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    中間地点
    - 2005/09/27(Tue) -
    もう随分前、
    観光船でアルバイトをしていたある日、
    ろう者の団体の貸切があった。
    湖に浮かぶ島を目指す船の旅。

    乗船前、緊張感を持ってお客様を迎えた。
    沢山の人が乗ってくる。
    でも
    こんなに沢山の人がいるのに、話し声は殆ど聞こえない。
    聞こえるのは船のエンジン音と、ざわざわした雰囲気のなかの足音ばかり。

    見渡すと、手を動かしている人たちの姿。
    あちらでも
    こちらでも
    手話の花が咲いている。
    おしゃべりの花が咲いている。

    それまでに、駅でろうの学生の姿は何度か目にしたことがある。
    流れるような早い手話。
    どのように会話が成り立っているのか想像もできないスピード。
    すごいなあ、通じているんだなあと、感嘆して眺めていた。
    同じ光景が観光船のなかで繰り広げられている。
    あのとき、初めて手話を知りたいと思ったのだ。

    その後手話を学び始め、
    そして今、自分も聞こえがわるくなり、
    聞こえないということがどういうことなのか、
    半分分かって、半分分からない世界にいる。

    今まで、聞こえない友人たちに、
    励まされ、慰められてきたのに、
    沢山のことを与えられてきたのに、
    何も返すことができない自分。
    情けなさと侘しさ。

    でも中間地点なら、どちらも見える。
    いろんな面が見えてくる。

    できることを探していくよ。


    2005/09/27(火) 21:21:29
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    もったいない
    - 2005/09/26(Mon) -
    ろうの友人に言われた。
    「もうひとつ空間が理解できていないね」

    うん、そうだね。
    空間を読めないときがある。

    あの単語は
    この表現は
    この順序は

    にこだわって、全体を読めないときがある。

    手話は目で見る言葉。
    空間に書く絵。
     
    と理解していても、
    自分の目に絵として入ってこないのだ。
    これが自然に分かるようになれば、
    自分の手話も変わってくるだろうに。

    いや反対かな。
    空間を使いこなせるようになれば
    手話の流れも自然に分かるかな。

    努力不足。
    今までそれどころじゃなかったから。
    と言い訳はいくらでもできる。

    あの人 この人
    話したい人はいっぱいいるのに
    話したいことは山ほどあるのに
    実力がなくて上っ面の世間話しかできないなんて
    なんてもったいない。

    聞こえる世界と
    聞こえない世界の中間で、
    うろうろしているだけじゃ、もったいない。


    2005/09/26(月) 23:25:23
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    耳がかたい
    - 2005/09/23(Fri) -
    先日の新聞に、「目がかたい」 という方言について書かれていた。

    「頭がかたい」 や 「口がかたい」 は知っている人は多いけど、
    「目がかたい」 は、地域によっては知らない人が多いのですね。

    「なかなか眠らない」 という意味で、
    西日本を中心につかわれている方言なんだそうです。

    私も子どもの頃はよく、「目がかたい子」 と言われていました。
    今は全然、目はかたくないですけど。

    「頭」 はかたいかな? 
    それほどかたくないように思うな。
    「口」 はかたいかもね。

    それと、
    「耳」 かたいな。
    「耳がかたい」 なんていう言葉はないけれど、
    私にはその表現が似合うように思う。

    心を柔軟にして耳を柔らかくして話を聞きたいけれど、
    どうも 「聞き取らなきゃ!!」 と思う気持ちが強くて、
    心も耳も緊張しっぱなし。
    疲れるよ。

    でもね、
    全く聞こえない人から見たら、私なんてまだ本当に軽い。
    状況さえよければ、まだまだ会話を楽しめるんだもの。
    聞こえない人は聞こえる人の間で、よく頑張っているね。
    私ならすぐ凹んでしまうかもしれない。
    生まれた時からや、子どもの頃から聞こえなくなった人は強い。
    だけど強くなるまでに、葛藤がたくさんあったことだろう。

    大人になって突然聞こえなくなった人は、受け入れるのに時間がかかる。
    私は半分聞こえる状態なので受け入れるにも中途半端。
    たいしたことないと思ったり悩んだり。
    聞こえるふりをしたり最初から聞くことを拒否したり。

    でもそれは他人からは見えない。
    「聞き取れません」と、きちんと伝えなければ相手には分からない。
    と、何度も自分に確認しているのだけれど、
    なかなか難しいんだな これが。


    2005/09/23(金) 12:20:37
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    思わず立ち寄る
    - 2005/09/18(Sun) -
    通りすがりに目にしたホテイソウの群落。
    20050918.jpg

