白い世界で
    - 2009/01/10(Sat) -
    今日は朝から
    冷たいみぞれまじりの雨。
    この季節は心身ともに
    調子よくない。
    冬籠り・・・・どこかの鄙びた温泉で
    冬を過ごしたい気分。
    湯けむりが恋しい季節です。

    年末に行った北の地は
    農地が広がる田舎ではあるものの
    近くに天然温泉があり、
    露天風呂はかけ流しの気持ちよいお湯が溢れている。
    雪が舞う中での温泉は格別です。
    今回は行きそびれたのが残念だけど。

    雪といえば滞在していた間は連日雪が降り
    雪かき(あちらでは雪はねという)をした。
    スノーダンプと呼ぶ雪かき用のプラスチック製の
    大きなスコップのようなもので雪をさらいます。
    家の前から、
    家の前に通っている道路の向こう側の端まで雪を運ぶ。
    住宅地でもあり、車はほとんど通らない。

    何度めかの往復で、ダンプを押して渡りかけたら
    急に車が眼の前に現われ、急ブレーキをかけて止まった。
    フードをかぶっていて左右が見えないうえに
    耳が悪いものだから、車の音に全然気付かなかった。
    謝りましたが、
    運転手の中年の男性はすごい顔で私を睨んでいて
    すぐには立ち去らなかったから、余程びっくりしたのでしょう。
    私も同じくらい驚きました。
    聞こえにくいことを忘れてしまい
    左右を確認しなかった私が不注意だったけど、
    向こうも人がいるなどとは考えなかったのでしょうね。
    家が立ち並んでいる場所で
    手前でも雪かきをしている人はいたのだから、
    車も注意が必要だと思います。
    恐らく運転手は、人がいないという思い込みで
    徐行していなかったと思うのですが、
    もし目撃者がなく、私が死んでしまっていたとしたら
    雪かきをしていた人の飛び出しということに
    なってしまっていたかもしれない。

    聞こえないと車の接近に気がつかず
    事故にあう確率も高くなる。

    前を歩いている歩行者は
    もしかして聞こえない人なのかもしれない・・
    なんて考える運転手は少ないと思う。
    自分の周囲にそのような人がいなければ
    気がつかないことだろうと思います。
    でもそういうことも考えてもらいたいですね。
    歩行者も注意が必要だけれど、
    それ以上に車は、
    絶対に人の命を奪わないという強い気持ちを持ち、
    あらゆる危険を予測して、運転してほしいと思う。

    2009/01/10(土) 19:14:07
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    暗闇に光るような
    - 2009/01/03(Sat) -
    年末の数日を北で過ごし
    帰ろうと空港へ行けば、雪で飛行機が遅れていた。
    空いた席を見つけて座り見渡す。
    ロビーは人で埋まり
    何度もアナウンスが繰り返されている。
    私にはアナウンスはところどころしか聞き取れない。
    人はどんどん入ってきて
    床に座り待つ人達も増えてきた。
    このたくさんの人の中に
    私のように情報がわからない聞こえない人がどれだけいるのだろうと
    少し孤独を感じながら眺めていた時
    手話が私の眼に飛び込んできた。
    小さな子どもを連れた若い夫婦。
    空いた席を見つけて座ろうと、手話で会話をしているうちに
    学生らしい男性のグループが先に座ってしまった。
    荷物を手に歩き出そうとして、
    ああ 座れないとまた荷物を置いて。
    そしてまた手話で会話を始める。

    私は目が離せなくなった。

    言葉の通じない遠い外国で
    久しぶりに同胞と会った時には
    このような気持ちになるのだろうか。

    聴力は年々低下して
    思うように会話ができない自分。
    複数の人達とのなかで一人だけ
    何も理解できないでいる時は
    もう、ろうと同じだと思う。
    「聴覚障害はコミュニケーション障害」 
    という言葉に
    心から納得のこのごろ。

    そんなわけで人混みの中で見た手話は
    私にとってはすごく懐かしく
    大袈裟に言うと救いのようにも思えた。

    しばらくすると隣の席が二つ空いたので、
    迷うことなく私は奥さんを呼んだ、手話で。
    席が二つ空いていますよと。

    その後、欠航が決まって、別れるまでの時間、
    久しぶりに会話をした気分になった。

    私はもう
    「聞こえる人」ではないんだと
    話しながら つくづく思った。
    だけど聞こえる人、社会から
    離れて生きていくことはできない。
    聞こえないなら工夫しよう、
    でもどうやって工夫しよう?
    考えれば退屈する暇はなさそう。
    今年も。

    2009/01/03(土) 14:44:27
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