアバウトというものです。
    環状交差点、ロータリー交差点とも言います。
    欧米には多いそうです。


    ラウンドアバウトとは円形交差点の一種である。
    通常3本以上の道路を円形のスペースを介して接続したもので、
    この円形のスペースの真ん中には中央島と呼ばれる、
    円形の通行できない区域がある。
    車両はこの中央島の周りの環状の道路(環道)を一方向に(右側通行なら反時計回り、
    左側通行なら時計回り)通行する。

    (ウィキペディアより)


    日本ではあまり見かけませんね。

    最近になって、ラウンドアバウトの利点がクローズアップされ
    ニュースなどで報道されるようになりました。

    道路交通法の一部が改正されたからでしょうか?
    環状交差点については、

    環道内では徐行
    環道内を通行する車が優先される


    となります。
    9月1日からの施行です。

    お寺のある住宅街は
    車の通行は多くはないのですが、
    先日交差点に入った時には、
    他に2台の車が見えたので
    この住宅街の中では、交通量が多い場所なのだと思います。
    だからこの場所に、この交差点を設けたのでしょう。

    ラウンドアバウトの大きな利点は、
    直交しないこと、また
    速度を落とす必要があるために
    事故率が低くなる ということです。

    信号機を設置する必要がなく、
    進行もスムーズ。

    信号無視による事故が起こらないのが何より良いです。
    災害で電気がストップしても安心して通行できる。
    エコです! いいですよね。

    日本の都市の現状をみれば
    土地の確保が難しい場所も多いと思いますが、
    事故を減らすためにできればもっと、
    ラバンドアバウトを取り入れて欲しいものです。
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    駐車場ショートカットで使わない
    - 2014/05/21(Wed) -
    十字路を左折したい車が
    赤信号になったために急にハンドル切って
    角にあるレストランやコンビニなどの店舗の駐車場に
    抜け道代わりに進入してくる。

    そんな光景、よく見かけませんか?

    信号待ちの時間短縮のためにですよ。

    その行為、大変危険!

    自転車で走っていた友人は、
    抜けようとしたバイクに当てられて怪我をしました。
    もう何年も前の話ですが、
    それ以来怖くて未だに自転車に乗れない。

    近所でも、小さな個人の駐車場に斜めに入ってこられ、
    駐車していた車のドアの一部を当てられ
    傷をつけられました。

    そういう車やバイクは
    大抵スピードを出しているので、
    止めて一言二言三言・・・・ 言おうと思っても
    あっという間に行ってしまう。

    本人は得したと思ってるんでしょうけど、
    そんな習慣つけてもらっては困ります。

    危険につながる行為 ということを理解してもらいたい。

    行動でその人の日頃の運転の仕方がわかりますよね。
    自転車利用の場合も、バイクの場合も
    車の場合でも同じです。

    いつもそんな車を見かけた時には、
    駐車場に入った途端にパンクしろ~~~~~

    と 思うのですが、

    なかなかしないものなのね。

    パンク(ケガ)するのは別の人ばかり。

    通り抜け禁止 の看板で
    少しはましになるのなら、
    是非、立ててもらいたいと思います。

    通りがかりの人が
    一言でいいから注意すれば、
    その人も気づくのかもしれないけどね。

    理想ですかね。

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    抜け道教えるナビ無責任
    - 2014/05/03(Sat) -
    私が普段乗っている車にはナビがついてますが
    ちょっと古いんですね。

    更新できないタイプ?

    でもよく、「”新しいルート” が見つかりました」

    って言うから、
    (補聴器使用の場合にわかる時があり)
    新設された道路もわかるってことかな?

