笑顔
    - 2014/05/30(Fri) -
    久しぶりに宇治へ行ってきたのです。

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    側面からみた平等院です。


    誰と行ったかというと
    手話サークルの仲間とですね。

    何故行ったかというと
    サークルの行事のひとつ、レクリェーションですね。

    企画、予約、先導
    仲間の協力を得ながらこなしましたが
    ストレスは殆どありませんでした。

    何故ストレスがなかったかというと、
    通じる相手ばかりだからです。

    何が通じるかというと、
    言葉 (手話) です。

    今日しみじみ思いました。
    自由に話せるのは、なんて嬉しいことなんだろう。

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    抹茶づくり体験もしました。


    聞こえる他の人達が普通に
    自然にできる会話ができないのは
    悲しいことです。
    不便という簡単な言葉では片付けられません。

    いつも諦めて生きている
    という 言葉がぴったりくる。

    難聴とは、そういうものですね。

    といっても、悲劇のヒロインではない。
    流れでそうなってしまっただけです。

    その流れというのが、交通事故で子供を亡くす、
    だったのが、一番悲しいことです。

    私は聞こえを失いましたが、
    身体や心の健康を失ってしまった人もたくさんいる。

    他人の生命を奪ってはいけない。
    全ての人に、常に心に留めて欲しい。


    もうひとつ。

    笑顔の良い仲間がいました。

    彼女は私のような
    重い経験はしたことはないのだろうと思いますが、
    その笑顔がとても素敵でした。

    思い返せば
    私も昔は、
    「笑顔でよいね」 と
    よく言われたものでした。

    暗い表情は、少なかったと思います。

    歳を重ねると、「いつも笑顔」
    でいられる時は少なくなります。

    環境によって
    笑顔になれないことが多くなりますね。

    それでも周囲をほっとさせる笑顔の人はいる。

    どんな経験をしていても、
    そんな笑顔ができる
    生き方をしたいものだ と
    しみじみ思いました。
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    ぐみが色づいてきた
    - 2014/05/27(Tue) -
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    ぐみが色づいてきた。

    食べられるのだろうけど 一度かじってみたことがあるだけで
    収穫したことはない。

    甘酸っぱい・・酸っぱさの方が勝った味だった。

    毎年たくさんの実がなって、
    小鳥たちのご馳走になっている。

    以前住んでいた人はこのぐみを
    どのようにして食べていたんだろう?

    斜め向かいに住んでいたおばあさんに
    昨年 このぐみの話をしたら、
    来年生ったら、食べさせてくださいねとおっしゃっていた。

    だけどその前に、
    長年住んだ家を離れてしまわれた。

    今は施設にいらっしゃるとか。

    時が経つと環境が少しずつ変わってくる。

    5年後には私の周辺も
    大きく変わっているかもしれない。

    変化は少しずつだろうけど

    嬉しい変化か そうでない変化かはわからないけど
    それまでの時の流れの時間
    せいぜい 味わっていこう。
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    解決策
    - 2014/05/26(Mon) -
    そうだ 役目を果たそう。

    と 昨日決心して(悲壮な)
    一晩眠って、
    解決策をいろいろ考えた。

    そうだ 
    わからないならサポートしてもらえば良いんだ!

    と 誰にも頼んではいないけど頼むことに勝手に決めて、
    とりあえず会議の内容を聞きに行った。

    なるほど そんな話をされていたのか・・

    と わからないままだった話の内容もわかり、
    理解できると少し安心もできるのだった。

    何しろ、片言しかわからない外国で
    会議に出席しているようなものだから。

    通じない 理解できないことは
    聞こえる人が想像するより重くて辛い。
    顔が自然にひきつります。
    美容にも良くない。困ります。

    だけど以前と比べると
    割と早く気持ちを切り替えることができるようになった。

    もう 開き直ったと言いますか。
    恥をかくのも慣れたと言いますか・・
    悔しいけど。

    別に私が会議に出席しなくても
    事は進むし、
    他の人にとっては私の存在など
    どうでもよいことではあるけれど、
    一応私が選ばれてという形で
    その場に行くことになったわけだから、
    途中で抜けて、選んだ人達が批判されることになれば
    またこれも面倒。

    公的なサポートに救いは求められない。
    求める気にもならない。
    理解してくれる人を増やす努力を
    これからも続けなければならないのだなぁ。

    しんどいなぁ

    と 呟きながら
    やっぱりこれからも、続けないといけないね。


    今回はまず サポートの了承から。


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    限界
    - 2014/05/25(Sun) -
    ため息の似合う女性は良いね。
    美しい感じがする。

    私もよくため息つくけど
    決して美しくない~ と
    きっぱり。

    昨日もため息つきながら自転車を走らせて
    薄暗い中公民館へと向かいました。

    会議があったのです。
    面倒とかそんなことはあまり思いませんが
    問題は、聞き取れるかどうか。

    結果 予想通りでした。

    ポイントを外した意見を言うし
    人が話している途中から意見を言い出すし
    理解しているのかどうかわからない

    と 周囲は感じたことでしょう。

    そんな人間が何故 会議の場に?

