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    配慮について
    - 2006/02/26(Sun) -
    ハンディについて考えていました。

    私は聞こえがよくないから
    これはやはりハンディとなります。

    でもまだ 音楽が聴ける
    まだ 話ができる
    まだ 聞こえなくなったわけではない

    けれど、耳から得られる情報だけでは絶対に足りず
    見ることでひとつひとつを確認していかなければなりません。
    間違いも多くその度に、自分は足りない人間だ
    自分は人に迷惑をかける
    と、自分を卑下してしまいがちにもなります。

    「人は支えあって生きている」

    この言葉はよく聞くし、自分もよく使うのですが、
    何故か、支えるのは楽にできても
    支えられることに少し抵抗を感じてしまいます。
    自分のハンディをマイナスと捉えているからでしょうか。
    聴覚障害についてはまだ、
    自分自身が納得できていないからなのかもしれません。

    でも、益田さんのブログを読んだことで考えが変わりました。

    例え耳が不自由でも、
    手や足が不自由でも、
    病を持っていても、
    別のことで人を支えることが出来るはず。

    足りないところがあるからこそ、人への配慮が必要なのかもしれません。
    健康であっても、人はどこか足りないところがあるもの。

    お互いに配慮し合うなかで、
    お互いに何が必要なのか見えてくるものなのでしょうね。

    お互いへの思いやりを持って、自然な助け合いが出来る
    お付き合いをしていきたいものです。

    2006-02-26
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