食の改善
    - 2011/01/28(Fri) -
    口蹄疫で牛豚何十万頭殺処分
    鳥インフルで鶏何十万羽殺処分

    最初のころは驚き、胸がとても痛んだものだけど
    最近は慣れて ああまた と
    思っている人も多いのではないだろうか。
    慣れとは怖い。
    私も正直言って、最初の頃のようには驚かなくなってきた。
    だけどこんなこと決して、当たり前のことではない。
    畜産業を生業にしている人には大変申し訳ないけれど
    大量生産するほど、肉は必要なものではないと思う。

    とはいっても以前の私も、受けてきた教育によって、
    動物性食品は絶対必要だと思ってきたから
    食事を作る時には必ず、肉か魚のメニューを入れてきた。
    残りご飯でチャーハンなどを作る時でさえ、
    ベーコンやハムなど動物性のものを
    入れたほうが体のために良いと、思っていたのだ。
    今日は魚 明日は肉
    お財布がピンチの時には安いミンチで工夫をしたり。
    世間がクリスマスだお正月だと浮かれているときにも
    自分は祝う気持ちなど全くなくても、
    食卓には鳥、豚、牛、魚を並べる。
    その生きものたちの姿が頭の片隅に浮かぶものの
    自分達が生きるために仕方ないのだと
    目をつぶって 割り切って料理をしていた。
    でも確かに動物性のものは美味しい。
    当たり前だと思う。
    いのちをもらっているのだから。
    美味しいのは当たり前なのだ。

    だけど、哀れな家畜に対する思いは、ずっと心に引っかかっていた。
    そんなある日、と殺の動画を見たことで
    私はようやく、肉食をやめる決心ができたのだ。

    そして思い切って、玄米菜食を基本の食事に変えて、
    この1月で2年が過ぎた。
    今、良かったと思うと同時に、後悔している。

    何故、もっと早く変えなかったのだろうと。
    せめてどじが生まれる前に変えていたら
    あの子は喘息やアトピーで、辛い思いをしなくてもよかったのに。
    私も病気にはならなかったかもしれない。
    以前は寝込むことが多かった私が
    悪かった頃には考えられなかったくらい、元気になった。
    家族の調子も良い。
    食の改善は、失敗ばかりの私の人生で、
    子どもを産んだこと以外にたった一つ、
    良かったと思えることとなったのだ。

    食は大切。
    いのちと向き合う食。
    食生活を改めて考えてみて欲しい。
    肉食を完全に否定するわけではない。
    私も、外食などで出された時には残さず食べるし、
    魚も時々食べている。
    だけど自分が美味しいと食べているそのものの
    その姿になる過程を、知っていたほうがよいと思う。
    そのうえで、感謝していただくことの大切さを。
    必要以上に欲しがると感謝を忘れる。
    好きなもの欲しいものをいつでも自由に なんて、
    当たり前のことにしないほうがいい。
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    クソ
    - 2011/01/21(Fri) -
    昨年夏に地デジ対応のテレビに変えて、
    ようやく テレビを楽しめるようになった。
    字幕が見れるようになったから。

    テレビは眺めるだけのものだったけど
    理解できるようになると見るようになるもので
    見るのをやめていた自然番組やドラマなども
    最近は喜んで見ている。

    だけど全ての番組についている訳じゃない。
    聞こえの悪い私に言わせれば、
    字幕のない番組は
    聞こえない者は見なくていい、
    と言っているのと同じことだと思ってしまう。

    聞こえない者は本当に社会から疎外されているなと
    字幕付きを見る度しみじみと思います。
    もしなければ 私は殆どが想像のみ。
    理解には程遠いのだもの。

    美味しそうなご馳走を見て
    美味しそうだと思うだけでは、
    材料は何か 調理の仕方は 季節は
    食べ方は など全然わからないものね。

    刑事ドラマの被害者が誰で
    最終的に犯人が誰かということはわかるけど
    経過が殆どわからない。
    一番面白いところがね。
    今まで私は、多くのことを知らずに
    随分損していたんだなと・・・と思うのは
    決して大げさなことではない。
    と思う。