    どじがいた頃、夜市でもらった金魚を、
    捨てる冷蔵庫の野菜室の大きな入れ物を水槽代わりにして、育てていた。

    玄関の横に置いたので、陽が当たる。
    そこでホテイソウを浮かべて影をつくってやった。
    ヒヤシンスみたいな花が咲いたときは、嬉しくなった。
    そのときの光景を思い出す。

    でも、こんなにたくさんの花をつけている群落を見たのは初めて。

    今日もラッキー。
    なんでもラッキー。


    2005/09/18(日) 23:31:29
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    17歳の日々 Dくんへ
    - 2005/09/17(Sat) -
    18歳。
    バイク走行中に、
    無理な方向転換をしようとしたワゴン車により命を断たれました。

    17日。
    日付と年齢が重なる17歳になる前、
    年齢について日記に綴っておられたそうです。

    17歳。
    彼の17歳、どんなだったろうか。
    青春の眩しい日々。
    笑いも、涙も、感動もたくさんあったろう。

    光る波のように、
    流れる雲のように、
    風を受けてなびく花のように、
    ざわめく草のように、
    命を輝かせ、過ぎていく日々。

    今彼は永遠の旅人となり、大切な人を見守る。

    2005/09/17(土) 17:42:48
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    終着駅は始発駅
    - 2005/09/15(Thu) -
    用事があり出かけた。

    乗り換えの駅で目的地への電車に乗り込む。

    行き止まりの終着駅。

    終点にたどり着いた時から、また新たな旅の始まり。

    人生はその繰り返し。

    でも始発駅からの行き先は、いつも違う。

    今度の旅はどうなるか。

    行ってみなきゃ、分からない。

    20050915.jpg

    2005/09/15(木) 18:08:52
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    もうすこし
    - 2005/09/14(Wed) -
    今日は風のある日だった。

    夕方雨が降ったせいもあり、
    吹く風のなかにひんやりとした秋を感じる。

    それでも、
    蝉の声も聞こえなくなったとはいえ、日中はまだ暑い。

    まだもう少し
    もう少し余裕がある。


    湖で、噴水を眺める。
    20050914.jpg

    2005/09/14(水) 18:08:57
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    夜のはじまり
    - 2005/09/12(Mon) -
    日が落ちるころから出かけた。
    まだ夏の名残があるような夕焼け。

    自転車で湖岸を走る。

    寄り添うふたりやグループの若者。
    初老の夫婦が釣り糸をたれている。
    そして私と同じ、ひとりの人。
    暮れてゆく湖を眺めていつまでもじっとすわっている。

    孤独なのか幸福なのか。
    20050912.jpg
    夜がはじまる。


    2005/09/12(月) 21:56:41
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    瞬間の連続
    - 2005/09/11(Sun) -
    今日は少し遠くに出かけた。
    電車の窓から移りゆく景色を眺めるのは好きだ。

    景色を眺めながら考えていると、自分の抱えている問題について 
    (大きいものも小さいものも)
    ふと、気がつくこともある。
    そして少し嬉しくなったり、
    逆に落ち込んだり、
    がっかりもしたり。
    反省したり。

    流れる景色に目を向けながら、自分に向き合う。

    若い頃は目的もなく、電車に乗ってよく遠くまで行った。
    山や川や花の咲いている木を眺め、
    自分の未来に思いを馳せたり。
    現在の自分を考えてみたり。

    今は目的がなければ遠くには行けない。
    でも目的があるからこそ出かけられる。

    目的地に着くまでの時間は、旅に向かう時間に似ている。
    ホームに佇み、こちらに向かってくる電車を見ている瞬間。
    流れる景色を目で追う瞬間。
    一瞬目についた花を美しいと思う瞬間。
    景色のなかにいる人の人生を考える瞬間。

    瞬間の連続。
    人生も似たようなものかな。

    今は瞬間を味わうのに忙しい。
    自分の未来のことは考えられない。

    2005/09/11(日) 17:45:47
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    雨は止むもの
    - 2005/09/09(Fri) -
    夕方雷雨。
    近くに雷がドンドン落ちる。
    落ち着かないのは犬。

    脱走騒ぎを何度も起こしているので、
    簡単には逃げられないように柵を頑丈にした。
    それでもめげず脱走を試みる。

    ゴロゴロピカピカドドーン ガジガジ(柵をかじる音)・・・・
    と、雷が収まるまで音が続くのだった。

    どこに逃げても同じだよ
    と、犬に言いながら自分にも言い聞かせる。

    でも無駄だと分かっていても、何かせずにはいられないときもあるよね。
    それで少し環境が変われば、気持ちが楽になるときもあるからね。
    それがきっかけで、解決の糸口が見つかるときもあるからね。
    何もせずにいても、自然に気が付くときもあるからね。

