スポンサーサイト
    - --/--/--(--) -
    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
    この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
    特別な歌
    - 2017/08/19(Sat) -
    8日 京都の街中の
    ビルに挟まれた、車が連なる道路で
    赤とんぼが群れ飛ぶのを見ました。

    もう赤とんぼ?
    台風が去った後の蒸し暑い日で
    不思議にも思ったけれど、
    自分の住む町でも赤とんぼが飛んでいた。

    今年の夏は短いのかな?
    肌寒さで目覚める夜も増えてきた。


    そして今日は 夏の終わりのコンサート。
    どじの先生方が行う 年に一度のコンサート。
    今年もほっこり。
    たくさんの来場者の方々と、楽しい時間を過ごしました。
    どじは本当に 良い先生方と出会えたね。

    どじの歌は歌われることはない。
    寂しくもあるけれど 少しほっとしている自分に気付く。

    この場所で私はもう 特別な人ではないのです。

    特別という言葉は適切ではないかもしれない。
    でも 事故で亡くなった教え子の歌を歌ってくださることは
    私にとっては 特別なことだった。

    いつも緊張して 背筋を伸ばして聞いていた。
    会場にいる人の中にも
    あの歌を 私を 
    特別と思った人がいたのではないだろうか。

    生きているのが当たり前の年齢の子供が
    突然死んでしまうのは非日常。
    とても大きな悲しみ。

    それを受け止めて長年歌ってくださった。
    命日にも毎年来てくださった。

    歌を歌われなくなって
    先生方との繋がりが ひとつ減ったと感じている。
    他の同級生達の母親と
    同じ場所に立てたようにも 感じている。
    普通の人と同じ場所に。
    その人達と距離はあるけれども。

    歌を手放して下さったことで
    平凡だった日常を思い出したのかもしれない。
    二度とそこに戻れなくても、 
    ひと時でも、
    特別さ がないことに
    少し自由を感じてもいる。

    そう感じられるようになったのも 
    歌ってくださった十数年の時があったから。
    たくさんのことを思い出し、
    心から感謝しています。

    天国にいるあなたへ

    スポンサーサイト
    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    お誕生日ありがとう
    - 2017/08/03(Thu) -
    今日は曇り時々晴れ。
    室温は30度前後あったけど、
    遠くの雨の空気を運んでくるような風が冷たくて、
    気持ちがよい一日だった。

    今日はどじの誕生日。

    家中をきれいにし、
    いつものようにちらし寿司を作り、
    好きだったおかずを作り、
    いつものようにスイカを準備
    と、
    今日は一日 どじのために動いていた。

    どじが生まれた、
    私がどじの母親になった、記念の日
    なのに 
    おめでとうの言葉は似合わない。

    だから おめでとうの代わりに
    ありがとう。


    お誕生日ありがとう

    生まれてきてくれてありがとう
    あなたの親にならせてもらってありがとう

    ありがとうの言葉の中に 
    申し訳ない気持ちが 
    ありがとうの何倍もこもっている。

    生かせてやれなくてごめん
    私だけが生きていてごめん

    私の心情にはごめんねの言葉が一番合うけれど
    どじにはそれは似合わない。

    だからありがとう

    ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう
    ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう

    お誕生日 ありがとう

    201783.jpg
    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    どんぐり
    - 2017/02/09(Thu) -
    一昨日は月命日の前日。
    断食は昨年夏頃からやめていたものの
    体重も少し増えてきたので、と
    おかゆだけを食べることにした。
    0.5合の玄米を洗い一晩浸水し
    当日の朝ポットに玄米と熱湯を入れ1時間。
    その後鍋に移して20分ほど炊く。
    おかゆと梅干しの食事。

    食べられること なんてありがたいのだろう。


    そして昨日の月命日はお墓へ。

    墓地で佇んでいると、とても心が落ち着いてくる。
    冷えた日だったけどあまり寒さも感じない。

    どじは冷たい土の中 でも
    やがて暖かい春になり 虫や 鳥や 動物達が
    活発に活動する 賑やかな季節を迎える。  
    自然の中 命の循環に入れたことを 
    喜んでやりたい。

    墓地にはあちこちにどんぐりが落ちていた。

    冬も春も
    夏も秋も 
    自然を 命を感じられる場所。
    ここは私にとって 聖地のような場所。


    静かなひとときを過ごせてよかったけれど
    本来なら必要でないひとときでもある。
    本来なら 生きて 
    喜びも悲しみも
    時には苦しみさえも
    味わって欲しかった。

    と どれだけ思っても もう
    どじの人生は閉ざされ
    私は別の人生の道を生きてしまっている。
    だからこの道を 精一杯進むしかない。


    歩道を歩いていた母子にトラックが突っ込み
    母親の命が奪われたというニュースが
    繰り返し報道されている。
    運転者にどんな理由があろうとも、
    もうこれは
    殺されたとしか言いようがないことではないかと思う。

    命を奪われた人は 死にたくなかった 
    もっと生きていたかった。
    遺族も辛い思いをし 苦しんで生きて
    ようやく 心に安らぎを感じられるようになるまで
    とても長い年月が必要であることを
    事故を起こすまで 想像できない。
    起こしてからでも 想像できない。
    そんな人が多いのは悲しい。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    いつかきっと
    - 2017/01/22(Sun) -
    今朝、窓を開けた時、
    春の匂いがした。

