遺産
    - 2015/05/31(Sun) -
    今夜も眠れなくてね。

    日中ちょっと忙しくて
    用事が終わった後に疲れて少し横になって
    1時間程眠った。

    それで眠れない。

    あまりお酒は飲みたくないので
    瞑想したりしてなんとか眠ろうと思ったけれど
    眠れない。

    だから仕方なく? またビールを飲んでいる。
    窓の外はうっすらと明るい。

    眠れないのはちょっと辛いけど
    そんな日が数日続けば疲れて
    ぐっすり眠れる日がくる。

    毎日ぐっすり眠れるとよいけれども
    限界を超えたら眠れるのだからよしとしよう。
    それに 眠れなくとも
    なんとなく 爽やかな気分でもあるから。

    ということで
    前の記事に書いたように
    前の前のことを思い出したのでその続き。

    家の向かいには数軒の長屋が軒を連ねていた。
    斜め向かいには 一人暮らしのおじいさんが住んでおられた。
    子供さんも独立し、10年程前には奥さんを亡くされた
    ちょっと 気難しい感じのおじいさん。
    だけど住んでいるうちに打ち解けて
    会えばお話をするようになっていた。
    具合がお悪い時には、
    お節介にもおかゆなど持って行くくらいに
    少しだけ親しくもなっていた。

    長屋は間口が狭くて奥行きがあり、
    玄関を開けると土間が奥まで続いている。
    左には和室があり土間とは障子で仕切られていた。

    気になっていたのは その障子。
    時代劇のドラマのあばら家に出てくるような
    ぼろぼろの障子なのです。

    これでは風も入ってくるし
    貼り替えてあげたいと思ったけれども
    当時は私は 幼児を抱えた身。
    それにそこまでするのも
    なんとなくその方のテリトリーを犯すようで
    直しましょうか? とは言いだせなかった。

    そのうちにそこを引っ越すことになって
    その方とはお付き合いはなくなってしまいましたが・・。


    その後 どじが事故で命を奪われて
    数年後、
    わかったことがありました。

    あの方がぼろぼろの障子を放置していたのは
    面倒で直さなかったのではなく、
    奥様が貼った障子を貼り替えたくなかったからなのではないかと。

    御親戚の方や子供さんが きっと
    貼り替えようとおっしゃっていたのだと思いますが
    多分 断っておられたのではないかと・・。

    うちにも 貼り替えられない障子がある。
    火事で死んだ むっちぃが
    火事になる前の秋に
    羽虫を追いかけて 障子に爪のあとを残していた。
    その爪痕が残る障子を貼り替えられない。
    あれから10年過ぎた今でも
    その部分だけ残して 貼り替えている。

    お風呂の蓋もそう。
    どじが1歳の時に家を新築し、
    その時に買った蛇腹の風呂蓋。
    引っ越してからも持ってきた。
    今はもうばらばらになって 8個のパーツとなっている。
    それでもどじも使っていた その蓋
    どうしても捨てられない。
    最近、ようやく処分する決心がついたものの
    なかなか捨てられず 今も使っている。

    同じように そのおじいさんも
    思い出の残る障子を 貼り替えなかった・・
    のかもしれない。

    私の場合がそうなので
    そうなのかもしれないと思うだけなのですが、

    貼り替えましょうかと 言わなくてよかったと思っている。


    大切な 
    遺産のようなもの

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    眠れない夜
    - 2015/05/28(Thu) -
    最近夜眠れない夜が多くてね。

    そういう時には、無理に眠ろうとせず
    本を読む。

    そのうち眠たくなればいいけどそうもいかない時には
    お酒を飲んで、眠れる時を待つ。


    今夜も眠れなくてね。

    眠たくて床についたけど
    なかなか眠れなくてね。

    うとうとしているうちに午前2時を過ぎた。

    このまま悶々と横になっているのはもったいないと
    今夜も起きだして、暗闇の中冷蔵庫の冷えているビールに手を出す。
    その間に床に置いてあったモノを蹴飛ばして
    騒がしい音をたてたりして。

