加害者5
    - 2008/01/31(Thu) -
    妻は、息子の名前も知りませんでした。
    彼等にとって最後まで息子は
    「事故で死んだかわいそうな子供」 でしかなかったのです。

    つくづく、加害者は気の毒な人だと思います。
    自分の起こしたことに向き合わず、
    諭してくれる人も周囲に一人もいないまま、
    反省も謝罪もできずに死んだのです。
    人に恵まれない寂しい人生。
    人生の仕上げの年齢でもあったのに。

    「じゃあ どうすればいいんですか」

    妻のいうことに対し、それは違うのだとひとつひとつ説明して、
    今までの自分たちの思いを話した私に
    妻はうんざりしたように言いました。

    加害者にはもう何も求めることはできない、でも、
    せめて事故で命を奪った側の義務として、
    交通事故が起こらないように自分ができること、
    例えば遊びに夢中の子供に目を配ったり、
    危険な運転をしている人を見かけたら注意するなど、
    どんな小さなことでもいい、
    できることをしていって下さいとお願いして、家を後にしました。

    妻がどう思ったか、
    これからどういう生き方をしていくのかはわかりませんが、
    私にはもう関係のないことにします。
    彼等のことを忘れることはないけれど、
    彼等のことで悩むのは
    これで終わりにしたいと思います。
    丸めてゴミ箱に捨てました。
    二度と 会うことはありません。

    2008/01/31(木) 15:34:09
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    加害者4
    - 2008/01/27(Sun) -
    でも妻の言葉が
    加害者本人の心全てを表わしているわけではないと思います。

    息子をダンプでなぎ倒した時の衝撃、
    タイヤが体に乗り上げ上下にバウンドした時の感覚や、
    犬を轢いたと思っていたのに、子どもだと知った時の驚きを、
    忘れるわけがないと私は思うのです。
    言い訳をしても、原因を私たちに押し付けても
    一人の子どもを轢き殺したことに間違いはないのですから。

    妻は言いました。
    「主人は毎日事故のことを口にしていた」

    毎日というのは信じられないけれど、
    自分達のために後悔していたのだろうと思うけれど、
    心は重かっただろうと思います。

    事故さえなければ、穏やかに暮らせていたのに、
    職も失うことはなかったのに、
    生活保護を受けることもなかったのに、
    そのために貯蓄も保険も手放すことはなかったのに。

    妻が言うことを置き換えればそういう言葉になります。
    事故さえなければ・・・・。

    でも交通事故は、自然災害ではないのです。
    車は人の意思で動くもの。
    だからこそ、ハンドルを握る責任を
    忘れてはいけないと思います。

    -続く-

    2008/01/27(日) 22:59:15
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    加害者3
    - 2008/01/17(Thu) -
    加害者の家に行くのは2回目でした。
    10年前、全く謝罪に来ない加害者が、
    一体どんな人間なのか知りたくて、
    百箇日のときに一人で加害者宅を訪ねました。

    そのときは加害者は黙って立ったまま、
    妻が言い訳ばかり並べ立てました。

    10年後に訪れた時も 同じでした。
    ただ違っていたのは、
    加害者が5年前に亡くなっていたことでした。

    5年前といえば、
    私はアルコール依存症候群のようになっていた頃。
    私が悩み苦しんでいたときに、
    加害者は既にこの世にいなかったわけです。

    妻は言いました。
    「最後は車椅子で、大変だった。」

    似たような科白を刑事裁判終了後にも聞いたなと思いました。
    加害者に対して私の知り合いが、一言言ったところ
    逆に妻が私たちに対して強い口調で言い返しました。

    「殺したなんて言い方されたくない!
     私らだって今まで一生懸命に生きてきたんや!」

    自分達は悪くない。
    加害者達にとって、事故は迷惑な出来事だったのです。
    多分、最初からそのように思っていたのでしょう。
    10年後の、妻の言葉でようやく知りました。
    妻は、事故の原因が私たちにもあると言ったのです。
    悪いのは、子供だけで散歩に出させた親なんだと。

    正直に言うと、それは私が常に思っていることで、
    言われたら非常に辛い言葉でもあります。
    事故の直接的な原因は加害者にあっても、
    私さえあの時、散歩を止めていたら、
    または一緒に行っていたら、
    息子は死ぬことはなかったし、
    一緒にいた子も辛い思いをすることはなかった。
    親として至らなかった自分を責めもしたし、
    大切な子を自分が死に追いやったようなものだと 今でもずっと思っているから。

    でもそれは違うのです。
    違うのはわかっていても、やはり私は自分を責める。
    被害者遺族のなかにも、同じように
    「あの時ああしていたら」 と自分を責める人は多くいます。