    いつものように寒い日ではあったけど、
    まだ春には遠いけど 
    何故だろう
    空気が 匂いが違っていた。

    感じると 春の空気を思い出し
    なんとなく 嬉しいような気持ちになる。

    そしてすぐ 
    私には待ち遠しい春が、
    ある人にとっては
    とても苦しい季節なのだと思い出す。

    風香る季節も
    私の好きな雨の季節も
    青い空と白い雲に憧れを抱くような季節も、
    他のある人にとっては 
    とても辛く 苦しい季節。

    私が 皆が美しいとはしゃぐ
    紅葉の季節が辛いように。

    だけどこれからは少しずつ
    紅葉の美しさにも慣れていこうと
    思っている。

    どじの眠るお墓は
    紅葉で有名なお寺の片隅にある。
    お墓にたどり着くまでに
    嫌でも目に入る 美しい紅葉。

    これからはその色鮮やかさに
    視線を落とさず 歩こうと思う。

    辛い季節がある人も 
    その季節を静かに
    眺められる日が訪れる。
    いつかきっと。 

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    年が明け
    - 2017/01/11(Wed) -
    いつの間にかお正月が過ぎ、早や11日。

    とはいえ、お正月を意識せずに過ごしてはいない。
    いつもの年のように、嫌々おせちも作った。
    嫌々 というところがなんとも・・だけど、
    1年に1度の世界の大イベントが終わり、
    ほっとしている。

    世界には新年どころではない人達も大勢いるけれども・・
    1年に1度の願いを言うならば、
    皆幸せになれる1年でありますように・・・・


    さて昨日 どじのランドセルを処分した。

    20170109.jpg

    もう数年前から劣化して、ボロボロになっていた。

    嬉しそうにランドセルを背負った時から22年ほど。
    使ったのは2年半。
    高級品ではないけれど、
    そんな年月で ボロボロになってしまうものなんだね。

    入学のときにもらったビニールの手提げ袋と、
    ファスナーが動かなくなった保育園、幼稚園時代のカバンも一緒に、
    新聞紙で包んだ。
    出来れば庭で燃やしたいけれど、出来ないので
    ごみに出すことにした。
    ごみ袋に入れ、出す前に
    今までありがとう
    思い出をありがとう と抱きしめて。

    葬儀の時の香典袋や、
    様々な書類や、弔電の束もみな 処分した。
    たくさんの人がお別れしてくださったことを
    改めて感謝した。

    どじのモノひとつ処分するのに その都度決心がいる。
    でもいつまでも置いておくわけにはいかない。
    いつか誰かがゴミとして捨ててしまう前に
    少しずつでも、自分の判断で処分していこうと思う。

    ようやくその気持ちになれたのは
    昨年12月に ようやく お墓に入れたことも、
    関係しているのだろう と思っている。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    悼む
    - 2016/11/16(Wed) -
    事故現場で
    手を合わせたことがなかったのです。


    他の人の事故現場なら できる。
    その人の死を悼み 
    遺されたご家族の心の安らぎを願い
    手を合わせることはできるし 
    したいと思う。


    でも 
    どじが死んだ場所で手を合わせることは 
    できない。


    今まで事故現場で
    掃除をしても 花を置いても
    通りかかっても
    手を合わせたことは 一度もなかった。
    心はいつも一時停止。
    笑うこともなく 泣きもしない。


    自分の子供が命を終えた場所で 
    冥福を祈り 手を合わせる。
    そんなこと できるわけがないのです。

    怒り 悲しみ 苦しみの
    負の感情で満ちている。
    空間もどんよりと曇り 重い。
    事故現場はそんな場所。


    だけど今年 
    初めて私は、 
    事故現場で手を合わせたのです。


    掃除を終え 花を置き
    その場所を去る前に、
    膝を折り 腰を落とし
    自然に手を合わせることができたのです。


    自分を解放したことが大きかったのかもしれない。
    その他にもいろいろと 
    想うことも 気付いたことも
    たくさんあった1年だった。
    そのおかげで 素直に手を合わせられたのかもしれない。


    19年の月日が過ぎた日、
    命を終えた その場所で
    心からどじを想い 悼むことができた。


    少し 進むことができたような気がしている。


    もう始まっている これからの1年も、
    どじと一緒に 進んでいこうと 
    思っている。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    手を合わせる
    - 2016/11/07(Mon) -
    11月に入ってからいろいろと用があった筈なのに、
    何もしていないような。

    と感じるのは多分 
    断食をしていないからだと思う。

    何か物足りない。

    7月にやめてから、断食をする代わりに
    月命日には、あることをしようと決心をした。
    だけど忘れている月もあったから、
    まだ 習慣になれてない。

    明日、
    祥月命日には ちゃんと行おうと思う。


    今日はいつもの年のように
    花屋へ行き 花束を注文し
    夜になるのを待ち、
    闇に紛れて事故現場の掃除をし、
    花を飾った。

    やっぱり食事をしていると 動ける。
    いつもはふらふらしているのに・・
    と 偉そうに言ってはいても、
    断食をした期間は、たった3年と半年。

    禁酒はしているけど。
    それほど苦しいことではない。
    だから物足りないような気がする。
    もっと自分に苦しみを
    与えなければいけないような気がする。

    でも許そう 自分を。


    掃除が終わり 花を置き
    帰る前に初めて私は 
    手を合わせた。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    受け入れる
    - 2016/05/08(Sun) -
    連休も終わりました。
    熊本へボランティアに行かれた皆さん、ありがとうございます。

    被災された方は疲れておられるでしょう・・
    出来るだけ早く
    落ち着いて生活できるようになりますように。


    さて
    いつも通る道にあった建物がいつの間にか解体されて
    更地になっているのを見た時、

    ここに何があったのだろう? と
    思いだせないこと ありますね。

    私もよくあるんですよ。
    (観察力・・ないに等しい)
    すぐ近くのご近所さんならわかるんだけど。

    いつもあった建物がなくなり
    新しい風景になる。
    それがいつしか 当たり前になっている。


    今朝 やっと気付きました。
    家でも似たようなことが起こっていたのを。
    違う点は 何があったのかは覚えていて
    ないのに あるとずっと思っていたこと。