    まあそんな感じで、
    ちっこいベランダに腰掛けて
    ビールを飲んでいたわけです。

    飲んでいるうちに新聞屋さんのバイクの光が
    闇を照らす時間になった。

    そして あることを思いだしました。

    前の前は 前の家と同じ街の別の場所に住んでいた。
    商店街が近くて、お豆腐屋さんもすぐ近くにある場所だった。
    家の前の道路は幅3メートルにも満たない
    舗装もされていない路地で、
    向かいには昔ながらの長屋が数件、連なっていた。

    その頃にも 猫を飼っていたのです。
    アメリカンショートヘアが交じった可愛い猫で
    名前は いしまつ。
    洗面所の窓から
    出入り自由の雄猫。

    その猫はいつも 家の前の道路の真ん中で
    昼寝をするのが日課だった。

    人は通り道にしているけど
    車は住人以外には通らない 静かな道。

    いっつもその道路の真ん中で 
    どっでーん と堂々と眠っていた。

    ある日いつものように猫が寝ている時に、家の前で
    夕刊を配達中の新聞屋のおじさんと遭遇。
    出会えばいつも何か話をするおじさん。

    その方、猫を見て

    「死んでるんかと思った。寝てるんかぁ!」

    と 笑ってた。


    そしてしばらくした ある日
    新聞に交通事故の記事が載った。

    「男性が朝刊配達中に飲酒運転の車にはねられる」

    その方だった。

    驚いたけれど
    その時にはそれ程心配はしていなかった。

    重傷か 重体 だったのかよく覚えていない。
    もしかしたら重体の意味がよくわかっていなかったのかもしれない。
    いつか元気になって戻ってこられると思っていた。

    そして1、2ヵ月過ぎた頃だろうか。

    夕刊を配達に来られた別の人に
    あの方、回復されましたか?
    と聞いたら、

    「事故の数日後に亡くなられました」

    という返事がかえってきて 言葉を失った。
    猫を見て笑ったその方の笑顔が浮かんだ。

    胸が痛んだ。
    なんて寂しいんだろう お気の毒に・・と。

    あの頃は 交通事故は自分とは無関係だと思っていた。
    数年後に、自分が被害者側の立場になるとは
    想像することもなかった。

    もっと 事故のことを深く考えていれば・・
    あのまま引っ越さずにあの場所に住み続けていれば・・
    どじは 事故で命を奪われることもなかったのかもしれない。

    思えば後悔ばかり。
    ああすれば良かった
    こうすれば良かったと
    後悔ばかり。

    そんなことを考えているうち
    だんだん夜が明けてきた。

    薄明るくなった空を見ながら
    もう後悔はしたくないと思う。

    この先 どんなことでも
    後悔せずに生きていくことは できるのだろうか?
    いつまで経っても未熟な自分。
    そうはいかないかもしれない。

    それでも少しでも後悔せずに
    生きていけたらと 
    小さな決心をして 残っていたビールを飲み干した。

    想いが巡る眠れない夜。
    だけど眠れない夜も
    時にはあった方が いいのかもしれない。
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    つばめの巣
    - 2015/05/10(Sun) -
    近所のスーパーの入り口前の
    自転車置き場にもなっている通路には、
    毎年つばめが巣をかける。

    巣をかけたら、毎年その下に

    「ツバメの巣があります
     フンにご注意ください」

    と書かれた紙が
    巣の下に置いてある樽 (なぜか) の上に
    貼りつけられる。

    つばめが巣を作るのは思っているよりも早い。
    だけど今年は、4月下旬になっても巣がかけられない。
    中旬ごろに、1羽、ぽつんと電灯の上にとまっているのを見たのだけど
    なかなか巣がかけられない。

    天井を直したような跡も見受けられたので、
    食品を扱う店だから、お客さんからクレームがきて
    巣が取り壊されたのだろうか・・・
    感染症やアレルギーなどの問題がニュースになる今は
    仕方のないことなのだろうか・・・
    と 寂しくも思っていた。

    そして5月になった ある日、
    ふと上を見上げると巣が!
    下を見たら毎年見る樽が!!

