ぶつぶつとひとり言
    - 2015/03/27(Fri) -
    「マッサン」 もとうとう最後ですね。
    なんとなく見始めたらやめられなくなる朝ドラ。
    以前は一度観たら続けて観る気がしなかったものだけど。
    (演技が下手過ぎて)

    演技の下手なヒロインだったんでしょうか。
    今は皆さん、演技が上手なんでしょうか?
    TVの音はなんとなく聞こえる程度の私には
    役者さんの演技の上手、下手はわからない。
    最大のボリューム(怖) にすればわかるんだろうけどね・・
    そうもいかないので自分だけの時には最小にしている。
    訳のわからない音がするよりずっといい。

    ところで 「マッサン」 の読み方は
    関西のイントネーションなんだそうですね。
    エリーは、標準語の発音で 「マッサン」 と呼んでいると、
    友人に尋ねて、わかりました。

    最近は高齢化社会の反映か、
    民放の朝の番組でも字幕付きがある。
    とはいえ1つだけだけど。
    1つだけでも、素晴らしいと思う。
    今日最終日だった 「いっぷく!」 ね。

    字幕付きが増えれば選択肢が増えていい。
    今まで朝はNHKしか観れなかった。
    土曜日は 「サワコの朝」 これは観る。
    字幕付きなので。

    CMも字幕付き。

    こんなこと言ってたのかと
    なるほどそうなのか と思いました。
    商品の知識がちょっとだけ増えました。
    そのメーカー、好感度アップしましたよ。

    字幕がないと、想像膨らませてもさっぱりわからない。

    一度 お父さん犬のCMを
    字幕付きで観たいものだと思う。

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    コミューン 会話支援機器
    - 2014/09/15(Mon) -
    昨夜友人から

    「TVを観て」

    と メールがあった。

    難聴者の会話支援機器 の紹介だった。

    コミューン と名前のついたそのスピーカーは
    卵型の可愛い形で、開けるとスピーカーになる。
    ユニバーサルデザインで、しゃれていて
    抵抗なく使えそう。

    難聴者が聞きとりやすい音質にするために
    研究を重ねて完成させたものだそうだ。
    ずっとわからなかったお孫さんの声がわかって
    涙を流される 難聴者の方が映し出されていた。

    その方は高度難聴と字幕にあったので、
    中度難聴の私なら、使うことができるかもしれない?
    明瞭な言葉が聞こえてきたら
    頭の中のモヤモヤした感覚も、すっきりするかも。

    テレビでは、スマホにコードを接続して使っていたので、
    そのようにして使うのだと思っていたけど
    後でそのHPを調べると、マイクとセットになっていた。
    マイクも声だけを集音するものだった。

    1対1の会話なら十分聞こえそう。
    3人、4人・・と増えていけば、
    全員の声を拾うのは難しくなるかな。

    それでも、もうわからなくなってしまった
    テレビ、パソコンの音声が
    コミューンを使うことで取り戻せるかもしれない。

    字幕がなくて観たくても観れない邦画を観ることができる、
    字幕なしの動画をヘッドホンで何度も何度も
    繰り返して聞いて理解するわずらわしさがなくなる、
    家族との会話がスムーズになる、
    なら、1台買ってみようかな・・という気になったけど

    高額で。
    195000円だった。
    病院や公共の場に是非置いて欲しい機器だけど、
    使う場所が制限される機器を
    個人が買うにはためらわれる金額だった。

    聞こえを支援する機器はみな高い。

    私が使用している補聴器も、
    左右合わせて50万円近くした。
    もちろん補助もない。
    聞こえを取り戻したくて買ったけど
    元のように聞こえる訳でもない。
    少しはましだけど。

    だから諦めるしかない。
    最近は理解できない話に加わるのがストレスで
    人を避けるようにもなりつつある。

    コミューンは難聴者にとって 光のようなものですね。

    これから開発が進んで
    どんな方向でも声に反応して集音でき、
    マイクもスピーカーももっと小さくして
    携帯できるようなものも作られたら嬉しいと思う。

    どじが生きていたら私の言葉を聞いて
    「研究してみる」
    と 言ったかもしれない。

    子供が死ぬのは
    全ての可能性を潰してしまうことだ。

    交通事故で子供の命が奪われるなど
    あってはならないことだと思う。

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    私 キレてもよいですか?
    - 2014/07/01(Tue) -
    既にキレました。

    (詳細は省く)







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    悩む
    - 2014/06/24(Tue) -
    湿疹が気になって皮膚科を受診したら
    湿疹より耳が心配だと
    繰り返し耳鼻科を受診するようにすすめられた。

    1年程前に聴力検査したっきりで
    全く受診せずに放置している。

    と また耳ネタです。

    耳ネタが多くなったということは
    自分に目を向けることが多くなったということで
    それはそれで 良いことではあるけれど、
    耳のことで悩むのは
    あまり喜ばしいことではない。

    会議はとうとう今週末となってしまった。
    自尊心がボロボロになるような気がする。

    既にもうひび割れてますが。
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    ママチャリ散歩
    - 2014/06/17(Tue) -
    最近はさすがの私も
    ママチャリに乗るようになりまして。

    適当にカゴを後ろにくくりつけたりして。

    140617_190704.jpg

    主に買い物へ行くのに役立てています。


    最近は日中は暑くて
    自転車で買い物に行く時は
    午前中または陽がそろそろ落ちる頃になってから
    出かけるようにしています。

    何しろ紫外線が怖いお年頃。

    これは年齢に関係ない?