    むっちぃが障子に残していた
    羽虫を追った爪のあと。

    いつの間にかなくなってました。

    そういえば家族が障子を貼り変えていた。
    だけど最近じゃない。
    まだ春になっていない頃だと思う。

    毎年、
    または2年に一度、
    爪痕が残る一つの枠はそのままに、
    他の部分は私が貼り替えていた。

    その部分だけ茶色っぽく変色した
    むっちぃの爪痕の残る障子は
    日常目にするもので、
    そこにあるのが当たり前。
    通る度に意識して見ていない。

    いつの間にかまっしろな障子に変わった時、
    むっちぃの痕跡もリセットされたかのように
    その風景をそのまま受け入れてしまっていた。

    今朝目覚めて、むっちぃの爪痕残っていただろうか?と
    気になり見に行って
    ようやく ようやく気がついたのだ。

    ずっと 爪痕が残っていると思いこんでいた。
    一日に何度もその横を通っていたのに。

    記憶と現実が重なっていない。
    爪痕のない現実を目にしていても
    爪痕はずっとそこに存在している。


    どじも 似たようなものだ。
    いつも どこでも 存在している。


    ちら見していたテレビの
    東日本大震災のビデオレターの番組で、
    友人達やご近所の人達や、
    3人の家族を失い
    今高校生になった子が、

    乗り越えていくことはできないだろうけど
    受け入れていくことはできるかもしれない

    と 話していた。

    その通りだと思う。


    むっちぃの爪痕と どじ
    現実にはないけれど
    ずっと存在していると思うのは、
    受け入れられるようになってきた
    からなのかもしれない。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    永遠
    - 2016/04/06(Wed) -
    桜が満開で。

    うきうきする気分にはなれないけれど
    桜は美しいね やっぱり。

    kusunoki0405.jpg

    桜に囲まれたくすのき
    どんな気分でいるのだろう。

    いろんな人と
    何度も訪れた。
    この公園に。
    この木の下に。

    桜の頃に
    新緑の頃に
    蝉しぐれの頃に
    秋が深まる頃に。

    このくすのきの下で、どじも
    保育園のお友達とゲームをして遊んだ。
    その時はくりくり坊主だったどじ。

    嬉しそうな顔をした写真が残ってる。

    もう随分前
    過ぎてしまった時 だけど
    その一瞬は消えることはない。
    永遠
    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    山へお帰り
    - 2015/11/12(Thu) -
    昨日はみっちぃの命日だった。

    みっちぃとむっちぃ

    今は別の猫が3匹、家にいる。
    死んでしまった猫は目にすることがないから、
    強い思いはなくなってくる。
    自然なことでもある。

    それをどじと置きかえれば
    すっかり 忘れている人もいるであろうことが寂しくもあるけれど
    それはそれで仕方ないことなんだとも思う。
    浅い関わりだったのだからね。

    みっちぃやむっちぃを忘れることはないよ。
    自分が関わった猫みんな覚えている。
    関わってくれて ありがとうね。

    鮭をほぐして供えてやった。

    時々何かわからない気配を感じるのは
    動物なのか 人間なのか
    ただの気のせいなのか 
    見えないからわからないけど、
    その命が戻ってきてくれていたなら
    嬉しいことだと思う。


    鮭を供えながら 友人の家で飼っていた犬のことを思いだす。

    白い犬だったと思う。
    病気だったのか? 忘れてしまったけど
    死んでしまった。

    友人のお母さんは、犬を山に埋めてやった。
    山といっても、本当の山ではなく
    広い田んぼの中にあるこんもりとした小さな森のことだと聞いた。
    そこに埋めてやった。

    その後お母さんが台所の土間で鮭を焼いていた時・・
    昔ながらの民家で、かまども残っている家だ。

    土間の入口の木の重い引き戸のところで
    カリカリと音がする。

    お母さんは、犬が来たんだとすぐわかった。
    その犬、鮭が大好物。
    開けてくれと引き戸を足で引っ掻いている音。
    もちろん開けてみても誰も(なにも)いない。
    そんなことが2、3度あったらしい。

    お母さんは、
    「来たらあかんで。山へお帰り」
    と 言った。

    その後はもう そんな音はしなくなったそうだ。

    そんな話を思い出した。


    私はみっちぃやむっちぃにも帰ってきて欲しい。

    お骨はどじと一緒に籠に入れて、まだ家に置いてある。
    動物は自然に還るのが一番幸せだと思うのだけど
    まだ出来なくて、手元に置いてある。
    みっちぃが死んだあと、生まれた場所の近くの山に
    埋めてやるつもりだったけれど、
    家族が嫌だと言うので そのままにしていた。
    でもその家族も ようやく心が定まったみたい。

    来春、2匹一緒に
    その山に埋めてやろうと 思っている。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    卒業
    - 2015/11/08(Sun) -
    お昼過ぎに玄関のドアを開けたら
    さっきまで小降りだった雨が糸のようにさーーっと降っている。
    梅雨の頃の雨のようです。

    雨降りの命日は気持ちが楽でもある。

    昨日はいつもの年のように事故現場の掃除+花設置、
    ずっと造花を置いてくれている友人宅にお礼に行った。

    親ができないことを続けて下さっている友人のKさん、
    ここに住み続けている間はさせてもらう、と言ってくださる。
    感謝しています。

    どじを慕っていつも
    「どじくん あそぼ」 と
    家に来ていた息子さんのSちゃん、
    もうすっかり大人だけど、
    あの頃の
    玄関を開けた時のSちゃんの表情や声、
    S、いくぞ~ とSちゃん達を引き連れて遊びに行く
    どじの姿が浮かんでくる。

    どじの同級生達やお母さん達とは疎遠になり
    会うことはないし会ってもわからない。
    そのことに少し救われてもいる。

    だけど海先生と山先生とは
    長いお付き合いをさせていただきました。
    お付き合いとはいっても、年に数回会うだけ、
    お会いして、短い時間お話しをさせていただくだけでしたが、
    救われたと思っています。