    嬉しかった。
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    赦す
    - 2015/05/08(Fri) -
    大嫌いな人がいるというのは
    あまり嬉しいことではないですね。

    もしどじの事故がなければ
    大嫌いにはならなかったのでしょうけれど。

    事故から2年半経って、今の家に越してきて
    以前の街とは縁がなくなりました。
    それまでは いやなことがあっても、いやな人がいても、
    あの街が好きだったのです。
    事故がなければずっと住み続けていたでしょう。
    今では家のすぐ近くにあった山を遠くから見るだけでも
    苦しい気持ちになってしまう。

    それなのに先日、加害者の次に大嫌いな人と会ってしまって
    嫌なことをいっぱい思い出しました。

    そして その人達との間で、
    1つだけ心が和んだ出来事があったことも思い出しました。

    その人達の一人です。
    顔を合わせたくないので、
    出来るだけその人を避けるようにしていました。
    その人も私のことが嫌いだったと思います。

    だけどある日、すれ違った時に
    その人に声をかけられたのです。

    「あんたとこのぼん、ええ子やな」

    空き地に置いてあった木材の上に乗り、遊んでいたどじに、
    危ないと注意したそうなのです。
    どじは素直に 「はい」 と言い、下りた。
    その時に2人は話をしました。
    何の話かは聞いていないのですが、
    多分、心が穏やかになった瞬間があったのだと思います。

    例え相手が幼児でも、気に入らないことがあれば
    激昂し大声で怒鳴りつけるような人です。
    その人がどじを(嫌いな私の、息子を) ほめました。
    私は、この人にも仏心があるのかと思い、少し驚きました。
    仏心という言葉が出てしまう程、厳しい性質の持ち主なのです。
    ただ子供が素直に自分のことを聞いたから
    だけなのかもしれませんが、
    私は、どじが素直な心で
    その人と話したからだろうと思っています。
    だからその人も素直な心になり、
    話をしたのではないかと思います。

    今から思えば、その人達は
    自分達を守るために、
    他人に対して攻撃的になっていったのかもしれません。

    その人とは良い思い出はないと思っていましたが、
    こんなこともあったのだと、思い出させてもらったようでした。

    とはいえ、やっぱりその人達のことは大嫌いなのです。
    人のことを大嫌いだなんて、思いたくはないけれど
    どうしても受け入れられない人達です。
    「ゆるせない」 と思うことが多いのです。
    私だって、多くの人に赦されて生きてきたと言うのに。

    だけど少しずつでも、大嫌いな人達を
     「赦す」 ようにしていけたなら、
    いつか自分を赦すことも 
    出来るようになるのかもしれません。

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    大嫌いな人達
    - 2015/05/06(Wed) -
    大嫌いな人がいるのです。

    一番嫌いなのは加害者。

    加害者に対する憎しみは手放しましたが、
    亡くなった (本音は 「死んだ」 と言いたい) 今でも、
    加害者のことは大嫌いです。
    その妻もその親戚も大嫌いです。
    加害者が死んでくれたので
    今の私の心は平安です。
    妻や親戚のことは知りません。
    みじめに暮らせばいいと思っています。
    幸せならば怒りを感じるだろうと思います。
    大嫌いな人の幸せを願えるほど 私は出来た人間ではありません。

    その次に嫌いな人達がいます。
    その人の家族、親戚
    思い出す度に胸がむかむかするくらい 嫌いです。

    とはいえ 今は会うことはありません。
    人づてに噂を聞くくらいです。
    その大嫌いの人の
    大嫌いな親戚は亡くなりました(死にました)。
    それを聞いて、その周辺がキレイになったと思いました。
    まともではない おかしな人達だと思っています。

    でも 
    加害者達と
    その次に大嫌いな人達と 
    私と
    一体どんな違いがあると言うのでしょうか。

    程度の差はあれ
    私にも 
    加害者や 次に大嫌いな人達と
    似ている部分があると思うのです。
    その人達と同じような人生をたどっていたのなら、
    きっと もっと似ていたと思います。

    私は聖人ではありません。
    客観的に見れば
    優れたところもある(かもしれないし)
    劣っているところもある(これは確かに)
    どこにでもいる 平均的な人間だと思います。

