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    ありがとう
    - 2012/07/29(Sun) -
    言いたくないけど 暑いですね・・・・

    今年もエアコンつけず、
    夏を大いに感じながら、毎日雑事に追われています。

    ゴーヤも元気
    20120729.jpg

    子どもたちの日記の整理もぼちぼちと。
    だいぶ進んできました。

    いつもと同じ毎日を繰り返しているようで
    いろいろな出来事を積み重ねて過ごしてきたんだなあ・・
    と あの頃に思いを馳せている。

    ある年のお正月の(季節はずれですが)1ページの

    「お年玉をもらって 訳もわからず大喜び」

    を読んだとき、
    その笑顔が目に浮かぶようでした。

    子どもの笑顔って 親にとって
    本当に大きな喜びなんだ・・と改めて思いました。

    その喜びを経験できて よかったと思う。
    ありがとう こどもたち。

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    いじめを受ける側の努力
    - 2012/07/17(Tue) -
    友人の1人は幼い頃に父親を亡くし、母子家庭で育ちました。
    貧乏で、生活に苦労していたそうです。
    数年前いじめについて話していた時に、彼女が
    いじめは今に始まったことではない、
    今のいじめはひどいというけど、昔はもっとひどかった・・と言いました。
    どんな苦労があったのか、どんないじめだったのか聞かないままでしたが、
    クラスの殆どの子からいじめられたという彼女の辛さは
    大津の、いじめによる自殺(と言われている)で亡くなった男子生徒と
    大差はなかったのかもしれません。

    彼をいじめたのは数人かもしれないけど
    いじめを知っていた他の生徒達と先生達の見て見ぬふりは、
    全員で彼をいじめたことに、なりませんか。
    他の生徒達をも非難することにもなってしまいますが、
    そう思わなければいけないと思います。
    学校と教育委員会が 「長いものに巻かれろ」 と教えた結果です。
    そんな教育を受けざるを得ない、子ども達がかわいそうですね。

    いじめによる自殺で亡くなった子がどんな子だったのか、
    テレビの字幕やネットの情報でしか知りませんが、
    なんとなく、どじに似ているように思えます。
    「明るい 優しい 誰とでも友達になる」
    どじもそうでしたね。

    亡くなる半月か1ヵ月位前に、いじめられている と私に訴えたことがあります。
    ある日の晩ご飯のとき、「僕は何もしていないのに、A君がいじめる」 と
    ご飯茶碗を持ちながら、涙をぽろぽろ流して言うのです。
    どじの姉たちに聞いたところ、クラスの同級生で、
    同じ小学校に通う3兄弟の弟の方だということでした。
    その3兄弟は乱暴な子たちということです。
    その兄の方とどじが、中央階段の上と下で言い合いしていたのを
    姉の同級生が見て、姉に教えたということです。
    言い合いと言っても、でべそ ばか うんこ なんていうものらしかったですが・・。

    子ども達は海先生に言えば と言います。
    でも私は、先生に言っても解決にはならないだろうと思いました。
    初めて聞く話だし、自分の子の言い分が全て正しいかどうかもわからない。
    だからどじにはこう言いました。
    どじがどうしたいのか、先生に言ってその通りになっても、
    それは本当の解決にはならないと思うよ。
    自分の問題は自分で解決していかないとあかんよ。
    それでどうしてもだめだったら、先生と相談しよう。

    2年生の時にも別の友達に仲間外れにされたことがあり、
    どじは悪くないの?と聞いたところ、
    「僕は絶対悪くない!」と言っていました。
    ですがその後考えたのでしょう。
    その友達に、「今までごめんな」と謝ったそうです。
    そうするとその友達も 「こちらこそごめんな」と謝り、仲直り。
    それからは毎日のように遊びに来ていました。
    そんなこともあったので、様子を見ようと思ったのです。

    その後も学校に行くのを嫌がることもなく毎日喜んで行ってるし、
    いじめについて言うこともなかったので、
    うまくいったのかな? と少し安心していました。
    12月の懇談の時に、先生にそのことについて聞くつもりで、
    どじにも聞いてみようと思っていたのですが、
    その日は来ることなく、事故で亡くなりました。

    亡くなった後家に来て下さった海先生は
    いじめについてはご存知ありませんでしたが、
    ああ!と合点がいったように、同級生が書いた作文の話をして下さいました。

    どじ君が廊下に座っていたので大丈夫と聞いたら
    「自分の問題は自分で解決せなあかん」とどじ君が言った。
    えらいなあと思った と書いてありました と。

    多分いじめられた時のことだったのだろうと思います。
    その話を聞いて、自分で努力していたんだな・・と
    姿の見えないどじを誉めました。

    だけどそれでうまくいっていたならよいですが、
    もしいじめがエスカレートしていたら、
    もし中学生になってまたいじめが始まっていたとしたら、
    やっぱり芽のうちに学校側に相談しなかったことを悔いたでしょう。
    また、まだ9才の子に
    「自分で解決する努力」を強いたということになるかもしれません。
    どじはどう思っていたのでしょうか。
    もしかしたら私を心配させたくなくて、言わなかったのかもしれません。
    相談という形でなくても、報告として先生に知ってもらっておけば、
    どじも心強かったのではないかと、申し訳なかったなと思います。

    ごめんね。
    でも努力していたどじ 私は誇りに思います。
    ほんとに偉かったよ。

    いじめで亡くなった子も努力していたのですね。
    なんとかしたいと思っていたはずなのです。
    その時に、学校が手を差し伸べて欲しかったと思います。

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    あの時の大津市教育委員会
    - 2012/07/12(Thu) -
    自分で命を絶ったというその子は、どんなに辛かったでしょうか・・・胸が痛みます。