    押し切られて受けた役ですが、
    聞こえない者を推してどうするの
    と 思う。
    だけど私が自分の現状を
    (見かけより耳がわるいのだということを)
    強く伝えなければならなかったのだと後で後悔反省。

    そして自分も
    ”まだ聞き取れる” 
    という思いを捨てきれず、
    無理と感じながら承諾してしまったのだと思う。

    後悔することばかりです。

    日記を見たら、昨年の今頃も
    耳のことで悩んでいた。
    終わった後も心に鉛が残っているような
    重い気分だと書いてある。

    昨年のことも辛い思い出として覚えているけど、
    こんなに辛かったのか・・と
    改めて思った。

    忘却とは、なんて便利な機能なのでしょう。


    私の良いところは、辛いことでも
    数日間寝ている間に少しずつ忘れてしまうところだ。

    今は辛くても、寝ているうちに忘れてくる!
    と思いこみながら過ごしてきた。

    ここに越してきてから14年近く。
    いずれ聞こえなくなるだろうから、
    聞こえるうちに何でもさせてもらおうと
    自治会の活動に参加してきた。

    今はもうサポートがなければ何もわからない。
    サポートのない私には、会議に出席する意味がない。
    もうそろそろ限界なんだと思う。

    最後と思って、
    役に立たなくとも役目は果たそう。

    と 悲壮な決意をしていた時、
    知り合いからお花をいただきました。
    ほっと 和みました。

    ありがとう

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    駐車場ショートカットで使わない
    - 2014/05/21(Wed) -
    十字路を左折したい車が
    赤信号になったために急にハンドル切って
    角にあるレストランやコンビニなどの店舗の駐車場に
    抜け道代わりに進入してくる。

    そんな光景、よく見かけませんか?

    信号待ちの時間短縮のためにですよ。

    その行為、大変危険!

    自転車で走っていた友人は、
    抜けようとしたバイクに当てられて怪我をしました。
    もう何年も前の話ですが、
    それ以来怖くて未だに自転車に乗れない。

    近所でも、小さな個人の駐車場に斜めに入ってこられ、
    駐車していた車のドアの一部を当てられ
    傷をつけられました。

    そういう車やバイクは
    大抵スピードを出しているので、
    止めて一言二言三言・・・・ 言おうと思っても
    あっという間に行ってしまう。

    本人は得したと思ってるんでしょうけど、
    そんな習慣つけてもらっては困ります。

    危険につながる行為 ということを理解してもらいたい。

    行動でその人の日頃の運転の仕方がわかりますよね。
    自転車利用の場合も、バイクの場合も
    車の場合でも同じです。

    いつもそんな車を見かけた時には、
    駐車場に入った途端にパンクしろ~~~~~

    と 思うのですが、

    なかなかしないものなのね。

    パンク(ケガ)するのは別の人ばかり。

    通り抜け禁止 の看板で
    少しはましになるのなら、
    是非、立ててもらいたいと思います。

    通りがかりの人が
    一言でいいから注意すれば、
    その人も気づくのかもしれないけどね。

    理想ですかね。

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    しこりのように
    - 2014/05/18(Sun) -
    窓の外の
    いつも見慣れている景色。

    今日は
    その窓枠のなかにある山に
    存在感というものが感じられる。

    この季節
    若葉や花で
    山は盛り上がっているから
    そう感じるのかもしれない。

    その山の続きの大地に
    私は住んでいるのだな と思った。

    その山は連なりながら続いている。
    続いている1方向は小さな山となり
    川で途切れている。

    その小さな山のふもとに、
    どじも一緒に私たちは住んでいた。

    そこから北に移り住んだから
    必然的にその山は見えるはずなのに、
    見えないのはなぜなのか

    (ただ見えなくなっただけ) と
    理由を考えようとせず
    見えなくなって良かったと思っていた。

    以前仲間と、バスで別の山に登った時
    遠くにその小さな山が見え

    ”あそこでどじは死んだのだ”

