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    心が小さいんです
    - 2007/03/31(Sat) -
    うちの犬ですが、
    ちょっと歩いてはつまづいて転び
    起き上がれなくなってはワンワン吠える。
    を一日中繰り返しているので、
    昼間はできるだけ、庭から段差の少ない玄関の前に連れてきます。

    たまにフェンスの隙間に無理やり頭を突っ込み
    抜くということができずにいることがあるのですが、
    そういう時にすぐ気が付いてやればよいのだけれど、
    わからないこともあります。

    そんな時、インターホンで教えてくださる
    通りすがりの方もいらっしゃいます。
    本当にありがたいです。

    さて 今日の夕方、
    外がなにやら騒がしい。
    車で何かを販売しにきているのかと思っていたのですが、
    けっこう長い時間騒いでいるので
    何だろうと思って、窓を開けてみました。

    2階にいたのですけどね。
    下を覗くと、何人もの人がいる。
    たすきをかけた人が、一生懸命握手しています。

    4月8日にある、県議会議員選挙のための活動でした。
    支援者を引き連れて、近所を回っておられたのですが、
    そのすぐ横で、犬がフェンスに頭を突っ込んで、
    抜けなくて吠え続けているのです。

    騒がしさのなかに、犬の声がかき消されてしまってたんですね。
    気がつかなかったです。
    私の少し前に気が付いた家族が、犬を助けに行ってくれてました。

    戻ってきた時に
    誰か手伝ってくれた? と聞いたらなんと

    「みんな無視してた」

    そりゃ他家の犬が何していようが
    通行人には関係のないことなんですけどね、

    苦しげにすぐ横で吠えまくっているのに
    無視して握手し続けていたその候補者と
    その取り巻きの支援者に
    ちょっと驚いたのだ。私は。

    向こうにとっては、
    選挙活動の邪魔になる犬としか
    見えていなかったのかもしれません。
    抜けなくなったとは 
    思わなかったのかもしれませんが・・・

    小さなことなんですけどね、
    私は 
    その人には投票しないでおこう、
    と思ってしまいました。

    心が小さい人間です。

    2007/03/31(土) 18:29:50
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    - 2007/03/29(Thu) -
    あたたかくなりましたね。
    桜は、こちらではまだですが
    咲いている地方もあるのでしょう。

    春はいいです。
    心が穏やかになる。

    だけど穏やかでないのは うちの犬。
    昨日とうとう、自力で起き上がれなくなって
    吠え続けです。

    病院に連れて行ったら、痴呆だといわれました。
    痴呆になると、自分で立てなくなるのだとか。
    足はふらつくものの、まだ歩けるんですけれどね。
    立ち方を忘れてしまうんでしょうか?

    だけど 今朝は自分で立てて、歩けたからよかった。
    倒れたら、やっぱりなかなか起き上がれないのだけどね。
    庭をうろうろ よろよろと歩き回っています。

    何を考えているのでしょうね・・・

    2007/03/29(木) 18:12:24
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    卒業
    - 2007/03/27(Tue) -
    今日はちょっと寒かったですね。
    桜はまだだけど、雪柳は綺麗に咲いていたりして
    花の時期がちょっとずれている最近。
    花だけではなく
    私もちょっと、体調がずれていました。
    ずっと、右の肩と頭と、耳が痛かったです。
    でもようやく 調子が戻ってきました。

    さて、
    春は卒業の季節でもありますね。
    先日は生命のメッセージ展代表の
    鈴木共子さんの卒業式がありました。

    昨夜、NHKの番組で放送されていましたが、
    この春に晴れてご卒業、
    笑顔がとても素敵でしたよ。

    早稲田大学に入学してすぐ交通事故により、
    生命を奪われた息子さんの代わりに
    受験にチャレンジされました。
    また、他の遺族とともに署名活動を展開、
    「危険運転致死傷罪」の新設につなげました。
    そして生命のメッセージ展と、
    本当に忙しい7年間だったと思います。

    お疲れ様でした。
    そして、
    ご卒業おめでとうございます。

    旅立ちの春。

    私も、心を旅立たせたい。
    事故から10年目を迎える春、
    やっと、そう思えるようになってきました。

    2007/03/27(火) 21:47:25
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    バリア2
    - 2007/03/20(Tue) -
    肩の痛みはましになりましたが
    別のところが痛みます。
    でも 痛みは気付きでもあったりして。

