聴導猫
    - 2010/12/26(Sun) -
    みっちぃ(猫)は
    夜は私の布団で眠る。

    私は朝に弱い。
    低血圧・・?・・なのか頭が回転できないのか
    起きだすのに時間がかかる。
    でもみっちぃはお腹が空いている。
    早く起きろと足ですったり、
    叩いたり
    腕かじったり。
    でも私に対しては、殆ど鳴かないそうなのだ。
    他の家族には
    ニャアニャアとうるさいらしけど。

    つまりみっちぃは
    私に鳴いても無駄だということが
    よーく わかっているのだね。
    賢いねえ~。

    脳の発達には、社会性が高い方が
    より考えることを必要とされるから
    社会性の高い犬の方が、猫より賢いらしいけれど
    猫も賢いよ。
    みっちぃは火事を知らせに炎の中を掻い潜ってきたし、
    私達の命の恩人(猫)でもある。
    あの中をよく通ってきたものだ。
    知らせてからも逃げもせず、むっちぃを助けろとばかりに
    階段の踊り場で鳴いていたけど、
    とにかく煙がものすごくて、
    助ける方法を考え付かなかった私の方が
    よっぽど頭が悪かった。
    こんな後悔 2度としたくない。

    むっちぃもそうだったけど
    みっちぃもお客さんが大嫌いで、
    インターホンが鳴ると隠れようとする。
    その仕草でインターホンの音に全く気が付かない私でも
    誰かが来たことがわかる。
    みっちぃは聴導猫でもあるのだった。

    そういえば以前は
    誰もいないのに階下で物音がしたものだけど、
    最近しなくなったな。
    私が聞き取れなくなったからかな。
    でも時折、みっちぃが階下を伺っている時がある。
    何かの気配を感じているから?
    降りてももちろん、誰もいない。
    そんな少し不思議なことに
    みっちぃがいない時には気が付くことができない自分が
    少し 寂しくもあるのだった。
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    火事
    - 2010/12/24(Fri) -
    引っ越しをして新しい生活を始めて
    みっちぃとむっちぃが家に来てからは
    随分2匹に癒された。
    ありがとう。

    でもむっちぃ 悪かったね。
    助けられずに悪かったね。
    怖かったろうにね。
    本当に 申し訳なかった。

    猫にも生まれ変わりがあるのなら
    次は幸せに
    生を全うできますように。
    祈ることしかできないことを
    許して下さい。

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    観音立像
    - 2010/12/22(Wed) -
    京都の三十三間堂の千体の観音立像の中には
    亡くなった人と同じ顔が必ずあるという。
    聞いたのは2003年のメッセージ展の時だった。

    京都は馴染みのある町でもある。
    私の母親は京都の碁盤の目の中で生まれ育ったので
    市内には親戚も多く、お墓もある。
    お墓があるお寺は町中だったり有名なお寺だったり。
    京都は、子どもの頃から何度も行った町。

    でも私が生まれたのは山を越えた京都の隣の市で
    若い頃数年離れていたとはいえ、
    どっぷりとこの土地に浸かる感じで生きてきた。
    だから京都に馴染みがあっても、
    ろくに京都を知らないのだった。
    いつでも行けると思うと行かないもので、
    他府県の人の方が京都通だったりする。
    あの有名な五山送り火を初めて見たのも2年前だし、
    祇園祭の山鉾巡行は、未だに見たことがない。

    観音立像の話を聞いてから早や7年。
    三十三間堂の近くは何度も通っていても
    寄ることは今まで一度もなかった。
    いつか行こうと思いながら、
    ずっとその日を取っておく、という感じで。

    でも先日京都へ行った帰り、時間があったので
    思い切って寄ってみることにした。
    行ったのはもう夕方の時間で
    堂内は薄暗く、
    後ろの方の観音様のお顔は見えない。
    それでも、一体ずつ
    確かめるように見ていった。
    似ているのもあるけど 少し違うようにも見える。
    行ったり 戻ったり。

    程なく、息子に似た顔を見つけた。
    位置を変えながら何度も何度も確かめる。
    ああ似ている。
    よく似ている。
    息子がそこに立っている。

    ああ 会いたいな・・・・

    涙が溢れてくるけれど
    泣くのはぐっと 我慢した。
    何故泣けないのだろう 
    何故いつも我慢するのだろうと思いながら。

    先に進んで
    また戻って確かめる。
    あれかな あれだったかな。
    戻ったら はっきりわからなくなってしまった。

    でもいい。
    次は、明るい午前中に会いに来よう。
    また別の 
    似ているお顔に会えるかもしれない。


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    黒に近い灰色でも白になる
    - 2010/12/18(Sat) -
    TV番組で
    アドルフ・ヒトラーが愛人のエヴァに語った言葉が紹介されていた。
    「同じ言葉を繰り返せばそれは本当のことになっていく」

    日々の出来事の中にもそういうことはままあり、
    迷惑を受けている人も少なくはない。


    私は時々交通事故の裁判傍聴に行く。
    傍聴と言っても、95%くらいは聞き取れないけれど
    友人が内容を書いてくれたり、
    後でネットでニュース検索したりして
    概要を知ることは出来る。
    そして被告を見ることで
    聞こえなくても、雰囲気は感じ取ることは出来る。