    でもさすがの私も最近は
    日中出かける時には帽子と長袖
    またはアームカバー。

    でもモノによってUVカットでなかったりと
    微妙にいい加減でもある。


    それはそれでまあ良いとして

    まあ良いかと思えないのが地域のことで
    会議の日が迫ってきた最近は
    いつも心が重かったりする。

    重いと つい愚痴が出る。

    これではいけない
    と ママチャリ散歩に出かけることにしたのです。


    陽が落ちて薄暗くなった
    湖岸の道を走ります。

    以前は気持ちが落ち着いたこの道も
    最近は通らなくなっていた。
    風景に心癒されなくなりました。

    この街に住み続けるのが
    ちょっと しんどくなってきたんですね。
    思い出が多過ぎて。

    でも大切な思い出でもある。


    そんなことを考えながら風に吹かれて
    ちょっと遠くまで走りました。

    普通に生きていくことが叶わなかった
    どじを想いながら 走りました。

    それに比べたら
    私の辛さなど 軽いこと。

    なんとかやり過ごそう。
    丁寧にこなそうと

    少しですが 思うことができました。

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    嫌なことも聞こえない
    - 2014/06/11(Wed) -
    耳のことでは悩むことが多い。
    聞こえる人にはわからないだろうと思う。

    何故なら私も以前は ”聞こえる人” 
    だったから。

    その時の私は ”聞こえないこと” が
    わからなかったから。


    鬱々と一日を過ごしてましたが、
    夕方ある人に出会ってからは
    少し気が晴れました。

    その人はちょっと不思議な人で
    会うと何かしら言われる時があるのですが
    最近はあまり言われないようになっていた。

    それはそれで喜ばしいことなんだろうと思う。

    私も、言ってもらえると嬉しいけれど
    自分からは聞かないことにしていた。

     「訳がわからない不思議な何か」 の
    意思に任せようと。

    という言い方は違うのかな。

    どちらにせよ
    私では理解できないこと。
    だから流れにお任せなのです。

    必要と思うなら、自分から行って
    聞けばよいことですしね。


    今日出会ったのも たまたまでした。

    ちらちらと私の横を見てはおられたけど
    何も言われなかった。

    多分 言う必要がなかったんだろうと思う。

    なんてこと真面目に思う私がおかしいのだろうか?

    でもそう思う方が、楽しいです。


    いつもの如く、
    自然に聞きづらいのがわかる状況なので
    誰もが自然に言うことでもあるけれど、

    「聞こえないのもいいことがありますよ。
     嫌なことも聞こえないでしょう。」

    とおっしゃった。

    そうなんですよね
    その通りでもあるのです。

    もし全てが聞こえたら
    もっとストレスは増えているかもしれないですね。
    批判 非難 誤解など 
    きっと思っている以上に 言われているのでしょうね。

    「嫌なことも聞こえないでしょう。
     それはいいことなんですよ。」

    慰めの言葉でも
    真実でもある。

    受け入れて生きる。
    納得できなくても。
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    - 2014/06/10(Tue) -
    自治会の会議の件では、5月末に解決策を練りました。

    パソコン入力か、手話通訳でと考えていましたが、
    あえなく却下されてしまいました。

    障害があるのはわかるけれども
    家族なら良いが他の地域の人にサポートしてもらうのはどうもね

    という理由です。

    家族がダメな場合はと考えてお願いしたのですが。

    どこでも そうなのでしょうか。

    粘ったけれどもダメでした。

    結果、同じ自治会の方に
    パソコン入力が早くできない人が多いため
    (私でもできますけどね)
    耳元でささやくふうに、他の人の話を伝えてもらう

    ということになりました。


    その場合なら、なんとか聞き取れます。



    その図は私にとって非常に恥ずかしい。


    100歳を超えようかという方に
    そのようににして話している姿を
    テレビで時々見かけますが、
    それと同じことをしてもらうのは 恥ずかしい。

    だけど、他に方法がありません。


    能力のない
    (地域にとってはしかも女性の)
    私が、
    能力がないだけではなく聴力もなくて、
    別にいなくてもいい存在であるのに、
    そのようにしてまでわざわざ
    会議に出席する必要があるのか?

    と 口には出さなくても
    そう思っておられるのが伝わってくるようでもある。

    自分の考えがあって行おうとしていることは
    決していけないことではない けれど
    とても痛いです。

    もちろん 好意的に見ておられる方もいらっしゃるだろうとは思います。
    願望ですけどね。


    情けなく 惨めです。

    だけど開き直るしかない。


    私 Mですかね?
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    自然な笑顔
    - 2014/06/04(Wed) -
    先日宇治へ行った時には
    京都からJR奈良線に乗りました。
    快速が行ったところだったので、
    各駅停車です。

    発車少し前に乗ったので、
    向かい合って座る座席には皆が座るほどは
    席は空いていませんでした。

    私達のグループも座ったのは半分程度。
    あとの半分は立っていました。

    同じ車両には、外国人のカップルが2組いました。
    最近は外国から来られる旅行客も多いですね。
    特に京都は多いです。

    列車が駅を出て私達が話していたら
    すぐそばの席に座っていた一組のカップルの男性が立ち、
    仲間の一人に席を譲ってくれました。

    その仲間、
    決して高齢ではないのですが、
    その男性に比べたら、確かに年配者ではある。

    彼女、恐縮しながらも遠慮せず、
    ニコニコしてお礼を言って、その席に座りました。

    その彼も立ちながらニコニコ。
    とても人懐こい感じの人でした。

    そのうち別の仲間がカタコトの英語で(本人曰く)
    話しかけるようになりました。
    それをまた手話でろう者に伝える訳です。

    その二人、ブラジルから来られたんだそうです。
    これから伏見に行くとか。

    褐色の肌が美しい二人。
    彼は腕に入れ墨をしていて体格がよい。
    彼も彼女も若く、彼女は美人。
    2人とも大きなリュックを持ってます。

    外国の方はたくさん見かけるけど
    彼のように人懐っこい人はあまり見かけないかな?
    彼は日本語がわかるわけでもなさそうでした。

    そういうところはちょっと、ろう者に通じるところがあります。
    ろう者は外国に行った時でも、
    身振り手振りで通じてしまいます。
    陽気で、変に遠慮することもない。
    いつも遠慮している難聴者としては
    その点はおおいに見習いたいと思う。

    英語 手話 日本語 が交じる会話をしたのは10分ほどで
    2人は電車を降りて行きました。
    彼は最初から最後まで笑顔でした。

    楽しい時間を過ごせました。
    そのきっかけは、お互いの笑顔だったと思います。

    手話で話すグループだったので
    表情が明るかったのでしょうね。
    他の日本人と比べると、
    開放的に見えるんだろうと思います。

    彼の表情もとても素敵でした。
    他の人にとっても、笑顔はいいですね。

    私などはひきつりながらの笑顔が多いです。
    特に聞こえる人と話しする時に。

    同じ日本人で日本語が通じるのに
    こんなに疲れるのも変な話。

    笑顔になれないときもあるけれど、
    やっぱり笑顔は良いですよ。
    ほっとします。

    私も自然な笑顔ができるようになれば
    会話ももう少し
    スムーズにできるようになるのかもしれません。

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    笑顔
    - 2014/05/30(Fri) -
    久しぶりに宇治へ行ってきたのです。

