世界道路交通犠牲者の日
    - 2015/11/15(Sun) -
    11月の第3日曜日は、
    『世界道路交通犠牲者の日』 です。

    1993年にイギリスのNGO(ロードピース)によって
    「道路交通犠牲者の日」が行われ、
    その後ヨーロッパを中心に支持が広がり、
    2005年10月26日の第38回国連総会で毎年11月の第3日曜日を
    『世界道路交通犠牲者の日』 とすることが決議された。


    春と秋の交通安全運動では、
    全国的にイベントが行われ周知されていますが、
    この11月の犠牲者の日は、ご存知ない人が多いと思います。

    この日に合わせ、交通安全啓発活動を行っています。

    20151115b.jpg

    京都で行うようになったのは数年前からです。
    毎年、京都府警と、京都犯罪被害者支援センターさんに
    ご協力をいただいています。
    大学生さん達がボランティアで来て下さる年もあります。
    ご協力があって、私達もスムーズに活動が行える。
    感謝しています。

    今年は場所が変わりいつもよりは人が少な目で、
    多くなってきた頃には 残念、
    時間切れとなってしまいました。

    それでも最後まで
    一人で、または家族で、
    熱心にパネルをご覧になって下さっていました。


    安全は、ハンドルを持つ 「人」 の手に委ねられています。
    その 「人」 によって
    結果が大きく変わってしまいます。

    犠牲者の日があるという現実を、
    いつも心の片隅に留めて欲しい。
    加害者にも被害者にもならないように、
    自分達の命も、他人の命も大切に
    守っていただきたいと思います。

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    山へお帰り
    - 2015/11/12(Thu) -
    昨日はみっちぃの命日だった。

    みっちぃとむっちぃ

    今は別の猫が3匹、家にいる。
    死んでしまった猫は目にすることがないから、
    強い思いはなくなってくる。
    自然なことでもある。

    それをどじと置きかえれば
    すっかり 忘れている人もいるであろうことが寂しくもあるけれど
    それはそれで仕方ないことなんだとも思う。
    浅い関わりだったのだからね。

    みっちぃやむっちぃを忘れることはないよ。
    自分が関わった猫みんな覚えている。
    関わってくれて ありがとうね。

    鮭をほぐして供えてやった。

    時々何かわからない気配を感じるのは
    動物なのか 人間なのか
    ただの気のせいなのか 
    見えないからわからないけど、
    その命が戻ってきてくれていたなら
    嬉しいことだと思う。


    鮭を供えながら 友人の家で飼っていた犬のことを思いだす。

    白い犬だったと思う。
    病気だったのか? 忘れてしまったけど
    死んでしまった。

    友人のお母さんは、犬を山に埋めてやった。
    山といっても、本当の山ではなく
    広い田んぼの中にあるこんもりとした小さな森のことだと聞いた。
    そこに埋めてやった。

    その後お母さんが台所の土間で鮭を焼いていた時・・
    昔ながらの民家で、かまども残っている家だ。

    土間の入口の木の重い引き戸のところで
    カリカリと音がする。

    お母さんは、犬が来たんだとすぐわかった。
    その犬、鮭が大好物。
    開けてくれと引き戸を足で引っ掻いている音。
    もちろん開けてみても誰も(なにも)いない。
    そんなことが2、3度あったらしい。

    お母さんは、
    「来たらあかんで。山へお帰り」
    と 言った。

    その後はもう そんな音はしなくなったそうだ。

    そんな話を思い出した。


    私はみっちぃやむっちぃにも帰ってきて欲しい。

    お骨はどじと一緒に籠に入れて、まだ家に置いてある。
    動物は自然に還るのが一番幸せだと思うのだけど
    まだ出来なくて、手元に置いてある。
    みっちぃが死んだあと、生まれた場所の近くの山に
    埋めてやるつもりだったけれど、
    家族が嫌だと言うので そのままにしていた。
    でもその家族も ようやく心が定まったみたい。

    来春、2匹一緒に
    その山に埋めてやろうと 思っている。

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    年の初め
    - 2015/11/10(Tue) -
    今年の流行語大賞についてのニュースをぼんやりと見ていて、
    何故今?年の初めにするのだろう?・・・・・
    と思ってたけど
    違う!

