赦す
    - 2015/05/08(Fri) -
    大嫌いな人がいるというのは
    あまり嬉しいことではないですね。

    もしどじの事故がなければ
    大嫌いにはならなかったのでしょうけれど。

    事故から2年半経って、今の家に越してきて
    以前の街とは縁がなくなりました。
    それまでは いやなことがあっても、いやな人がいても、
    あの街が好きだったのです。
    事故がなければずっと住み続けていたでしょう。
    今では家のすぐ近くにあった山を遠くから見るだけでも
    苦しい気持ちになってしまう。

    それなのに先日、加害者の次に大嫌いな人と会ってしまって
    嫌なことをいっぱい思い出しました。

    そして その人達との間で、
    1つだけ心が和んだ出来事があったことも思い出しました。

    その人達の一人です。
    顔を合わせたくないので、
    出来るだけその人を避けるようにしていました。
    その人も私のことが嫌いだったと思います。

    だけどある日、すれ違った時に
    その人に声をかけられたのです。

    「あんたとこのぼん、ええ子やな」

    空き地に置いてあった木材の上に乗り、遊んでいたどじに、
    危ないと注意したそうなのです。
    どじは素直に 「はい」 と言い、下りた。
    その時に2人は話をしました。
    何の話かは聞いていないのですが、
    多分、心が穏やかになった瞬間があったのだと思います。

    例え相手が幼児でも、気に入らないことがあれば
    激昂し大声で怒鳴りつけるような人です。
    その人がどじを(嫌いな私の、息子を) ほめました。
    私は、この人にも仏心があるのかと思い、少し驚きました。
    仏心という言葉が出てしまう程、厳しい性質の持ち主なのです。
    ただ子供が素直に自分のことを聞いたから
    だけなのかもしれませんが、
    私は、どじが素直な心で
    その人と話したからだろうと思っています。
    だからその人も素直な心になり、
    話をしたのではないかと思います。

    今から思えば、その人達は
    自分達を守るために、
    他人に対して攻撃的になっていったのかもしれません。

    その人とは良い思い出はないと思っていましたが、
    こんなこともあったのだと、思い出させてもらったようでした。

    とはいえ、やっぱりその人達のことは大嫌いなのです。
    人のことを大嫌いだなんて、思いたくはないけれど
    どうしても受け入れられない人達です。
    「ゆるせない」 と思うことが多いのです。
    私だって、多くの人に赦されて生きてきたと言うのに。

    だけど少しずつでも、大嫌いな人達を
     「赦す」 ようにしていけたなら、
    いつか自分を赦すことも 
    出来るようになるのかもしれません。

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