    先日、2人を車で撥ねその場を去った女性の
    ひき逃げについての刑事裁判の判決があった。
    1人は死亡、1人に重傷を負わせた事故だった。
    しかしひき逃げに対しては、まさかの無罪となった。
    自動車運転過失致死傷罪については
    高裁で禁錮2年の判決で、被告は上告中。

    裁判官は
    居眠りをしていて人を撥ねたとの認識はなく、
    隠滅工作もないと言うが、
    被告の事故後について証言した2人は被告の知人であるし、
    被告の事故直後の様子や、
    2人をはねた衝撃などを考えると
    人をはねたかもしれないと考えるのが自然だと思う。
    あれ程の衝撃で車が破損しても、人だと思わなかったということに
    誰もが疑問を感じている。
    道路の横は傾斜となっていて、転がり落ちたら見えないのも
    通り慣れた道だから知っていただろうに。
    何故止まって確認しなかったのだろう。

    何も当たるものがない道路で居眠りをして何かを撥ねた
    (しかも2回)、なら
    人である可能性が十分にあるのだから
    確認するのが、免許を持つ者の義務ではないだろうか。
    その女性が見捨てた結果、1人は帰らぬ人となった。
    その場で通報すれば助かったかもしれない命。
    だけど 「人と思わなかった」
    その言葉を繰り返していた被告は無罪。

    いずれにしても 
    真実を知っているのは本人。
    その真実を裁判では引き出せないのだろうか。
    例え本当に、「人と思わなかった(思いたくなかった?)」
    のであっても、
    人の可能性があるのだから放置せずに確認すべきと
    裁判官に言って欲しいものだと思う。

    免許を持つということは
    他人の命を預かるということでもある。
    例えひき逃げでなかったとしても
    撥ね飛ばした何かが人だと想像できないような人間は、
    免許を持つ資格はない。
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    生命のメッセージ展in岡山
    - 2010/12/15(Wed) -
    12月10日から3日間、
    岡山で「生命のメッセージ展」が開催されました。
    岡山県損害保険代理業協会と、いのちのミュージアムの共催です。
    私も少しですが、行ってきました。
    会場は駅前のデジタルミュージアム。
    駅から直結で便利な場所にあります。
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    オープニングの挨拶に手話通訳が付きました。
    スタッフの方がたまたま手話通訳の資格を持っておられました。
    突然で驚きましたが、嬉しかったです。
    ありがとうございました。
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    明るい会場。
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    若い方が来て下さるのは、嬉しいですね。
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    土曜日、日曜日は家族連れも結構来て下さったようです。
    メッセージ展の知名度は、高いようでもまだ低いのでしょうね。
    マスコミの報道で知る人も多いですが、
    以前の私のように、ニュースで流れていても頭に留まらなくて、
    (字幕が見れなかったことも一因だ)
    かなり後になってオブジェの画像を見て、「ん?なんか見たことある」
    という方も結構多いのではないでしょうか。
    やっぱり人型の白いオブジェはインパクトがあります。
    1人1人がメッセージを発信している。

    今回は窯焼きの最中で忙しい中、
    備前の リュウジさん が来てくれました。
    ありがとうございました。
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    駐車禁止
    - 2010/12/04(Sat) -
    事故の前はフリーマーケットによく出店していた。
    リサイクルが好きだったこともある。
    自分にとって不要な物でも
    欲しい人の手に渡れば、また新しい命・・
    物に命が吹き込まれるようで。

    もう使わないカエルの形の籐のラックを出した時、
    なかなか売れなくて
    もうこれは売れないなと諦めていた終了前、
    1人の女性がやってきて、そのカエルに手を伸ばし、
    「可愛い!!」
    「売れないの? 私を待っていたみたい」と
    喜んで買ってくれて帰っていく後ろ姿をみた時、
    (もちろん大サービスして)
    あのカエルの居場所が見つかって
    本当によかったなあ と 嬉しかった。
    息子も一緒に楽しんだ、
    ある大学の学祭の時だったっけ。

    でも失敗もあるのだ。
    市のお祭りのフリマの出店抽選会に行った時、
    駐車場がどこもいっぱいで、時間もなく
    仕方なく道路の片隅に止めた。
    殆ど人も車も通らない脇道だから大丈夫だろうと思って、
    邪魔にならない場所に止めた。
    つもりだった。
    そして抽選、
    見事当選!!
    喜んで車に戻ったら
    駐車違反の紙と輪っかが!
    もう慌てて警察署に行き、
    罰金を払うはめになったのです。
    そこで、駐車した場所の地下には消火栓があると聞かされました。
    後で戻ってみたら、ちゃんと標識があった。
    気付くのが遅すぎる。
    反省しながらも泣く泣く罰金を支払い(高かった・・)
    フリマの収入もそれで消えたのでした。
    痛かったけど、火事が起こらなくて良かった。

    以前はそういうこともあったのだ。
    何と言っても、事故は自分とは関係なかったから、
    交通安全意識も決して高いとは言えなかったのだ。
    だって事故は他人事。
    私と私の家族は絶対に事故に遭わないと
    何の根拠もなく思い込んでいたから。
    私は大馬鹿だったのだ。

    だから駐車場に入れない車のこんなことも
    以前の私なら それ程気にしなかったかもしれない。
    今はとても気になる。
    そして1人で怒っている。
    ベビーカー、手押し車は絶対通れないし
    歩行者だって通れない。
    事故の原因を作っているようなもの。
    ドライバーは車道の、車の通行ばかり気になっていたのだろう。

    20101203



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