    夏のコンサートでは毎年、どじの歌を歌ってくださいました。

    天国にいるあなたへ

    でもその歌も
    今年ついに終わりが来たのです。

    今年のコンサートからは、歌わないことにされたのです。
    今年の春に定年退職された海先生は
    今は別の仕事に就かれています。
    コンサートで見た先生は、
    新しい人生のステージに立たれた と感じました。

    毎年、
    いつまで歌ってくださるのだろう
    命日にいつまで来てくださるのだろう
    と考えました。
    いつか終わりが来ることも。

    寂しいですが、
    長い間コンサートで歌ってくださったことに感謝し、
    ご理解くださったメンバーの皆さまにも感謝しました。
    命日にもいつも山先生と2人で来てくださったことにも
    心から感謝しました。

    命日に来てくださっていたのは、
    毎年、コンサートのステージに飾る花を
    贈っていたからだと思います。
    歌を歌ってくださるのはとても嬉しいことです。
    せめてものお礼の気持ちでしたが、
    命日にも毎年来てくださいました。

    お忙しいのに申し訳ないと思いつつ、
    私から辞退することはできませんでした。
    命日に来てくださること、歌を歌ってくださることは、
    とても大きな慰めだったのです。
    勇気づけられ、励ましていただきました。
    おかげさまで今の私があると思っています。

    ですが、私も
    区切りをつけなければなりません。

    今年も、最後にと
    お花は贈らせていただきましたが、
    お気遣いは無用の旨 申し出ました。

    さすがに辛く、
    その後1ヵ月程は思う度に涙しました。
    ですがその涙は
    今までのような絶望の涙ではなく、
    卒業の涙のように思えました。

    卒業できなかったどじに、
    ようやく卒業の時がきたような気がします。
    私も 多くの思い出を胸に
    新たな道を歩んでいこうと思っています。

    そして迎えた 今日の命日。

    海先生と山先生の姿はないけれど、
    お2人の心 記憶の中に
    どじはずっと生き続けてくれていると思います。
    きっと 時には思いだしてくださるでしょう。

    どじは本当に、人に恵まれていた子供でした。
    先生方と出会えて、
    良かったね どじ。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    夕立
    - 2015/08/03(Mon) -
    遠くから雷鳴が聞こえてきて
    向こうの山が白くなった。
    これは降るな、と窓を閉める。
    程なく、強く降り始めた。

    今日も暑い日で
    だけどどじの誕生日なので
    午前中はちらし寿司を作った。
    出来た頃には
    2階にあるキッチンの室温は上昇の一途。
    温度計を置いていないのは幸いかもしれない。
    それでももう一品 暑いなか作って冷蔵庫へ。
    あまりに暑いので午後の数時間
    一部屋だけエアコンをつけることにして作業に没頭。

    夕方になりスイッチを切った頃
    タイミングよく雷鳴が聞こえるようになったのだ。

    遠い雷鳴のように思ったけれどすぐ降ったので
    多分 耳のせいで 遠い と思っただけなのかもしれない。
    白くなった山を見ていなければ、
    降り出した雨に慌てて窓を閉めに回ったのだと思う。

    いそいそとビールと氷の入ったグラスを持ち
    小さなベランダに腰かけて夕立鑑賞。
    夕立は ドラマチックだね。


    どじの人生も ドラマチックだったね。
    もっと 長く生きて欲しかったけど。


    雷の音は続いている。
    時折稲妻が光り 大きな音を轟かす。

    とはいえ 私の聞こえは
    他の人の半分くらいなのかもしれない。
    ちょっと 臨場感が足りないかも
    なんて思いながら ビール片手に夕立を眺める。

    雨が降り続いていても蝉の鳴き声は止まない。
    精一杯生きている 命。

    私は命に終わりはないと感じている。
    だからどじ 
    次の人生・・もう 始まっているかもしれないけど・・
    その次の人生も ずっとその先の人生も
    命を味わって 生きて下さい。


    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    今頃だった
    - 2014/12/16(Tue) -
    あまりにも冷えるので
    ホットオレンジジュースに
    琥珀色の液体を少々

    ぽかぽかしてきた。

    あたたかい 

    心も あたたまる。

    141216_113929.jpg

    雪は降らないけど 毎日寒い。
    今日は冷たい雨が降っている。

    先日夜 眠ろうとしたら
    布団の上を ぽすぽすと
    猫が2、3歩歩く感触。

    閉めておいたはずなのに? 
    入ってきたのかなと起き上がってみても
    誰(猫)もいない。

    寒さが本格的になってくる頃

    死んだ日が近付く頃は
    猫も 思いだしてやってくるのだろうか。

    いつも何も考えていない時に来る。
    待っている時には 来てくれない。
    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    毛布
    - 2014/11/05(Wed) -
    今年は暖かいね。

    まだストーブは出していない。
    部屋では裸足。
    暖房は猫。

    それでも木々の葉は色を増している。
    空も青く冷たい。
    やっぱり今日ストーブを出そうか?

    毛布もまだいらなそうだけど、出しておく。
    どじが使っていた毛布
    今も私が使ってる。

    棺に入れるまで、
    いつもどじが使っていた毛布を、かけてやった。
    その後も洗わずにずっと私が使ってた。
    年が開けて 春 夏 秋 冬
    と 3年間 毎日。

    え~気持ちわる と思われるので黙ってたけど
    もう知られても構わないよ。

    3年経つとさすがに臭くなってきた。
    (そりゃそうでしょうよ)
    残っていたどじの匂いも 消えてしまった。
    だから仕方なく、洗った。 泣く泣く。

    その後火事で一部焦げたけど
    直してまだ使ってる。

    死ぬまで使うつもり。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    ポケットのおやつ
    - 2014/10/25(Sat) -
    続き。

    どじのポケットを解体して
    砂を庭にまいた後、
    もうひとつのポケットをほどこうとしたら
    底に 何かある。

    取り出してみると
    201410232.jpg

    何コレ?

