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    図書館にて
    - 2007/06/27(Wed) -
    今日久しぶりに図書館に行って
    書庫にある読みたい本をリクエスト。
    申し込み書に記入して、
    貸し出しカウンターにいた職員さん・・・なんと呼ぶのでしょう?・・・
    に渡します。
    そして、いつものようにぼそぼそっと言われるその言葉、
    私にはさっぱりわかりません。

    そこで、聞こえにくいことを伝えた。

    最近は
    「すみません、聞こえにくいのです」 
    という言葉も 言い慣れた。

    以前は言えなかった。
    自分が足りない人間のようにも感じてしまってね。
    まだ聞こえる という気持ちもあったりしてね。

    でも最近は、もう本当に聞き取れないから
    いい意味で開き直り。
    無理して聞き取ろうと思っても わからない。
    わからないものは わからない!

    普段ならもう一度言い直してくれ、
    それでもやっぱりわからないけど何度も聞き返すのが面倒で、
    わからないまま適当に頷くだけなのですが、
    今日は違った。

    私が一瞬困った顔をしたのを見て彼女はわかったようで、
    そのうえに私が聞き取れないことを伝えると、
    「手話できますか?」 と聞いてくれ
    たどたどしかったけれども

    「少し 待って 下さい」

    と手話してくれた。

    いやー うれしかったです!
    通じることが凄くうれしかったです!

    選挙の演説に手話通訳が横にいるだけで喜んで
    その候補者に投票する、という話も聞くけれど
    その気持ち、わかるわ。

    当たり前のように手話ができる人が
    どこにでもいてくれたらよいですね。
    手話ができなくても、
    聞き取れないと言ったらさっとメモとペンを取って
    書いてくれるのが当たり前であればよいですね。

    「してあげる」 という施しのような感覚ではなくね。

    2007/06/27(水) 17:37:57
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    断酒会
    - 2007/06/14(Thu) -
    3年ぶりに会った人に
    「以前と比べてとても表情が明るくなった」
    と言われました。

    確かに、随分気持ちは軽くなりました。
    自分ではしけた顔してると思ったりしてますが
    それは 老けたせい・・・・?(^^;)
    でも明るくなったと言われるのは、やはり嬉しいです。

    3年前はアルコール依存症症候群?
    から抜け出しつつあるころでした。
    2年くらい飲み続けていたと思います。
    ビール、ウイスキーは太りますよね!
    あっという間に10キロ太りました。
    でも断酒会の人からみればこれくらいでは
    依存症とはいえないそうです。

    断酒会とは、お酒をやめたい人達が集い
    自らお酒を断つために、励ましあい、
    断酒を継続させていく会です。
    人生を再生させていく場でもあります。
    断酒を継続されている人達は、以前の自らの非を認め、
    仲間のために奔走しておられます。
    人間的に素晴らしいなと、お会いする度に思います。

    私は忙しくなったことがきっかけで、
    徐々に減らしていけたので、
    依存症というほどは 飲んでいなかったのでしょう。
    自分にとってはかなりの量ではありましたけど。

    自分でコントロールできる限度を超えた場合、
    他人に言われても、なかなかやめることはできないと思います。
    やめようという、自分の強い意志が必要です。

    お酒で人生を狂わせる人は多いです。
    自分だけでなく、他人の人生まで奪ってしまう場合があります。
    飲酒運転による事故もそのひとつ。

    依存症になる前に気が付いて、
    ほどほどに楽しめるのが一番。
    お酒は美味しく飲みたいですね!

    2007/06/14(木) 17:45:18
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    コンサートと手話通訳
    - 2007/06/13(Wed) -
    お知らせです♪

    <米村泰彦追悼コンサート2007>

    ■6月30日(土)
    ■会場:クレオ大阪南 ホール
    ■開場/13:30  開演/14:00

    ☆手話通訳が付きます

    ★同時開催★ 正午より
    ◎パネル展示 ホワイエにて
      TAV交通死被害者の会パネル展示、生命のメッセージ展、ジェントルハート、その他紹介
    ◎米村泰彦作品展 ギャラリーにて

      詳しくは 泰彦さんのHP をご覧下さい。

    泰彦さんは1996年(平成8年)12月9日、
    ミニバイクで大学への通学途中、信号無視の大型トラックに轢かれ、亡くなられました。
    大学では、“サウンドギャラリー”という音楽サークルに入り、
    自分で作詞・作曲した歌を、『雲の助』 という名前で、ライヴなどで、唄っておられました。

