大嫌いな人達
    - 2015/05/06(Wed) -
    大嫌いな人がいるのです。

    一番嫌いなのは加害者。

    加害者に対する憎しみは手放しましたが、
    亡くなった (本音は 「死んだ」 と言いたい) 今でも、
    加害者のことは大嫌いです。
    その妻もその親戚も大嫌いです。
    加害者が死んでくれたので
    今の私の心は平安です。
    妻や親戚のことは知りません。
    みじめに暮らせばいいと思っています。
    幸せならば怒りを感じるだろうと思います。
    大嫌いな人の幸せを願えるほど 私は出来た人間ではありません。

    その次に嫌いな人達がいます。
    その人の家族、親戚
    思い出す度に胸がむかむかするくらい 嫌いです。

    とはいえ 今は会うことはありません。
    人づてに噂を聞くくらいです。
    その大嫌いの人の
    大嫌いな親戚は亡くなりました(死にました)。
    それを聞いて、その周辺がキレイになったと思いました。
    まともではない おかしな人達だと思っています。

    でも 
    加害者達と
    その次に大嫌いな人達と 
    私と
    一体どんな違いがあると言うのでしょうか。

    程度の差はあれ
    私にも 
    加害者や 次に大嫌いな人達と
    似ている部分があると思うのです。
    その人達と同じような人生をたどっていたのなら、
    きっと もっと似ていたと思います。

    私は聖人ではありません。
    客観的に見れば
    優れたところもある(かもしれないし)
    劣っているところもある(これは確かに)
    どこにでもいる 平均的な人間だと思います。

    大きな悪も持ち合わせておらず
    大きな善も持ち合わせていない。
    小さな悪の部分は持ち合わせていて
    小さな善の部分も持ち合わせているl。

    そんな どこにでもいる人間。

    そんな私が 他人を非難する資格があるのでしょうか。

    資格 という言葉は違うかもしれない。
    でも感情に嘘はつけません。

    とにかく、その2人の人間と
    その人に似ている家族 親戚が
    嫌いで仕方ないのです。

    加害者は死んでいる。
    加害者の次に嫌いな人はまだ死んではいないけど
    もう私が影響を受けることはない。

    だから どうってことはないのですが、
    そんなことを考えるのは
    次に嫌いな人の家族に先日出会ってしまったから。

    歳をとられたなと思いました。
    でも今でも 笑顔で挨拶など出来ない人です。
    嫌な人に会ったと思いました。

    そのせいでしょうか
    夢を見たのです。

    加害者の次に嫌いな人の
    お葬式の夢でした。

    夢では私はその近所に住んでおり
    葬式に行きたくないけど行かねばならないのかと
    悩んでいる夢でした。

    目覚めてから思いました。

    加害者の次に嫌いな人が死ねばいいと思って
    そのような夢を見たのではなく

    その人に自分が似ている部分を捨てたくて
    殺そうとしたのだと。

    加害者のような生き方をしたくない。
    次に嫌いな人のような生き方をしたくない。
    だから似ている部分を殺しました。 夢で。

    このようなことを考える私も
    程度が低いのですよ。

    でも
    その感情を否定せず
    受け入れて そして
    変えていこうと 思っています。
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