- 2005/06/29(Wed) -
    友人の家の裏の用水路には、蛍がいっぱいいるそうだ。
    蛍が乱舞する光景を、一度は見てみたいものだと思う。

    今住んでいる地域では蛍は見かけることはないけれど、
    以前住んでいた家の近くには山があり、
    谷や湿地帯だったところを
    埋め立てて住宅地にしたり工業地にしたりと工事が進んでいる。
    どじが亡くなった頃には、
    まだ湿地帯だったところは埋め立てられてから日が浅く、
    広大な空き地となっていた。
    埋め立てる前はたくさんの蛍がいたのではないだろうか。
    付近に民家は殆どなく、夜は星が綺麗に見えていたそこは、
    どじと一緒に行った犬の散歩コースでもあった。

    どじが亡くなって半年が過ぎたころ、
    夜に家族が犬を連れて散歩に出かけた。
    その空き地で佇んでいた時、ずっと向こうの方からひとつの光が、
    こちらにまっすぐ向かってきたそうだ。
    蛍より一回りほど大きなその光は
    家族の頭の上を一周して、そのまま山の方に進んで消えた。

    点滅していなかったから蛍ではない。
    あれは一体何だったのだろう。

    後で知ったのですが、交尾を済ませた蛍は点滅しないそうです。
    あれはやっぱり蛍だったのでしょうか。

    友人がこんな話をしてくれました。
    障害を持った子どもさんが亡くなった時、
    その子が寝かされていた部屋の外のフェンスに
    一羽の白い大きな鳥が止まり、人が近づいても逃げることなく、
    長い間そこでじっとしていたそうです。
    そういえば梅雨の頃に上司が亡くなった時には
    丁度葬儀が行われている時刻に
    窓から大きなトンボが入ってきてその上司の机の上に止まり、
    人が来ても逃げることなく暫くじっとしていたそうです。

    亡くなった人は何かのかたちになり、
    帰ってくることがあるのかもしれません。

    2005/06/29(水) 18:11:58
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    残念な思い出
    - 2005/06/14(Tue) -
    数年前、近くで交通事故がありました。
    夜、女性2人が散歩中、横断歩道を渡っていたところを、
    飲酒運転の車が突っ込み、1人が死亡、
    1人が重傷を負うというものでした。

    数日後、手話サークルでその話題が出たときに、
    仲間の1人の女性がこう言ったのです。
    「被害者も気の毒だけど、加害者も家族も大変やねぇ」

    その言葉を聞いて、私は考える間もなく言葉を発していました。
    「何故大変なんですか?お酒を飲んで運転していたんですよ!」

    瞬間に和やかな雰囲気が凍りつき、
    しまった!と後悔したけどあとの祭り。
    数秒の沈黙のあとに別の男性が、さり気なく別の話題を出してくれ
    また和やかな雰囲気に戻ったのですが、
    被害者より加害者が同情されるおかしさ、
    交通事故は犯罪だという認識のない
    社会のおかしさを話すことが出来ず、
    別の話題になってしまったことを残念に思いました。

    加害者が大変と言った人は、次に会った時に
    被害者の気持ちを考えたら言うべき言葉ではなかったと、
    謝ってくれました。
    私も謝り、伝えたかったのは怒りではないと言うことを
    説明しようと思ったのですが、
    逃げるように向こうに行かれてしまい、
    また言うことが出来ませんでした。

    彼女とはなかなか会えず、会ってもその話題になることはなく、
    未だ話せないままですが、
    いつかお互いに気を遣うことなく、
    その話が出来るようになればと思います。

    彼女に限らず他の人たちとも、事故の話題は
    自分からはなかなか言い出せない時が多いのですが、
    遠慮なく、普通の世間話として
    話が出来るようになりたいものだと思っています。

    2005/06/14(火) 23:26:35
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    昼間点灯もお勧め
    - 2005/06/13(Mon) -
    夕方涼しくなってから、ちょっと離れた店に車で買い物に行きました。
    買い物を済ませ、薄暗くなってきた道を帰ってきたのですが、
    ヘッドライトを点けていない車が多いですね。
    私も以前は暗くなるまで点灯しない方だったけど、
    夕焼けの道を車で走っていた時、
    道路の端を歩いているご老人に接近するまで気が付かず、
    ひやりとしたことがありました。
    夕闇に溶け込むような感じで、全くわからなかったのです。

    その時以来早めの点灯を心掛けていますが、
    今は日没前のまだ明るい時から点けるようにしています。
    危険回避のため昼間も点けているときも。
    でもある日、隣のおばあ様がこんなことをおっしゃった。