    まあ 気楽にいきましょう。
    ほら 雨も止んだ。

    20050909.jpg

    2005/09/09(金) 18:21:06
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    青空とヘチマ
    - 2005/09/07(Wed) -
    20050907.jpg

    台風が過ぎ去ったあとの空は汚れを拭き取ったガラスのよう。

    今日は風が強い。

    風が自分の身体を通り過ぎていくようだ。

    空しいような かなしいような 

    嬉しいような。 

    風に吹かれて

    自分の塵がぱらぱらとこぼれるような。

    それでいて爽やかな

    おかしな気分です。


    2005/09/07(水) 16:40:11
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    甘い考えですが
    - 2005/09/05(Mon) -
    今朝の新聞の、茨城と埼玉で、
    鳥インフルエンザで153万羽殺処分という記事を読み、胸が痛くなった。

    自分も鶏肉を食べながら
    人間に感染するのも困ると思っているのだから矛盾しているけれど、
    殺される鳥も哀れだし、処分しなければならない養鶏業者も気の毒だ。

    ワクチン使用はウィルスの進化につながるそうだ。
    今のところは感染した鳥を廃棄処分することで、予防するしかないようだけれど、
    そうなれば倒産は免れず、その後の生活の保障もなければ、
    隠れて違法ワクチンを使用することは十分に考えられることでもある。
    国は感染が分かった業者を救って欲しい。
    税金はそういうことに使って欲しいと思う。
    軍事費で買うおもちゃは要りません。

    食は大切。
    口にするものは安全なものであって欲しいけれど、
    家畜にはいろいろな薬品が使われているらしい。

    以前鶏肉を買い、調理しようとパックから取り出したら、
    消毒薬のような臭いがすることに気が付いた。
    あまりにも薬臭くて気持ちが悪くなり、
    家族に臭いを確かめてもらったけれど、家族は別に何ともないと言う。
    でも私は嗅覚は人より敏感。
    だから納豆は食べられない。 
    食べる人が鈍感って意味じゃないですが・・。

    臭いの異常はすぐ分かる・・けれど、
    人がくさいと言うカメムシの臭いだけは分からない。
    未だに嗅いだことがないんだろうか?

    結局、家族が大丈夫と言っても、私の勘を優先させ、
    その鳥には申し訳ないと思いながら、捨てました。

    食べ物に贅沢は言わない。
    時に美味しいものを食べたいとも思うけれど、
    いつでも食べ物が得られることだけでも、すごく幸せなこと。

    人間が生きるために育てている家畜たち。
    本当に矛盾していることであるけれど、
    生きている間は家畜も幸せであって欲しいと思う。
    甘い考えです。


    2005/09/05(月) 08:36:08
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    普通ってなに?
    - 2005/09/03(Sat) -
    朝目覚めて鏡を見たときに、
    「どじに似ている」 と思い少し驚いた。

    親子なんだから当たり前だとも思うけれど、
    普通は、
    子が 「歳を重ねて親に似てきた」 と、
    感慨深げに思うものではないだろうか?

    どじは私に似て当たり前だけど、
    私がどじに似てきたと思うのはちょっと違うような・・・。

    それはそうと、
    そう思った時考えた。
    よく、「普通は」 という言葉を使うけれど、
    その 「ふつう」 って一体何だろう。

    そんなのふつうでしょ。
    ふつうに考えたら。
    あの人ふつうじゃないね。

    私もよく使いながら、いつも何が 「普通」 なのか考えている。
    広辞苑には、「広く一般的に通ずること」 と書いてあるけれど、
    多くの人は 「正しいと思われること」の
    意味を含んで言っているような気がする。

    でも、「正しいと思われること」 って、全て正しいのだろうか?
    理屈っぽく考える必要のない言葉かもしれないけれど、
    そして自分もその言葉を使いながらも、 「普通」?? 
    違うよなぁ・・と心の中で自問自答している。

    そう思うのは私が普通じゃないからだろうか。
    いえ、普通の人間なんだけど、
    時々考え方が人と違うことに気が付くことが、子どもの頃から多かった。

    でもみんな言わないだけで、
    「普通」 の振りしている人も多いのではないかな?
    人生なんて何でもありだから。
    清く正しい生き方が普通だと思う人もいれば、
    人をだまし続けることが普通の人もいる。
    選択するのはその人であって、
    人生半ばで、今まで普通としていたことが変わることだってある。

    犯罪被害者になれば、
    今まで自分が 「普通」 だと思っていたことが
    実はすごく矛盾していたのだと気が付くことだってある。

    やっぱり「普通は」 という言い方は好きじゃない。
    「普通」 はそれぞれの基準が違う。


    2005/09/03(土) 18:06:35
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