弁護人は必要ですが
    - 2005/05/28(Sat) -
    林真須美被告に死刑判決が出たそうですが・・・。

    どの事件でも思いますが、
    弁護人は、罪を犯した人に対して
    必要以上の弁護をしているような気がしてなりません。
    服役中だった夫にも、
    真須美被告の公判調書を差し入れていたなど至れり付くせりで、
    被告側にとっては大変有利となっていますね。
    違法捜査や冤罪があってはいけないから、
    弁護人が必要なことも理解しているつもりですが、
    被害者の立場から見ると納得できないことが多いです。


    どじの事故の刑事裁判第一回公判の時、
    それまで裁判所に入ったことがなかった私は、
    法廷の右側の席に座っている、
    カジュアルな服装をしたオバサンを見て、
    何故ここに清掃係のオバサンが座っているのだろうと思いました。
    よく考えたらそんなところに掃除のオバサンが座っている訳がなく、
    ただ第一印象で掃除のオバサンだと思ってしまったのですが、
    その人が被告人(加害者)の国選弁護人だったのです。

    そのオバサンとは約1年間法廷でお付き合いしましたが、
    訳の分からない弁護を繰り返しておられました。
    いろいろありますが、特にひどかったのは、
    「被告人の時速35kmは普通の速度である。
    仮に時速100kmで走っていれば事故は起こしていない。
    横断歩道があるからと言ってゆっくり走る義務はない」
    の言葉でした。

    いくら弁護が仕事だと言っても、それはおかしいんじゃないだろうか。
    スピードを出していたら事故を回避出来たのか?
    スピードを出していい状況とは違うでしょう。
    誰も通っていない田んぼの中の1本道にある横断歩道ではなく、
    住宅街で片側の車線が渋滞していて、
    被告人は犬がいたことも知っていたんですよ。
    また時速35kmというのは被告人の供述で、
    真実かどうかはわかりません。
    道交法を無視していますね。
    何の為の法律なんですか。
    弁護すればいいというものじゃないでしょうが!

    それに事故20日後の加害者の供述調書を後で見ると、
    自分が減速しておれば避けられた、
    横断歩行者を予測していなかったばかりに起こした事故だ
    と言っているのに、
    1年後の裁判では一転して、自分の非を認めなくなった。
    と言うことは、
    その1年間で周囲から悪知恵をつけられたか
    1年間で被害者意識を持ってしまい、
    事実を自分で認められなくなったか、
    弁護人に優しくされて、自分は正しいと思い込んだか、
    等と想像してしまうのです。

    そんな経験をしていると、罪を犯した人の弁護人を
    少々うんざりした思いで見てしまいます。
    勿論そんな弁護人ばかりではないだろうとは思います。
    冤罪を防ぐ為に弁護は必要ですが、
    優れた弁護人であって欲しいと思います。

    2005/06/28(火) 17:14:43
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