悼む
    - 2016/11/16(Wed) -
    事故現場で
    手を合わせたことがなかったのです。


    他の人の事故現場なら できる。
    その人の死を悼み 
    遺されたご家族の心の安らぎを願い
    手を合わせることはできるし 
    したいと思う。


    でも 
    どじが死んだ場所で手を合わせることは 
    できない。


    今まで事故現場で
    掃除をしても 花を置いても
    通りかかっても
    手を合わせたことは 一度もなかった。
    心はいつも一時停止。
    笑うこともなく 泣きもしない。


    自分の子供が命を終えた場所で 
    冥福を祈り 手を合わせる。
    そんなこと できるわけがないのです。

    怒り 悲しみ 苦しみの
    負の感情で満ちている。
    空間もどんよりと曇り 重い。
    事故現場はそんな場所。


    だけど今年 
    初めて私は、 
    事故現場で手を合わせたのです。


    掃除を終え 花を置き
    その場所を去る前に、
    膝を折り 腰を落とし
    自然に手を合わせることができたのです。


    自分を解放したことが大きかったのかもしれない。
    その他にもいろいろと 
    想うことも 気付いたことも
    たくさんあった1年だった。
    そのおかげで 素直に手を合わせられたのかもしれない。


    19年の月日が過ぎた日、
    命を終えた その場所で
    心からどじを想い 悼むことができた。


    少し 進むことができたような気がしている。


    もう始まっている これからの1年も、
    どじと一緒に 進んでいこうと 
    思っている。

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