    被害を受けた側が自分を責め、
    その人たちを責めるのが加害者側だということが、
    とてもおかしなことのように思うのです。

    -続く-

    2008/01/17(木) 20:39:48
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    加害者2
    - 2008/01/12(Sat) -
    強い憎しみや恨みを加害者達に持っていたわけではないけれど、
    最初から、そうだったのでもありません。

    数年間は強く思いました。
    体が震えるくらいに憎しみ、殺してやりたいと思った時も何度もありました。

    なぜ人の命を奪っておいて、反省も謝罪もせずに生きられるのか、
    なぜ加害者達は逃げてばかりなのか
    それを思うと苦しくてたまりませんでした。

    でもある日、気が付いたのです。

    私は加害者が私の望むように行動しないことを苦しんでいるけれど、
    それは、彼自身の問題であり、彼が考えなければならないことであって、
    私が悩む問題ではないということに。

    そのことに気が付いたとき、心がすっと軽くなり
    憎しみを手放すことができました。

    加害者の行為は許せない。けれど、
    加害者という人間を許すのは、私ではないと思います。
    言うならば、それは 「天」 が決めることのように思います。

    そう思えるようになるまでに何年もかかりました。
    時は確かに穏やかな時間を運んできてくれます。

    そうは思っても、
    加害者達のことを考えると心がざらつきます。
    忘れることはできないのです。
    強い憎しみがなくても、疑問が消えることはありません。
    会って話をしたいという思いは募るばかりです。

    そこで、昨年の11月の命日に
    思い切って加害者宅を訪ねることにしました。

    -続く-

    2008/01/12(土) 14:24:38
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    加害者
    - 2008/01/10(Thu) -
    息子の命を奪った加害者は、
    事故後拘束されずに家に帰されている。

    加害者とその妻は、そのことを
    「自分達だけが悪いのではないから、帰してもらえた」 と
    思い込んでいたらしい。
    殆どの事故で拘束されないことを、知らないのです。

    刑事裁判では嘘ばかりつき、国選弁護人の女性も矛盾だらけの弁護をし、
    無意味に裁判が長引いた。
    事故から判決までの2年間で加害者は
    自分の中で罪を軽いものへと変えていったのだろうと思う。
    有罪ではあったけれど執行猶予がついたおかげで、
    以前と変わりない生活ができたことも
    罪が軽いからだと受け止めていただろう。
    民事裁判で久しぶりに会った時でも、私たちの方を見ようともしなかったし。

    だから、加害者達とは7年程ずっと会っていなかった。
    でも私は、彼等のことを忘れたことはなかったのね。
    何を思っているのか、どのような生活をしているのか、
    生きているのか、死んでいるのか。
    もしかしたら毎日思っていたかもしれない。
    いや多分 そうです。

    強い憎しみや恨みを彼等に持っていたわけではなかったけれど、
    忘れることは出来ませんでした。

      -続く-

    2008/01/10(木) 17:27:30
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    償い
    - 2008/01/09(Wed) -
    これから一生をかけて償ってほしいと思います と
    福岡地裁の裁判官は言った。

    償いって一体なんだろうと思う。
    何をすれば償うということになるのだろう。

    息子を轢き殺した加害者の妻は言った。
    「じゃあ、いったいどうすればいいんですか」
    「殺したなんて言い方ひどいじゃないですか」

    私たち被害者遺族は
    「殺された」 という表現をよく使う。
    加害者側にとってはとても嫌な言葉らしい。

    「殺そうと思ってしたことじゃない」
    「交通事故じゃないか」

    それはよくわかっている。
    でもやっぱり私たちにとっては
    「殺された」 と表現することは
    一番 気持ちを表わしている言葉であると思う。
    危険を承知で起こした事故の被害者ならば
    尚更だ。

    現実から目を背けないで欲しい。
    その人の意識の低さが、人を死に至らしめたのだから。

    意識を変えるには 時間がかかるもの。
    厳罰化は、やはり必要だと思うよ。

    2008/01/09(水) 15:32:41
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    理想それとも綺麗ごと
    - 2008/01/05(Sat) -
    風見しんごさんが
    交通事故でお嬢さんを失ってもうすぐ1年。
    彼は事故撲滅のために、依頼があれば講演に行くそうです。

    ある新聞に、
    犠牲者の無念、家族の悲しみ、加害者の悔いを、事故撲滅の力に変えることはできる。
    と書かれていた。

    悲しみを乗り越えて訴え続ける家族の努力の成果は
    皆が知っている通りです。
    でも加害者の悔いが、
    事故撲滅につながることが、あるのでしょうか?

