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    ほっと
    - 2009/03/19(Thu) -
    山に沿って裸足で歩き
    開けた場所に出た。
    スキー場のようなところで、
    足元は芝生のような
    小さな杉の木がびっしり生えている。
    そこを私は立ったまま地面から数十センチ浮かんで
    その場所を自由にすべるように進む。
    とても心地よくてうっとりするくらい気持ちがいい。

    今朝の夢です。
    夢の話ばかりで申し訳ないけど
    もうとても気持ちがよい夢なのだ。
    最近そんな心地よい夢をよく見る。

    昨日読んだ 新聞記事 の影響かも?
    スキー場を森林に戻すというプロジェクト。
    レジャーのためだけではなく、
    出来るなら山の奥の奥まで、自然の姿に戻して欲しいもの。
    自然は人だけのものではない。

    と真剣に考えてもいる。
    考えられる自分になれて 良かったと思う。

    今まで自然を軽視していた、という意味じゃない。
    私は前からナチュラルな方だし、
    環境を大切にしている方だとも思う。
    自分ではそれ程でもないとは思うけど、
    人には、環境問題に関心があると言われる。
    また自然を愛する方でもあると思う。
    それでもやっぱり、人工のものに安らぎを感じた時もあったのだ。
    息子が自然が好きだったし
    自然の中での息子との思い出が苦しいから
    野や山より 街にいるほうが
    心安らかな時があったのだ。

    昔?懐かし 歌にもあったっけ。

    ♪目に付いた名もない~ 花を踏みにじる~

    心が荒れている時には、優しいはずの自然を
    平気で踏みにじることだって出来てしまう。
    私も庭の木を引き抜いてしまったことがあった。
    それには理由があったのだけど、
    今ならそのようなことはしないだろう。
    心が荒れている時には、自分以外のものに対して
    思いやる心が薄れてしまうものだと思う。
    荒れた心では部屋は汚れる一方だし、
    荒れた街にはゴミが溢れ、
    荒れた学校ではガラスだって割れる。
    荒れて壊れてしまった心では
    豊かな自然を寂しく感じる時もある。

    そんな人が増えることのない
    社会であって欲しい。

    そのことを考えるきっかけにもなる 生命のメッセージ展。
    明日から三重大学で開催なのです。
    お近くの方は行ってみてください。
    気付きはたとえ小さくても、ハートは 
    ほっと になるかもしれない。

    20090319.jpg

    2009/03/19(木) 11:44:14
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    復活
    - 2009/03/15(Sun) -
    幾つかのものを除いて、
    息子の遺品はまとめて押入れに入れてある。
    そのなかでも衣類は、
    袖を通す人も誰もなく (2枚くらいは私が着れるけど)
    ずっと押入れのなかで眠っている。
    何か別のものに作り直そうかと、
    今までに何度も考えたけれども
    やっぱりそのままの形で残しておきたくて
    今まで手付かずのままだった。

    でもやっと、最近、
    新しい形で復活させようと決め
    時間があるときに少しずつ縫っていた。
    ハサミを入れるときも
    ミシンをかけるときも
    いつもの調子ではなく
    とっても丁寧。

    だからとっても 時間がかかる。

    時間かかった割に出来は・・・・?
    手縫いは苦手なので全てミシンだけど
    心をこめて縫いました。

    作ろうと決めたとき
    何をしようかと考えたとき
    大切なものは・・・・と考えたとき
    思い浮かんだのは 毎日の食事。

    最近食の大切さを強く感じてる。
    その話はまた後日に書くけど、
    大切な食事のときに日常使えるもの・・・・
    と考え
    で、ランチョンマット。

    20090315.jpg

    Tシャツを3枚使って縫った。
    端切れも使って、何かをつくろうと思案中。

    カップも
    へのへのもへじ~のご飯茶碗もお箸も
    息子が使っていたもの。
    ご飯茶碗が割れて
    新しいのを買うときに
    面白いものを選んで買った。
    晩ご飯のときに初めて見て、
    笑ったっけ。

    2009/03/15(日) 17:40:54
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    うっとりと
    - 2009/03/11(Wed) -
    数日前の朝のこと。

    夢を見ていた。
    夢もTVの番組みたいに幾つかシリーズがあり
    そのうちの一つの夢だった。
    夢には同じ場所がしばしば出てくる。
    現実にはない
    夢の中だけで行ける場所。

    そしてふと 目が覚める。
    もうそろそろ起きなくちゃ。
    だけどまだ半分夢の中。
    そんな時には耳鳴りがひどい。
    すっきりと目が覚めるまで
    続く耳鳴り。

    でもその朝の耳鳴りは
    とても美しい音だった。

    ああなんて 綺麗な音。
    心の底から 癒されるような音。
    ずっと聞いていたくなるような 音。
    もう少し もう少し続いてと願っているうちに
    残念ながら 消えてしまった。

    以前にも美しい音の耳鳴りは聞いたことがある。
    その時の音とは少し違っていたけれど
    うっとりするような 音は同じ。

    美しいものを 
    見る 聞く 感じる
    ということ。
    なんて穏やかで
    幸せなことなんだろう。

    2009/03/11(水) 15:54:36
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    今朝の呟きの続き
    - 2009/03/04(Wed) -
    前回の記事の青い空を見て
    秋の空のようだと思ったとき
    少しわくわくすると思ったとき
    同時に事故の日のことを思い出した。
    秋の青い空にはいつも
    あの日のことが潜んでいる。

    いつもなら
    そこで気が塞ぐのだけど
    そのときは
    これはこれとして、
    一番悲しい日と
    結びつけるのはやめようと思った。

    そして思い出そうとした。
    その日以外の
    無数の秋の日のことを。
    自分が子どもの頃からの
    同じような秋の晴れた日の 
    わくわくした気持ちのことを。
    息子がこの世に生まれ
    この世からいなくなるまでの
    僅か 9年の間にも
    楽しい秋の日々があったことを。

    息子と過ごした最後の日が
    あまりにも悲しすぎて
    消してしまっていた。
    幸せな日があったことさえも。

    もういいんだ私は
    これからは少しずつ
    楽しかったことを思い出そう。

    そう思ったとき
    カラスがかぁと鳴いた。
    それでいいんだと
    言っているような気がした。

    2009/03/04(水) 14:04:42
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