    「最近昼間からライト点けてる車がありまっしゃろ。
    私らは白内障やし、ああゆう光を見るとまぶしくてな。
    くらくらっとするんや。消して欲しいわ」

    そうだったの?
    白内障の人はあの光が眩しいんだ。

    昼間の点灯はバイクや車が接近してきたらすぐ分かるから
    安全だと思っていたけど、その光が危険に繋がる人もいるんですね。
    その話を聞いてからは臨機応変に、
    点けたり消したりするようにしています。

    でも天気が悪くて薄暗い日は、昼間から点けた方がいいですね。
    夕刻には早めに点灯して欲しいと思います。
    自分が見えるからまだ点けなくてもいい、じゃなく、
    歩行者や自転車、他の車にも自分の車の存在を知らせるために、
    ライトの点灯は早めに行ってください。
    薄暗くなった道路で車に気が付かなかった、という経験、
    私にだってありますからね。

    2005/06/13(月) 21:48:54
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    骨壷に枯葉
    - 2005/06/11(Sat) -
    今日から梅雨入り。
    1日静かな雨が降りました。
    昨日から眠ってばかりです。
    きっと体が睡眠を欲しているのでしょうね。
    昨日も長い時間眠り、朝方になって夢を見ました。

    どじのお葬式をしている。
    僅かな人数で読経をしている。
    非常に質素で、お骨の上に枯葉が舞いとても寂しい雰囲気だ。
    お骨を抱きしめて私は泣いている。

    私はこんなことを望んでなんかいない。
    なんで私の気持ちをわかってくれないの!
    何故わからないの!
    何故誰もわかってくれないの!
    ・・と大声で泣き叫んでいる。

    実際の私はこんな泣き方をしたことはない。
    親にも親戚にも私たちの気持ちはわからないのだと、
    落胆したことは何度もあっても、こんなに感情を出したことはない。

    でも夢で泣き喚いて気が付いた。
    本当は気持ちを出したかったんだ。
    辛い辛いと言いたかったんだ。

    人に自分の気持ちをわかって欲しいなんて、
    甘えた考えは持っていないつもりだった。
    人が人を理解するのは、とても難しいことだということも知っている。
    時に誰かに言うことはあっても、
    重い話をして悪かったなといつも後悔する私だ。
    だからいつも自分の感情を押さえていた。

    現実にはこの夢のように感情を出して訴えることはできない。
    言ったところで相手が理解できるわけがなく、
    関係は悪くなるばかりだろう。
    話をしないからお互いに、
    何を考えているのか分からないというところもあるけれど、
    話ができる相手ではない。
    だから黙っていることも必要なんだ。
    ・・と自分でも思うし、人にも諭される。
    その通りなんだけど、
    鬱積した感情は行き場がないまま、心に積もっていく。

    それが夢に表れたのでしょう。
    夢で泣き叫んで初めて感情を出せたような気がしました。

    なんだか開放されたように思います。
    体調もよくなってきました。
    糸のように降り続く雨を見ながら、
    楽しんで生きていければいいな、と 
    静かな気持ちで思いました。

    2005/06/11(土)20:19:59
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    奇跡のようなこと
    - 2005/06/10(Fri) -
    昨日は疲れて早々と寝てしまったのでした。

    疲れているときは眠るのが一番。
    時に悪夢にうなされる日はあっても、
    眠っている間は悩むこともなく穏やかに過ごせる。
    眠りは新たな明日を迎えるために必要なものだ。

    病気や精神的な苦しみで眠れないときは辛いですね。
    時に薬に頼っても穏やかな眠りがあれば、
    回復の手助けになるだろうから、
    夜に限らず眠りたい時に眠れたらいいですね。

    眠りにつく前は意識がだんだん遠のいていくでしょう?
    死ぬってこういう感じなのかなと子どもの頃から思っていた。
    死は眠りに似ているのかもしれない、
    目が覚めて新しい1日が始まるのは、
    生まれることと同じようなものかもしれないとも思っていた。

    いのちって一体何なのでしょう。
    生まれて、死ぬ間だけいのちがあるのでしょうか。
    それともいのちに終わりはないのでしょうか。

    いのちは不思議なものです。
    説明することは私にはできないけれど、
    いのちが宿っているこの体で
    生きていることの苦しさや楽しさを味わうことは
    もしかしたら奇跡のように
    素晴らしいことなのかもしれませんね。

    2005/06/10(金) 14:54:03
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