停止線
    - 2008/02/28(Thu) -
    いろいろな事故の話を聞きますが
    今日聞いたのは、
    抜け道から広い道路に出るT路路で、
    一旦停止を怠って進んだ車が
    広い道路を直進してきた車にぶつかり、
    その車が押された勢いで近くに立っていた人をはね死亡させたケース。

    よくある話。
    どこにでもある話。

    交通事故って、一つ一つ違うけれど
    似ている事故も多いですね。
    何故人は同じような間違いを犯すのかな?

    その事故を起こした人は80歳に近い高齢者であり、
    運転の初心者ではなさそうだった。
    私が想像するには、
    長年運転を続けていて、慣れと油断があったのだろうと思う。
    高齢であることも関係があるだろう。

    抜け道となる道は生活道路が殆ど。
    通らない方がよいのです。
    やむを得ず通る時には
    「通らせてもらっている」 くらいの気持ちで運転しなきゃね。

    また基本は守った方がいいですね。
    一旦停止の停止線では、きっちり止まりましょう。
    殆どの車が止まらないから。
    以前の私もそうだった。
    停止線で止まっても確認できない位置だから
    のろのろと見える位置まで進み確認、
    そのまま止まらずスピードを上げる。

    でもそれは間違いなのだと気が付きました。
    私は基本を忘れていたのです。
    そんな私が事故を起こさなかったのは、ただ運がよかっただけ。
    多くの人がそのことを忘れている。
    事故を起こしてしまったら 人を死なせてしまったら
    取り返しがつきません。

    確認できない位置に停止線があるのがおかしいと
    言う人はたくさんいますよね。
    それも私はわかります。
    でも停止線できっちり止まるだけで、安全意識が変わってきますよ。
    試してみてくださいね。

    2008/02/28(木) 20:56:55
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    生命のメッセージ展in白鳥小学校
    - 2008/02/27(Wed) -
    20080227.jpg

    さようならって いうことばは すきかい
    たぶん すきじゃないだろうね
    あしたのある さようならはいいけれど
    ずっと さようならっていうのは 
    つらくて かなしいもんね

    さようなら
    さようなら

    でもね ゆうきっていうのは
    さようならから うまれる
    やさしさもね
    いのちのなかに 
    さようならは いっぱいつまっている

    白鳥小学校の会場に貼ってあった
    灰谷健次郎さんの言葉です。


    三度目の小学校でのメッセージ展。
    小学校での開催は、雰囲気がとてもあたたかいです。

    その地域で暮らしていたメッセンジャー(オブジェ)が
    旅から地域に戻ってくる。
    再会の場であり
    新しい出会いの場でもあります。

    今回は、高速道路で居眠り運転の大型トレーラーに追突され
    同乗していたおばあちゃんとおじさんと共に亡くなった
    6歳の男の子のご両親が中心となって開催しました。
    同じく交通事故で亡くなった特別参加の女の子とふたりで
    小学校に行くことができたのです。

    一緒に遊んでいた友達が突然いなくなるのは
    幼い子どもにとっても、忘れられない出来事。
    オブジェの笑顔はあのころのままです。
    一緒に学ぶはずだった小学校での再会。
    5年生になっている同級生の子どもたちにも、
    ふたりのことを知らない子どもたちにとっても
    そして先生や保護者の方々、地域の方達にも
    心に残るものになったと思います。
    きっとその思いを
    つないでいってくれることと思います。

    200802272.jpg

    2008/02/27(水) 10:49:04
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    お葬式
    - 2008/02/19(Tue) -
    お葬式の夢を見ました。

    多くの人が集まっていて、もうすぐお通夜が始まるのです。
    私はくすんだ赤い色の服の上に、グレーの洋服を着て、
    これでは失礼ではない?
    大丈夫?などと友人と話しているのです。

    別の友人は真っ黒な服で来ていて、
    私も、明日の告別式には黒い服で行こうと思ってる。
    でも誰のお葬式なのか、
    目覚めたあと一生懸命に思い出そうとするのだけれどわからない。
    知人の顔を何人も思い浮かべるのだけれど(失礼!)
    皆 違うのですね。

    考えているうちにふと
    これは、自分のお葬式なのかもしれないと思えてきました。
    何の意味があるのだろうと、ごそごそと本棚を探し、
    夢占いの本を開いてみたら、

    自分のお葬式の夢は、変化が訪れること。
    これまでの自分とのお別れの儀式。


    こういうふうにリセットすることができれば
    わざわざ自分で命を絶つこともないですね。

    この10年の私は死にました。
    加害者のことで悩むのもやめました。
    耳のことでも
    もう卑屈になりたくない。

    ちょっと新しい人生を
    生きてみようかと思っています。

    2008/02/19(火) 19:47:03
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