    公的なサポートが全くないことも、
    悲観の一因かもしれないけれど、
    昨年の春から耳のことで悩むことが多く、葛藤の日々だった。
    工夫のし甲斐はあるけれど、出来ればもっと安心して過ごしたい。
    悪くなりかけの頃はまだ楽観的だった。
    ところが 人生は願う通りにはいかない。
    クソと思うこの頃なのです。
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    阪神淡路大震災から16年
    - 2011/01/17(Mon) -
    私は聞こえが悪い分、情報を得るのが遅いので
    何かあった時に役立つと思い、市の防災メールに登録している。
    警報などが出た場合にはすぐにメールがあり、
    台風が接近してきたときなどはうるさいくらいに何度もあるけれど、
    便利でもある。
    今朝は久しぶりにその防災メールが入った。

    本日は「防災とボランティアの日」

    「防災とボランティアの日」は、16年前の1月17日に発生した
    「阪神・淡路大震災」の教訓を踏まえて設けられました。
    「もし今、大きな地震が発生したら・・・」
    自助、共助による防災意識の啓発に、
    皆様のご協力・ご理解をいただきますようお願いいたします。


    震災からもう16年。
    犠牲者のご冥福と、未だに後遺症に苦しんでいる方々が
    少しでも良くなられるようにと祈ります。

    地震はいつ起こるかわからない。
    一応、非常用の持ち出しリュックは用意してあるものの
    最近は開けたことがない。
    水も賞味期限が切れたままで補充していないし、
    この日を機に、改めて点検しなければと思う。
    阪神・淡路大震災の時にはまだどじは生きていたから、
    リュックの中にはどじ用の下着なんかも入れたまま。
    必要はないのだけど、
    新品だし誰かの役に立つかもしれないと思って、そのままにしてある。

    大震災の後にNHKが震災のシリーズの番組を制作した。
    犠牲者が教えてくれたこと、震災の教訓を
    忘れないでおこうとVHSテープに録画してあったものを
    今日久しぶりに見てみた。

    でも字幕が全くないので、内容がよくわからない。
    映像を見て判断しているだけ。
    それでも見ているだけで家族を失った人の悲しみと
    地震の怖ろしさは伝わってくる。

    私達、もし震災になったら情報がわからないね
    とても困るだろうねと、
    どじの事故後に私と同じように
    難聴になってしまった家族と話した。

    2人ともあと少しではあっても、障害者とはみなされていないから
    援助の対象にはならないだろう。
    自分の身を守れるのは自分だけ、ということを
    自覚しておかなければならないね。
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    寒中見舞い
    - 2011/01/16(Sun) -
    みっちぃの帰宅も早い 寒さかな。

    一日中雪が 降ったりやんだりのお天気。
    寒い日だけど時々見える空は 青くて美しい。

    松もとれ世間はようやく通常の日々に戻ってきた。
    不義理を貫いて13年。
    今でも全く年賀状を出す気にはならない。
    それでも仕方なく出していた年もあったけど
    ついに昨年から1通も出さなくなった。
    賀状をいただいた方に出している寒中見舞いも
    今年はまだ出していない。
    もう少ししてから送ろうと思う。
    賀状を下さった方、ありがとうございます。
    もう少ししたら書きます。すみません。
    寒さ厳しいですが、お体大切に。
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    生命のメッセージ展 成人式
    - 2011/01/10(Mon) -
    どじが成人式を迎えるはずのその日は、とても辛いんだろうな・・
    と ずっと 思っていた。

    だけど実際に迎えたその日がどうだったか というと
    私はまるで覚えていないのだった。
    日記にも書いていないし
    その一日を私はどのようにして過ごしたのか?
    自分の精神状態はどうだったのか?
    何一つ思い出せない。
    多分いつもの倍 頭をオフにして
    家に引きこもっていたのではと 思う。

    大人になったどじの姿を、想像出来ない。
    どじには 社会の役に立つ人になってほしいと願っていた。
    きっとそんな人になるだろう、とも思っていた。
    9歳で絶たれた命は 永遠に9歳のままだけど
    精神というか 魂というものは
    私よりもずっと 高いところにあるのだろう。