    開いてみると
    201410233.jpg

    ハイチュウ グレープ

    包み紙

    入っていたまま確認せずに洗濯した模様。
    (よくある話だ)

    知らずに17年間
    ポケットに入ったままだったこの洗濯済みの包み紙。
    どじが折りたたんだ包み紙。
    ゴミバコに捨てられる訳がない。

    というわけで 永久保存の瓶入りとなりました。


    吹く風と 太陽の光と どじの笑顔が瞬時に浮かぶ。

    ポケットのおやつを味わいながら
    どんな楽しい時間を過ごしたんだろうなあ・・・


    どんなことを考えていたんだろう?
    その目で何を見ていたんだろう?
    ゴミもポイ捨てせずにちゃんとポケットに片付けて。

    ポケットのおやつを味わいながら
    過ごしたその時間。

    そんな日常のヒトコマは
    ただ過ぎていった時間じゃない。
    その時間こそが
    本当の宝物なんだと思う。

    毎日意識せずに過ごしていた時間は、
    実は とても素晴らしいものだったんだ。

    生きて今の時間を過ごしていることを
    常に意識して生きることができるなら、
    今ある命も
    亡くした命も もっと
    輝いてくるような気がする。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    ポケットの砂
    - 2014/10/24(Fri) -
    どじのハーフパンツのポケットを解体したら
    細かい砂粒がぱらぱらと出てきた。


    ポケットにどんな宝物を入れていたんだか。

    ヘビ・・入らない  虫か 
    石ころか ?得体の知れないもの

    捨てられていた古いタイヤを自転車に無理やり積んで
    持って帰ってきたこともあったっけ。

    こらー (そんなもの拾ってくるな) と後ろから言ったら
    あっははと笑ってたなあ~


    ポケットの底には綿ぼこりなんかも詰まってて。

    これは小さな○○という虫の死骸なんかも入ってるんだろうなぁ
    と 思いながら
    ゴミはゴミバコに。
    砂は

    以前なら小瓶に入れて
    大事にしまっていただろうけど、

    庭にまいた。

    砂は 砂のある場所に帰ればいい。

    20141023.jpg

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    お墓参り
    - 2014/08/12(Tue) -
    お墓参りに行ったんです。

    祖父、顔も知らない祖母、叔父と
    他の親戚のお墓。

    どじのお墓ではありません。

    どじにはお墓がありません。

    家族と共に今も家にいる。

    お盆だ、お彼岸だとお墓参りをして
    亡き人に思いを馳せるのは
    その人が過去になっているから。

    初七日から始まり四十九日
    一周忌 三回忌 七回忌・・
    と 法事を行い
    お骨をお墓に入れることで
    少しずつ過去になっていくものなのかもしれない。

    そのために法事もあるのだろうと思う。

    でも私は 今もお墓に入れないでいることは
    間違いではないと思っている。

    例え入れたとしても 
    過去になどなれるわけがない。

    どじはまだ 過去ではないのだから。
    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    妄想
    - 2014/08/03(Sun) -
    なんとなくいつも観ていると
    観ないと落ち着かなくなる朝ドラのセリフ
    「想像の翼」

    私の場合は
    「空想」 と 「妄想」 ですかね。


    子供の頃は空想タイム(わざわざ作ってた)

    痒くても耳かきせずに限界まで我慢して
    土曜日帰宅してから耳かきすることを
    この上ない楽しみとしていた
    変な子だった。

    今でも変なのかもしれないけど。

    しれない より かなり変に思われているのかも。
    自分ではいつも大真面目のつもりなんだけど。

    妄想が過ぎるんでしょうか?
    (○的なものではありません)


    どじはそんな変な親に育てられましたが、
    決して変な子ではありませんでした。

    面白くて、いい子だった。
    どんな大人になるのか、楽しみだった。

    食卓に誕生日のご馳走を並べる。
    その椅子にすわっている
    どじの姿。
    家族と話しているどじの姿。

    想像と空想と妄想で
    頭の中はいっぱいだ。

    足りないのは 現実だけ

    20140803.jpg
    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    夏の空
    - 2014/07/21(Mon) -
    今日 初めて蝉の声を聞いた。
    (まだわかる)

    梅雨が明けたらしい。

    らしい というのが何とも・・だけど。

    忙しくしていて
    新聞、ネット 見てない読んでない。
    ニュースのちら見で、そうなのかなあと。
    (字幕なし)
    聞こえていたらわかるんだろうね。

    そして今 ネットを開いて見てみたら、
    やっぱり今日、梅雨明けしたそう。

    雨も降らず暑い日だった。
    おかげで久しぶりに洗濯物が乾き、
    力のある西日に
    今年もすだれをかけなくちゃと思う。

    夏到来。


    毎年夏が近づくと
    なんとなくわくわくしたものなのに
    どうしたことなのか昨年からあまり
    感じられなくなっていた。

    自分の中のみずみずしい心が
    薄れてきたような感じ。

    齢を重ねたせいなのか
    重く感じる出来事が多いせいなのか
    わかりませんが。


    だけど今日
    薄い青い空の
    薄い入道雲を見たときに
    少し 心が躍るような気持ちになった。


    夏は どじの思い出と重なる。


    どじも持っていただろう
    夏の空を見た時に抱く
    憧れのような気持ち

    ずっと感じたい。
    持ち続けていたい。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    ホッピング
    - 2014/07/06(Sun) -
    ある年のクリスマスの
    サンタさんからのプレゼントが、ホッピングだった。

    亡くなる前の年だったかもしれない。

    どじがいなくなってから1年程は
    いつでも使えるようにと
    玄関の前に置いていた自転車の横に立てかけてあったり、
    部屋の片隅に置いてあったり。

    今住んでいる家に越してきてからは
    ずっと自転車と一緒に床の間に置いてあった。

    自転車は治して、3年前から外に置き
    たまに私が乗っているけど、
    ホッピングはそのまま。

    時々は玄関の横に置いてみたりもしたけどね。

    でも 誰もつかわず
    少しずつサビも出てきて、
    持ち手にはめてあったカバーも
    劣化して割れてしまって。

    どじの存在までもが風化していくようで
    悲しく感じてもいたのだった。

    そんなある日、家に来た小学生の子に、
    遊んでみる?と手渡したら
    すごく喜んで遊んでくれて。

    ボロだけどこれでも良かったら、と
    あげたら喜んで持って帰ってくれて。

    最初は数回しかできなかったのに、
    今では200回も跳べるんだって!