    今は年の終わりに向かっている時期だった。

    自分にとってはもう 新しい年が始まっているので
    世間とかなりずれていて 混乱している。
    (○○症ではないと思う・・まだ  多分。)

    そんな感じで生きている
    新たな1年の始まり。

    日々を味わって
    生きていこうと思う。


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    卒業
    - 2015/11/08(Sun) -
    お昼過ぎに玄関のドアを開けたら
    さっきまで小降りだった雨が糸のようにさーーっと降っている。
    梅雨の頃の雨のようです。

    雨降りの命日は気持ちが楽でもある。

    昨日はいつもの年のように事故現場の掃除+花設置、
    ずっと造花を置いてくれている友人宅にお礼に行った。

    親ができないことを続けて下さっている友人のKさん、
    ここに住み続けている間はさせてもらう、と言ってくださる。
    感謝しています。

    どじを慕っていつも
    「どじくん あそぼ」 と
    家に来ていた息子さんのSちゃん、
    もうすっかり大人だけど、
    あの頃の
    玄関を開けた時のSちゃんの表情や声、
    S、いくぞ~ とSちゃん達を引き連れて遊びに行く
    どじの姿が浮かんでくる。

    どじの同級生達やお母さん達とは疎遠になり
    会うことはないし会ってもわからない。
    そのことに少し救われてもいる。

    だけど海先生と山先生とは
    長いお付き合いをさせていただきました。
    お付き合いとはいっても、年に数回会うだけ、
    お会いして、短い時間お話しをさせていただくだけでしたが、
    救われたと思っています。

    夏のコンサートでは毎年、どじの歌を歌ってくださいました。

    天国にいるあなたへ

    でもその歌も
    今年ついに終わりが来たのです。

    今年のコンサートからは、歌わないことにされたのです。
    今年の春に定年退職された海先生は
    今は別の仕事に就かれています。
    コンサートで見た先生は、
    新しい人生のステージに立たれた と感じました。

    毎年、
    いつまで歌ってくださるのだろう
    命日にいつまで来てくださるのだろう
    と考えました。
    いつか終わりが来ることも。

    寂しいですが、
    長い間コンサートで歌ってくださったことに感謝し、
    ご理解くださったメンバーの皆さまにも感謝しました。
    命日にもいつも山先生と2人で来てくださったことにも
    心から感謝しました。

    命日に来てくださっていたのは、
    毎年、コンサートのステージに飾る花を
    贈っていたからだと思います。
    歌を歌ってくださるのはとても嬉しいことです。
    せめてものお礼の気持ちでしたが、
    命日にも毎年来てくださいました。

    お忙しいのに申し訳ないと思いつつ、
    私から辞退することはできませんでした。
    命日に来てくださること、歌を歌ってくださることは、
    とても大きな慰めだったのです。
    勇気づけられ、励ましていただきました。
    おかげさまで今の私があると思っています。

    ですが、私も
    区切りをつけなければなりません。

    今年も、最後にと
    お花は贈らせていただきましたが、
    お気遣いは無用の旨 申し出ました。

    さすがに辛く、
    その後1ヵ月程は思う度に涙しました。
    ですがその涙は
    今までのような絶望の涙ではなく、
    卒業の涙のように思えました。

    卒業できなかったどじに、
    ようやく卒業の時がきたような気がします。
    私も 多くの思い出を胸に
    新たな道を歩んでいこうと思っています。

    そして迎えた 今日の命日。

    海先生と山先生の姿はないけれど、
    お2人の心 記憶の中に
    どじはずっと生き続けてくれていると思います。
    きっと 時には思いだしてくださるでしょう。

    どじは本当に、人に恵まれていた子供でした。
    先生方と出会えて、
    良かったね どじ。

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    今年の断食
    - 2015/11/05(Thu) -
    今年は4日から3日間の断食をしよう。
    でも無理は禁物なので、1日目はいつもの通りの断食、
    2日目からは様子を見て決めようと思った。

    そして昨日は無事済んだ。
    半年くらい前から
    食べないのが苦にならなくなった。
    だから1日目はたいしたことはない。

    2日目の今日、体調が悪くなった時のために、
    保温ポットに炒り玄米を入れ、熱湯を注いでおく。

    そのあとアクシデント発生。

    洗濯機の水を入れるホース取り付け口から噴水みたいな水漏れ。
    また気がついたのがそろそろ洗濯が終わるかなぁと思う時間で。
    見た時には洗面所大洪水で。
    洗面所にある床下点検口の隙間から当然水も床下に落ちている訳で。

    水を拭き取っての掃除は時間がかかった。
    置いてあったモノを移動して拭いてしぼってまた拭いて。
    ようやく終わってから、荷物を送るため自転車で郵便局へ。
    途中で、その荷物を忘れてきたことに気付き。
    また取りに戻り荷物を送り買い物をして
    ちょっとふらつきながら帰途につく。

