一枚の紙
    - 2012/10/09(Tue) -
    ご近所のあるお宅の持ち主は、
    お仕事の関係で少し遠いところにお住まいです。
    時々ご自宅に帰って来られる。

    月1回の時もあれば2、3回、
    数日の時もあれば1週間の時もある。

    私たち家族が越してきたのは12年前。
    その頃既にそのような生活をされていました。

    こんな家に住みたいなあ・・と思えるようなお家です。
    懐かしい雰囲気のお家です。

    夕方、そのお家の方がうちに来られました。
    笑顔で、よろしくお願いします と
    1枚の紙を差し出されました。

    そこには、家の補修工事をすること、
    ご迷惑をおかけすること、
    そのお詫びとご理解のお願い
    が 丁寧に書かれてありました。

    その方がお家に帰られている時、
    外に出ておられる時には大抵、
    他のご近所の方と話をされている。
    笑顔の優しい、良い方ですが
    私はその方と殆どお話しすることはありません。

    話をするのが嫌なのではなく、聞き取れないからです。
    たまにお話しする機会がありますが、やはりよくわかりません。
    ですからいつもご挨拶だけ。

    「耳が悪いのですみません」

    言う度にちょっと悲しくもなりますが、
    もう慣れました。
    本当はいろいろとお話ししたいのですが、
    でももう 私には無理だと諦めています。

    今日の夕方、
    その方が差し出された1枚の紙。
    私も笑顔で
    「わざわざ書いて下さったのですね。
     ありがとうございます」
    と お礼を言いました。

    普段殆ど会話をしていなくても、
    必要な時に必要なことをして下さる。
    その方の気配りが、
    とても嬉しく、ありがたく思いました。

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    今朝
    - 2012/10/05(Fri) -
    今日は燃えるゴミの日でね。

    朝早く起きて一仕事して
    それからまた寝て
    起きたのが8時過ぎ。
    本当はもう少し眠っていたかったけど
    そうそうゴミの日なのでと無理やり起きて
    コーヒーを入れた。

    朝の清々しい空気の中 漂うコーヒーの香り。
    青空を見ながら飲む
    コーヒーが久し振りに美味しくて。

    それからゴミを集め
    向かいのゴミ置き場までゴミ袋を手に道路を横切る時
    少し向こうにある踏切を水色の小さな電車が通り過ぎた。

    道には誰一人おらず、電車の向こうには神社の緑と青い空

    それを見た時 幸せだなとふと思った。

    ふつうに静かに暮らせていることの幸せ。


    思えば私たち遺族は
    ある日突然普通に暮らすことが出来なくなった。
    同時に持ちたくない悲しみ 怒り 憎しみが
    片時も離れなくなり
    心は荒廃 体も悪くしてしまう。
    そんな暮らしを何年も続けていると
    ふつうの感覚 というのを忘れてしまう。

    何がふつうで 何がふつうでないかは
    人によって違うけれど
    それまでの人生とは 別の
    望んでいなかった人生が訪れるのは確かなことだ。


    苦しい中で自分が学んできたこと
    気付いてきたこと
    それを手の中に握りしめ
    ふつうに(社会に)
    戻っていくこと。
    ふつうの感覚を取り戻すこと。

    それが遺族にとっては
    けっこう 大きな目標
    けっこう 大変なことであるけれど
    新しい道を進みながら
    少しずつでも思い出していければと思う。

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