    お友達とも代わりばんこに、遊んでいるそうです。
    朽ち果てるのを待っているだけのようだったホッピングも
    これだけ遊んでもらえたら、本望だね。

    例え壊れても、
    持っていた命、使い切れて
    ホッピングも喜ぶよ。

    ありがとう。
    もらってくれて。
    楽しんでくれて。

    どじの代わりに遊んでくれて

    ありがとう。

    2014076.jpg




    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    ゴム飛行機
    - 2014/06/15(Sun) -
    吊るしているゴム飛行機が
    風にゆらゆら揺れている。

    どじが亡くなる前、
    よくこれで遊んでいた。

    おっちゃん と一緒にホームセンターに行った時に
    買ってもらったものだった。

    おっちゃんと一緒に作って
    おっちゃんと一緒に飛ばしていた。


    あれからもう 17年近く。

    ゴムはもう既に切れてしまった。

    プロペラも車輪も片方がない。

    紙は茶色に変色して
    ところどころ破れて
    はがれそうになっている。

    それでも捨てられず
    ずっと家のなかで 
    場所を変えながら吊るされている。

    空を飛びたいように 揺れている。


    一緒に 
    棺に入れてやれば良かったのかもしれない。

    20140615.jpg
    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    前々回の記事は非公開にしました。
    - 2014/06/05(Thu) -
    6月1日の記事の
    「メッセージ展 ありがとう」 は
    非公開とさせていただきました。

    彼女にとっても大切な話。
    私もそっと胸に留めておきます。


    メッセージ展でお世話になった皆さん、
    ありがとうございました。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    12月24日にむっちぃは火事で死んだ
    - 2013/12/24(Tue) -
    あれ?今の何だったのかな 
    ということが何度かあった。
    今日は感じなかったけれど
    昨日・・一昨日くらいからかな。

    そこに猫(現在3匹が家にいる)
    がいたと思っていたのに いない。
    ドアが閉まっていて、猫達は入ってこれない状況の時に。

    ということが2、3回あったのかな。

    また眠ろうとしている時に
    何かが眼の前を通り過ぎたような気がして
    何度も眼を開けた
    ということがあってね。

    気のせいかもしれないけれど
    あまりないことなので
    むっちぃかな と思った次第。

    期待して待っていたわけでもない。
    あれ?と思う時は大抵
    何か作業をしながらも、ぼうっとしている時が多い。
    心がニュートラルになっている時かな。

    気のせいかもしれないけれど
    ああ むっちぃがいるのかなと思えるのは
    嬉しいことだ。

    むっちぃありがとう 帰ってきてくれて。
    と思いながらも
    あまりにも恐ろしかったので、忘れられずに
    来てしまったのかもしれないとも考える。

    本当に申し訳ない。

    それでも来てくれたことが嬉しい。
    ありがとうむっちぃ


    何のことだか 
    おかしなことだと思われるかもしれないけれど
    私は大真面目なのですよ。

    死んだ猫が戻ってくるなどと
    一笑に付されるだろうけれど、
    そう思えることに 癒されている。

    見えたら、良いのにね。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    11月が終わった
    - 2013/12/03(Tue) -
    葉っぱがすっかり落ち
    裸になってしまった木に
    数個残っている柿を、
    小鳥がついばみにやってくる。

    もう少し残しておけば良かったな。
    来年は鳥達のために
    残す実をもう少し増やすことにするよ。

    季節は冬。
    急に寒くなりました。
    とうとう 12月。


    11月の終わりに、
    8ミリビデオテープの映像をダビングしたDVDを
    家族と両親とで観た。
    命日には間に合わず、遅くなってしまったけれど
    十七回忌の法事の代わりです。

    時間がなくて編集は出来なかった・・
    というより どの場面も大切で
    そしてあまりにも量が多いため
    編集するのは難しく、途中で断念。

    全て観てもらいたいけど無理なので、
    観賞は必殺早送り技を酷使です。

    過ぎてしまった時間の記録。
    画面の中には笑顔が溢れる。

    みんな若いね と言い合いながら
    懐かしいという言葉は出てこない。
    それぞれ大切な場面だけれど
    懐かしい・・とは思えない。
    楽しい記憶のはずなのに。

    楽しい記憶の続きに
    悲し過ぎる記憶が重なると
    懐かしく思えなくなるのだろう。

    けれども
    映像の中の幸せな時間は
    本当に経験したこと。
    本当にあったことばかりの
    ほんものなんだよ!