    P1000187.jpg
    側面からみた平等院です。


    誰と行ったかというと
    手話サークルの仲間とですね。

    何故行ったかというと
    サークルの行事のひとつ、レクリェーションですね。

    企画、予約、先導
    仲間の協力を得ながらこなしましたが
    ストレスは殆どありませんでした。

    何故ストレスがなかったかというと、
    通じる相手ばかりだからです。

    何が通じるかというと、
    言葉 (手話) です。

    今日しみじみ思いました。
    自由に話せるのは、なんて嬉しいことなんだろう。

    P1000199.jpg
    抹茶づくり体験もしました。


    聞こえる他の人達が普通に
    自然にできる会話ができないのは
    悲しいことです。
    不便という簡単な言葉では片付けられません。

    いつも諦めて生きている
    という 言葉がぴったりくる。

    難聴とは、そういうものですね。

    といっても、悲劇のヒロインではない。
    流れでそうなってしまっただけです。

    その流れというのが、交通事故で子供を亡くす、
    だったのが、一番悲しいことです。

    私は聞こえを失いましたが、
    身体や心の健康を失ってしまった人もたくさんいる。

    他人の生命を奪ってはいけない。
    全ての人に、常に心に留めて欲しい。


    もうひとつ。

    笑顔の良い仲間がいました。

    彼女は私のような
    重い経験はしたことはないのだろうと思いますが、
    その笑顔がとても素敵でした。

    思い返せば
    私も昔は、
    「笑顔でよいね」 と
    よく言われたものでした。

    暗い表情は、少なかったと思います。

    歳を重ねると、「いつも笑顔」
    でいられる時は少なくなります。

    環境によって
    笑顔になれないことが多くなりますね。

    それでも周囲をほっとさせる笑顔の人はいる。

    どんな経験をしていても、
    そんな笑顔ができる
    生き方をしたいものだ と
    しみじみ思いました。
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    解決策
    - 2014/05/26(Mon) -
    そうだ 役目を果たそう。

    と 昨日決心して(悲壮な)
    一晩眠って、
    解決策をいろいろ考えた。

    そうだ 
    わからないならサポートしてもらえば良いんだ!

    と 誰にも頼んではいないけど頼むことに勝手に決めて、
    とりあえず会議の内容を聞きに行った。

    なるほど そんな話をされていたのか・・

    と わからないままだった話の内容もわかり、
    理解できると少し安心もできるのだった。

    何しろ、片言しかわからない外国で
    会議に出席しているようなものだから。

    通じない 理解できないことは
    聞こえる人が想像するより重くて辛い。
    顔が自然にひきつります。
    美容にも良くない。困ります。

    だけど以前と比べると
    割と早く気持ちを切り替えることができるようになった。

    もう 開き直ったと言いますか。
    恥をかくのも慣れたと言いますか・・
    悔しいけど。

    別に私が会議に出席しなくても
    事は進むし、
    他の人にとっては私の存在など
    どうでもよいことではあるけれど、
    一応私が選ばれてという形で
    その場に行くことになったわけだから、
    途中で抜けて、選んだ人達が批判されることになれば
    またこれも面倒。

    公的なサポートに救いは求められない。
    求める気にもならない。
    理解してくれる人を増やす努力を
    これからも続けなければならないのだなぁ。

    しんどいなぁ

    と 呟きながら
    やっぱりこれからも、続けないといけないね。


    今回はまず サポートの了承から。


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    限界
    - 2014/05/25(Sun) -
    ため息の似合う女性は良いね。
    美しい感じがする。

    私もよくため息つくけど
    決して美しくない~ と
    きっぱり。

    昨日もため息つきながら自転車を走らせて
    薄暗い中公民館へと向かいました。

    会議があったのです。
    面倒とかそんなことはあまり思いませんが
    問題は、聞き取れるかどうか。

    結果 予想通りでした。

    ポイントを外した意見を言うし
    人が話している途中から意見を言い出すし
    理解しているのかどうかわからない

    と 周囲は感じたことでしょう。

    そんな人間が何故 会議の場に?

    押し切られて受けた役ですが、
    聞こえない者を推してどうするの
    と 思う。
    だけど私が自分の現状を
    (見かけより耳がわるいのだということを)
    強く伝えなければならなかったのだと後で後悔反省。

    そして自分も
    ”まだ聞き取れる” 
    という思いを捨てきれず、
    無理と感じながら承諾してしまったのだと思う。

    後悔することばかりです。

    日記を見たら、昨年の今頃も
    耳のことで悩んでいた。
    終わった後も心に鉛が残っているような
    重い気分だと書いてある。

    昨年のことも辛い思い出として覚えているけど、
    こんなに辛かったのか・・と
    改めて思った。

    忘却とは、なんて便利な機能なのでしょう。


    私の良いところは、辛いことでも
    数日間寝ている間に少しずつ忘れてしまうところだ。

    今は辛くても、寝ているうちに忘れてくる!
    と思いこみながら過ごしてきた。

    ここに越してきてから14年近く。
    いずれ聞こえなくなるだろうから、
    聞こえるうちに何でもさせてもらおうと
    自治会の活動に参加してきた。

    今はもうサポートがなければ何もわからない。
    サポートのない私には、会議に出席する意味がない。
    もうそろそろ限界なんだと思う。

    最後と思って、
    役に立たなくとも役目は果たそう。

    と 悲壮な決意をしていた時、
    知り合いからお花をいただきました。
    ほっと 和みました。

    ありがとう

    20140524.jpg
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    数年ぶりに
    - 2013/10/09(Wed) -
    「花は咲く」の歌の手話をイベントで披露したいので
    手話を教えて と頼まれた。
    そこで手話を知らない人達も覚えやすい手話を
    友人にも協力してもらって決め、
    何回か集まり覚えてもらった。

    あと数回練習の予定。

    もう 私には音楽はわからない と
    諦めていたけれど、
    リズムをつかむためネットの動画を
    繰り返し聞いているうち、
    メロディーが頭に入ってきた!

    なんということでしょう~(この番組好き)
    歌がわかったなんて何年ぶりなのでしょう~!

    そうなればもう大丈夫。
    カラオケだって歌えそう。

    とはいえ、歌うのはやっぱり自信がないかも。
    耳に入ってくる自分の歌も音が壊れているので
    調子っぱずれの歌になっているかも?