    このコンサートでは、泰彦さんが作り、残した歌を、
    友人や音楽仲間、歌を通して知りあった人たちが、彼を偲び歌います。
    また、交通事故等の犯罪で 「理不尽に命を奪われた犠牲者」 のために演奏されます。
    交通事故で亡くなった青年の 「悲しい歌」 ということではなく、
    青春を謳歌した青年の 「若々しい歌」 として被害者家族を励まし、
    明るく元気に生きる力となることを願い、開かれるコンサートです。
    誰もが「優しい心」を持ち、
    「犯罪のない、平和で安全な社会」 が実現する事を願って。
                           (泰彦さんホームページより)


    追悼コンサートは2回目です。
    今回私がうれしく思うのは、このコンサートに、手話通訳がつくことです。
    ご両親は生命のメッセージ展の仲間で、
    2003年に開催された滋賀のメッセージ展で、手話サークルのボランティアさんに
    ミニコンサートでの歌を手話通訳してもらったことが
    とても印象に残っておられたようでした。
    その時に泰彦さんの歌も歌っていただいたのです。
    今回も、あの時のボランティアさんに手話をお願いして欲しいといわれていました。

    しかし今は生活も変わっていて、お願いするのは無理なので、
    できるなら地元の大阪の方に協力していただきたいと言ったところ
    社会福祉協議会に相談してくださり、資格を持った通訳者さんたち数名が、
    ボランティアとして協力してくださることになりました。

    聞こえない人のなかには歌が好きではない人もいて、
    歌に手話をつけるのは、批判される場合もありますが、
    私は、このような場で手話通訳がつくことは
    意義のあることだと思っています。
    私はもちろん、ありがたいですし、
    聴覚障害の方も、手話サークルの方も
    空いた時間だけでも、覗きに来ていただきたいと思います。

    交通事故に限らず犯罪は、聞こえる、聞こえないに関わらず
    誰もが被害にあう可能性があります。

    しかし、被害者支援などの講演があったとしても、
    それに手話通訳がつくことは殆どありません。
    地域によって違うのかもしれませんが、私の住む地域では、そうです。
    理由のひとつは、予算がないからです。
    昨年障害者自立支援法が制定されてからは、
    通訳や要約筆記のボランティアは禁止され、
    ますますお願いしにくくなりました。
    私が市に依頼できればよいのですが、障害者と認定されないので
    それも叶いません。
    聴覚障害者のどなたかにお願いして、
    その人から派遣を申請してもらえば通訳は準備されますが、
    そのような講演があることすら、ご存知ない場合が多いです。
    それでは、聞こえないたちは
    いつまでたっても、大切な情報を知ることができません。

    情報保障は大切なことだと思います。
    聞こえない人は、悪いけれど我慢してください、
    聞きたいと聴覚障害者の方が言ってこられなかったから、
    通訳を準備する必要はありません、では、
    いつまでたっても 平等に情報を得ることはできません。

    だけど何かしてもらえるのを待っているだけでは、何も変わらない。
    知らない人に想像力だけを期待するのではなく、
    想像力を持てるように、伝えること、
    そして知ることが大切だと思います。

    2007/06/13(水) 00:04:51
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    散骨
    - 2007/06/03(Sun) -
    昨夜、ケンの骨を細かくくだいた。
    骨は硬いね。

    家族揃って、まるで何かの儀式みたい。
    全く変な家族だけど、
    今まで犬の世話ができたのも
    家族の協力があったからこそ。

    感謝します。


    今朝は全員で早起きして、
    さる所の さる場所に行った。

    そこには ユメが眠っている。

    ユメは事故の8ヶ月後、癌で死んだ。
    手術をして、一旦回復したけれど、また悪くなり
    手術後1ヶ月ほど過ぎた頃に死んだ。

    最後のときは、玄関の横で苦しげに横たわっていた。
    暑い日だったよ。
    外出して、昼過ぎに帰宅したら、既に冷たくなっていた。

    夕方、ふたりの家族がその さる場所に
    ユメを埋めてやったのだ。


    その日の真夜中、
    ユメは帰ってきた。
    庭で吠えた。
    4回。

    私と、隣に住んでいた父がその声を聞いた。
    そうだと断言はできないけれど、
    他の犬が通りかかるだけでやかましく吠えるケンが、唸ることもしなかったし、
    近くの家にユメのような吠え方をする犬はいない。
    だから多分 あれはユメだろう。


