少し暑さになれてきた
    - 2016/08/08(Mon) -
    青い空に白い雲
    眺めているだけで一日過ごせる。

    とはいえなかなか
    そんな時間は持てないけど。

    夏はやっぱり 
    青い空に白い雲


    いつものように3日の誕生日は
    ちらし寿司をつくり
    例のスイカをつくり

    いつものように6日の原爆の日には
    亡くなった多くの人達の人生に想いを馳せ

    そして今日は8日で月命日
    いつものように カレーをつくる。

    と 淡々と日々を過ごしている。


    それにしても暑い 


    日中は極力外出せず
    永遠に続く身辺整理と手仕事して過ごす。
    いつものように。

    と 変化がないようで
    変化がある 今年の夏


    皆さんは 元気にされてますか?
    熱中症にならないように 気をつけて下さいね。

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    風が梅干しの香り
    - 2016/07/24(Sun) -
    201607 - コピー

    梅雨明けの3日後から梅漬けを干し始める。
    自分が管理しやすい場所で干すものだから
    お天気の良い日でも丸一日は干すことが出来ない。
    一日5時間程度、影になる個所を避けて
    ざるを回しながら。

    それでも赤く おいしそうな色になってきた。

    自分で漬ける梅干しは
    自分の味覚に合って、おいしい。
    1年置くと尚おいしい。

    だけど漬けるようになったのはここ数年で、
    以前1度だけ作って、あとは全然手をつけなかった。
    何故なら、面倒だったから。
    体調が悪くて何もしたくなかったのもある。
    精神的に何もできなかった時期もある。
    疲れていたのもあるし 忙しかったのもある。

    だけど忙しかった というのは言い訳だ。
    と 友人の言葉を書いてみる。

    http://forest0818.blog71.fc2.com/blog-entry-197.html

    友人 いいこと言うよね。


    梅を裏返しながら思う。

    忙しい、面倒だと思い何もしなかったこと
    なんてもったいない時間を過ごしたのだろう。

    確かに面倒くさい。
    でもこの手間と時間が
    豊かなものを手にさせてくれる。

    今年は手違いで、例年より多く漬けるはめになった。
    だけどその分 自分の味を楽しめると思うと、
    ちょっと 嬉しい。

    面倒という言葉を使うと
    本当に面倒になってくる。
    あまり考えずに動くのがいい。
    これからはなるべく 禁句にしていこう。
    という なるべく という言葉をつかうのも、
    自分の味のうちなんだろうね。

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    解放
    - 2016/06/22(Wed) -
    眠れないとき ふと思ったのです。
    今まで (これでも)信じられないくらいに元気に過ごせてこれたのは
    奇跡みたいなものだったと。

    どんなに自分の精神に酷使されても、
    文句も言わず体は応えてくれました。

    体調が悪いと不満に思いました。
    また悪くても無視していました。
    申し訳なかったと思います。

    こんな私を今までよく支えてくれましたね。
    暗闇の中で 心から
    体にありがとうと言いました。


    風邪をひいたり、痛みがあれば治したくて病院に行っても
    積極的に生きていこうという思いはあまりなかったので、
    どんなに痛くても翌日治れば放置していたし
    健診に行こうとも思いませんでした。
    自分が生きている間は 命を味わい生きていくけれど
    家族のためにも食事にも気を遣っていたけれど
    自分の体のこととなると いい加減でもありました。
    これでは家族への責任感も
    ないとは言えないまでも、
    あったとも言えません。

    いつも いつ死んでもいい と
    心の片隅で思っていたからですね。

    そのくせ もし
    余命があとどれくらいか聞かされたら
    きっと おろおろして 
    生きていたいと思うのだろうなと想像してました。
    生きているものは 生きていたいと思うものだから。


    だけど先日、ある男性の方の通夜に行って
    思ったことがありました。

    高齢の方です。
    奥様が優しい方なんです。
    お話しする度に
    気持ちがほぐれるような感じがして
    世の中には 優しい人がいるのだなと
    いつも 思っていたのです。

    家族葬で 参列されたのはほとんどがご親族の方でしたけど
    悲しいけれども ご家族の方にも 笑顔がありました。


    どじの葬儀の時は 私は笑顔になれなかった。
    悲しい 苦しいだけの葬儀でした。
    その気持ちをずっと引きずっています。
    死は終わりではないと感じていても、
    実際にこの世では二度と会えないのだから。

