山へお帰り
    - 2015/11/12(Thu) -
    昨日はみっちぃの命日だった。

    みっちぃとむっちぃ

    今は別の猫が3匹、家にいる。
    死んでしまった猫は目にすることがないから、
    強い思いはなくなってくる。
    自然なことでもある。

    それをどじと置きかえれば
    すっかり 忘れている人もいるであろうことが寂しくもあるけれど
    それはそれで仕方ないことなんだとも思う。
    浅い関わりだったのだからね。

    みっちぃやむっちぃを忘れることはないよ。
    自分が関わった猫みんな覚えている。
    関わってくれて ありがとうね。

    鮭をほぐして供えてやった。

    時々何かわからない気配を感じるのは
    動物なのか 人間なのか
    ただの気のせいなのか 
    見えないからわからないけど、
    その命が戻ってきてくれていたなら
    嬉しいことだと思う。


    鮭を供えながら 友人の家で飼っていた犬のことを思いだす。

    白い犬だったと思う。
    病気だったのか? 忘れてしまったけど
    死んでしまった。

    友人のお母さんは、犬を山に埋めてやった。
    山といっても、本当の山ではなく
    広い田んぼの中にあるこんもりとした小さな森のことだと聞いた。
    そこに埋めてやった。

    その後お母さんが台所の土間で鮭を焼いていた時・・
    昔ながらの民家で、かまども残っている家だ。

    土間の入口の木の重い引き戸のところで
    カリカリと音がする。

    お母さんは、犬が来たんだとすぐわかった。
    その犬、鮭が大好物。
    開けてくれと引き戸を足で引っ掻いている音。
    もちろん開けてみても誰も(なにも)いない。
    そんなことが2、3度あったらしい。

    お母さんは、
    「来たらあかんで。山へお帰り」
    と 言った。

    その後はもう そんな音はしなくなったそうだ。

    そんな話を思い出した。


    私はみっちぃやむっちぃにも帰ってきて欲しい。

    お骨はどじと一緒に籠に入れて、まだ家に置いてある。
    動物は自然に還るのが一番幸せだと思うのだけど
    まだ出来なくて、手元に置いてある。
    みっちぃが死んだあと、生まれた場所の近くの山に
    埋めてやるつもりだったけれど、
    家族が嫌だと言うので そのままにしていた。
    でもその家族も ようやく心が定まったみたい。

    来春、2匹一緒に
    その山に埋めてやろうと 思っている。

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