    あんまり恥はかきたくないです
    これ以上。

    聞き違いも多いし、
    耳のことではストレスを感じる時は多い。

    耳には全く自信なし!!

    自分にも自信はないけど、
    一応信念はある(と思う)から 
    まあ いいことにしておこう。

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    チャレンジング
    - 2013/03/18(Mon) -
    フライパンに油をひきながら
    「サラダに卵入れるよね?」 と聞かれ
    「へっサラダ? 卵?
     ゆで卵なら入れるけど」

    後で聞き違いだったと判明。
    サラダでなく チャーハン と言ったらしい。
    なんでチャーハンが サラダに聞こえるの 謎。

    話が全く噛みあわない。
    今回は聞き違いを指摘した人がいたからわかったけど、
    大抵の場合聞き違えても、指摘してくれる人は殆どいない。
    心で苦笑されそのまま終わる。
    指摘は余計なお節介ではないので、
    遠慮せず教えてくださいお願いします。

    それにしても
    聞こえていれば数秒で理解できるものが数分もかかるなんて。
    きちんと聞こえないのはなんて面倒。
    なんて不便。

    今回はあまりにも理解できない聞き違いなので
    思いだし笑いをするほど笑えましたが。


    『障害は不幸でなく不便なだけです』

    その通りだけど、
    自分がいくらそう思おうとしても、
    どうしても以前の聞こえていた自分と比べるから
    「不幸感」がぬぐえない。

    ここで感謝をすれば、
    暗い穴に落ち込むことなく
    上昇していけるのだろうと思う。
    だけど失ったものは、持っていた時より大きくなる。
    それは執着というものなのでしょうか。
    どじに対しても、そうなのか?
    執着とはまた違うように思うけど、
    宗教者でない私はうまく言えません。

    以前の「聞こえていた自分」 
    対比して
    今の 「聞こえにくい、理解できない自分」
    は、
    能力なし 聞こえる人と同じことをする資格なし
    とまで思えてしまう。

    失ったことを受け入れるのは本当に難しい。
    社会的なサポートが全くない、というのも
    苦しみが増幅される原因のひとつ。

    中度難聴者にも障害者認定を!!
    と 心で叫び
    毎日不便をクリアしていくしかない。
    クリアできないことも多いけど。
    チャレンジングな毎日・・と言えばそうである。

    考えてみれば私以外のどんな人にも
    迷い苦しみ悩みはあるもの。
    愛やお金が足りず不足感いっぱいの人も
    病気で苦しんでいる人も
    災害で苦しんでいる人も
    大切な人を失い苦しんでいる人も。

    生きていくのは皆平等に、
    チャレンジングなことなのかもしれない。

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    大声で呼ばれる時
    - 2013/01/16(Wed) -
    聞こえにくいことで恥をかくことが増えてきた。

    そんなことでも慣れてくるけど、
    それでも、時々とても嫌な気持ちになる時がある。

    例えば、
    入ってはいけないエリアに
    知らずに入って行って、
    そこの施設の人に大声で呼ばれた時。
    (会員のみ利用できるエリア)

    料金を支払って歩き始めた後に
    料金の確認を求められた時。
    (あまり求められることはないものです)

    当然周囲は何事かと注目する。

    大声を出して私を呼ぶ人は、
    呼んでも無視する(ように見える)私を
    いまいましく思うだろうけれど、
    それは勘違いなのです。

    ゆっくり歩いているのだから、
    大声を出すより
    駆け寄ってきてくれたらありがたいのですが。

    それはある一つの施設での出来事で、
    全体的に配慮の足りなさを感じることが多かった。

    それはその施設の問題ですが、
    似たようなことはどこでもあります。
    大声でなくても名前を何度か呼ばれたら
    やはり周囲に注目されます。
    そんな時には、恥ずかしいと思う。

    見た目は何ともないし
    普通に話も出来るので
    耳が悪いとは思わない・・のだろうけど、
    世の中には聞こえない人もいるのだということを
    接客を仕事としているのなら
    頭の隅に置いておいてほしいと思う。

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    一枚の紙
    - 2012/10/09(Tue) -
    ご近所のあるお宅の持ち主は、
    お仕事の関係で少し遠いところにお住まいです。
    時々ご自宅に帰って来られる。

    月1回の時もあれば2、3回、
    数日の時もあれば1週間の時もある。

    私たち家族が越してきたのは12年前。
    その頃既にそのような生活をされていました。

    こんな家に住みたいなあ・・と思えるようなお家です。
    懐かしい雰囲気のお家です。

    夕方、そのお家の方がうちに来られました。
    笑顔で、よろしくお願いします と
    1枚の紙を差し出されました。

    そこには、家の補修工事をすること、
    ご迷惑をおかけすること、
    そのお詫びとご理解のお願い
    が 丁寧に書かれてありました。

    その方がお家に帰られている時、
    外に出ておられる時には大抵、
    他のご近所の方と話をされている。
    笑顔の優しい、良い方ですが
    私はその方と殆どお話しすることはありません。

    話をするのが嫌なのではなく、聞き取れないからです。
    たまにお話しする機会がありますが、やはりよくわかりません。
    ですからいつもご挨拶だけ。

    「耳が悪いのですみません」

    言う度にちょっと悲しくもなりますが、
    もう慣れました。
    本当はいろいろとお話ししたいのですが、
    でももう 私には無理だと諦めています。

    今日の夕方、
    その方が差し出された1枚の紙。
    私も笑顔で
    「わざわざ書いて下さったのですね。
     ありがとうございます」
    と お礼を言いました。

    普段殆ど会話をしていなくても、
    必要な時に必要なことをして下さる。
    その方の気配りが、
    とても嬉しく、ありがたく思いました。

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    字幕付きCM
    - 2011/08/22(Mon) -
    昨夜、
    家族が見ているからなんとなく一緒に見ているドラマ
    (前田敦子ちゃんかわいいね)の間に入るCMに
    字幕が付いていた!

    その企業が特にお気に入りでもないけれど
    字幕が付いているだけで、その商品が頭にインプット。
    他社の同じような商品と並んでいたのなら
    これCMに字幕ついてたと、手に取ってしまいそう。

    いつも少しのイライラを感じながらCMを眺めてる。

    えっ お父さん(らしい人)何言った?
    えっ なぜ走っていっちゃうの?
    えっ 何がどうしてどうなって?

