12月31日
    - 2011/12/31(Sat) -
    私の1年の区切りは11月8日の命日であるけれど
    世間の区切り・お正月・が近づくにつれ、
    世間と同じようになんとなく
    慌ただしい日々を過ごしている。

    命日と月命日には 
    事故の日に食べることが出来なかった、カレーを作る。

    「今日のごはんなに?」
    「カレーだよ」
    「やったーー!」

    そのやり取り ずっと忘れることはない。

    命日も当然作った。
    ところが12月の月命日。
    あろうことか、カレー作りをすっかり忘れてしまった。
    月命日ということは認識してはいたけれど
    他に考えなければならないことがあり、
    そちらに気を取られていたのか?
    今までどんなことがあっても、忘れたことなどなかったのに
    すっかり忘れてしまったことに、自分でもかなりショックを受けた。
    次の日に いつも以上に心をこめて作ったけれど・・
    何故 忘れてしまったのだろう。

    これが 月日が経ったということなのだろうか?

    忘れるわけはない。
    いつでも想っているから。
    それでも、
    どろどろに濁っていた水のなかの微粒子がいつしか沈殿して
    濁っていた水もいつしか透き通っていくように、
    私もいつしか 想いを沈めていたのかもしれない。

    でもそれは私にとって 良しではないね。
    見かけは綺麗な水であっても
    厚く底に積もった想いはそのままだし、
    積もった想いも大切なものであるから。
    振り返ってみれば 悲しいこと 辛かったこと
    山ほどあって それは負の想いでもあるけれど
    その負の想いも自分の一部であるので、
    多分これからも 底に沈めたり
    かき回したりを繰り返していくことだろう。
    この記事のURL | ひとりごと・日常 | CM(0) | ▲ top
    同情などはしないけど。
    - 2011/12/24(Sat) -
    京都に向かう電車の向い合せの座席に座って・・
    座る位置はいつも南側・・北側には座らない。

    何故か。
    陽が当たる方が好き なのもあるけれど
    北側に座れば、南側を見ながら座らなければならないのが嫌
    なのである。

    何故か。
    南側のずっと先には 加害者の家があるから・・
    見えるわけではないし、考える必要もないけれど
    なんとなく その加害者が乗り換える駅周辺では
    南を向いて座りたくない。
    という あほらしいこだわり。

    その駅を過ぎ 電車に揺られながらふと思い出す。
    事故後 多分1、2ヶ月後だと思うけど
    加害者がその駅で乗り換えて、 
    以前私たちが住んでいた家(事故現場の近く)の最寄駅まで電車に乗って、
    そこから歩いて現場に行って花を供えたと 裁判で弁護士が言っていた。
    嘘のように思えてならないけれど、
    もしそれが本当であったなら、
    この電車に乗って その最寄駅に行くまでの間、
    それはそれは加害者は 気持ちがしんどかったことだろうと思う。
    自業自得ではあるけれど、かわいそうにとも思う。
    同情などはしないけど。

    自分の起こしたことに向き合うのは嫌なものだ。
    子どもを一人轢き殺してしまったのだから、尚更辛かったろう。
    そこできちんと自分の非を認め、謝罪しなければならないものを
    逃避したい思いがあったのか。
    言い訳や嘘を真実のように思い込んだ・・のか
    自分を守るために嘘をついたのか。
    奪った子どもの命より、自分のことで精一杯だったのだろうね。

    やっぱりかわいそうな人だ。
    同情などはしないけど。
    この記事のURL | いのち、事件・事故 | CM(0) | ▲ top
    目撃者
    - 2011/12/08(Thu) -
    最近はブログやHPの更新が滞っています。
    メッセージ展には時々行ってはいるものの、その記事も書けないでいますが
    また、書きたいと思っています。

    11月18日から20日まで行われた鳥取のメッセージ展にも、
    1日だけですが、行きました。
    その報告書が今日届きました。
    新聞記事のコピーが幾つか同封されていましたが、その中に
    12年前に飲酒運転の車が鳥取大の女子学生4人の乗った車に正面衝突し、
    3人が亡くなった事故について書かれていました。
    悲惨な状況の中、事故直後の目撃者が「1人だけでも助かってくれ」と祈ったそうです。
    帰宅後家族に話したとき、まだ幼かった娘さんに
    『全員助かって』と何故祈らなかったの と聞かれ、後悔したその人は、
    毎日通勤の行き帰りに現場で車を下り、線香を上げ、花を供え続けてこられました。
    無関係の人がそこまでしてくれるのかと、
    そんな人もいてくれるのだと思うと嬉しくもあり、
    また悲しいことだとも思います。
    「事故は遺族だけでなく、目撃した人の心もさいなむ」
    と、遺族はずっと気遣ってこられたそうです。

    私が事故現場に花を供えるのは、今は命日の時だけ。

    事故の一因を作った、
    横断歩道に停止していた渋滞車の中の1台を運転していた人は、
    知らせを受けた私がサンダルをつっかけて現場に走る姿を見ていたはず。
    その時どこにいたのか、
    恐らく現場からはそう離れていないところに車を進めていたはず。
    何も関係のないような顔をしながら。
    (でも心の中では、早く現場から去りたくて仕方なかったはず)

    その後その人を探すことはしなかったけれど、
    花を置く時には、その人のことを意識して置いていた。
    同じく 基本を忘れている車に対しても。
    花はドライバーに対して、注意喚起のために置いている。
    たった年に1度だけであっても、
    ここで事故があった
    ここで1人の子供が死んだ
    そのことを忘れて欲しくなくて。
    このような悲しいことが
    二度と起こらないようにと願いながら。

    事故が起きても足を止めずに去った、事故の一因を作った人は、
    二度と現場で車を下りることはなかったようです。
    だけど事故直後、すぐに車を降りて、
    交通整理をしてくれた人たちがいました。
    自分とは無関係のことなのに。
    その人たちに改めて、感謝します。


    久し振りに書いたのに、明るい記事には出来なかった。
    でも命日を過ぎてから 今日までに
    泣きもしたけれど、笑ったし、
    楽しかった出来事もあったのです。
    そのことにも 感謝です。
    この記事のURL | いのち、事件・事故 | CM(0) | ▲ top
    | メイン |