    よくわかりませんが。


    時々、とんでもない道を走らされる。
    (高速の高架下を延々と
     または非常に遠い遠回り)

    そして幹線道路を外れた訳のわからない道。

    熊が出てきそうな車1台分くらいしか通れない山道。

    山の入口と出口に門がある道。
    (本当に通じているのか?と疑うような)

    などなど、

    信じられない道を通るはめになる時もあります。


    そして街中の細い生活道路を走る時も。


    そういう時にはとても申し訳ない気持ちになります。

    そこにお住まいの方の暮らしを邪魔しているようですよね。
    事故の危険も多いし。

    だからなるべく、知らない道を走る時には
    地図を見て、
    あらかじめルートを頭に入れておくようにしています。

    でもそうでない人が多いのも現実。


    家の近くにも抜け道として使われる道路がありますが、
    もう生活道路そのものという道なんです。
    車1台通るのがやっと。

    なのですが慣れてしまうと、
    そんな道でもスピード出すものですね。

    小さい十字路があり、人や自転車が通るのに
    気が付いているのかどうかわからない運転をする人もいる。

    その道路を通る人は殆どが近辺に住む人です。
    ほんの2、30秒、早くなるからと
    その道を通るのです。

    なんて自分本位なんだと呆れていたのですが、
    ある日、知人の車に乗せてもらった時
    なんとその道をナビが案内するのです。

    気付いた時にはもうその道に入ってました。
    一方通行だから戻ってとも言えず、
    初めての狭い道を徐行して運転する知人に
    申し訳ないな~と思いながらも、
    こんな道をナビが案内するなんて・・・・
    と 不愉快にもなったのです。


    ネットで調べてみると、
    「抜け道案内」をするナビもあるそうです。

    知人のナビは普通にルート検索して、
    その道を案内したようですが、
    新しいナビは生活道路を外す設定になっているようですね。

    通学路の事故が増えているので
    少しほっとしましたが、
    古いナビでもし案内されても、
    出来るだけ狭い道は通らないように
    心がけて欲しいと思います。


    「知らない人がナビの案内で狭い生活道路を通る」

    これは仕方ないことかもしれませんが、

    知っているのにほんの少しの時間短縮のために
    その道路を利用する人は、
    もうこれは、確信犯ですよ。

     「生活道路を抜け道にしない」  

    と考える人が、増えて欲しいと思います。


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    死にたくない
    - 2014/04/29(Tue) -
    死にたくないものだね
    人は。

    最近亡くなった人が何人かいてね。

    お世話になった人もいる。
    一度だけ会っただけの人もいる。
    遺された家族が気になる人もいる。

    亡くなられたと聞いた時には

    死にたくなかっただろうな・・と

    いつも思う。


    私だって、いつ死んでもいいと思いながらも
    死にたくない まだ。

    災害にあったり
    病気で死の淵にいった時には
    きっと、
    ああ 死にたくない
    まだ生きていたい

    と思うに決まってる。

    生きている者は 生きたいと思うのが当たり前だから。


    でも自ら命を断つ人もいる。

    生きる気力を失っている人もいる。

    何故なのか

    何故 そう思うのか。


    そうなってしまったのは
    理由があるから。

    それでその人は病んでしまった。
    命の健康を失ってしまった。

    私も 辛くて辛くて
    生きていたくないと思い続けていた時は
    病んでいたんだと 
    今は 思える。

    死にたくないと思えれば安心していいよ。

    死にたいと思う時には
    じっと時を待てばいい。

    いつか治るから。
    慌てないように。

    命 たったひとつ
    大切に扱わないと もったいない。

    他人の命もね。


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    気付きの積み重ね
    - 2014/04/24(Thu) -
    先日テレビのある番組が、
    岡山理科大学が研究しているマグロの養殖について取り上げていた。

    養殖施設の近くに海はありません。
    海水を運んでいるのではなく、淡水で育てているのです。

    海の魚は淡水では生きることができませんが、
    淡水にカリウムなどの電解質を加え、
    「好適環境水」にすることで、
    海水がなくとも海の魚を養殖することができるのだそうです。

    マグロは移動の際や、魚同士でぶつかったりして出来た傷が原因で
    死んでしまうほどデリケートな魚なんだそうです。
    人間が素手で触ると火傷をするとか。
    あんな大きな魚なのに、信じられませんね。

