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    知る
    - 2007/10/27(Sat) -
    昨日、けっこう降っている雨の中、
    濡れながら自転車で帰宅中に転倒。
    すべるから注意しようと思っていたのに
    踏切を渡るときにはすっかりそのことは抜け落ちていた。

    その踏切は細い路地も交差していて
    斜めに線路が走っている。
    晴れた日でも線路の溝にタイヤを取られて
    転倒する二輪車が多い場所。

    踏切の横には
    「自転車、バイク 横断注意」 の看板がある。

    が これだけでは わからないような気もするなあ。

    その続きに
    溝にタイヤがはまります。
    とか
    ジグザグ横断するとすべります。
    などと入れたほうがよいねと
    話していたときには他人の立場だったけど、
    自分がこけて、その危険さを身に沁みて知りました。

    しかも かなり痛くって
    なかなか起き上がれなかったんですよ。
    通りがかった数台のうち2台が声をかけてくれて
    そのうちの1台の若い男性が降りてきてくれました。

    彼に自転車を起こしてもらって、
    痛みを我慢しながら家まで乗って帰り、
    夕方からは用事があったので、根性で外出。
    歩くのもやっとの状態でしたが、
    エレベーターのある駅を選び行きました。

    そこで初めて気が付いたんですね。
    エレベーターが遠い位置にあることに。
    改札から数十メートル。
    今まで距離を感じたことはなかったのですが、
    昨日は非常に長く感じました。
    また ホームに下りてから、
    待ち時間の間に椅子に座りたいと思っても、
    離れたところにしかありません。
    仕方なくそこに行って座ったものの、来た電車は最後尾の位置。
    降りた駅でも一番はずれだから、エレベーターの位置まで遠い。

    足の不自由な人の苦労がよくわかりました。

    今日もあることで相談していた時に
    車椅子でも余裕のある配置をとの意見を言ったのですが
    その後で舞台の上も同じように考えていたら
    「車椅子の人は上がれない」
    と言われ、忘れていた自分に気が付きました。

    私は聴覚障害については他人よりはよく理解できるけれど
    他の、不自由さには気が付かないことが多い。
    誰でもそうだろうと思う。
    なんでも経験しなければ 痛みはわからないものです。

    そこで大切なのが、その不自由さを想像すること。
    でも想像するためにはまず、知らなければならない。
    「自分にはわからない」 と切り捨てるのではなく、
    まず知ることが大切ですね。

    2007/10/27(土) 21:28:50
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    - 2007/10/24(Wed) -
    良いお天気の日が続いてる。
    日中は動いていたら暑い。
    10月も中旬を過ぎているのに、車で冷房のエアコンをかけるなんて
    滅多にないことで・・・

    だけど 夜は寒くて電気ストーブをつける。
    変な気候ではあるけれど、
    ようやく 庭の柿も色づいてきた。

    ちょっと今 家に左官屋さんが出入りしていて、
    柿の話をしていたら
    「そろそろ食べられるんじゃ?」 と
    あかくなってきた柿を指差す。
    じゃあ 3時に柿を出しますね♪ と
    2階から手を伸ばして実をとろうとしたけど
    あと少しで無理。

    そうしたら その左官屋さんが
    するするっと木に登ってとってくれた。

    ありがとう。
    周囲にいる人は
    みんな優しい人ばかりのように思えるなあ。
    左官屋さん、大工さん、電気屋さん、
    他にもいろいろな人が出入りするけれど、
    皆よい人ばかりですよ。

    話をするのは楽しい。
    まず聞き取りにくいことを断ると
    ゆっくり話してくれるのだけれど、
    やっぱり何度か聞き返してしまう。
    それでも嫌な顔をせずに話してくれるので、ありがたい。

    聞こえにくくても 話ができるのはやっぱり嬉しい。
    聴力が落ちても 
    読話ができるようにしておきたいねえ。

    20071024.jpg

    2007/10/24(水) 16:00:27
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    感性
    - 2007/10/19(Fri) -
    多忙で疲れきっていた友達が
    お寺の前の掲示板に貼ってあった言葉を読んで
    元気が出てきたと言って写メを送ってきた。

    転送できなくて写真は載せられないけれど

    希望に起き
    愉快に働き
    感謝に眠る


    その時々の自分にぴったり合う言葉は
    言葉の方からやってくるような気もするね。

    いつもなら気が付かない掲示板が気になったり、
    図書館のいくつもある本棚の間を歩いていて
    理由もなくふと立ち止まったところにある本棚の、
    目に付いて手にした本が自分を救ってくれたり。

    それに気付ける感性も
    磨いておきたいものだなと思う。

    2007/10/19(金) 17:37:11
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    生命のメッセージ展inまえばる
    - 2007/10/18(Thu) -
    だから 
    生きてるって
    とってもしあわせなんだよ


