いのちを見つめる林間学校
    - 2011/08/26(Fri) -
    28日(日)に、長野市であるイベントが行われます。
    案内されていたサイトがありましたのでご紹介します。

    ☆いのちを見つめる林間学校
    大震災にみまわれた今年、限界集落長野市中条地区にたたずむ、
    廃校になった小学校音楽堂で、生きることやいのちに向き合う体験をします。

    ○日 時:平成23年8月28日(日)午後1時開校
    ○場 所:中条音楽堂 (長野県長野市中条日下野4792)
                ※急の連絡先:090-5419-7355(いのちの会)
    ○日 程:13時30分~ はじめの会
     1時間目 13時35分~ 社会《あの日から・・・》
     2時間目 15時00分~ 音楽《同じ空の下で♪コンサート》

    ○授業料:大人3500円 小・中学生 2000円 ※当日500円増
    ○問合せ:林間学校申込み先:生きること・いのちを考える会
         電話:0263-78-5543
         メール:az_danwa@dc4.so-net.ne.jp

    ○その他:無料送迎バス有り・受付の際申込みをしてください。
         軽食・飲み物提供にNPO法人てくてくさんのワゴンカーが来場します。

    毎年松本市で、病気や事故で亡くなった人たち、闘病中の子どもたちや
    ハンディを持っておられる方のパネルや作品を展示する
    「いのちをみつめるパネル展」を開催されているのですが、
    今年は長野市の、山の中にある音楽堂で行われます。
    今年はいつもの展示はなく、亡くなった人への手紙と写真の展示、
    そして東北の震災で被災された方のお話と、
    Everiy というグループのコンサートがあります。
    (素敵なグループですよ!)

    ご縁があり、どじもパネル展に参加させていただいています。
    継続して活動すること、簡単なようで結構大変です。
    たくさんの方が来られるとよいですね。
    当日はきっとお天気も回復すると思います。
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    字幕付きCM
    - 2011/08/22(Mon) -
    昨夜、
    家族が見ているからなんとなく一緒に見ているドラマ
    (前田敦子ちゃんかわいいね)の間に入るCMに
    字幕が付いていた!

    その企業が特にお気に入りでもないけれど
    字幕が付いているだけで、その商品が頭にインプット。
    他社の同じような商品と並んでいたのなら
    これCMに字幕ついてたと、手に取ってしまいそう。

    いつも少しのイライラを感じながらCMを眺めてる。

    えっ お父さん(らしい人)何言った?
    えっ なぜ走っていっちゃうの?
    えっ 何がどうしてどうなって?

    意味不明。想像の世界。
    他の人が笑っていても、何のことだか。
    理解できないのは寂しいものです。

    昨夜のCMも、いつも見ていたもののよくわからないままだったけど
    字幕を見て何を言っているのか初めて知りました。
    見るだけではわからなかった商品説明。
    心が動くような、
    購買心理をつつくような セリフ。
    久しく忘れていた。この感じ。

    ああ CM見て笑いたい。
    何を言っているのか、知りたいCMが他にもいっぱいあるのだった。
    CMは無理やり見せられるもの。
    字幕付きで放送するくらい、サービスしてもいいのにね。
    聞こえる人だけが、お客さんではないでしょうに。

    といつも思っていたものの、ないものと最初から諦めていた。
    諦めずに企業に要望を出せばいいのですよね。
    といっても 最近聞こえないことに対して投げやりになりがちでもある自分。
    諦めざるを得ないことが多くて、行動を起こすのがしんどいのだ。
    他に抱えていることも多くて、後回しになる面もあるけれど、
    自分が聴覚障害の中に入らない、
    微妙なレベルの立場であることが一番の理由かもね。
    しっかりと苦労はしているのだけれど。

    自分が努力しなければ誰も助けてはくれない。
    だからいつも気を張っている ものの、
    抜けているところも多いので反省も多い。

    先日地蔵盆があり、自宅のある組が
    相談、準備、当日、片づけ と担当したけれど、
    聞こえなくて困ったことが多かった。
    もう、常にノートとペンを持つようにしなければ。

    自分からアクション起こさなければ、何も変わらない。
    よくわかっているつもりだけれど、する気が起きない。
    聞こえる人に遠慮する必要はないのかもしれないけれど
    元聞こえていた私は、聞こえる人の気持ちもわかる。
    けれど、やっぱり遠慮しないでおこう。
    と なんてややこしいことでしょうか。

    だけど、字幕付きCMは嬉しかった。
    この嬉しさ、忘れないでおこうと思う。
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    8月3日
    - 2011/08/05(Fri) -
    8月3日はどじの誕生日。
    今年も暑い日ではあったけれども
    夏らしいお天気ではなかったような気がする。
    薄暗い(涼しい)部屋で数時間手仕事をしていて
    あまり空を眺めなかったから、そう思ったのか
    それとも夕方近く出かけた時には
    西日が強くて暑かったものの夏らしい(誕生日らしい)と思わなかったから、
    やっぱり生まれた時のような すかっと晴れた日ではなかったのかもしれない。

    いつもなら辛いだけの誕生日。
    それでも香りのいい花や 花火や
    お菓子や飲み物や、好きだった食べ物を準備する。
    本人不在の誕生日は今年で14年目。
    初めて、私は泣かない1日を過ごした。

    手仕事をしながら思っていたのは、どじへの感謝。
    どじと縁を結べて本当に良かった。
    一緒の時を過ごせたのは なんて幸せなことだったろう。
    本当はもっと生きて欲しかったけれども
    亡くなってしまったものはどうしようもない。
    泣いても 怒っても 後悔しても
    もうどうすることも出来ない現実。
    以前奥さんを亡くした知人が、
    「あきらめな しゃあない」 と
    絞り出すような声で言ったことがあるけれど、その通りなのだった。
    失ってしまった命は 二度と取り戻すことは出来ない。
    この13年と9か月は
    それを認めるための時間だったような気がする。

    だけど、目に見える形での命はなくなってしまったけれど
    見えない命というのは あると思うのよ。

    死後の世界があるとか
    生まれ変わりがあるとか
    魂は存在するのだとか、
    中には胡散臭いものもある、
    眉唾ものと言われるさまざまな説。
    それを信じることで生きていける人もいる。
    私も半分信じながら、でも半分は疑いを持っている。
    裏切られるのが怖いからかもしれない。

    でも私は知っているはず。
    それは誰に教えられたのでもない 自分自身の体験。
    体験こそが真実ならば、自分が感じたことは真実のはず。

    死は終わりじゃない。
    多分 命は永遠なのだろうと思う。
    証明することは出来ないけれども。

    いるけれどもいない。
    いないけれどもいる。
    どこかわからないけど 必ずいる。
    いつかわからないけど 必ず会う。

    だから私は それまでは
    日々を味わって 生きようと思う。

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