    そんなマグロの養殖は簡単なものではありません。
    失敗も続いたそうです。
    水槽は大型ですが、マグロからみれば小さな水槽。
    マグロが壁と認識できるように模様をつけ、衝突を防ぐ工夫など、
    試行錯誤を繰り返し研究を続けてこられました。

    中心となって進めておられる山本俊政准教授は、
    失敗から気付いたことを、改良し、生かしてきた、
    その気付きの積み重ねだった、と
    話しておられました。

    養殖の是非はともかく、
    食料危機や、海の資源の枯渇を防ぐためにも
    この研究は素晴らしいと思います。


    そしてこの 「気付きの積み重ね」
    という言葉にも、心が留まりました。


    私たち遺族も、そうだったのではないでしょうか。

    傷つき苦しみもだえながら、
    ひとつひとつを越えてきた。

    悲しみにどう向き合えばよいのか。
    自分の感情の扱い方もわからない。
    怒りもある。
    体調も悪くなってしまう。
    何もできない時もあった。

    そんな時に、ふと、気が付くことがあります。
    きっかけはいろいろ。
    自然の風景だったり、
    誰かの言葉だったり
    誰かの行いだったり。
    自分が動いてみたことでも。

    ああ こういうことだったのか、
    こうすればよかったのか、
    あの人は このように思っていたのか、

    など、
    気付いたことは多かったと思います。
    その積み重ねで今がある。

    振り返ってみた時には、
    立ち止まっていた地点より随分進んでいます。

    私も事故直後から、全く進んでいないように思えても、
    やはり以前とは違います。
    少しずつでも、進んでいるのは間違いないのです。

    交通事故だけではありません。
    世の中にはさまざまの苦しみがあります。
    今悲しみや苦しみの渦中におられる方も
    たくさんいらっしゃることでしょう。

    だけど、大丈夫ですよ。
    苦しみはいつか糧になる。

    だから、大丈夫なのです。

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    安全運転お願いします
    - 2014/04/13(Sun) -
    5日の記事に、
    後部座席のシートベルト着用は義務だが違反ではない
    と書いてましたが、
    行政処分が下されないだけで、違反です。
    変な書き方してましたと反省。

    ということで 訂正しました。

    道路交通法第71条の3

    2 自動車の運転者は、座席ベルトを装着しない者を運転者席以外の乗車装置(当該乗車装置につき座席ベルトを備えなければならないこととされているものに限る。以下この項において同じ。)に乗車させて自動車を運転してはならない。


    はい この通り違反です。
    後部座席も着用しましょう シートベルト。


    春の全国交通安全運動も残り1日になりましたが
    胸の痛む事故も幾つかありましたね。

    亡くなられた人はどんなに無念だろう。
    遺されたご家族はどんなに辛いだろう。

    自分が簡単に他人の命を奪うことができる
    「凶器」である乗り物に乗っているという自覚、
    ない人が多いと思います。

    動かすのは 「人」 なのですから。
    「人」 の技術も向上させてください。
    メンテナンスも必要ですよ。
    疲れたら乗らない・・現実には難しい時も多いです。
    疲れを感じている時には、より一層の注意が必要なのです。


    私も先日、横を通った車のミラーがコートをかすって
    びっくりしたことがありました。

    聞こえが悪いと、車の接近に全く気が付きません。
    気が付いたとしても、
    狭い道であるにもかかわらずスピードを出していたので、
    避けることができたかどうか?

    前方の信号が青だったので、急いでいたのでしょうね。
    でも結局赤になって止まりましたよ。バカですね。
    しかも携帯で話しながらの運転だったのです。
    ほんと大バカですね。

    歩いて追いつくまで信号が変わらなかったので
    窓をコンコンして、二言くらいは言いましたけど。

    「すみません」 と言った40代くらいの男性にも
    家族がいるだろうに。
    家族が電話しながらの事故で命を奪われたら、
    悔しい思いをすると思うのですが。

    事故は他人事ではありません。

    意識して、安全運転をお願いしたいですね。

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