    だから長生きしたくないと思っていました。
    じゅうぶんに長生きな人が
    もっと長生きしたいと言われること、
    毎年欠かさず健診に行く人達のこと、
    そんな当たり前であることを、
    私は少し冷めた目で見ていたのです。


    でも 通夜の様子を見ていて思いました。

    笑顔が出る葬儀って
    いいものだなって。

    亡くなられた方がどんな方だったのかはよく知りませんが
    ご家族を見れば、いい方だったのだなということがわかります。
    入院されていた期間が長かったので、
    漠然と あまり質のよいものではないのかな と勝手に思っていましたが、
    そんなこと 他人の私が知ることができる訳がない。


    優しそうな笑顔の遺影を見ながら思いました。

    子どもを失った悲しみを引きずって生きていくのは
    今日で終わりにしよう。
    もちろん忘れることはありません。
    毎日 ずっと想っています。
    でもそれに囚われるのはやめようと思いました。
    私は私を解放します。

    18年と7ヵ月かかって やっと思えるようになりました。

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    森のくまさん
    - 2016/06/22(Wed) -
    ツキノワグマが人間の味を覚えたとか
    熊にとっては人間は襲いやすいとか
    大変恐ろしい動物のように繰返し伝えるテレビ。
    小動物を襲っている場面を何度も見せたりして
    見る度にため息が出て胸が痛くなる。

    熊が愛らしくて大人しい動物だとは言いません。
    力のある、大きな動物なんですから。
    でもヒグマとは違い、ツキノワグマは
    獰猛ではないと聞いています。

    以前岐阜県の観光駐車場で
    ツキノワグマがいきなり人間を襲ったニュースがありました。
    数人が怪我を負い、
    その熊は射殺されました。

    その時もとても胸が痛みました。

    襲われた人達は恐ろしかったでしょう。
    命を落とさなくて良かったです。
    他にもパニックになった人達も大勢いました。

    熊もパニックだったんですね。

    ニュースによると、人間の残飯を狙っていたのではないかということ。

    要するに、熊のテリトリーに人間が近づきすぎてしまったことが原因です。
    自然に近づきすぎてしまったんですよ。

    自然豊かなところに簡単に行ける。
    人間にとっては嬉しいことですが、
    あまりにも距離を縮め過ぎてしまった。

    近づきすぎて襲われれば
    熊は恐ろしい!殺せ! 
    となる方がもっと 恐ろしい。

    何でも 程良い距離感が大切なのです。
    自然と人
    人と人
    同じです。

    日本熊森協会という団体があります。
    私は会報を見るだけ、知るだけ会員ですが、
    この活動に賛同しています。

    別に頼まれて書いている訳ではないですが、
    熊について思い違いをしている人も多いのではないかと思い、
    ちょっと紹介してみました。
    協会のブログも一度、読んでみて欲しいと思います。

    http://kumamori.org/

    上手に共存していきたいですね。
    亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
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    鎮守の森のプロジェクト
    - 2016/06/04(Sat) -
    今日から梅雨入り。
    時が経つのは早いものです。

    「早くみつかりますように」 の 男の子、
    見つかって本当に良かったですね。
    想定外の場所でしたが、捜索して下さったたくさんの方々に感謝します。


    さて、
    ブログの左のくすのきの写真の上に貼ってあるリンク先、
    クリック募金(ついでにクリックお願いします) と、
    森の長城プロジェクト がありますが、
    プロジェクトの方は7月から名称が変更されます。

    新しい名称は
    「鎮守の森のプロジェクト」
    このブログでも変更しておきました。


    森の長城プロジェクトとは、
    東日本大震災で出たがれきなども入れて丘をつくり
    そこをその土地に適した常緑樹を密植・混植して森とする。
    津波などの災害の際には、森が街や人を守ってくれます。

    震災後数ヵ所で植樹を行ってこられました。
    5月にも宮城県の「千年希望の丘」で植樹活動がありました。
    行きたいと思いましたが、遠くてなかなか行くことが出来ません。


    「千年希望の丘」 とは

    津波で被災した岩沼市沿岸部に丘を15つくり、それをつなぐ園路に30万本の植樹をして森をつくるという千年希望の丘計画は、津波がきた時の避難所になり、さらに威力を減衰させるという役割を担っています。森の長城プロジェクトでは、この千年希望の丘にこれまで20万本の苗木を提供し、植樹の指導を行ってきました。


