今朝の呟き
    - 2009/02/28(Sat) -
    目眩はようやく治った。
    なかなか面白い体験だったので
    ないのがちょっと残念

    という贅沢な呟き。


    さて今朝は最寄の駅前で
    さるイベントのボランティアのために立っていた。

    陽が背中にあたってぽかぽかとあたたかく
    しっかりコートを着ているので体もあたたかく
    それでもやっぱり風はまだ冷たく
    見上げる空は真っ青で
    まるで深まった秋の日の空のよう。
    これから旅に出掛けるような
    ちょっとわくわく気分になるような朝。

    私が立っていたのは
    私鉄電車の小さな改札口の前。
    その駅の屋根の上に
    くろいカラスが一羽とまって
    青い空をバックに
    かぁ かぁー と鳴く。

    私が子どもの頃は
    カラスは山にいるイメージだった。
    童謡のイメージかな。
    普段はあまり 見かけない鳥だった。

    今ではカラスは町の鳥?
    ゴミの日に出されたゴミの山に群がる
    ある意味 山の鳥?

    あまり喜んでもらえない存在ではあるけれど
    今朝
    青い空を翼に抱いたカラスは
    くろぐろとして美しかった。
    濡れ羽色 ってこのことを言うのだな。
    と しばし見とれてた。

    いやほんと 綺麗だった。

    空が青かったからかもしれない。

    2009/02/28(土) 15:51:18
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    ファンタスティック
    - 2009/02/18(Wed) -
    先日の鬼太郎事件(??)
    があった日から
    目眩が続いていて未だに治らない。

    難聴による目眩らしい。
    吐き気はないけど頭がフラフラする。
    意識が遠のき
    別の世界に入っていくよう。
    ああ ファンタスティック。

    車や自転車に乗るのは少し危ないから
    どこへ行くのにも歩くようになった。
    いつもは自転車でさっと通り過ぎるだけの道に
    たくさんの生き物の存在を感じる。
    一寸の虫にも五分の魂。
    地球と共に回っている
    数え切れないほどのたくさんの意識。

    2009/02/18(水) 15:00:43
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    おきるんじゃきたろう!
    - 2009/02/12(Thu) -
    と毎朝、鬼太郎目覚まし時計が起こしてくれる。
    歌を歌うんですよ。
    皆さんおなじみの、ゲゲゲの鬼太郎。

    数日前のある日。
    その音が殆ど聞こえなかった。
    でもなんとなく、リズムを感じて時計を止めたら
    そのリズムも止まったので
    時計が鳴っていたんだとわかった。
    設定を間違えて小さな音にしたのかと思ったけど
    家族によるといつもの音で鳴っていたとか。

    つまり一時的に聞こえなくなったということ?
    難聴がもっと進んだら、世界の音はこんな感じで聞こえるのかも。


    裁判の頃はまだ聞こえていたからよかった。
    もしあの頃から今のような状態になっていたら、
    知らなければならないことも知らずにいただろう。
    反面、聞こえなければ
    人のちょっとした言葉に、傷つくことはなかったのかもしれない。
    怒りも少なかったかもしれない。
    だからと言って、聞こえないほうがよかった、とは思わない。
    怒ったり泣いたり、辛さを味わうことが私には必要だったから。

    あの時にまだ聞こえていてよかったと思うのは、
    大切な裁判に関われたということ。
    聞こえなければ、当事者の家族でありながら
    母親である私が第三者のようになってしまう。
    その頃は公判記録の開示もされていなかったから
    全てを知ることは出来なかっただろう。
    加害者に適正な刑罰が下されたのか、
    判断することもできなかっただろう。
    一番知りたかったのは、
    何故死ななければならなかったのか、ということ。
    それを知らないままでは、遺族は前に進んでいけない。

    今は刑事裁判に被害者が参加できるようになった。
    遺族の感情が入ることによって、
    公正な判断が出来なくなるという意見もあるけれど、
    ずっと置き去りにされていた被害者が関わることは
    判決を下す人達が、全てを知るということに繫がる。
    そのことが公正な裁判に繫がっていくと思う。

    何でも、変化しないでいることは楽。
    慣例で済ませてしまうことも楽。
    だけど向きを変えれば全く違うものが見えるのだ。
    目を覚まし、よく見ること。
    シンプルだけど大切なこと。

    2009/02/12(木) 16:05:45
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    節分
    - 2009/02/03(Tue) -
    今年最後の日からずっと放置していた。
    1ヶ月があっという間に経ったようでもあり、
    長かったようでもあり。

    今日は節分。
    巻き寿司を食べたいという家族のリクエストに応えて
    ちょっとだけ作る予定。

    節分の日に初めて恵方に向かって巻き寿司を食べたのは
    そのような風習を知らない人の方が多かったずーーいぶん前の、
    私も若くて可愛?かった頃。
    その時は私も知らなかった。
    忘れっぽい私でも、
    皆で同じ方向に向かって食べた
    あの時のことは覚えてる。

    あの時同じ時間を共有した人達は
    今どこで何をしているのか
    私のことを思い出すことはあるのだろうか。
    (忘れておくれ)
    と願ってもなかなかそうもいかないことだろう。

    忘れて欲しいこと忘れたいことが
    山盛りある人生ボロボロ
    それでも節分の豆ポロポロ
    味わって食べる。

    2010/02/03(水) 12:31:25
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    書こう
    - 2009/02/02(Mon) -
    人との関係で大切にしているものは何かと考えた時
    一番に思い浮かぶのは ”誠実さ”
    かな。

    他にも”思いやり” ”優しさ” ”尊重” ”愛” ”ユーモア”
    など考えたらいくつもあるけれど
    どれも少し難しい。

    相手は自分と合う、「好きな相手」 ばかりじゃない。
    嫌いな人に対して、常に優しく笑顔で接することができるほど
    私は人間できていない。

    でも 誠実に対するのは
    誰が相手であってもできること。
    例え加害者であってもね。
    (加害者は不誠実な場合が多いけど)
    一番簡単なことなのに、しない人が多いんだな。

    すればよいのにと思う。

    誠実であることを抜きにして、嫌いな相手に近づくことはできないし、
    近づけば ”食べず嫌い” だったってこともあるのだから。
    人間関係ももう少し円滑になるかもしれない。
    相手に期待してはいけないけれどね。


    でも
    誠実であること=義理を大切にすること

    につながるなら、私は大変不義理で不誠実です。

    心ではずっと感謝の気持ちを持ってはいても
    形にしなければ相手には伝わらないことを知りながらも
    日々の雑事に追われて放置。
    という相手が複数いたりする。

    言い訳を言うと、
    反対に考えた場合、私はお礼を言われなくても気にすることはない。
    のだけれど、
    だからと言って他人もそうとは限らないしね。
    というより、ずっと気にかけているのも変かも。

    まずお礼の手紙を書こうかな。
    まだ1年経ってないし。

    2009/02/02(月) 16:04:23
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