世界道路交通犠牲者の日
    - 2016/11/21(Mon) -
    色を増してきた木々には目を向けたくないけれど
    こんな日常は撮りたくなる。
    20161114.jpg

    秋は辛い季節だけど
    家にこもることはなかなかできません。

    昨日は、交通安全啓発チラシの配布を行いました。

    11月の第3日曜日は
    世界道路交通犠牲者の日です。
    交通犯罪予防のため、道行く人達に
    安全運転をお願いしています。

    今年も昨年と同じ、
    イオンモールKYOTOの広場にて行わせていただきました。

    交渉してくださったおかげで、
    当日、出入りの多い場所でも配布できるようになり、
    準備していたチラシや風車、全て配布できました。

    毎年京都犯罪被害者支援センターと
    京都府警の方が協力してくださいます。
    今年は京都市役所の方もご協力くださいました。
    そのおかげで私達の活動もスムーズに行えます。
    感謝です。

    風車
    20161121.jpg

    無視していく人もいますが、
    受け取って、じっくりと読んでくださる人もいる。


    交通事故はなくならない。
    死亡者の数は減ってはいても
    事故後24時間を過ぎた死、
    重い障害を残した人の数は含まれない。

    人間の体など脆いものです。
    鉄の塊の車にぶつけられたらどうなるか、
    誰もがわかることなのに。

    自分のこととして捉えられないから。

    交通事故は他人事です。
    だから運転中にゲームも出来る。
    電話しながら運転も平気。
    ルールだってマイルール。

    その結果、事故を起こして
    大きな不幸を他人に与えてしまう。

    いい加減気付いてくれないかな。
    事故を起こさないでいるのは
    たまたま運が良かっただけなのだということを。
    周囲が危険を察して、避けている時も多いのです。
    そのことに早く気付いて欲しい。
    避けられない事故など、殆ど無いに等しいのですから。

    自動ブレーキ、自動運転など
    安全に運転出来る車が開発されているけれど
    全ての人がそんな車に乗れるわけじゃない。
    自分の運転に自信を持つ人の中には、
    そのような車には 乗りたくないと思う人もいるかもしれない。

    だから大事になるのは 心がけ。
    それぞれが意識を変えていくこと。
    ハンドルを握るその手に
    自分の、他人の、 
    命が委ねられている。

    安全運転 お願いします。

    この記事のURL | いのち、事件・事故 | ▲ top
    悼む
    - 2016/11/16(Wed) -
    事故現場で
    手を合わせたことがなかったのです。


    他の人の事故現場なら できる。
    その人の死を悼み 
    遺されたご家族の心の安らぎを願い
    手を合わせることはできるし 
    したいと思う。


    でも 
    どじが死んだ場所で手を合わせることは 
    できない。


    今まで事故現場で
    掃除をしても 花を置いても
    通りかかっても
    手を合わせたことは 一度もなかった。
    心はいつも一時停止。
    笑うこともなく 泣きもしない。


    自分の子供が命を終えた場所で 
    冥福を祈り 手を合わせる。
    そんなこと できるわけがないのです。

    怒り 悲しみ 苦しみの
    負の感情で満ちている。
    空間もどんよりと曇り 重い。
    事故現場はそんな場所。


    だけど今年 
    初めて私は、 
    事故現場で手を合わせたのです。


    掃除を終え 花を置き
    その場所を去る前に、
    膝を折り 腰を落とし
    自然に手を合わせることができたのです。


    自分を解放したことが大きかったのかもしれない。
    その他にもいろいろと 
    想うことも 気付いたことも
    たくさんあった1年だった。
    そのおかげで 素直に手を合わせられたのかもしれない。


    19年の月日が過ぎた日、
    命を終えた その場所で
    心からどじを想い 悼むことができた。


    少し 進むことができたような気がしている。


    もう始まっている これからの1年も、
    どじと一緒に 進んでいこうと 
    思っている。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    手を合わせる
    - 2016/11/07(Mon) -
    11月に入ってからいろいろと用があった筈なのに、
    何もしていないような。

    と感じるのは多分 
    断食をしていないからだと思う。

    何か物足りない。

    7月にやめてから、断食をする代わりに
    月命日には、あることをしようと決心をした。
    だけど忘れている月もあったから、
    まだ 習慣になれてない。

    明日、
    祥月命日には ちゃんと行おうと思う。


    今日はいつもの年のように
    花屋へ行き 花束を注文し
    夜になるのを待ち、
    闇に紛れて事故現場の掃除をし、
    花を飾った。

    やっぱり食事をしていると 動ける。
    いつもはふらふらしているのに・・
    と 偉そうに言ってはいても、
    断食をした期間は、たった3年と半年。

    禁酒はしているけど。
    それほど苦しいことではない。
    だから物足りないような気がする。
    もっと自分に苦しみを
    与えなければいけないような気がする。

    でも許そう 自分を。


    掃除が終わり 花を置き
    帰る前に初めて私は 
    手を合わせた。

    この記事のURL | どじの話と 不思議な話 | ▲ top
    1年の区切り
    - 2016/11/01(Tue) -
    ずっと書く気になれなくて、
    ブログさぼってました・・。

    今日から11月。
    初心に戻り、また書き始めたいと思います。

    今年は夏が終わっても、いつまでも気温が高かったですね。
    季節の流れをあまり感じられませんでしたが、
    カレンダーは今日から11月。
    それに合わせたかのように、
    10月末頃から寒さを感じるようになってきました。

    10月は何かとすることがあり、
    命日の準備なども全然していなかったのですが、
    (私にとっては、命日が1年の区切り)
    11月になった途端に切り替わりました。
    今日から家の掃除を始めています。

    今年も断食をするつもりでしたが、
    夏の初め頃からあまり体調が良くなく、
    また春頃から体重減少が始まって、
    ちょっと断食は控えた方がよいと思い
    7月からは行っていません。

    食事も、自然食だから大丈夫などと考えず
    きちんと食べるようにしたからか、
    今は元の体重に戻っています。

    何故痩せたのか? は不明。

    そのおかげで検査を受けるようになり、
    この命、大切にしようと思うことができました。

    ずっと、生きることに消極的だったのは、
    多分、自分に罰を与えていたからだったと思います。

    親として子供の命を守れなかったのに、
    何故私がいつまでも生きているのか。
    それが許せなかったのです。
    だから 健診にも行かなかったし、
    体を悪くして苦しむのも、当たり前だと思っていたのです。

    自分のことしか考えていなかったから。

    でもそれはやめようと思いました。

    死ぬ時が来るまでは、
    命、大切に生きようと思います。

    明日も掃除の続きです。
    窓拭きもしなくちゃね。

    この記事のURL | いのち、事件・事故 | ▲ top
    | メイン |