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    ホームにて
    - 2005/05/08(Sun) -
    今日は用事があって大阪へ行きました。

    ホームを歩いていると、尼崎行きの電車の案内が。
    脱線事故がなければ気にもとめないであろうアナウンス。
    駅の構内にいた多くの人たちのなかには、
    知人や友人が巻き込まれたという人もいたことでしょう。

    事故の被害者や周囲の人たちは、
    これからも続くと思っていた日常が突然失われ、
    茫然自失の日々を送っておられる人も多いと思います。
    現実を受け入れて、強く生きるようになれるまで、
    長い長い時間が必要でしょう。

    数年前の記憶が蘇ります。

    おそらは、なかなか人に自分の思いを話せませんでした。
    同じような経験をしている人は別として、
    周囲の人たちと自分の間には、
    埋めようのない溝があるのを感じていました。

    でもきっかけがあり、
    何人かの友人たちに話を聞いてもらったことで、
    少しずつ自分の背負っていた重い荷物を降ろせるようになりました。
    それでも、いくら話しても、
    やっぱり分かってもらえないのだと感じる時もあります。
    でも立場を逆に考えれば、
    自分が経験していない人の悩みや苦しみを、
    自分だって全て分かる訳がないのです。

    理解は出来ないけれども・・・

    話を聞くことは出来る。
    話を聞いて、
    想像することは出来る。

    友人たちは重い重い私の話をただ聞いてくれた。
    そして私の苦しみを想像してくれた。
    救われた思いがしました。

    例え全て理解出来なくても、
    話をすることで、
    その苦しみを想像することで、
    広くて深い溝も小さな溝にすることが出来るのです。

    友人たちも話を聞くことが重かったことでしょう。
    よく付き合ってくれたと思います。
    そんな友人たちがいてくれたこと、
    心から感謝しています。

    2005/05/08(日) 20:08:06
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