    あいだみつをさんの詩を通して命の学習をした
    前原小学校の4年生の子が書いた言葉です。

    辛く悲しいことがあっても
    生きていること それは幸せなことなんだと
    多くの人が 感じられたらよいね。

    自分が幸せだと思えれば
    人の幸せも願えるもの。

    まえばるの詳細は こちら
    是非見てください。

    20071018.jpg

    2007/10/18(木) 21:21:00
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    - 2007/10/14(Sun) -
    体調崩してしまって
    ようやくゆっくりできた今日は
    一日眠っていた。

    何度も夢を見たよ。

    朝方見た夢には 息子が出てきた。
    亡くなってからずっと布団に寝かせていたのね。
    今までずっとよ。
    考えてみれば10年もよ。

    夢ではそれは別に不思議なことでもないのね。

    ある日 息子の唇が動いたんだ。
    生き返ったんだろうか?
    それに見たら、今の年齢に成長した姿なんだ。
    背もうんと伸びて、口元にうっすら髭まではやしているような?
    はっきり目は開かなかったけど、
    2人で会話をした。

    それから歌を歌ったのよ。
    目覚めたあとに、
    成長した姿なのに
    歌ったのは子どもの歌だったなとおかしくなったけど
    子どもの頃に人生を断たれてしまったのだから仕方ないかな。

    会話をして歌を歌って
    それからまた 死んでいった。
    抱きしめて手を握って私は泣いた。
    その手はとても熱かったよ。

    目覚めてから、
    生き返ることを望んで
    死体をそのままにする人がいるけれど
    その人達の気持ちが 少しだけ
    わかったような気がした。

    息子は永遠に9歳のままだと思っていたけれど
    夢を見て
    私は成長した姿を見たかったんだと気が付いた。
    本当に見たかったよ・・・・
    叶わないことだけれども。

    「ぽっぽや」 の映画を観たときに
    (そのときはまだ聞こえていた)
    亡くなった娘が成長して、主人公の前に現れるシーンを観て
    「そんなこと、あるわけないじゃん」 と思っていた私だけど、
    もしかしたら 成長した姿を
    見せにきてくれることがあるのかもしれないね。

    今度はしっかりと目を開けた
    元気な姿を見せて欲しいなあ。

    と 
    まえばるの感想を載せたかったのに
    違う話になってしまった。

    暑かったり 寒かったりで
    風邪をひきやすいみたい。

    皆さんも 気をつけて。

    2007/10/14(日) 20:45:45
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    いのちの森
    - 2007/10/06(Sat) -
    寝ぼけ眼でコーヒーをいれ
    いつものようにベランダに腰掛けて
    朝の空を見る

    青い空に 秋の雲が浮かび
    ああ 綺麗だなあ 
    と思った次の瞬間
    秋がやってきたと 憂鬱になる。

    綺麗だな で止まるなら
    空を美しいと思えることを
    素直に感謝できるのに

    悲しみから 感謝の心は生まれにくい。

    悲しみは 常に
    ひとつのいのちが奪われたことから始まっている。
    はずすことができない出来事。

    どんなに望んでも取り戻すことはできない いのち。
    でも捻りつぶすのは簡単にできる いのち。

    いのち いのち いのち・・・・

    いのちが溢れる この世界。
    生きているいのちと
    死んでしまったいのちが
    混在している 世界。

    ある小学校の体育館は
    いま 巨大ないのちの森になっているそうだ。

    生命のメッセージ展inまえばる

    子どもたちはオブジェを見てどう思うかな?
    一人一人自分なりに感じられるだろう。
    その小学校の生徒さんは 幸せだね。

    2007/10/06(土) 08:23:38
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    閉店間近
    - 2007/10/04(Thu) -
    家から歩いて数分のところにあるコンビニに寄ったら
    「もうすぐ閉店・〇〇に移転します」 の貼り紙があるのを発見した。

    ここに越してきてから今年で7年。
    引越しのトラックの後を運転してついてきて、商店街に入ったとき
    今日からここで新しい生活が始まるんだと、
    ドキドキ・ワクワクしたのを覚えてる。
    コンビニの看板を見て
    「都会やな~~」 と言い合ったのも思い出すよ。

    以前住んでいたところは 山に近い住宅街で、
    決して田舎じゃないけれど、
    あの頃はコンビニはそれほど多くはなかったから、
    コンビニは街にあるイメージだったのね。

    もうすぐ閉店のコンビニがある商店街は
    本物?の商店街がある街に住んでる友人に、
    「どこに商店街があるねん」と言われるくらい、
    民家の方が多い商店街なのだ。
    私のおなじみの店は、花屋さんとケーキ屋さんとそのコンビニくらい。
    何かとお世話になってきたので 残念。
    その店での繫がりみたいなものもできていたから。

    以前住んでいた街(学区)のほうが住んでいた期間が長く、
    子どもたちもその地域でお世話になって大きくなったから、
    今住んでいる街を気に入っていても、
    なんとなく居候しているように思うときがある。
    捨てたつもりで出てきた街でも、思い出は捨てられないからかな。
    行くのが嫌だと思っている間は、何ひとつ捨てられないのかもしれない。

    2007/10/04(木) 15:45:21
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