    さて 前回の続き。

    手話通訳、要約筆記をしていただいて
    よく思うことがあるのです。

    本当ならそれに対して
    報酬を支払わなければならないはず。
    勉強のつもりだから気を遣わなくてもいいよ、と言ってもらっても
    その時間を私のために使ってくれているのだから
    何か御礼をしなければといつも思います。

    もちろん交通費は支払います。
    僅かの謝礼を渡す時もあります。

    手話でも要約筆記でも、レベルアップするためには
    見えないお金をけっこう使っているものです。
    努力して身に付けた技術だから、
    本当ならもっと報酬が高くてもよいのに、
    ボランティアの延長として見ている人が多い。
    技術だけでは食べていけない現実。

    だから、仕事としてお願いするべきものと
    私は思うわけですが、
    障害者と認められていないので、実費で支払わなければならない。

    どうしても必要なことが多い場合、その費用はかなり負担になります。
    どこを削って費用を捻出しようか・・・・
    と考えることになるのです。
    普通なら聞くことに対して、1円も支払わなくてもよいはずなのにね。

    それほどまでに知りたいの? 
     と聞こえる人は言うかもしれない。

    知りたいですよ。
    他の人と同じ立場で、情報を知りたいですよ。
    同じ立場で、感情を共有したいですよ。
    大切な話、どうでもいい話の区別なくね。
    だけどそれが難しい。

    事前に学習していくとか、自分も努力するけれど、
    全て努力では補えない。
    まあいいや と自分が放棄すれば
    そこでストップしてしまうのです。

    だけど聞こえる大多数の人は、少数の聞こえない人に対して
    まあいいや で終わっている場合が多いと思う。

    聴覚障害に関わっている人なら、
    100人の中に1人でも聞こえない人がいたら
    その人への配慮をするのが当たり前であると思うけれど
    一般社会では違う。
    100人の中の、たった1人。
    不自由だけど我慢してもらおう という場合が多いと思う。

    所詮この社会は健常者中心。
    バリアがあるのを感じます。

    でも、気が付いたことがあるのです。
    私自身、大勢の中のたった1人なのだから
    私さえ我慢すればよい と 思っていることが多いことに。
    そう、私自身がバリアを持っているのです。

    困ることが多くても障害者ではなく、
    聞こえる時もある私が権利の主張をする、というのは
    なんとなくし辛いものでもあるけれど
    これからは自分の立場というものを、できるだけ話していきたいものです。
    それは他の、同じ立場の人たちにとっても必要なことであるはず。


    思うようになった 最近。

    どんなことでも、自分が痛い思いをしないと
    気付かないものなのかもしれませんね。

    痛みをまだ感じていないものに対しては
    想像力で感じていきたいと思う。

    2007/03/20(火) 16:10:42
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    バリア
    - 2007/03/09(Fri) -
    最近肩が痛い。
    パソコンを開いてしばらく見ているうち、
    なんだか肩が詰まってくる。
    ナントカ肩にはまだ早い・・・・・・
     と自分では思ってるんですが??

    さて
    最近、何人かの集まりに参加するとき
    聞き取れない私は、友人に手話通訳をお願いしています。
    障害者自立支援法の施行により、
    手話通訳、要約筆記などはボランティアではなく
    派遣でという方向になりましたが、
    それは支援を受けられる人の話。
    障害者とみなされない私には関係のない話なので、
    申し訳ないけれど友人に頼むことになるのです。

    そこで、
    最近気が付いたこと。

    今までは手話通訳が付いたら、
    読み取りが下手でも少しは聞き取れていたから、
    100%に近いくらい理解できていました。
    ところが最近は、聞き取る能力が落ちてしまって
    手話だけが頼りという場面も多くなり、理解度は下降気味です。

    つまり今までは、聴力に頼りながら手話を読み取っていたわけですね。
    自分の読み取り力の足りなさを思い知りました。

    また、言葉のニュアンスも、
    ろう者は通訳者の表情で読み取るわけですが
    私には少し難しかったりする。
    やはり言葉そのものを聞いた方が理解しやすい。
    その言葉自体を伝えるのが無理な時には
    違う表現になったりしますが、それではニュアンスが変わってくる。
    後で説明を聞いて、ようやく、その言葉に隠された意味を知るわけです。

    話し合いでも理解するのがワンテンポ遅れるので
    他の人は戸惑いがあるだろうと思います。
    しかしこれは、慣れていただくより仕方ないですね。

    と ここまで書いて、肩が痛くなってきました~・・・・

    続きは次の記事で。

    2007/03/09(金) 15:03:36
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