生命のメッセージ展in京都産業大学
    - 2008/11/24(Mon) -
    落ち着かない日々が続いていましたが、
    久しぶりに、「生命のメッセージ展」 に行ってきました。
    11月18日(火)~20日(木)の3日間、
    京都産業大学で行われたメッセージ展。
    最終日の午後のほんの短い時間ですが、ようやく行くことが出来ました。

    会場となった5号館 
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    落ち葉で作ったハートです。
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    たくさんの学生さん達でした。
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    一般の方も多く来られていました。
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    「天国への手紙」を書く学生さん。閉会式が始まっても真剣に。 
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    多くの学生さんが来られていて、驚きました。
    授業が終わると、沢山の学生さんがエレベーターから降りてこられます。
    そして、会場に直行です。
    これからの社会の担い手になる若い方に来ていただけるのは
    大変意義のあることだと思います。
    ちょうど入り口横のホールで行われていたので、入りやすいというのもあると思いますが、
    学長が教授、教員や職員の方々にも是非会場に足を運ぶように言われたとか。

    いのちの大切さ。
    自分が元気でいる時には、忘れてしまうことがあります。
    忘れることは幸せなことでもありますが、
    幸せな時間を過ごしているときでも
    自分や、他人のいのちについても考えてみて欲しいと思います。
    メッセージ展は大切なことを思い出させてくれる場でもあります。

    メッセージ展は、見ればわかる。
    どうも気が乗らないと、全く足を向けようとしない方もいますが、
    もったいないですね。

    まだご存知ない方は、お近くで開催する時には是非、足を運んでみてください。
    次回は大阪、ABCホールで開催です。

    2008/11/24(月) 17:51:39
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    勇気
    - 2008/11/11(Tue) -
    空港への道を間違えて
    空港の端の、飛行機が飛ぶ立つ方向に行ったとき、
    いつもとは違う眺めに惹かれ車から下りて見た。
    飛行機が近づいてきてふわっと地上を離れ
    轟音と共に私の頭上を飛び立っていく。
    次々と繰り返される
    心まで飛ぶような 眺め。

    空港に行ったのはいつだったかな。
    数年前のようにも思えるし、数ヶ月前のようにも思える。
    わかっているのは、息子が亡くなった後だということ。
    眺めながら、
    息子がこの景色を見たら、歓声を上げたことだろうと
    心で呟いたことを 思い出す。

    感動する景色 美しい音楽
    心が踊る出来事
    素晴らしい出来事に遭遇した時には必ず 
    息子にも経験させてやりたかったと思い
    胸が痛くなる。

    加害者はそんなこと、考えることもなかったろうね。
    それより彼は
    素晴らしく 感動するようなものに
    あまり出会えていない人のような気がする。
    加害者は お金もなく 地位もなく
    誠実さもなく 感性もない。 
    つまらない人だ。
    気持ちが溢れてくるような経験をしたことが 
    少なかったのかもしれない。

    私は加害者を軽蔑しているけれど
    (それは私が加害者よりも優れた人間という意味ではないけれど)
    会って話をしたかった。
    事故のこと 今までのこと これから何をしていけばよいのかを。
    加害者と 私にとって。

    彼と話が出来るのは、話をすべきなのは
    私しかいないはずだった。
    警察官や検察官や弁護士や裁判官にとっては
    所詮他人事の交通事故。
    加害者と 被害者側が
    一番話をする必要があるとずっと思っていたのに、 
    進むことができなかった。

    できないままこの世から去った加害者。
    彼がいないと知ったことで
    今の私は心の安定があるけれど、
    もっと早く、勇気を持つべきだったね。
    加害者自身が気付くべきだとか、
    何を言っても無駄だとか、
    そんなことなど思わずに。

    2008/11/11(火) 15:01:01
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    極刑
    - 2008/11/09(Sun) -
    事故から10日近く経ったころ
    事故の詳細を教えてほしくて警察に行った時に私は
    加害者を死刑にしてほしいと言いました。
    もしかしたら、
    4か月後に送検された時に、担当の副検事に言ったのかもしれません。
    どちらだったのか記憶は曖昧ですが、
    どちらかの人に確かに言いました。
    その時には加害者を殺してやりたいと思うくらい
    強い感情がありました。