    意味不明。想像の世界。
    他の人が笑っていても、何のことだか。
    理解できないのは寂しいものです。

    昨夜のCMも、いつも見ていたもののよくわからないままだったけど
    字幕を見て何を言っているのか初めて知りました。
    見るだけではわからなかった商品説明。
    心が動くような、
    購買心理をつつくような セリフ。
    久しく忘れていた。この感じ。

    ああ CM見て笑いたい。
    何を言っているのか、知りたいCMが他にもいっぱいあるのだった。
    CMは無理やり見せられるもの。
    字幕付きで放送するくらい、サービスしてもいいのにね。
    聞こえる人だけが、お客さんではないでしょうに。

    といつも思っていたものの、ないものと最初から諦めていた。
    諦めずに企業に要望を出せばいいのですよね。
    といっても 最近聞こえないことに対して投げやりになりがちでもある自分。
    諦めざるを得ないことが多くて、行動を起こすのがしんどいのだ。
    他に抱えていることも多くて、後回しになる面もあるけれど、
    自分が聴覚障害の中に入らない、
    微妙なレベルの立場であることが一番の理由かもね。
    しっかりと苦労はしているのだけれど。

    自分が努力しなければ誰も助けてはくれない。
    だからいつも気を張っている ものの、
    抜けているところも多いので反省も多い。

    先日地蔵盆があり、自宅のある組が
    相談、準備、当日、片づけ と担当したけれど、
    聞こえなくて困ったことが多かった。
    もう、常にノートとペンを持つようにしなければ。

    自分からアクション起こさなければ、何も変わらない。
    よくわかっているつもりだけれど、する気が起きない。
    聞こえる人に遠慮する必要はないのかもしれないけれど
    元聞こえていた私は、聞こえる人の気持ちもわかる。
    けれど、やっぱり遠慮しないでおこう。
    と なんてややこしいことでしょうか。

    だけど、字幕付きCMは嬉しかった。
    この嬉しさ、忘れないでおこうと思う。
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    田中好子さん
    - 2011/04/26(Tue) -
    「0(ゼロ)からの風」のロケで
    田中好子さんにお会いしました。
    二度目に、兵庫県のある廃校に行った時に、
    笑顔で校庭をこちらに駆けて来られる姿を見て
    可愛い人だな と思いました。
    楽しげなメロディーがついているようでした。

    別の場所でのロケの時に同じテーブルで、夕食のお弁当を食べたとき
    私は皆の会話がさっぱり理解できず(聞き取れなかった)ので
    一緒に食事をしたという実感があまり持てないまま、
    彼女も私のことを忘れておられるだろうと思っていたけれど
    試写会でお出会いした時にご挨拶をしたら思い出されたようで、
    字幕付きではなかったことを
    「聞こえましたか?」と聞いて下さいました。

    3度のロケで見た彼女は、
    感受性豊かで、それを上手にコントロールできる人だと思いました。
    女優さんだから 当たり前かもね。
    「0(ゼロ)からの風」の演技も 素晴らしかった。

    告別式で流れた彼女のメッセージに
    涙した人も多かったと思います。
    早すぎた死 無念だったことでしょう。
    私もテレビの字幕のその言葉を見て、彼女の想いを知りました。
    ただ字幕の量よりも、話す時間が長かったので
    字幕を省略しているのかと思っていました。

    が、そうではなかったようです。
    友人から、途切れ途切れに、苦しそうに話されていたと聞きました。
    友人は、それでも想いを伝えたいという
    田中好子さんの気持ちが伝わってきて、涙が出たと言っていました。
    私は、なんとなく声が聞こえるけれど
    目で見る情報は字幕だけなので
    そのニュアンスというのがわからなかった。
    これに限らず どこでもそう。
    誰かの話を聞いて周囲が涙を流していても、悲しいと思えず
    自分は感情を失ってしまったような気がして、居心地の悪さを感じる。
    ただ 理解できないだけなのに。
    耳からの情報がないと、情感も失ってしまうのでしょうか。
    音楽を聴いて涙を流すということも 忘れてしまった。

    だけど見たものはそのまま心に入る。
    田中好子さんの 精神 本質 魂
    美しかった。
    天国でも 幸せでいて下さい。

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    クソ
    - 2011/01/21(Fri) -
    昨年夏に地デジ対応のテレビに変えて、
    ようやく テレビを楽しめるようになった。
    字幕が見れるようになったから。

    テレビは眺めるだけのものだったけど
    理解できるようになると見るようになるもので
    見るのをやめていた自然番組やドラマなども
    最近は喜んで見ている。

    だけど全ての番組についている訳じゃない。
    聞こえの悪い私に言わせれば、
    字幕のない番組は
    聞こえない者は見なくていい、
    と言っているのと同じことだと思ってしまう。

    聞こえない者は本当に社会から疎外されているなと
    字幕付きを見る度しみじみと思います。
    もしなければ 私は殆どが想像のみ。
    理解には程遠いのだもの。

    美味しそうなご馳走を見て
    美味しそうだと思うだけでは、
    材料は何か 調理の仕方は 季節は
    食べ方は など全然わからないものね。

    刑事ドラマの被害者が誰で
    最終的に犯人が誰かということはわかるけど
    経過が殆どわからない。
    一番面白いところがね。
    今まで私は、多くのことを知らずに
    随分損していたんだなと・・・と思うのは
    決して大げさなことではない。
    と思う。

    公的なサポートが全くないことも、
    悲観の一因かもしれないけれど、
    昨年の春から耳のことで悩むことが多く、葛藤の日々だった。
    工夫のし甲斐はあるけれど、出来ればもっと安心して過ごしたい。
    悪くなりかけの頃はまだ楽観的だった。
    ところが 人生は願う通りにはいかない。
    クソと思うこの頃なのです。
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    阪神淡路大震災から16年
    - 2011/01/17(Mon) -
    私は聞こえが悪い分、情報を得るのが遅いので
    何かあった時に役立つと思い、市の防災メールに登録している。
    警報などが出た場合にはすぐにメールがあり、
    台風が接近してきたときなどはうるさいくらいに何度もあるけれど、
    便利でもある。
    今朝は久しぶりにその防災メールが入った。

