狂言と字幕
    - 2007/08/27(Mon) -
    今朝 1本の電話があった。
    聞こえないかと思って躊躇したけれど、けっこう聞こえた。
    ご近所(もんのすごく近くの)方からで、
    狂言へのお誘いだった。

    夏休みの宿題?がまだ終わっていないけど (もう少しだガンバレ!)
    毎年の楽しみだからと、行くことにした。

    最近はご近所の方とあまり出会わないんです。
    よく出かけるし、
    出かけないときには
    家にこもって宿題をしていたり、
    または暑さでばてて寝ていたり。

    エアコンは環境と、経済的(これが大きい)な問題で
    あまり使わないことにしているので、
    この夏の猛暑はきつかった。。。。


    ご近所の方は、私が忙しそうだからと誘うのを遠慮しておられたのでした。
    突然のお誘いでしたが、楽しんできましたよ~
    狂言の会の発表会なんです。
    だから タダ。(これが大きい)
    何より面白い。
    なので毎年の楽しみなのです。

    午後からの2時間程度を見ましたが、面白かったですねー

    ただ私は、科白があまり聞き取れない。
    いつもなら、事前学習して行くので意味もわかるけど
    今日は時間がなく何もせず。

    でも動きや、聞き取れた箇所の科白で判断するでござるよ。
    アドリブもあって楽しかった!
    はーはーはー(狂言の笑)

    そのアドリブも、6回くらい言われたけど、
    3回目くらいからようやく理解できたんだわ。
    最初は皆が笑っていても、さっぱり解からなかったでござるが。
    狂言は発音がはっきりしていて、口の動きも大きいので、
    読話練習によいでござる。

    聞こえるってやっぱり素晴らしく嬉しいことだなと思う。
    聞こえていた時にはあまり感じなかったけれど。

    字幕があれば理解できていいだろうなあ。

    文楽は言葉も難しいし、字幕が付いている場合もあるけれど、
    狂言の字幕は私は見たことがない。
    それほど数もこなしていないけれど。
     (もしかして有料では行ったことない?) → 大きいかも。

    映画も字幕がついているのが当たり前になればよいね。

    ということで、
    「0(ゼロ)からの風」 
    字幕版も上映できることになりました。

    続きは次回に。

    20070827.jpg

    2007/08/27(月) 00:31:34
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    夢をいだきつづけて
    - 2007/08/19(Sun) -
    200708191.jpg

    今年も行ってきました。
    夢バンド のコンサート。

    元気あり感動あり笑いありの
    年々進化している夢バンド。

    進化 という言葉は
    いいですね!

    発展途上より 進化のほうがいいかな?


    おなじみの曲
    アカペラで 「ふるさと」 
    初めて聞く 新しいオリジナル曲
    「千の風になって」 の歌
     
    響きました。

    「天国にいるあなたへ」

    当然私にとっては とても響く歌です。

    今年の夏も 歌を聴けた。
    ありがとうございます。

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    2007/08/19(日) 22:01:19
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    5時20分
    - 2007/08/15(Wed) -
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    久しぶりに朝歩いた。
    夜暑くて熟睡できず眠いとか
    ちょっとしんどいわとか
    暑いわとかで
    私の早朝散歩は気まぐれです。

    暑い日が続いているけれども
    季節は少しずつ変化してきていて
    日の出の時間が遅くなっている。

    この前歩いた時には既にもう陽が高く
    陽射しが暑かった時間に
    日が昇ってきた。

    私の後ろを歩いていたおばあさんが手を合わせている。
    釣りをしている人も
    私も
    オレンジ色の空をしばし眺める。

    同じように散歩の途中で立ち止まっていた人達は
    再び歩き出したけど、
    軟弱者の私は 日が昇ったので暑いし~、
    と帰途につく。

    歩きながら
    デューク更家さんの本に載っていた
    歩くことの効用について思い出していた。


    心がしんどい時はじっとしているより、身体を動かせばいい。
    気力は心に宿るものではなく、実は身体に宿るもの。
    身体にいったん置き換えれば必ず気力が戻ってくる。

    心が疲れた時は歩けばいい。
    歩くということは、前に進むという行為。

    ニコニコ笑いながら人の悪口をいい続けるのが難しいように
    前に進みながらネガティブなことを考えるのは難しい。


    確かに歩くのは、前に進むという行為だなあと思う。
    いろいろなことを考えながら歩いて、気が付く。
    一歩進んだら、前の一歩には絶対に戻れないということ。
    一瞬は一瞬のうちに過去になるということ。

    若い頃にはあまり考えることはなかった。
    未来は自分の前に広がっていたからね。
    でも若いからといって、未来が多いわけでもない。
    年を重ねたからといって、全ての人がその分充実しているわけでもない。

    残りの時間がどれだけあるかなんて、誰にもわからないから、
    一瞬を大事に 味わって生きていきたいね。

    2007/08/15(水) 15:13:19
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    - 2007/08/03(Fri) -
    久しぶりに行った病院からの帰り、
    お昼を過ぎていたので、駅前のスーパーの一角にある店の前の
    クラブサンドの写真が美味しそうだったので立ち寄り注文。

