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    墓所にて
    - 2018/03/07(Wed) -
    陽があたる場所はあたたかく
    どじが眠っているところももうすぐあたたかくなってくる
    お昼頃。

    高い木の先を見上げ
    木の葉が騒めく様をずっと見ていたとき
    ふと 
    ある人の顔が浮かんだ。
    その人とはあることで意見が対立してから
    数年間、ずっと会っていない。

    以前はその人が好きだった。
    気持ちの通じる人だと思っていた。
    今は離れてしまったけれど
    特に その人のことを嫌いではないと思った。

    その人の 考え方 物事の捉え方 が
    受け入れることが出来なかっただけで
    その人の行いが嫌であっただけで
    その人・・その魂は
    嫌いではないことに
    そのことに 気が付いた。

    どこかの本に書かれているようなことで
    以前から知ってはいたけれど
    風に揺れる木の葉を見ていて
    ふと 腑に落ちたように思う。

    好きではない人達の顔が次々浮かぶ。

    あの人の行いが嫌いなだけで
    あの人の魂が嫌いなわけではない。
    この人も 行いが嫌いなだけで
    この人の 魂が嫌いなわけではない。

    大嫌いな人達の顔も浮かぶ。

    あの人達の行いが大嫌いだけれど
    あの人達の魂には関係のないことだ。

    加害者の妻の行いが大嫌いなだけで
    加害者の妻の魂を 嫌いとは言えない。
    加害者の行いが許せないだけで
    加害者の 魂 とは別のものなのだ。


    私だって 大した人間ではない。

    そして 私だって 
    魂が汚れているわけでもない。

    教えてもらったような 気がする。


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