    (鎮守の森のプロジェクトHPより)


    名称を変え、今後は東北地方だけでなく、
    全国で森作りの活動を行っていくそうです。


    副理事長は生態学者の宮脇昭氏です。
    以前、お世話になった手話通訳者の方にこの方の本を薦められ、
    読んで感銘を受けました。
    その後何冊か読み、
    そして震災後に出版された本で、この活動のことを知りました。

    がれきを使用することに対して問題点を指摘する声もありました。
    専門家ではない私は何が正しいのかはわかりませんが、
    東日本大震災で、正しい 安全だと思われていたものが
    自然の力でいとも簡単に崩壊してしまったことを考えれば、
    どの方法が適正であるのかは、状況や場所によって違ってくるのでしょうね。

    活動は、指摘されたことについては検討し進めていく と
    どこだったか忘れたけど、書いてありました。


    今後全国で活動を展開していくことは、素晴らしいと思います。

    自然が凄いスピードで減少している。
    それが全て人間の手で行われてきた。
    自然に目を向け、再生していくのはとても大切だと思う。

    犯罪が増える 危険が増える、
    という声もまた、出てくるのだろうけれど
    人間に都合のよい環境ばかりではいけない。
    自然は人間だけのものではない。

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    謝罪
    - 2016/05/29(Sun) -
    日々いろいろなニュースがあり
    知るだけで胸が痛むものも多い。

    早く回復されますように
    早くみつかりますように
    大きな悲しみが癒える時が来ますように・・


    オバマ大統領の広島訪問がありましたね。
    オバマ氏が現職大統領として献花された姿に
    癒された人達はたくさんおられたのではないでしょうか。

    謝罪の言葉はなかったけれど、
    謝罪など必要ないと思う人々が多数いる国の大統領が
    その言葉を口には出来ないでしょう。


    安らかに眠って下さい
    過ちは繰返しませぬから


    その言葉に心を重ね 想いを重ねてもらうこと
    その場に行き 行動で示すことが
    大切ではないかと思う。

    小さな(だけど大きな)
    私の体験からでもそう思う。


    謝罪 
    簡単なようで 難しいですね。

    どじの加害者は何も行動しようとしなかったし
    もちろん謝罪もしなかった。
    そのことに対して長い間怒りを感じていたけれど、
    今思えばある意味 
    それでよかったのではないかと思っている。

    謝罪しないことで彼は苦しんだろうし
    それは彼が受けた罰でもあると思う。
    自分が自分に与えた罰なのです。
    口先だけの謝罪をしなかった訳が
    自分に与えた罰だったのなら、
    加害者を少しだけ、尊敬できるように思います。

    でも、私の願望に過ぎないのかもしれない。
    本心を聞く機会を失ってしまって 残念に思う。


    起こしたことを間違いと気付き、
    間違いと気付いたら行動すればいい。
    それがその人の赦しへの道となり
    被害者の癒しにつながるのだと思う。

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    受け入れる
    - 2016/05/08(Sun) -
    連休も終わりました。
    熊本へボランティアに行かれた皆さん、ありがとうございます。

    被災された方は疲れておられるでしょう・・
    出来るだけ早く
    落ち着いて生活できるようになりますように。


    さて
    いつも通る道にあった建物がいつの間にか解体されて
    更地になっているのを見た時、

    ここに何があったのだろう? と
    思いだせないこと ありますね。

    私もよくあるんですよ。
    (観察力・・ないに等しい)
    すぐ近くのご近所さんならわかるんだけど。

    いつもあった建物がなくなり
    新しい風景になる。
    それがいつしか 当たり前になっている。


    今朝 やっと気付きました。
    家でも似たようなことが起こっていたのを。
    違う点は 何があったのかは覚えていて
    ないのに あるとずっと思っていたこと。


    むっちぃが障子に残していた
    羽虫を追った爪のあと。

    いつの間にかなくなってました。

    そういえば家族が障子を貼り変えていた。
    だけど最近じゃない。
    まだ春になっていない頃だと思う。

    毎年、
    または2年に一度、
    爪痕が残る一つの枠はそのままに、
    他の部分は私が貼り替えていた。

    その部分だけ茶色っぽく変色した
    むっちぃの爪痕の残る障子は
    日常目にするもので、
    そこにあるのが当たり前。
    通る度に意識して見ていない。