    でも警察や副検事が言うとおり
    息子の場合の加害者は、死刑の対象にはなりません。

    大きな罪を犯した人に、遺族は極刑を望みます。
    それは自然な感情だと思います。

    私は死刑に賛成しているわけではないけれど
    死刑廃止には賛成しかねます。
    死刑に代わる罰がないからです。
    刑務所にいる長い間に、
    犯罪者が犯した罪を認め反省したとしても、
    それはその人自身の問題の解決であって
    社会に貢献する性質のものではないし、
    その間の費用は全て税金で賄われる。
    社会に不利益を与えた人なのですから、
    自分が生きるために必要なお金は
    働かせて自分で捻出させるべきじゃないでしょうか。

    被害者や遺族への補償も
    例え一部だけでも自分で支払うようにさせてほしいですね。
    支払いが終了するまでは
    塀の中での労働に従事させてほしいです。

    また出所した後も
    顔をさらし罪をさらして生きる義務を与えてもらいたい。
    隠さずに茨の道を生き
    社会に貢献しようという気持ちを持てるような矯正教育を
    塀の中にいる間にしてもらいたいと思います。

    でも現実には難しいことですよね。

    だから死刑廃止には賛成できない。
    でも人が人を裁くのは難しく間違いがないとも限らない。
    だから諸手を挙げて賛成もできない。

    ただ、加害者がこの世にいないのは
    遺族である自分にとっては、安らぎです。

    2008/11/09(日) 18:15:41
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    この日あの時間
    - 2008/11/08(Sat) -
    この日のあの時間は
    1年の中で一番苦しく 
    悲しい。

    だけど今年はなぜか
    その時間を意識しなかった。

    お天気のせいかもしれない。
    今日は雨だったから。

    それから
    11年という月日が過ぎたせいもあるかもしれない。
    時は確かに 悲しみを癒す。

    それから
    命日を忘れずにいてくれる人の存在。
    言葉や花の形で 癒してくれた。

    そして
    加害者が既に
    この世にいないということ。

    もう あの男とその妻が
    今何をしているのか、
    何を考えて生きているのかと悩む必要はない。
    そのことが私に
    心の安定をもたらしたということに
    自分でも少し驚く。

    去年までの10年間、
    毎日息子を思うのと同じだけ、
    加害者のことを思っていた。

    私一人が加害者のことを忘れることができず
    ずっと一人で苦しんでいた。
    加害者は私たちのことなど
    殆ど頭にはなかったろうに。

    おかしな話だ。

    2008/11/08(土) 21:50:39
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    忘れる
    - 2008/11/03(Mon) -
    何人かの人と話をしていると
    先日の大阪でのひき逃げ事件の話題になる。
    その中に、
    許せない行為だけど、
    被害者の自己責任もあるのでは と言った人がいた。
    横断歩道ではなかったし、
    午前4時という時間だった。

    確かに、そんな時間にそこにいることがなければ
    事故に遭わなかったはずだろう。

    でもこの現代、
    深夜になっても満員の電車、
    朝まで営業する店、
    暗くなる時がない街、
    そういうスタイルが当たり前にもなっている。

    それは確かにおかしいことだけど、
    そんな社会に原因もあるけれど
    一番の原因はひき逃げをした車。
    命の重さを知らないドライバー。


    ですが確かにこの世の中、
    一人一人がもっと
    注意をする必要はありますね。

    他の例をいえば
    体を露出させた服の女性が痴漢にあった。
    それはその女性にも問題がある。
    という意見があるけれど、
    現実として、それももっともな意見だと思う。
    でも逆に例えそんな女性がいても
    理想として男性は理性を持たなければいけない。

    理想は素晴らしい。
    でも全ての人が理想通りではないということ。
    何事も自分の身に降りかからなければ
    そのことをつい忘れてしまう人も多いのでは?

    そのことを忘れてしまった人達の中に
    過去の私がいる。

    2008/11/03(月) 23:49:00
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