スポンサーサイト
    - --/--/--(--) -
    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
    この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
    循環する命
    - 2012/05/15(Tue) -
    日曜日に札幌に行き、月曜日帰宅。
    結婚式出席の慌ただしい旅。

    新郎の実家には以前から猫がいてね。
    しっぽが短い、トラ猫。
    他人には懐かないけど、前の記事の犬のように
    家族に愛され、ずっと家族の一員で、
    犬と同じく、19歳。
    癌になって 死んだそうだ。

    犬と同じく、
    家族は火葬にした猫の骨を全て持ち帰り、
    骨箱に入れて写真と一緒に棚のなか。
    今はそこで家族を見守る。

    その猫の骨箱は、どじの骨箱と同じ大きさだった。
    私は どじの骨をすべて持ち帰ってはいない。
    お骨拾いの時に施設の人に
    一部だけを拾っていただきますと言われ、
    言われる通りに説明を受けながら、順番に壺の中に入れた。
    後になって、私と同じく事故で家族を失った人達から
    全て持ちかえった人が多いのを聞いて、
    ああそうなのか 全て持ち帰ることが出来るんだということに、
    ようやく 気が付いたのだった。
    骨を拾っていた時には何も考えることが出来なかったけど
    もしその時、もう少し頭がクリーンであれば
    私は 全て持って帰ります と言ったのかもしれない。
    だけどその後、火事で死んだむっちぃの骨を拾った時にも
    同じように私は、一部だけを持ち帰ったから
    それ程こだわっていなかったのかもしれない。
    どじの時も むっちぃの時も
    どちらも大切な骨に違いないけれど
    その残った骨は他の多くの骨と一緒に
    慰霊塔に入れられるということにも、納得していた。
    骨に魂は残らないし、
    残った骨が他の多くの命の証と一緒に眠るのも、
    それでよいと思ったから。

    でも持ち帰った骨はとても大切。
    それぞれが それぞれの大切なものを持って生き、 
    そしてその命もやがて尽きていく。
    循環して成り立つこの世界。
    どじの命もいつかまた 形になっていくのだろうか。
    (多分そうだとは思う) けど
    はっきりとはわからない。私にはまだ。

    大切なのは 大切なものを持ちながら 
    或いは感じながら
    丁寧に生きていくことだと思う。

    結婚した二人。おめでとう。
    正直に言えば どじと雰囲気が似ている新郎を見るのが
    私は辛くて仕方なかった。
    出来るなら顔を見たくない。
    出来るなら会う回数を減らしたい。
    ずっとそう思い今まで来た。
    だけど幸せそうな二人を見て
    雰囲気の似ているこの子が幸せになるのを見るのも
    これもまた 私の幸せなのだろう
    と 思えた。
    どじから繋がる命は絶えてしまったけれど
    似ている子の幸せは、どじの幸せでもあると思う。
    誰かの幸せは、全ての亡くなった人達の
    幸せに繋がるのかもしれないね。

    地上に落ちた雨がまた 
    新しい雨となって降り注ぐように
    命も循環しているのかもしれない。
    それぞれの大切な命と
    いつかまた 出会えることが出来ますように。

    この記事のURL | いのち、事件・事故 | ▲ top
    | メイン |
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。