    なんて 幸せだったのだろう。

    心はいっぱい。でも出る言葉は
    どうでもよいようなことばかり。
    幸せだったね
    楽しかったね と
    誰一人口にしない。
    どうでもよい会話をしながら
    それでも誰も途中で抜けずに、
    3時間半かかって、最後まで観た。

    疲れたけれど 観て良かった。
    観てくれて良かった。
    ありがとう。

    たった9年間だったけど
    どじと一緒に過ごせて良かった。
    とても幸せだった。
    ほんとうに ほんとうに ありがとう。

    そんな時間を与えてもらったことに
    心から感謝しながら、
    今年の11月を終えました。

    私にとっては11月が1年の終わりで
    世間とは違う時間を生きているけれど、
    時が経つにつれ少しずつ
    世間の時間にも戻りつつあるような気がしている。
    こんな感じで、これからも生きていくのだろう。

    師走となり世間はこれから忙しい。
    この冬は寒さ厳しいそうですね。
    温かく過ごしたい。
    体に気を付けて
    皆さんも お元気で。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    願い
    - 2013/11/19(Tue) -
    色とりどりの落ち葉が風に舞っている。
    胸が詰まるような風景。

    だけど例年のような辛さは減った。

    16年かけて
    心を落ち着かせられるようになったのか

    それとも、
    諦めるために
    16年の月日が必要だったのか

    多分どちらでもあるのだろう。


    今年は子ども達の幼い頃から撮った
    8ミリビデオテープをDVDにコピーしている。

    事故後3年くらいの時に
    何日もかけて1人で全て見た時には
    最初から最後まで泣きながら見た記憶がある。
    その後は封印したかのように
    棚の奥にしまい一度も見ることはなかった。

    十数年ぶりに見る映像は
    皆も私も若く
    子ども達は幼く
    いきいきとして
    皆が生きているのだった。
    たくさんの思い出、
    たくさんの時間を共有できたことは
    なんて幸せだったのだろう。

    私の母が1歳になったばかりのどじを抱いて
    家の周囲を歩いている。
    その頃はまだ 事故が起こった道路は完成しておらず
    土肌の下り道が続いていた。
    母の視線のその先で
    まさかどじが命を失うなど
    どじ自身も 
    他の誰も想像してはいなかった。

    涙はそれほどこぼれないのだけれど
    とても心が痛む。
    命は なんてはかないのか。

    昔から人は
    命のはかなさを嘆きながら
    それでも生きてきた。

    私も他の人も 皆同じ。
    不幸に遭わないのは幸いであるけれど
    結果で人生が決まるわけではない。
    幸福も不幸もあるということ
    それが生きるということだ。

    いつどうなるかは誰にもわからない。
    だから 
    命が大切なものであることを
    意識して 生きていくほうがいい。

    親として
    生かせてやれなかったことを
    本当に申し訳なく思う。
    同時に 
    この人生でどじと親子の縁を持てたことに
    心から感謝している。

    生まれ変われることがあるのなら
    次もその次もその次もずっと、
    もっと長く生きられるように
    人生を楽しんで欲しいと 願っている。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    小さな別れ
    - 2013/11/11(Mon) -
    ピアノを手放した。

    どじも使っていた、
    古いけどまだまだ使えるピアノ。

    数年前は私もピアノのレッスンを受けていた。
    でも徐々に正確に聞き取れなくなり、
    そうなるとだんだんと弾くことが少なくなり、
    一定の目標を達成出来た時にレッスンをやめた。
    それからあまりピアノに触れなくなっていた。

    ここ1、2年は誰も使わず、
    存在感も薄れてきていたけれど、
    処分する気にはなれなかった。

    ピアノとあった たくさんの笑顔。
    大切な思い出だけど、重くもあった。

    今では時が止まったまま
    朽ち果てることもできず
    想いだけが埃のように積もっていく。

    誰か使ってくれたら良いなと
    思って聞いてみたところ、
    普段からお付き合いのある共同作業所が
    もらってくださることになった。

    望まれての旅立ち。
    昨日は全身を拭いて
    ピカピカにしましたよ。

    そして今日 お引っ越し。

    約束の時間には
    時々降っていた雨もやみ、
    空は明るく晴れてきた。
    作業所のメンバー達の手で車に積まれ、
    新しい住処へと出発していく。

    これからまた、
    たくさんの笑顔に囲まれますように・・
    と願いながら、
    風の中遠ざかる車を
    見えなくなるまで 見送った。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    16年
    - 2013/11/08(Fri) -
    「長いお付き合いですね」

    と 海先生が言われた。

    今日は命日で
    海先生と山先生が来てくださったのです。


    今日で16年が過ぎました。

    16年。
    長いようで短い
    何かをしてきたようで
    何もしてこなかったようにも思える16年。

    海先生と山先生とは
    年に2、3回お会いする程度ですが
    そのうちの1回が命日なのですね。

    今年もまた来てくださったこと
    申し訳なくも思いながら
    とても嬉しいのです。

    心からありがとうございます。


    気にかけてくれる友人達にも心から感謝。


    以前住んでいた地域の、友人の一人は
    今でも事故現場に
    造花を置いてくれている。

    彼女と会うのは年に1回。
    命日の前に現場を掃除し、花を置きに行く時だけ。
    家に寄ってお礼を言う その時だけ。

    行く度に
    彼女の環境も少しずつ変わっている。
    いつまでも変わらず若い彼女と話していると
    そんなに時が経っていないような気もするけれど
    昨日は、どじにいつもくっついて遊んでいた男の子もいて、
    その成長ぶりに(もう大人だもんね)
    やはりそれだけの年数が経ったのだと
    深い思いを抱いたのだった。

    その子の笑顔に昔の面影が残っていた。
    その面影の横にいた
    どじの笑顔が 浮かんできた。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    断食は感謝も教えてくれる
    - 2013/11/05(Tue) -
    20131105.jpg