    大津市教育委員会が大変非難されています。
    当然だと思いますし、私自身も
    この教育委員会と大津署には、不信感がないとは言えません。
    私の子どもたちが通っていた小学校の校長先生の視線の先にあるものは、
    児童ではなく教育委員会だと感じていましたし、
    大津署に対する不信感は、事故後の対応で持ちました。
    その後の様様な不祥事を聞く度、不信感は増すばかりです。
    個々の先生や、警察官の中には尊敬できる方もいらっしゃるのですが・・。

    ただ、自分や自分の周囲で実際に不信を感じた経験のある人は少ないと思います。
    私は交通事故被害者遺族ですから、事故関係の情報はよく入ってきます。
    今回の事件を知って、思い出した・・いいえ忘れることのできない話を
    ここに書きたいと思います。

    9年前に大津市で、男性が暴走車にはねられ即死するという事故がありました。
    加害者は近くに住む歯科開業医で、父親が弁護士。
    ロータリークラブのゴルフ仲間との、宴席の帰りの事故でした。
    事故数時間後警察から各新聞社に、道路横断中の事故と断定した広報文が送信されましたが、
    新聞社6社のうち大手の2社は、事故について記載しませんでした。
    死亡事故の記事は、殆ど翌日か翌々日には掲載されるものです。
    私は掲載しなかった2社のうち1社を購読していましたので、
    他から情報が入るまで全く知りませんでした。
    その歯科医院の近くに住む人には、今でも事故を知らない人さえいます。 

    事故原因についても、その後横断中ではなく後方からの追突であったことが判明しました。
    飲酒の疑いも濃いのですが、警察は調べていません。
    加害者供述を正しいとし、原因追究をする意志が警察にはなかったということです。

    何らかの圧力があったのかもしれない、と思ったのは私だけではありません。
    それともたまたまなのでしょうか? 

    加害者は執行猶予がついたものの有罪でした。
    執行猶予期間も長く、飲酒と断定できない事故では重い判決だったと記憶しています。
    しかし事故から1年後の刑事裁判第2回公判の時には、
    大津市歯科医師会は加害者を小学校校医として推薦、大津市教育委員会は加害者に委託、
    加害者も平然と受託をしているのです。
    両機関とも死亡事故を起こした事は周知しているのにです。
    ご遺族がもしやと思い、調べて発覚したことです。

    ご遺族は、
    親が弁護士と言うことで、交通事故の判決がどのような結果になるか検討がつくから
    このような行動をしたのではないか、と、
    世間でいう「社会的立場の優位者」の強みを強く感じたそうです。
    すぐに歯科医師会、教育委員会に強く抗議をしたところ、
    執行猶予期間中は推薦も委託もしないと返事をしてきたそうです。

    そんなの当たり前だと思いますけどね・・。
    情けないの一言に尽きます。
    判決がどうなるかまだ分からない時に、
    「問題なし」として(遺族が教育委員会から直接聞いた)事を行うこの異常さ。

    私はとても黒い出来事だと感じています。
    もし私の感じた通りの機関であったとしたら、
    「見て見ぬふり」 「隠蔽体質」 というのは以前からあったということでしょう。
    これは歯科医師会や教育委員会に限ったことではないと思います。
    教育現場での出来事も交通事故でも、根っこの問題は同じだと思います。

    亡くなられた子どもさんのご冥福をお祈りします。
    ご遺族の、心の平安を祈ります。
    他の生徒さんにも動揺が広がっているようです。
    全てのことを明るみにして欲しいと願います。
    そして全ての組織が、常識的な組織へと変わっていくことを望みます。
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    あの頃の記録
    - 2012/07/06(Fri) -
    常に行っていること。

    あれ それ これ 
    どれ?

    ということで どれかを毎日少しずつやっている。

    最近は子どもたちの成長記録日記も整理している。
    毎日きっちりとは書いていないけど
    どじが5ヵ月になった頃から1人に1冊、6年間、
    面倒なことであったけど、書いてきて良かったと思う。

    今では殆ど忘れていることも、読み返すと思い出す。
    この1日はどんな日だったのか、1人ずつだとわからないことでも
    全員並べれば見えてくる。

    まだ2年目を纏めているところですがもう既に
    よく頑張ってきたなと私は自分を褒めてます。

    病気だったのですね私はこのころは。
    子どもたちは成長していく。
    病気はだんだん悪くなる。
    至らない親であったとしても
    喜び 悲しみ 悩み 葛藤いろいろある中で
    なんて私は頑張ってきたのだろうと、
    自分を肯定的に見られるようになりました。
    どじが亡くなった後、
    ずっと自分を否定して生きてきた私の
    この気持ちの変化は大きいです。

    人によってはこの行為は
    傷口を広げるようなものだと思われるかもしれない。
    確かに痛い。
    成長の喜びを綴った子はもう この世にいないのだから。
    どんなに一生懸命育ててきても
    その子は大人にはなれなかったのだから。

    だけど私は生きてきて良かった。
    子どもたちを育ててきて良かった。
    自分が一番幸せだったのは、
    この子たちを育ててきたあの頃だったのだと思える。
    そんな時間が与えられたことを感謝しよう。

    確かにあった時間は、私の命に沁み込んで
    決して消えることはないのです。
    そのことに気が付けて良かった。

    もうしばらく日記と向き合う時間が持てます。
    あの頃の子どもたち、
    どじと対話をしているようです。


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