    でも出てきたサンドイッチは、
    写真とはちょっと違ってる。
    なんじゃこりゃ 騙しやで と呟きながらも食べる。
    味? 
    写真より劣ってた。
    それでも コーヒーは美味しかった。

    お代わりの場合はコーヒーは半額で
    お代わりを頼もうかと思ったけれど
    写真と違うクラブサンドが気に入らなかったのと、
    丁度読んでいた本もきりのいいところになったので
    水を一口飲んで店を出た。

    台風の影響で雨が降っている。
    風が時折強く吹き付ける。
    先生(医師)の顔を思い出す。

    8年ぶりにその先生に会って
    それほど背が高くないことに気が付く。
    8年経って、やっぱりその分、
    年とられたなあと思ったけれど
    笑顔は変わらない。

    私もそれだけ 年を重ねているのだな。
    やっぱり私も人が見れば、老けたと思われるのだろうな。
    と 風に吹かれながら考える。

    本当は違う病院に行くつもりだったけど
    やっぱりこの先生に診てもらおうと
    電車に乗ってやって来た。


    先生の笑顔を思い出す。
    理由はないけど泣けてくる。
    なんとなく
    風がある日で よかったと思う。

    2007/08/03(金) 14:47:05
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    情報保障
    - 2007/08/02(Thu) -
    「あなたの情報保障はどうしているのか」

    と 
    あるベテラン手話通訳者に聞かれた。

    そのときは、ある相談の場で、
    私を含めた7人のうち3人は手話ができ、
    質問した通訳者はその3人のうちの1人だった。

    私はいきなり聞かれたので少し戸惑って
    普段のことですか と聞いた。

    そうだと言われたので、
    障害者と認定されず派遣申請はできないので、
    友人に頼んでボランティアで通訳または要約筆記をお願いしている。
    と答えた。

    本当はあまり言いたくはなかった。
    というのは、けっこう厳しく
    ボランティアでの通訳などは禁止とされていて、
    お願いする友人達の中にも、そのことを気にする人がいるからだ。

    質問した通訳者と私は親しくはない。
    友人が言うには、超がつくベテランだそうだ。
    難聴になってからは、サークル以外の活動は辞めてしまって、
    講座も受けていない私は知らなかったけれど。

    彼女と話をするうちに、私の戸惑いの原因がわかってきた。

    つまり、私はいつでも
    通訳者や要約筆記があれば「儲け物」という
    非常に安易な考えでもって通訳を受ける立場でいるからだ。

    それは自分が、障害者手帳を持てない曖昧な立場の難聴者であると同時に、
    あまりにも自分の情報保障について真面目に考えていないということでもある。

    自分では考えているつもりでも、
    もし必要な場で通訳や要約筆記がなければ、
    聞こえないのだから 仕方ない、
    後で誰かに聞けばいい という
    いつも諦めの気持ちでいることに気が付いた。

    彼女と話すうちに、
    責められているのではなく、
    見たところ私には通訳が必要なのではと思うが
    私からそこに居合わせた通訳者に通訳を頼むわけでもないので、
    必要ないのかどうか、
    また、彼女が初めて会うその場にいた健聴者が
    私が聞こえが悪いことを理解しているのかどうか、
    を心配してくださっていたことがわかった。

    そこではっと気がついたわけなのです。

    その場にいる人の全てが私が難聴であることを知っていて、
    手話できる人も3人いたから
    漠然と、誰かが通訳してくれるだろうと思っていたことに。
    こういう場合、私がろう者であれば
    黙っていても通訳をしてくれたのかもしれない。
    でも私は、ろう者でも、通訳が認められる難聴者でもなく
    私のことをよく知らない通訳者にとっては、
    通訳が必要なのか、必要でないのか、わからないのは当たり前だろう。

    だから私から、通訳をお願いしますと
    言わなければならなかったことに。

    また私が通訳してもらうことに対して、
    自分の権利という意識も持ち合わせていなかったことに。

    してもらえればラッキー。
    なければ仕方がないことと済ませる。
    どうせ聞こえないのだからと。

    それではいけないのだと気が付かされた。

    だけどそれは やはり認められた者だけに言えるのではないか?
    という思いも頭をもたげる。

    私は通訳や要約筆記をしてもらうことに
    罪悪感に似たようなものを感じることが多い。
    それは 私の権利ではないからだ。
    線引きされて線の中には入れない私には
    その権利がないからだ。

    また、ところどころ聞こえる時もあり、
    理解できないことを認めたくない気持ちがあるのも、事実なのだけど。

    だけどもう
    そのような消極的な考えは減らしていきたい。

    だって本当に理解できないのだし。
    一部だけわかっても、全体の理解には遠いのだし。
    見た目はそうではないので、
    他人には理解してはもらいにくのが、
    また辛いところでもあるけれど。

    自分の知る権利を、人に依存していてはいけない。
    と、
    彼女に言われた
    「決めるのはあなたでしょう」 
    の言葉に気が付かされた。
    正直言って厳しい言葉であったけれど、感謝です。

    「あなたの情報保障はどうしているのか」

    この言葉は
    私的「今年の言葉」
    いきなりトップ10入りですね。

    2007/08/02(木) 08:22:22
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