    秋だね 秋は好きじゃない。
    紅葉も嫌だね 秋は好きじゃない。

    でも秋の実りは喜び。

    庭の柿を収穫した。
    20個ほど。

    脚立でも取れない高い枝の柿は
    鳥達のために残しておこう。

    葉っぱのついた枝ごと、どじに供えた。

    もうすぐ命日だものね。


    生きたかったのに生きられなかったどじを想うため
    生かしてやれなかった自分を正面から見つめるため
    今年も断食を行っている。

    去年は8日間したけれど、
    今年は3日間。

    1日からお酒を断ち、
    2日の夕食から食事の量を減らし、
    今日から食べ物は口にしないことにした。

    とはいえ、日常生活の中で行うので、
    今日は野菜ジュースと少しの氷砂糖はとった。
    コーヒーも飲んじゃったけど。

    明日はもう少し減らそうと思う。

    やっぱり3日間は少ないかなあ・・とも思う。

    昨年初めて行った翌月からは、

    毎月6日から食事量を減らし
    7日断食 8日から少しずつ通常に戻していく
    3日間は禁酒

    と決めて、行っていた。

    でも5月中旬ごろから激痩せしてしまったので、
    7月、8月は禁酒だけにした。

    激痩せの原因は・・ストレス だと思う。
    6月に、行きたくないけどどうしても行かねばならない
    個人のイベントがあったのだ。
    そのストレスは終わっても長引いた。

    私は ストレスに弱い。


    断食で精神はクリーンになる。
    一日だけでは・・
    ちょっと足りないかもしれない。

    空腹は辛いけど
    どじを想えば大したことではない。

    申し訳なかったね
    将来の夢も
    やりたいこともたくさんあったのに。


    それでも私は生きていくよ。

    今までは、私はいつまで生きるんだろう
    生きなければならないんだろう
    と 思うことが多かった。

    今は自然に 生かせてもらっている
    と 思う。
    死に急がなくてもいつか死ぬ。
    それまではきちんと 生きていくよ。

    断食は 感謝も教えてくれる。


    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    夏コンサート
    - 2013/08/25(Sun) -
    今年も 夢バンド の
    コンサートに行ってきた。

    500人が入るホールでの演奏で
    アンプもマイクももちろんあるけど、
    全般的に 音が小さい と思ったのは
    聴力が低下しているからだろう。

    補聴器をつけてもトークを聞き取れたのは一部だったし、
    歌も、知らない歌は メロディが全くわからない。


    復興支援ソングの
    「花は咲く」 という歌があるでしょう。

      花は 花は 花は咲く・・・・

    TVで何度も目にしてもメロディがわからないし、
    ステージでコーラスグループが歌うのを
    聞いたこともある。
    結構音量はあったと思うけど、
    それでもわからないままだった。

    今日もやっぱりわからなかった。
    ネットの動画でヘッドホンで聴いて
    サビの終わりの部分がようやくわかった。
    他は音がどこか壊れている。

    もう私は 音楽を楽しむことはできないのかも。


    でも記憶にある歌はわかる。


    「天国にいるあなたへ」

    体に沁み込ませるようにして 聞いた。

    海先生 山先生
    毎年歌って下さって ありがとうございます。 


    久し振りに参加の花先生、
    森先生 空先生 雲先生 
    そしてニューフェイスの 風君

    皆さんとても素晴らしかった!

    トークは殆んど聞き取れなかったけれど、
    伝えたいメッセージは わかった。
    子ども達の心にも届いたと思う。
    生きるということ
    命 というもの 
    考えてくれたのではないだろうか。


    そして私の
    途切れたようになっていた自分の前の道も、
    心配ない。ちゃんと繋がっていく。
    そんな思いにもなれたのだった。
    トークの内容も歌もわからないままで
    変な感想なんだけど。


    今年は、地蔵盆の日と外れたせいか、
    子ども連れの人が多かった。
    先生達の教え子が、
    自分の子どもを連れて来られるのです。
    結婚する というカップルもいて、
    教え子達の成長を感じられる。

    嬉しいですね!


    ふと この中に
    幼い子を連れた若い父親になったどじが
    来ていたのかもしれない・・と想像し、
    少し悲しくもなったけど、
    いやいや
    そんなことで暗くはなるまい。

    きっと、同級生を見つけたどじ、
    あの調子で
    「おっ!」 なんて
    傍に寄ってきていたのかも?

    そんな気がした コンサートだった。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    - 2013/08/18(Sun) -
    今日は8月18日。

    そういえば今日は
    記念日だなあ・・


    ほうほう記念日。


    どじの声 を聞いた日。

    あの声を聞くことができたから
    今も壊れずに生きていられる・・のかもしれない。

    ある友人が、
    どじくんは
    おかあさんが一番わかる方法で
    伝えてくれたんだね。

    と言ってくれた。

    私もそうだと思う。


    それまでは
    物理的に説明できないものは
    受け入れられないと思っていた。

    子どもの頃にも、不思議なことはあったけど
    全て 気のせい と思うようにしてきた。

    何故だろう。

    怖かったのかもしれない。


    それでも、どじの死後、
    幾つかの不思議な出来事があり、
    やっぱり信じたいと思うようになっていた。

    そんな時なのだ。 
    どじの声を聞いたのは。

    自分の想いが声として聞こえた・・
    のではないと思う。


    私は 確かに聞いた。


    その後も 
    不思議だと思う出来事はたくさんあったけど
    最近はかなり減ってきた。

    それはそれで良いのだと思う。


    確かに癒されるだけの年月は過ぎた。

    どじが亡くなってから
    今年の11月で16年になる。

    でも感覚的には、まだ5年程しか経っていない。

    傷口が塞がったようで
    実はまだぱっくりと開いている。
    血は止まったけれど。

    そんな感じがする。

    何か事がある度に、
    進んでいるように見えて
    実はあまり進んでおらず、
    立ち止ったままなのだということにも気が付く。


    どじはどう思うかな?

    情けない母だと思うかな?


    だけど
    それでも良いのじゃないかな。
    全く進んでいないわけじゃない。

    立ち止る時はこれからもあるだろうけど、
    それは当たり前のことだろう。
    どじのことを 
    なかったことにすることは出来ないのだから。

    これからも いつも想いながら
    生きていくのだろうと思う。

    私の 核として。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    | メイン | 次ページ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。