    帰宅したら猫の姿が見えず。
    どうやら掃除の途中、隙を見て
    床下に探検に行ったらしい。
    名前を呼べども床下が気に入ったようでなかなか出てこない。
    それでも空腹には勝てないらしく、
    ようやく出てきた頃にはお昼を過ぎていた。

    再び猫が入らないように蓋を外した点検口にネットをかぶせ
    家族のために注意書きを貼りつけドアを閉める。

    それから他の用事をしていて、
    ドアを開け再び洗面所に入った時
    落とし穴があるのをすっかり忘れて踏み抜いた。

    という訳で疲れて気分が悪くなり(そりゃ疲れますわ)
    お昼から食事をとることにしたのだった。

    保温ポットで作る方法は、どこかで目にして初めてやってみた。
    炒り玄米でも柔らかくするには、圧力鍋で15分以上は炊かなければならないけど
    なんと、4時間半ですっかり出来あがっていた。
    素晴らしい~

    1日半ぶりに食べるおかゆは絶品でしたよ。

    別に私が断食をしたところで、交通事故がなくなる訳でもないですけどね。

    それでも月に一度は
    生きられなかったどじを想い、
    理不尽に命を失った人達のことを想い、
    自分自身の愚かさを思いながら断食をする。
    心を戻す日でもある。

    それにしても
    何という笑えることをしているのだろう。
    いつものことだけど。

    どじはニックネームだったけど、それ程ドジな子じゃなかったよ。
    一番ドジなのは私かもしれないね。

    どじ 笑ってるだろうなあ。

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    ぞっとした
    - 2015/11/04(Wed) -
    車で、3車線の道路で信号待ちをしていた時に
    ふと前方の右折車線を見て ぞっとした。

    250ccくらいのバイクの後ろに幼児が乗っている。
    3~4歳くらいだろうか?
    ちゃんとヘルメットはつけている。
    小さなヘルメット・・
    そりゃそうだね。幼児だもの。

    自転車なら理解できる。
    お母さんが自転車で 子供にヘルメットをかぶせて
    乗っているなら、わかる。
    だけどバイクなのだ。
    スピードが違う。
    しかも交通量の多い道路。
    転落したら命はないと思った方がいい。

    固定しているようなものは見えない。
    手を上にのばして、小さな手で
    前の大人のジャケットの襟部分? を掴んでいる。

    先にこちらの信号が変わったので、
    どのようにして走っていったのかはわからないけど、
    もし子供が手を離してしまったら?
    もしふいに眠ってしまったら?
    どうするつもりなのだろう。

    見えないところで固定しているのかもしれない。
    そう思いたい。
    だけど、幼児なのだ。
    大人と同じ判断力はない。

    多分慣れているのだろうと思う。
    怖さをまだ知らないのだ。
    子供も 大人も。


    私も子供の時には、父のバイクの後ろに乗って
    よく出かけていた。
    小学校4年生くらいからだろうか。
    その頃はノーヘルだった。
    小さな、前に持ち手がついているバイクだった。

    ずっと持ち手を掴んでいると、体が痛くなる。
    ある時信号待ちで、手を離して私は伸びをした。
    その瞬間、バイクが発進、
    後ろにのけぞり、落ちそうになった。
    必死で掴まり、事なきを得たけど、
    すぐ後ろにも車がとまっていたから
    あの時頭から落ちていたらと思うとぞっとする。

    そしてある日とうとう 事故になった。
    舗装道路上に砂がたくさんこぼれていた。
    交差点を右折しようとした父は前から来たダンプに気をとられ
    バイクは砂にすべり傾いた。
    バイクは転倒、
    私は放りだされ、片頬で何メートルもスライディング!
    近くに車がなかったから良かったものの
    ダンプに轢かれていたとしたら、そこで命は終わっているか
    生涯に渡る怪我をしていたに違いない。

    怪我は痛かったけど、骨折などなかったのは幸いだった。

    父も安全意識が低かったね。
    その時代は、殆どの人がまだまだ低かったのだ。

    その二つの出来事を思い出しては、少しぞっとしていたけれど、
    自分も免許をとり、バイクに乗れるようになってからは
    その爽快感が怖さを忘れさせた。

    そして私もある日、道路上の砂ですべり、
    顔から道路に突っ込んだ。

    傷が治るまで何日もかかったよ・・
    痛いし、傷だらけの顔をさらして恥はかいたけど、
    大きな怪我がなかったのはまだ良かった。
    それからようやく、注意して乗るようになった、
    馬鹿な私であったのだ。

    幼児を乗せていたのは、お父さんなのだろうか?
    大丈夫なんていわず、
    どうか、その危険さに
    早く気付いて欲しいと思う。

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