    大きな悪も持ち合わせておらず
    大きな善も持ち合わせていない。
    小さな悪の部分は持ち合わせていて
    小さな善の部分も持ち合わせているl。

    そんな どこにでもいる人間。

    そんな私が 他人を非難する資格があるのでしょうか。

    資格 という言葉は違うかもしれない。
    でも感情に嘘はつけません。

    とにかく、その2人の人間と
    その人に似ている家族 親戚が
    嫌いで仕方ないのです。

    加害者は死んでいる。
    加害者の次に嫌いな人はまだ死んではいないけど
    もう私が影響を受けることはない。

    だから どうってことはないのですが、
    そんなことを考えるのは
    次に嫌いな人の家族に先日出会ってしまったから。

    歳をとられたなと思いました。
    でも今でも 笑顔で挨拶など出来ない人です。
    嫌な人に会ったと思いました。

    そのせいでしょうか
    夢を見たのです。

    加害者の次に嫌いな人の
    お葬式の夢でした。

    夢では私はその近所に住んでおり
    葬式に行きたくないけど行かねばならないのかと
    悩んでいる夢でした。

    目覚めてから思いました。

    加害者の次に嫌いな人が死ねばいいと思って
    そのような夢を見たのではなく

    その人に自分が似ている部分を捨てたくて
    殺そうとしたのだと。

    加害者のような生き方をしたくない。
    次に嫌いな人のような生き方をしたくない。
    だから似ている部分を殺しました。 夢で。

    このようなことを考える私も
    程度が低いのですよ。

    でも
    その感情を否定せず
    受け入れて そして
    変えていこうと 思っています。
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    命のかたち
    - 2015/05/01(Fri) -
    10年前のこと

    友人達と一緒に
    日帰りで温泉に行ったんですよ。

    その温泉は白山の麓にあり
    その先は登山道だけの行き止まり。
    鄙びた温泉です。

    その場所の自然の美しさに
    どじを想い、心が安らぎ、
    心が洗われるような気持ちになったのを覚えています。

    昼食に出された食事は、山の幸 川魚
    その頃はまだ、今のような野菜中心の食事をしていた訳ではなかったのですが、
    その素朴なお料理がとても美味しかったのです。
    自然の美味しさなのでしょうね。
    このような辺鄙なところで、と言ったら失礼ですが、
    こんな美味しいお料理をいただけるとは思っていなかったので
    驚き、そして感動しました。

    その温泉宿はご家族で経営されていました。
    ご両親と、40代くらいの息子さん。
    息子さんが山菜を採りに行くと仰っていたと思います。
    冬季は雪が深く休業になりますが、
    定期的に雪下ろしなど点検に来ているそうです。
    雪で車が入ってこれないので、スキーを履いて歩いて来るんですよと
    笑顔で話されていた息子さんを思い出します。

    夏は星がとても美しく、
    そのお話を聞いて、
    夏にもう一度来てみたいと思ったものです。

    ですがなかなか機会がなく、
    昨年のちょうど今頃に
    また日帰りで行ってみようかなと思い
    HPを見たところ・・・

    なんということなのでしょう。

    2年前の春に息子さんが山菜採りに行かれた時に
    足を滑らせて川に落ち、亡くなってしまわれていたのです。
    平地より1ヶ月くらい遅れて春が訪れる地。
    雪解けの水がまだ冷たい季節です。
    ご両親も大変落胆されて、
    宿は閉館となってしまっていました。

    ショックでした。

    お顔はぼんやりとしか覚えていませんが、
    穏やかな息子さんとご両親の姿が目に浮かび
    とても胸が苦しくなりました。

    何も知らないでいたことを申し訳なくも思い、
    ご両親のお気持ちを思うとやるせなくもなり・・

    たった一度訪れただけなのですが、
    まるで親しかった人を亡くしたような気持ちがしました。

    その話を聞いたある人が
    「人の命には いろいろな形があるんですね」
    と 言いました。

    本当に 人の命 
    人それぞれなのですね。
    とても悲しいことですが・・


    温泉も閉鎖となり、大変残念に思っていましたが
    その後、ある企業が買い取り、
    企業の施設として再開されることを知りました。

    そうなればまた、訪れることが出来るかもしれないと思い
    その日を楽しみにしようと思っていましたが、
    残念ながら今年の2月に、雪の重みのため本館が倒壊し、
    再開は延期となってしまいました。
    現在は再建の工事をされているところです。

    どじとは行ったことはありませんでしたが・・
    きっと あのような場所には
    自然が好きだった どじの命が溶け込んでいるような・・
    そんな気持ちになる 温泉です。

    いつかまた 訪れたいと思っています。
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