    いつの間にかまっしろな障子に変わった時、
    むっちぃの痕跡もリセットされたかのように
    その風景をそのまま受け入れてしまっていた。

    今朝目覚めて、むっちぃの爪痕残っていただろうか?と
    気になり見に行って
    ようやく ようやく気がついたのだ。

    ずっと 爪痕が残っていると思いこんでいた。
    一日に何度もその横を通っていたのに。

    記憶と現実が重なっていない。
    爪痕のない現実を目にしていても
    爪痕はずっとそこに存在している。


    どじも 似たようなものだ。
    いつも どこでも 存在している。


    ちら見していたテレビの
    東日本大震災のビデオレターの番組で、
    友人達やご近所の人達や、
    3人の家族を失い
    今高校生になった子が、

    乗り越えていくことはできないだろうけど
    受け入れていくことはできるかもしれない

    と 話していた。

    その通りだと思う。


    むっちぃの爪痕と どじ
    現実にはないけれど
    ずっと存在していると思うのは、
    受け入れられるようになってきた
    からなのかもしれない。

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    たけのこご飯
    - 2016/04/17(Sun) -
    たけのこをいただいたのでたけのこご飯を炊いた。

    という日常を送れることのありがたさ。


    熊本の地震で亡くなられた方、そのご家族、
    被災者の方々・・
    とてもお辛いだろうと思う。

    熊本にはお世話になった人もいる。
    関わった人達 それぞれのお顔・・忘れてしまったけど
    雰囲気はずっと覚えている。
    その時だけで、別れてからはお付き合いは途絶えたけれど
    熊本と聞くと思い出していた。
    今はどうされているだろうか。 

    自宅が火事で半焼した時さえも
    ようやく落ち着いたのは半年を過ぎてからだった。
    地震で住む場所を失えば(東日本大震災もそうだけど)
    元の生活に戻るには、大変時間がかかるだろう。

    一日を生きる。
    あせらず 無理せず
    積み重ねていくしかない。

    生きるということは
    創り出し 壊し 壊され
    壊れたものを修復していく作業を
    繰り返しているように思える。


    テレビでは被災地が映し出されている。
    それを見ながらたけのこご飯を口にする。

    普通の生活を送っている自分が
    被災者の方に申し訳ないと思いながら、
    また 普通に過ごしている人を
    うらやましいとも思いながら、
    今を味わって 生きている。

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    山椒の花
    - 2016/04/11(Mon) -
    山椒の花の蕾

    20160411.jpg

    まだ花が開いていないのを採って、さっぱりと甘辛く、炊いた。

    咲いてしまった花が多くて
    ほんの少ししか採れなかった。
    本当は昨日が採り頃だったんだけど、
    交通安全週間の街頭活動のため、採れず。

    昨日は免許センターでおこなった。
    ドライバーの皆さん、安全運転お願いします。

    ということで採れなかったけれど、
    早起きすれば良かったかな。

    でも春は 眠い 眠い・・

    そういえば、以前よりは眠らなくなった。
    どじが亡くなってからは昼も夜もとにかく眠っていた。
    眠らなければ生きていけなかったんだと思う。
    結果的に体を休めることになり、
    病気は改善の方向へ向かった。

    病気に目を向けなくなったからだろうか?
    自分のことはどうでもよくなったからだろうか?
    今思えば 何故病気があんなに辛かったのだろう。
    病気など たいしたことではなかったのに。
    どじがいなくなってしまったことに比べたら
    病気の苦しみなど とても軽いもののように思える。

    とはいえ、病気で苦しむことは辛い。
    今は病気など軽いことだと思う私も
    風邪をひけば苦しいし、
    どこかが痛めば 不安にもなる。
    いろんな病気を想像して
    死ぬまでに整理するものなど考えたりして。

    病気で動けなくなることも 副作用に苦しむことも
    出来ないことが増えていくことも
    死を感じて恐れるのも 
    比べるものがなくても あっても 
    やっぱり病気は辛いもの。

    出来るなら健康で 
    災害にも 事故にも遭わず
    お金に困ることもなく
    嫌な人も遠ざけて 幸せに暮らしたい。 
    みんなそう思って生きている。