    と思った途端辛くなり
    帰りのバスの中では寝たふりをしながら
    泣くのをずっと我慢していた。

    あれ以来なるべく見ないようにしている。

    とはいっても見えるけど
    それでも自宅から見えないのは救いだ

    なんて漠然と思っていたけど

    3、4年程前にある日
    見えないわけがわかったのだった。

    それは近くの
    1軒の大きな家の屋根に隠れて見えないだけ

    だった。


    気付くの遅すぎ。


    それ以来

    もしあの家が解体されでもしたら
    もうここには住めない

    などといつも考える。

    小さなことだけど。

    そんな小さなことが
    しこりのように
    心の中に存在している。

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    GWはこれしてました
    - 2014/05/08(Thu) -
    GWはのんびりと過ごしました。

    否定的な表現をすると
    家に引きこもってました ですけど。

    「のんびり過ごす」
    と肯定的なのが良いですね。


    連休の前半は・・HPを触ってました。
    はー悩ましい。
    独学しかもいい加減に作ってきたので、
    基本がわかってない。
    それで悩んで過ごしてました。
    (宣言 何ソレ)

     
    後半は縫物。

    スカートをリメイクしたのです。

    どじが生きていた頃のスカートです。
    前にボタンのあるギャザーです。
    今の流行りではありません。

    でもバザーやフリマに出せません。
    もちろん捨てることも出来ない。

    どじが知っている服はなかなか捨てられない。
    あの子の記憶を捨てるような気がしてね。

    なんて言ってたら、家に古いものばかり残ってしまうけど
    思い出のあるものは捨てられない。

    だから形を変えました。


    どじがどこからか見て

    「これスカートやな!」

    と わかってくれたら 嬉しいなあ。

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    抜け道教えるナビ無責任
    - 2014/05/03(Sat) -
    私が普段乗っている車にはナビがついてますが
    ちょっと古いんですね。

    更新できないタイプ?

    でもよく、「”新しいルート” が見つかりました」

    って言うから、
    (補聴器使用の場合にわかる時があり)
    新設された道路もわかるってことかな?

    よくわかりませんが。


    時々、とんでもない道を走らされる。
    (高速の高架下を延々と
     または非常に遠い遠回り)

    そして幹線道路を外れた訳のわからない道。

    熊が出てきそうな車1台分くらいしか通れない山道。

    山の入口と出口に門がある道。
    (本当に通じているのか?と疑うような)

    などなど、

    信じられない道を通るはめになる時もあります。


    そして街中の細い生活道路を走る時も。


    そういう時にはとても申し訳ない気持ちになります。

    そこにお住まいの方の暮らしを邪魔しているようですよね。
    事故の危険も多いし。

    だからなるべく、知らない道を走る時には
    地図を見て、
    あらかじめルートを頭に入れておくようにしています。

    でもそうでない人が多いのも現実。


    家の近くにも抜け道として使われる道路がありますが、
    もう生活道路そのものという道なんです。
    車1台通るのがやっと。

    なのですが慣れてしまうと、
    そんな道でもスピード出すものですね。

    小さい十字路があり、人や自転車が通るのに
    気が付いているのかどうかわからない運転をする人もいる。

    その道路を通る人は殆どが近辺に住む人です。
    ほんの2、30秒、早くなるからと
    その道を通るのです。

    なんて自分本位なんだと呆れていたのですが、
    ある日、知人の車に乗せてもらった時
    なんとその道をナビが案内するのです。

    気付いた時にはもうその道に入ってました。
    一方通行だから戻ってとも言えず、
    初めての狭い道を徐行して運転する知人に
    申し訳ないな~と思いながらも、
    こんな道をナビが案内するなんて・・・・
    と 不愉快にもなったのです。


    ネットで調べてみると、
    「抜け道案内」をするナビもあるそうです。

    知人のナビは普通にルート検索して、
    その道を案内したようですが、
    新しいナビは生活道路を外す設定になっているようですね。

    通学路の事故が増えているので
    少しほっとしましたが、
    古いナビでもし案内されても、
    出来るだけ狭い道は通らないように
    心がけて欲しいと思います。


    「知らない人がナビの案内で狭い生活道路を通る」

    これは仕方ないことかもしれませんが、

    知っているのにほんの少しの時間短縮のために
    その道路を利用する人は、
    もうこれは、確信犯ですよ。

     「生活道路を抜け道にしない」  

    と考える人が、増えて欲しいと思います。


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