    本日は「防災とボランティアの日」

    「防災とボランティアの日」は、16年前の1月17日に発生した
    「阪神・淡路大震災」の教訓を踏まえて設けられました。
    「もし今、大きな地震が発生したら・・・」
    自助、共助による防災意識の啓発に、
    皆様のご協力・ご理解をいただきますようお願いいたします。


    震災からもう16年。
    犠牲者のご冥福と、未だに後遺症に苦しんでいる方々が
    少しでも良くなられるようにと祈ります。

    地震はいつ起こるかわからない。
    一応、非常用の持ち出しリュックは用意してあるものの
    最近は開けたことがない。
    水も賞味期限が切れたままで補充していないし、
    この日を機に、改めて点検しなければと思う。
    阪神・淡路大震災の時にはまだどじは生きていたから、
    リュックの中にはどじ用の下着なんかも入れたまま。
    必要はないのだけど、
    新品だし誰かの役に立つかもしれないと思って、そのままにしてある。

    大震災の後にNHKが震災のシリーズの番組を制作した。
    犠牲者が教えてくれたこと、震災の教訓を
    忘れないでおこうとVHSテープに録画してあったものを
    今日久しぶりに見てみた。

    でも字幕が全くないので、内容がよくわからない。
    映像を見て判断しているだけ。
    それでも見ているだけで家族を失った人の悲しみと
    地震の怖ろしさは伝わってくる。

    私達、もし震災になったら情報がわからないね
    とても困るだろうねと、
    どじの事故後に私と同じように
    難聴になってしまった家族と話した。

    2人ともあと少しではあっても、障害者とはみなされていないから
    援助の対象にはならないだろう。
    自分の身を守れるのは自分だけ、ということを
    自覚しておかなければならないね。
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    聴導猫
    - 2010/12/26(Sun) -
    みっちぃ(猫)は
    夜は私の布団で眠る。

    私は朝に弱い。
    低血圧・・?・・なのか頭が回転できないのか
    起きだすのに時間がかかる。
    でもみっちぃはお腹が空いている。
    早く起きろと足ですったり、
    叩いたり
    腕かじったり。
    でも私に対しては、殆ど鳴かないそうなのだ。
    他の家族には
    ニャアニャアとうるさいらしけど。

    つまりみっちぃは
    私に鳴いても無駄だということが
    よーく わかっているのだね。
    賢いねえ~。

    脳の発達には、社会性が高い方が
    より考えることを必要とされるから
    社会性の高い犬の方が、猫より賢いらしいけれど
    猫も賢いよ。
    みっちぃは火事を知らせに炎の中を掻い潜ってきたし、
    私達の命の恩人(猫)でもある。
    あの中をよく通ってきたものだ。
    知らせてからも逃げもせず、むっちぃを助けろとばかりに
    階段の踊り場で鳴いていたけど、
    とにかく煙がものすごくて、
    助ける方法を考え付かなかった私の方が
    よっぽど頭が悪かった。
    こんな後悔 2度としたくない。

    むっちぃもそうだったけど
    みっちぃもお客さんが大嫌いで、
    インターホンが鳴ると隠れようとする。
    その仕草でインターホンの音に全く気が付かない私でも
    誰かが来たことがわかる。
    みっちぃは聴導猫でもあるのだった。

    そういえば以前は
    誰もいないのに階下で物音がしたものだけど、
    最近しなくなったな。
    私が聞き取れなくなったからかな。
    でも時折、みっちぃが階下を伺っている時がある。
    何かの気配を感じているから?
    降りてももちろん、誰もいない。
    そんな少し不思議なことに
    みっちぃがいない時には気が付くことができない自分が
    少し 寂しくもあるのだった。
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    Iさん
    - 2010/11/19(Fri) -
    「時間ができたら、湖岸でビールを飲みましょう」

    だけど、なかなか都合がつきませんでしたね。
    そのうち連絡が途絶え数ヶ月。
    なんとなくメールできないまま
    いつの間にか1年が過ぎてしまった。
    それでも、いつでも心の隅で
    Iさんのことは思い出していました。
    特にここ数日は、毎日のように思い出され、
    メールをしようと思っていたものの、すぐにできない環境にあり、
    先延ばしにしてしまっていたのです。
    そして一昨日
    突然に届いたIさんの訃報。

    思った時に、何故すぐ連絡を取らなかったのだろう。
    少し時間はかかっても、やろうと思えば出来たことなのに・・。
    いつもお忙しい人だから、
    連絡がないのは元気に活躍されているから、と
    勝手に思い込んでいた自分が悔やまれる。

    あの笑顔が思い出されます。

    地位があっても偉ぶらず
    いつも弱者の立場に立ち、
    自己研鑽を怠らず、
    陽気でお洒落で写真が趣味で
    孫にはメロメロだったIさん。
    通訳者として 人として 
    本当に立派な方でした。

    昨日の告別式には行かせていただきました。
    ご家族の意向で近親者のみで行うはずでしたが
    訃報を知り駆けつけた方もいたようです。
    私もその1人です。
    Iさんは多くの人に慕われておられたから、
    知ればもっと多くの人が来られたことでしょうね。

    最後にお会いできて良かった。
    ご無沙汰してしまい、本当に申し訳ありませんでした。
    だけど これからも
    Iさんは私の心におられます。
    いつまでも心に生きる 大切な人が
    また1人 増えました。


    2010/11/19(金) 16:26:01
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    他人の力
    - 2010/03/29(Mon) -
    綾戸智絵さん。

    私は芸能オンチなので、
    彼女がジャズシンガーだということは知っていたけど
    お名前全く覚えていませんでした。
    そして時折眺めるテレビで
    認知症のお母様の介護をなさっていることは知っていました。
    でもそれくらいで、それ以上のことは知りません。

    その綾戸さん、
    お母様の介護疲れが原因で、精神安定剤を規定量以上に飲み、
    こん睡状態に陥って病院に搬送さていた ということを
    今朝のテレビで知りました。
    最近は字幕を入れてくれる番組が多いので、
    古いテレビでも内容を理解できて良いです。

    なんとなくそのまま
    回復してからのコンサートの様子や
    彼女のコメントを見ていたのですが、
    彼女、一人でがんばっておられたのですね。
    仕事も 介護も 完璧に、
    大変だったと思います。
    私はまだ両親の介護の経験はないけれど
    入院していた友人の介護はしたことがある。
    病院に行っている間だけだったけど
    それでもしんどいと思った。
    精神的に特に。

