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    資格
    - 2008/04/24(Thu) -
    苦しみを嘆く人あり
    生かす人あり


    大きな苦しみを持ったとき、
    多くの人は
    嘆いて嘆いて嘆いて嘆いて、
    嘆いて、
    生かし、
    また嘆いて嘆いて
    沈んだり浮き上がったりして
    進んでいくものだと思う。


    家の ひとつの部屋の押入れには
    息子の形見がぎっしり詰まっている。
    庭には 幼い頃に乗っていた小さな自転車が
    タイヤをはずされ、さびた姿で立っている。

    生きていれば必要ないものは処分していくだろうけれど、
    いなくなってしまってからは、どれひとつとして捨てられない。

    でも何足かあった筈の靴は、少ししか残っていなかったりする。
    多分 激しい悲しみに耐えられなくなったときに
    衝動的に、捨ててしまったのだろうと思う。
    捨てた靴が夢に出てくることもある。
    ああ こういう靴を履いていたなと思い出す。

    押入れのなかの目に付く袋を手にとって、何だっけと開けてみた。
    サンダルが入っていた。

    このサンダルを履いて、夏の光の中を駆け回っていたのに。
    手にしながら、息子に申し訳なくて申し訳なくて
    守ってやれなかったことが本当に申し訳なくて。
    生きている自分が申し訳なくて。

    人を殺した人間も、そんな思いをするのだろうか。
    自分が奪った命を思い、嘆くことがあるのだろうか。

    奪った苦しみがどの程度のものなのか、
    私にはわからないことだけど、
    その苦しみを社会のために生かすなら、
    その人は生きる資格があるだろう。

    2008/04/24(木) 17:18:02
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