    確かに世間の目はあるだろうと思う。
    失職することもあると思う。
    だけど事故を隠して生きることは、簡単にできる。

    何人もの加害者達を見たけれど、
    自分のために後悔はしていても
    他の人生を奪ったことに対して、
    心から悔やんでいる加害者には会ったことはありません。
    加害者の職業が何であろうと 皆同じ。

    私が知っているだけの範囲なので、
    そうではない人もいるのかもしれません。

    加害者になれば、
    「自分はそれほど悪いことをしていない」 
    と思いたいだろうし、
    実際に思っている人が多いと思う。

    「殺そうと思って殺したんじゃない」
    「交通事故なんだ」

    飲酒運転などの事故には、社会の目は厳しくなったけれど
    どこにでもあるような事故に対しては、「不運」で片付ける人も多いと思う。
    交通事故に対して社会は優しい。
    司法に守られ、周囲に同情される加害者。
    だけど守るだけでは、人は変わらない。

    事故で人を死なせた人達は
    まず自分のしたことに真摯に向き合ってほしい。

    加害者自身が自分の人生について考えられるように
    誰かが導いて欲しいものだと思う。
    悲しいことに、事故はそのきっかけにはならないようだから。
    全ての加害者がとは言わないけれど
    大きな事故を起こす人は、人間的に大切なものが何か欠落しているように思う。

    守ることも必要でしょう。
    同情されなければ辛いでしょう。
    でも自分に対する厳しさは、必要なのではないでしょうか。

    加害者自身が変わることが、謝罪にもつながると私は思う。
    事故撲滅のために、自らが行動するくらいになってもらいたいと思うのです。

    2008/01/05(土) 00:05:14
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    お帰り
    - 2008/01/03(Thu) -
    年末 忙しかったのも一段落させて
    心は ぽけっ と空白の状態だった時のこと。

    何かと用事はしていても、そのことしか見てないし思っていない。
    だから 目の隅に映るものも注意深くは見ていない。
    部屋を移動しながら
    猫が餌を食べてるなー と思っていた。
    次に別の部屋を開けたら
    そこに猫がいた。

    なぜここに?
    今餌を食べていたのでは?

    引き返してももちろんいるわけがない。
    いま家には猫は1匹しかいないから。

    3、4日程あと、一人で食事をしていた。
    お刺身を食べていた。
    やっぱり猫は魚が好き。
    私の隣の椅子に飛び乗ってはねだる。
    何回かに分けて与えて
    そしてまたぼーとしながら、食事を続けていたら
    また猫が隣の椅子に飛び乗ってきた。
    しばらくそこにいたけれど
    私は猫の方を向くでもなく
    猫もねだるわけでもなく、また降りた。

    そしてふと 視線を部屋の向こう側に移すと
    今椅子を降りたはずの猫がこちらに向かって小走りに駆けてくる。

    え?
    今横にいたのでは?

    ぼんやりしていたから
    時間の感覚を勘違いしたのかもしれない。

    餌を食べていた(と思った)時には
    陽の光が当たっていて、
    そこに映った何かの影を
    猫と見間違えただけかもしれない。

    でもなんとなく
    火事で死んだむっちぃのような気がした。

    年末はよく思い出していた。
    その猫がいた頃、私は体調が悪い時が度々あって
    横になる時が多かった。
    そんな時にはその猫が傍に寄って来て
    私の枕元で一緒に眠った。
    柔らかい毛をしたふわふわの猫で
    触れているうちに苦しさも落ち着いた。

    いつもむっちぃを抱いて言っていたのよ。

    「家に来てくれてありがとう。長生きしてね」

    でも逃げられず死んでしまった。
    諦めて、名前を呼ぶこともしなかった。
    本当にごめん。

    あれから 生き残った猫にも
    長生きしてねという言葉を言わなくなった。
    言うと 反対のことが起こるような気がして。

    むっちぃは帰ってきていたのだろうか?
    だとしたら 嬉しいよ。

    また時々 帰ってきてね。

    2008/01/03(木) 11:40:28
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    新年
    - 2008/01/01(Tue) -
    紅白を眺めながら 適当なおせちを作っていたら眠くなって
    2時間ほど寝ていた。
    年越しそばを食べようと起こされて、
    寝ぼけ眼でおそばを作って家族で食べた。

    一人いなくなってしまったけれど
    こうやって残った家族揃って新年を迎えられるのは
    やはり幸せなことに違いないです。

    幸せは当たり前過ぎて気が付かない。
    その言葉を口にするけれど
    肝心の自分は、その当たり前さを不幸と思っていなかったかな。

    一人欠けたことは不幸なことに違いない。
    でも残った家族は、なんとか普通に生きている。
    それは幸せなことであるはず。

    悲しみが深くなると、時に感謝を忘れてしまう。
    失ったものばかりが目に付いて。
    それが 普通の人間なんだと思う。
    神様のようにはなかなかなれない。

    でも理想の姿は 忘れないでいたいもの。

    今年もなんだかんだといいながら
    時に泣き 落ち込み
    時に笑い 楽しみながら
    生きていくのだろうと思う。

    今年もどうぞよろしく。
    幸せをたくさん感じられる年になると よいですね。

    2008/01/01(火) 01:07:37
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