    絢戸さんは1年前に託老所を紹介してもらったものの、
    やっぱり自分がやろうと決めて、行かなかった。
    でも今回は決心して、お世話になったそうです。

    そこはご近所の人たちが集まって
    お茶を飲んでいるような気楽な雰囲気。
    そこでのお母様は、
    お茶碗を洗っている人を見て、
    「私がしましょうか?」 と言われるのだそうです。
    家では全くしないのに。

    そのことを綾戸さんは、
    「他人の力ですね~」 と感心しておられた。
    これからは一人で頑張らず、社会の、
    地域の人の力を借りてやっていきたいと
    おっしゃっていました。

    自分たちと他人で作られている社会。
    最近は個を重視する世の中だけど
    個が引き立つのも その他大勢がいるからだと思う。
    でもその他大勢は面倒で
    その中で自分が嫌な思いをすることも多い。
    でもその人たちがいるからこその自分。
    バランスをとりながら、個を大切に持ちたいと思う。

    「他人の力」
    いい言葉だな~。

    忘れずにいよう。

    そしてテレビからの情報にも
    いいものがあるのだと、改めて思ったのでした。
    やっぱり(なるべく)
    早く買い替えることにいたしましょう。

    2010/03/29(月) 20:44:54
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    箱の中の大きな世界
    - 2010/03/27(Sat) -
    私は芸能オンチです。

    元々あんまりテレビをつけないのと
    聞こえにくくなってからは
    理解できない言葉は騒音にしか聞こえないので
    殆どテレビつけません。
    加えて
    字幕が表示されないテレビしかないので
    見たいな~と思う番組でも 見ない。
    これではいけない 買い換えよう。
    だけどどれに買い替えよう 地デジは?
    光は? どうするの
    なんてこと考えてるともう 面倒で
    後回し後回し
    BSだって見れない家なのだ。

    だからニュース番組も眺めているだけ。
    ニュースの内容はまあまあわかるけど、
    出演者の話はわからない。
    テロップが出れば理解できるけどね。
    キャスターのコメントも聞き取れないから
    どんな人なのかわからないままなのだった。
    でも2月に関西テレビでのメッセージ展でお会いした
    アナウンサーのこの方、

    20100327.jpg

    面白い人 いい人 感じが良い
    などと友人たちに聞いて 夕方の番組は見てたけど
    やはりよくわからないまま。
    でもお会いして 彼の振る舞いや
    短いけれどもお話をさせていただいて
    ああこの方は 表面だけの言葉を使わない
    本当に誠実な人なのだな とわかった次第。
    お会いできて良かったです。

    その後私の住む地域で聴覚障害者福祉大会が行われ
    その時の記念講演に来てくださった。
    面白く楽しく、なるほどと思える内容の話に
    知らずにいた間の自分を思いました。
    いろいろな事情があって、事故の前の数年間から事故後の随分長い間、
    世間というものから遠ざかっていた感があります。

    情報を得ていたら良いというものでもないけど、
    人との話で理解できれば、共感できれば
    それはそれで面白いもの。

    早くテレビ買い換えよう。
    (なるべく)

    見たいものといえば・・自然番組かな~。
    あまり お付き合いには関係ないかもね。


    さて関西テレビでは 
    生命のメッセージ展のことも含む報道番組が製作されました。

    報道スペシャル「謝罪の重さ 交通死遺族たちの10年」(仮題)
    放送日時 3月30日(火)24:35~25;35
          *31日(水)0・;35~1:35 のことです。

    受信できる地域の方は
    是非ご覧になってくださいね。

    2010/03/27(土) 13:05:08
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    箱の中の大きな世界
    - 2010/03/27(Sat) -
    私は芸能オンチです。

    元々あんまりテレビをつけないのと
    聞こえにくくなってからは
    理解できない言葉は騒音にしか聞こえないので
    殆どテレビつけません。
    加えて
    字幕が表示されないテレビしかないので
    見たいな~と思う番組でも 見ない。
    これではいけない 買い換えよう。
    だけどどれに買い替えよう 地デジは?
    光は? どうするの
    なんてこと考えてるともう 面倒で
    後回し後回し
    BSだって見れない家なのだ。

    だからニュース番組も眺めているだけ。
    ニュースの内容はまあまあわかるけど、
    出演者の話はわからない。
    テロップが出れば理解できるけどね。
    キャスターのコメントも聞き取れないから
    どんな人なのかわからないままなのだった。
    でも2月に関西テレビでのメッセージ展でお会いした
    アナウンサーのこの方、

    20100327.jpg

    面白い人 いい人 感じが良い
    などと友人たちに聞いて 夕方の番組は見てたけど
    やはりよくわからないまま。
    でもお会いして 彼の振る舞いや
    短いけれどもお話をさせていただいて
    ああこの方は 表面だけの言葉を使わない
    本当に誠実な人なのだな とわかった次第。
    お会いできて良かったです。

    その後私の住む地域で聴覚障害者福祉大会が行われ
    その時の記念講演に来てくださった。
    面白く楽しく、なるほどと思える内容の話に
    知らずにいた間の自分を思いました。
    いろいろな事情があって、事故の前の数年間から事故後の随分長い間、
    世間というものから遠ざかっていた感があります。

    情報を得ていたら良いというものでもないけど、
    人との話で理解できれば、共感できれば
    それはそれで面白いもの。

    早くテレビ買い換えよう。
    (なるべく)

    見たいものといえば・・自然番組かな~。
    あまり お付き合いには関係ないかもね。


    さて関西テレビでは 
    生命のメッセージ展のことも含む報道番組が製作されました。

    報道スペシャル「謝罪の重さ 交通死遺族たちの10年」(仮題)
    放送日時 3月30日(火)24:35~25;35
          *31日(水)0・;35~1:35 のことです。

    受信できる地域の方は
    是非ご覧になってくださいね。

    2010/03/27(土) 13:05:08
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    運動会
    - 2009/09/29(Tue) -
    夏かと思うくらい暑かった日曜日、
    地域の運動会が行われました。

    早朝から夕方6時頃まで地域にご奉公。
    とはいえ私は今回の協力はやや控えめ。
    聞こえにくいことを配慮してくださったこともありました。
    ありがたい だけど申し訳なく
    そして残念で少し寂しい ような。
    かといってお任せ下さいとも自信を持って言えずで
    まあ少しフクザツな思いをしながらも
    真面目に一日を過ごしたのでした。

    これから先 もっと聞こえが悪くなったら
    どうやって地域と付き合っていけばいいんだろう。
    と 先のことを少し心配もしたりしながら
    まあそれでも 何とか工夫しながら
    できることをやっていこうと
    風になびくグラウンドを飾る旗と
    青い空を見ながら考えたのでした。

    それにしても運動会
    遠い日を思い出し
    少し切ない。

    それでも空の下
    地域の人達と笑顔で過ごす一日。
    そんな日々がこれからも続くことを
    願った一日。

    2009/09/29(火) 10:10:09
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    耳鳴り
    - 2009/07/05(Sun) -
    殆どストレスを感じない私だけど、

    というよりマヒしているというのかな?

