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    ぶつぶつとひとり言
    - 2015/03/27(Fri) -
    「マッサン」 もとうとう最後ですね。
    なんとなく見始めたらやめられなくなる朝ドラ。
    以前は一度観たら続けて観る気がしなかったものだけど。
    (演技が下手過ぎて)

    演技の下手なヒロインだったんでしょうか。
    今は皆さん、演技が上手なんでしょうか?
    TVの音はなんとなく聞こえる程度の私には
    役者さんの演技の上手、下手はわからない。
    最大のボリューム(怖) にすればわかるんだろうけどね・・
    そうもいかないので自分だけの時には最小にしている。
    訳のわからない音がするよりずっといい。

    ところで 「マッサン」 の読み方は
    関西のイントネーションなんだそうですね。
    エリーは、標準語の発音で 「マッサン」 と呼んでいると、
    友人に尋ねて、わかりました。

    最近は高齢化社会の反映か、
    民放の朝の番組でも字幕付きがある。
    とはいえ1つだけだけど。
    1つだけでも、素晴らしいと思う。
    今日最終日だった 「いっぷく!」 ね。

    字幕付きが増えれば選択肢が増えていい。
    今まで朝はNHKしか観れなかった。
    土曜日は 「サワコの朝」 これは観る。
    字幕付きなので。

    CMも字幕付き。

    こんなこと言ってたのかと
    なるほどそうなのか と思いました。
    商品の知識がちょっとだけ増えました。
    そのメーカー、好感度アップしましたよ。

    字幕がないと、想像膨らませてもさっぱりわからない。

    一度 お父さん犬のCMを
    字幕付きで観たいものだと思う。

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    冷めてはいても
    - 2015/03/21(Sat) -
    世間は
    「泣ける映画」 「泣ける物語」 「泣ける音楽」 「泣けるエピソード」 
    などあるから、
    泣きたい人はたくさんいるのだろうと思う。
    幸せだなと思う。
    少なくとも大きな悲しみを持った私達遺族よりは。

    感動的な話を聞いた時には泣いて
    悲しい話を聞いた時にも泣いて、

    その当事者にも泣くことを期待する ということ
    あるのだろうと思う。
    泣いて当然と思っているのだろう。

    だけど私は泣かない 外では。
    期待されても泣きはしない。

    悲しみを嫌でもコントロールしなければ
    うまく生きていけなかった。
    悲しむことにも疲れてしまった。

    期待を裏切り平気な顔をする。
    冷めている けどこれからは
    覚めていく。
    そうすることにした。
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    とりとめのない話
    - 2015/03/17(Tue) -
    溜まっていた疲れをとるには睡眠が一番。
    横になると自然に眠りに落ちている。
    そしてとりとめのない夢を見る。

    住んでいる最上階の部屋は狭いけど居心地がよく
    窓から見える向かいのビルに住む男のことも私は知っている。
    でも本当にここで暮らしているのかよくわからない。
    部屋も置いてあるものにも見覚えはあるけど実感がない。
    出かけた先では以前関わっていたグループの人達と親しげに話しているけど
    どこに行ってもぼんやりと霞がかかっているような印象だ。
    はっきり聞き取れない私がきちんと理解できないままに
    物事が進行していくという感じに似ている。

    わからないままに時が過ぎていき、ある時にある場所ではっと思いだした。
    私はその部屋ではなく別の場所に住んで生活をしているということ。
    どじを思い出して、こんな可愛い子供がいたんだということ。
    その時にはまだどじが死んでいることには気が付いていない。
    思い出してただ嬉しくてただ懐かしい。
    思い出して徐々に物事がはっきりと見えてくる。

    認知庄になるってこういう感じなんだろうかとも思う。
    現実とは違うけれども緩やかに現実と繋がっているから
    その世界ではそれ程矛盾を感じない。
    強い悲しみは多分遮断されている。
    でも多分 時々思い出す。
    そして混乱するのだろう。

    悲しみは精神を疲れさせる。
    私は疲れた 疲れてしまった。
    疲れない生き方の方がいい。
    けれど
    悲しむことも必要だったのだろうと思う。

    毎日起こる膨大な量の出来事の中の
    その中のたった1つの自分の出来事は小さく
    だけど大きい。
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