みっちぃとむっちぃ
    - 2012/12/06(Thu) -
    みっちぃは11月11日に死んだ。

    なかなか書けずにいたけれど、
    いわゆる ペットロス というものではない。

    命あるものはやがて死を迎えるものだし、
    ペットを飼った時点で、
    自分より寿命が短いことはわかっている。
    それにみっちぃはもうあまり長くは生きられないだろうと
    予測もしていた。

    とはいえ、何とも言えない気持ちになる。


    11月になってから、だんだん状態が悪くなってきた。
    病院に連れていき、元気が出ると言われ点滴を受けた。
    1度はそれで食欲も戻ったようだったけど、
    その後2度の点滴後はかえって悪くなったようだった。

    ちょうどそのころ私は断食をしていて、
    観察力が足りなかったというか
    (観察ノートはつけていたのに)
    直観力が鈍っていたというか、
    なんとなく、この点滴は必要ないと感じたのに
    そのことを深く考えなかった。

    もちろんみっちぃが死んだのは、
    点滴には無関係なのかもしれない。
    でも10日、3度目の点滴を
    当たり前のように獣医が準備していた時、
    心の中で 「もう必要ない」 と思ったのに、
    私は断らなかった。
    この点滴を最後にしようと思って、受けたのだ。

    帰宅後、いつもよりみっちぃはぐったりしていた。
    それでも、鮭を焼くとよろよろと寄ってきて、
    私の手の平の上のほぐした鮭を、2口、3口
    パクパク食べた。
    その後にお刺身をほんの少し、食べた。
    それが最後の食事になった。

    次の日の朝は寄ってきたものの匂うだけ。
    そのあと3時間程で急に悪くなり、痙攣が出て、
    よだれが止まらなくなり舌も出したまま、
    呼吸の感覚が長くなり
    最後は、息が吸えなくなり、
    苦しげに顔を上げ口を大きく開けたあと
    全く動かなくなってしまった。
    まさかと思って声をかけているうちに
    瞳の色がさーっと変わり、
    ああ みっちぃは死んだ と わかったのだ。

    考えてみれば私が、生き物(人間を含む)の死を看取ったのは
    みっちぃが初めてなのだった。
    どじの時は事故直後に駆け付けて
    その後蘇生処置をしたけれども、
    既に心肺停止状態。
    道路に倒れていたどじの瞳を見て
    もうだめだと思ったし、
    事故の瞬間がどじの死であったのだろうと思う。

    みっちぃが死を迎えた時、
    このいのちはどこに行くのだろう・・
    この瞬間までこの体に宿っていた
    このいのちはどこに行ったのだろう・・
    と 考えた。

    いのちとは なんなのだろう。


    翌日の12日 みっちぃを火葬した。

    どじを火葬したのは15年前の11日。
    あの日と同じような天気、気温、
    風だった。

    事故現場から逃げるように引っ越してきて次の春、
    癒されるものが欲しくてもらってきた、
    みっちぃとむっちぃ。
    2年後の火事はみっちぃが教えてくれた。
    むっちぃは逃げられず死んでしまった。

    そして今年初めて、気持ちが軽くなったと感じた
    どじの命日の3日後のみっちぃの死に
    なんだか象徴的なものを感じてもいる。

    でもそれは人間の勝手な思い込み。
    家族の身代わりになってむっちぃが死んだのでもなく、
    みっちぃもたまたま今年の命日の3日後に死んだのだ。
    2匹とも、もっと生きていたかったろうに。

    それでも私は縁あってこの家に来てくれたことを
    嬉しいと思う。

    ありがとう
    みっちぃとむっちぃ
    安らかに。

    ㎜
    2003年12月のみっちぃとむっちぃ

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