    他の人のような感じ方をしないというか
    そうしないと生きていけないというか
    ココロにタコが出来ているといいますか・・・・
    ストレスに対して鈍いのだ。

    それでも最近プチストレスが重なってきたようで
    耳の調子が悪い。

    補聴器つけてピアノを弾いてると
    急に音が小さくなったり
    (補聴器のせいじゃない)
    何の音だかわからない音がしたり。
    耳が詰まった感じになったり。
    耳鳴りを感じるようになったり。

    耳鳴りはいつもしているけど
    気にしていないから、ないのに近い。
    それを感じるんだから、強くなっているんだろうと思う。

    そんな調子が続いているとき
    たまに聞こえる
    心地よい音の耳鳴りは幸せ。
    あー癒される。
    なんて美しい音なんだろう・・・・。

    2009/07/05(日) 17:35:34
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    響く
    - 2009/06/11(Thu) -
    今話題の辻井伸行さん、素晴らしいですね。
    眼が不自由な人は、聴覚の神経が発達するみたいと
    ピアノを教えていただいている人に聞きました。

    鍵盤を押さえると音が響くでしょ。
    1つの音を押さえると、ずーっと長い間響くんだね。
    今日その人がドの音を押さえて
    「響く 響く 響く 響く 響く 響く 響く 響く まだ響く まだ響いてる まだまだ響いてる・・・・」
    と教えてくれたけど
    私は途中から全く聞こえなくなった。
    その時は補聴器をつけていたにも関わらず。

    普段曲を弾くときは補聴器をつけない。
    つけるとかえってメロディがわからない。
    何故だろうと思っていたけど今日ようやく理解。
    鳴らした音が響いているから、
    次々と弾く音に混じってわからなくなってしまうんだ。
    正常だと、音を選び取って聞くことができるけど
    私はその能力が落ちているから、
    人工的に聞こえをよくすると、聞きたくない音まで入ってくる。
    だから雑踏のなかの会話や、複数での会話も聞き取れないんだな。
    なるほど~。
    と新しい発見をしたような。

    ピアノの音が響くということを忘れてしまってた。
    他にも、忘れてしまった音がたくさんあるんだろう。
    弾きたいと思う曲は幾つかあるから
    音を忘れてしまわないうちに、弾いてみたい。

    と言いつつレッスンの進み具合は
    尺取虫よりも遅いんだけど。
    (なんで尺取虫なんだろう?)

    2009/06/11(木) 18:01:59
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    うっとりと
    - 2009/03/11(Wed) -
    数日前の朝のこと。

    夢を見ていた。
    夢もTVの番組みたいに幾つかシリーズがあり
    そのうちの一つの夢だった。
    夢には同じ場所がしばしば出てくる。
    現実にはない
    夢の中だけで行ける場所。

    そしてふと 目が覚める。
    もうそろそろ起きなくちゃ。
    だけどまだ半分夢の中。
    そんな時には耳鳴りがひどい。
    すっきりと目が覚めるまで
    続く耳鳴り。

    でもその朝の耳鳴りは
    とても美しい音だった。

    ああなんて 綺麗な音。
    心の底から 癒されるような音。
    ずっと聞いていたくなるような 音。
    もう少し もう少し続いてと願っているうちに
    残念ながら 消えてしまった。

    以前にも美しい音の耳鳴りは聞いたことがある。
    その時の音とは少し違っていたけれど
    うっとりするような 音は同じ。

    美しいものを 
    見る 聞く 感じる
    ということ。
    なんて穏やかで
    幸せなことなんだろう。

    2009/03/11(水) 15:54:36
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    今朝の呟き
    - 2009/02/28(Sat) -
    目眩はようやく治った。
    なかなか面白い体験だったので
    ないのがちょっと残念

    という贅沢な呟き。


    さて今朝は最寄の駅前で
    さるイベントのボランティアのために立っていた。

    陽が背中にあたってぽかぽかとあたたかく
    しっかりコートを着ているので体もあたたかく
    それでもやっぱり風はまだ冷たく
    見上げる空は真っ青で
    まるで深まった秋の日の空のよう。
    これから旅に出掛けるような
    ちょっとわくわく気分になるような朝。

    私が立っていたのは
    私鉄電車の小さな改札口の前。
    その駅の屋根の上に
    くろいカラスが一羽とまって
    青い空をバックに
    かぁ かぁー と鳴く。

    私が子どもの頃は
    カラスは山にいるイメージだった。
    童謡のイメージかな。
    普段はあまり 見かけない鳥だった。

    今ではカラスは町の鳥?
    ゴミの日に出されたゴミの山に群がる
    ある意味 山の鳥?

    あまり喜んでもらえない存在ではあるけれど
    今朝
    青い空を翼に抱いたカラスは
    くろぐろとして美しかった。
    濡れ羽色 ってこのことを言うのだな。
    と しばし見とれてた。

    いやほんと 綺麗だった。

    空が青かったからかもしれない。

    2009/02/28(土) 15:51:18
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    ファンタスティック
    - 2009/02/18(Wed) -
    先日の鬼太郎事件(??)
    があった日から
    目眩が続いていて未だに治らない。

    難聴による目眩らしい。
    吐き気はないけど頭がフラフラする。
    意識が遠のき
    別の世界に入っていくよう。
    ああ ファンタスティック。

    車や自転車に乗るのは少し危ないから
    どこへ行くのにも歩くようになった。
    いつもは自転車でさっと通り過ぎるだけの道に
    たくさんの生き物の存在を感じる。
    一寸の虫にも五分の魂。
    地球と共に回っている
    数え切れないほどのたくさんの意識。

    2009/02/18(水) 15:00:43
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