梅干し
    - 2012/06/23(Sat) -
    今年は小梅を浸けることにしました。

    ume2.jpg

    梅の甘い香りが漂います。
    作業をしながらこの時間に浸る。

    安心できる場所で
    平常心で梅を浸けられること。
    なんて幸せなんだろう。
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    危険運転致死傷罪
    - 2012/06/21(Thu) -
    最近のニュースで、千葉松戸市にある
    スリルを味わえる橋を車で何度も繰り返し走っていた19歳の少女が
    歩道を歩いていた大学生をはねて死亡させ、
    同乗の友人2人に重傷を負わせるという事故がありましたね。

    同乗の子達は、同意の上で乗っていたのなら仕方ないと思う。でも
    亡くなられた大学生は気の毒で仕方ない。
    ただ歩いていただけなのに。

    自動車運転過失致死傷容疑で逮捕されたそうですが、
    精神面でも未熟な若い子がふざけて運転して
    その結果の事故というのは、悪意はないと思います。
    どの程度なのかは知りませんが、本人も後悔しているようです。

    そんなつもりはなかったのに大変なことをしてしまった、という、
    人間ならば、ましてや未熟な人間が起こしてしまう間違いは
    往々にしてあるものです。
    それに至る経過はあったのかもしれないし、
    少女にも事情があるのかもしれない。

    だけど結果は重大です。
    1人の命を一方的に奪ったと同じで、
    後悔(反省ではない)しても許されるものではない。

    「車体が浮いた際にハンドル操作を誤ったとみて、
    危険運転致死傷罪の適用も視野に調べを進める。」 
    と、松戸署は言っているそうです。

    それを知って多くの人が感じたことでしょう。
    無免許で3人(お腹のお子さんを合わせると4人)の
    命を奪った18歳の少年が起こした事故に
    何故危険運転致死傷罪が適用されないのかと。

    無免許という法律違反を犯しているのに、
    居眠りだから悪質ではないのでしょうか。
    法律をもう少し臨機応変に考えてもらいたいけれど
    それでは法律の意味を成さないということなのでしょう。
    ですからこの機会に、法律を改正してほしい、と切に望みます。

    事故を起こした少年だけではなく、その仲間達も
    社会で見守ることが出来ればよいと思います。
    凶悪犯は別として、更生出来るような罪ならば
    きちんと社会に顔を出して、自分の更生していく姿を見せて欲しい。
    それが罪を償うということになると思います。
    それには社会である、他の人達の努力が必要になりますが、
    多分とても難しいでしょうね。
    だから刑罰が必要になるのでしょうけど、
    ある意味、刑務所に入っている方が本人は楽なのかもしれません。

    危険運転致死傷罪で1人が20年刑務所にいればよいのか。
    その事故に至る他の理由を作った少年達はどうなるのか。
    1つの問題には複数の問題が絡んでいるものです。
    それを変えるにはどうするか、今後続いていく課題であると思います。


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    痛み
    - 2012/06/09(Sat) -
    最近また、HPを手直ししたり更新できるようになってきた。
    やろうと決心すればいつでも出来るものだけど
    心がついていかないというか、時間の使い方が下手なのも重なって
    今まで放置状態の時が多かった。
    海先生の詩は時々入れてはいたものの、事故についての更新は滞りがち。

    今回は、いつの間にか表示されなくなっていた、
    事故現場の見取り図が入っていたページを新しくした。
    そのためには古い写真や裁判記録を引っ張り出してこないといけない。
    それを見るのは辛いのだけれど、
    必ず見なくてはいけないものなのだと
    涙を流しながら読み返す。
    となると 落ち着いて取り組める一人の時間が必要で
    そうなると なかなか進まないものなのだ。
    読み返す度に、親としての自分の落ち度を突きつけられるように感じる。
    自分の最も大切なものを 自分で手放したようなものだと
    後悔の思いで胸が締め付けられるようになる。
    事故の直接的な原因は加害者にあっても、
    他の原因の幾つかは、危険予測が出来なかった私にあるのだから。

    後悔先に立たず。

    それでも、もうすぐ15年経つその年月のおかげか
    この事故を見つめる視点が、少しずつ広くなってきたように思う。
    私に出来るのは、この、どこにでもある交通事故
    ・・何年経っても似ている事故は多いということ・・から学んだことを
    知ってもらい、気付いてもらうことくらいだろう。

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