    そのさる場所は、以前は広い空き地だった。
    以前はその近くに住んでいて、
    いつもそこに2匹を連れて、散歩に行っていた。
    民家のある場所からは離れているので、そこではリードをはずして自由に遊ばせた。
    犬にとっては楽しい場所だったと思う。

    事故後私が散歩に連れて行ったとき、いつものようにリードをはずして
    2匹が駆け回っているのを見ているうち
    たまらなくなって号泣した。
    そうしたら
    それぞれ遊んでいた2匹が私のそばに寄ってきて
    1mほど離れて並んで立ち、小首をかしげたようにして
    ずっと 私が立ち上がるまでの長い間 じっとしていた。
    そのときの2匹の姿は、多分忘れることはないだろう。


    今は倉庫などが建ち、埋めたところに行くのは一苦労だったけれど、
    そこは安心して眠れるところ。

    ユメが眠っている場所に ケンの骨を撒いてきた。

    灰のような細かな骨が
    風に乗って舞った。

    2007/06/03(日) 18:24:17
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    いつものように
    - 2007/06/01(Fri) -
    ほんわかとしたあたたかい陽射しを浴びながら
    洗濯物を干しているとき、
    いつものように 家の影から
    ケンが尻尾をふりながら 出てくるような気がしたよ。
    いつものように 少し上目遣いで。

    私に気をつかっていたのかもしれないね。
    他の飼い主みたいに
    飛びついて甘えることも許さなかったし、
    厳しく躾けていたと思う。

    それは 他の人に迷惑をかけないようにとの配慮もあったけれど
    何より 私が それを望んでいなかったというのもあったかな。
    犬はそれほど 好きじゃなかったし。


    考えてみれば 10年近く、お前と一緒に暮らしたんだね。
    長いように思えるけれど
    とても短いようにも思う 10年。

    あのことがなければお前とも 違う関係を築けたかもしれない。
    でも事故は起きてしまった。
    ドライバーの不注意が 全てを無茶苦茶にした。

    ああでも
    そんなことが起こることを
    考えもしなかった 私が一番馬鹿だ。
    だからお前を 憎むことはしなかったし
    世話も義務だと思って やってきた。

    でもね 時々
    どこかへ行って欲しいと思ったのも事実。
    雷が怖くて逃げたときには
    あちこち探して
    保健所にも問い合わせたけれど 心の底では
    このまま いなくなってくれたらいいと
    思っていたんだ 私は。

    動物を飼えば その命が終わるまで
    面倒を見るのは 飼い主として当然の責任。
    それにお前たちは 親友ともいえる友人が飼っていた犬。
    友人が、亡くなるまで心配していた犬たちなんだからね。

    なにより 事故の最大の原因は
    ドライバーにあるのだから。

    わかっていても 辛かった。
    一緒に暮らすのが辛かった。
    ずっとこんな気持ちでいた飼い主なのに、慕ってくれた。
    犬は幼児と同じで純粋だ。
    でもその純粋さが 辛かったんだよ。

    歩けなくなってからは 世話も大変だったし
    正直言って 疎ましいと思ったときもあった。
    反面、とても気になった。
    この苦しみを 少しでも
    軽くしてやりたいとも思った。
    死は近づいてくる。
    それは仕方のないことでも。

    でも 愛することができなかった。
    悪いけれど私は愛情をかけてやれない。
    早く元の飼い主のところにいきなさい。
    本当に悪いけれど・・・
    そう声をかけるようになって
    一週間ほどしてからだ、死んだのは。

    二匹ともいなくなった今
    私は 寂しいとも思わないし、悲しいとも思わない。
    また よかったとも思わない。
    ただ ほっとした。
    楽になった。
    終わったんだと ただ 思う。

    でも今
    私は初めて 犬たちに感謝している。

    あの2匹の犬は 教えてくれたよ。
    命の不思議さと
    思いやりが大切だと いうことを。
    そして思いやりには 忍耐が必要だということを。

    2007/06/01(金) 09:44:59
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