    昨日、1月9日に岡山ドームで、岡山市の成人式が行われた。
    そこで メッセージ展も行われた。
    成人式の場では初めてのメッセージ展だ。
    今年20歳になるはずだった5名と
    20歳になれなかった64名の
    合計69名のメッセンジャー達。
    成人式で命に向き合ってもらえるのは
    とても意義あることだと思う。
    是非この目で見たいと思って、行ってきた。

    岡山ドームの半分をステージ企画の会場、
    半分を幾つかのブースに分けての、さまざまな企画展示。
    そのひとつが 生命のメッセージ展。
    新成人達が実行委員会を結成して企画した
    岡山の成人式はとてもオープンで、
    ステージの場と展示は仕切りはされてはいても
    出入り自由で、一般の人も入場できる。
    ドームの外では露店なども設置され、お祭りという感じもする。
    違うのは、晴れ着姿の新成人達がたくさんいるということだ。

    新成人達は、真面目そうな人達もいれば、
    見た目絶対そうでない?(ごめんね)人達もいる。
    同窓会気分でやってくる新成人達が果たして
    メッセンジャーに向き合って、命について考えてくれるのだろうか?
    行くまではそんなこともちらっと頭をよぎったけれど
    そんな心配は無用だった。

    ドーム前。華やかですね。
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    展示は福祉、医療、占い、中学校の恩師からのメッセージなど
    ジャンルはさまざま。
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    たくさんのボランティアの方がお手伝いをされていました。
    メッセージ展への呼びかけは中学生の子達も担当してくれました。
    成人になったら、今度は後輩達にお世話になるのですね。
    市民参加の成人式はなかなか良いものです。

    特別席には、今年成人の5名と
    岡山のメッセンジャー1名。
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    メッセージ展のブース。
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    多くの新成人達が、メッセンジャーに向き合ってくれました。
    中には、毛糸玉に毛糸を結んだだけで
    ちら見で立ち去る人もいたけれど、
    一生に一度の成人式で、大きな赤い毛糸玉に毛糸を結んだこと、
    並んでいた白いオブジェ達のことを、
    記憶の片隅に残して欲しいと思う。
    いつか 命に向き合うことになった時、
    そのことを思い出し、考えて欲しいと思う。

    大切な命。
    たった1度のこの人生。
    新成人達がこれから
    素晴らしい人生を 創造していけますように。
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    1月1日
    - 2011/01/01(Sat) -
    昨日は雪が降り続き
    この冬の初雪、初の積雪で
    どこを見渡しても綿をかぶせたような景色。
    息子がいたら喜んだろうね。
    息子は永遠の9歳だから。

    一夜明けた今日は良い天気。
    積もった雪が眩しい 新しい年。

    「初日の出の感想を」
    テレビに映し出された人々は
    皆幸せそうに答えている。
    明けましておめでとうと 
    何気なく言える人は 幸せ。
    人はそれぞれ何か抱えているものではあるけれど
    大きな苦しみや 悲しみのない
    いわゆる 「ふつうのひと」 って
    なんて幸せなのだろうと しみじみと思う。

    私は幸せなのだろうか。
    それとも不幸なのだろうか。

    私は幸せです。
    耳は悪くなったけど
    見えるし 歩けるし 話せるし
    この寒い1年最後の日でも
    安心して過ごすことが出来た。
    信頼できる人達だっている。
    そういう意味で幸せです。

    反面、私は不幸です。
    死ぬまで息子を思い続け
    死ぬまで心に重いものを持ち続け
    死ぬまで耳のことで悩まなければならない。
    それは結構 不幸なことではないかと思う。

    幸せででもあり 不幸でもあるけれど
    幸せを感じる時より
    不幸を感じる時の方が多い分
    やっぱり不幸に傾いているのかもね。
    感謝が足りないともいえるかな。
    感謝をすぐに忘れてしまうから。

    だけれどもこれからは
    感謝 なるべく忘れずに
    幸せだと感じる時
    少しでも増やしていきたいと 思ってる。
    どんなことでも構わない。
    それは 何でもいいのだよ。
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