    なかなか思うようにはいかないけどね。
    起こってしまったら受け入れるしかない。
    これもなかなか 難しいけどね。

    死ぬまで元気で 笑顔で暮らせたら幸せ。


    山椒の花を教えて下さった方は
    春になる前に 人生の幕を閉じられた。
    91歳 
    充実した人生を送られた方だったと思う。
    この地の歴史に詳しくて
    数年前までは歴史の講座も開いておられた。
    参加してみたいと思ったけれども、
    聞こえないからと諦めた。
    誰かに通訳を頼んで、参加すれば良かったと思う。

    「お宅の山椒、花咲いてますな」
    「あの花炊くと美味しいんでっせ」

    山椒の木に花が咲いていることも気付かなかった頃。
    最初に教えて下さった時のことを、
    今でも時々 思い出す。

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    永遠
    - 2016/04/06(Wed) -
    桜が満開で。

    うきうきする気分にはなれないけれど
    桜は美しいね やっぱり。

    kusunoki0405.jpg

    桜に囲まれたくすのき
    どんな気分でいるのだろう。

    いろんな人と
    何度も訪れた。
    この公園に。
    この木の下に。

    桜の頃に
    新緑の頃に
    蝉しぐれの頃に
    秋が深まる頃に。

    このくすのきの下で、どじも
    保育園のお友達とゲームをして遊んだ。
    その時はくりくり坊主だったどじ。

    嬉しそうな顔をした写真が残ってる。

    もう随分前
    過ぎてしまった時 だけど
    その一瞬は消えることはない。
    永遠
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    不安
    - 2016/01/20(Wed) -
    各地で大雪だそうですが、皆さんのところは大丈夫ですか?
    お怪我のないようにしてくださいね。

    こちらも今日は雪。
    もしかしたら この冬初めての雪かもしれない。

    いそいそと雪だるまを作っている。
    (人目を避けて)
    どじのことを思い出しながら作っている。
    雪の日は喜々として遊んでいたね。
    どじは何年経っても9歳のまま。

    だけど私は衰えてきたよ。
    だってあれから18年も経ってしまった。
    衰えは運転しているときに特に感じる。
    注意力が足りなくなってきているのだ。
    ひやっとする時が何度あることか。

    だから運転するのはあと10年くらい?
    もしかしたらもう少し早くなるかもしれない。
    それまでは無事故でいようと思う。


    軽井沢のバス事故 痛ましいですね。

    ハンドルを握っていた運転手さんの年齢は、
    どじを轢き殺した加害者と同じだった。
    あのころ 私は加害者を
    老人だと思っていた。

    なぜ老人がダンプを運転するのかと
    憤りを感じていた。
    今自分も齢を重ねてきて思うのは、
    その年齢で運転をやめる決断をするのは
    なかなか難しい人も、地域も 多いということ。

    それでも自分の年齢を意識しなければならない。
    人それぞれ違うけれど
    運転に適正な年齢はあるはず。

    バスに不具合があったとしても、
    大型バスの運転に慣れていない65歳が起こした事故は
    起こるべくして起こったと思っている。
    本人、バス会社、ツアー会社
    安全優先に考えればこのような事故は起こらない。
    だけどそうせざるを得ない事情は
    格安の高速バスになど乗ることがない人達には
    わからないことなのだろう。

    不安に思うことの結果は大概良くはない。
    不安のない生き方を選んでもらいたい。

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    グラスの中の光
    - 2016/01/04(Mon) -
    画像1

    憂鬱な年末年始もようやく終わった。

    とはいっても世間では1年の区切り。

    皆様にとって幸せな1年でありますように。


    齢を重ねながら どじの生きた何倍もの時間を生きている自分。
    恥ずかしいことだと思いながら
    苦しいことだとも思いながら
    死と比べれば なんて軽いのだろうと思う。

    泣き 笑い 
    時には楽しみながら生きている。
    申し訳ないという思いを抱きながらも
    生きているのだから
    せいぜい頑張って 生きていこうと思う。

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    なんでもあり
    - 2015/12/24(Thu) -
    年末年始は憂鬱だ。
    例年の如く今年の暮れもため息まじりに、
    それでも事を淡々とこなしている。

    雨も上がったし。
    広告に載っていた、2日間限定の安値が忘れられないので
    自転車をぶっ飛ばし・・(たいところだけど最近は慎重)・・
    て、とろとろと買い物に行こうと思う。
    もちろん安全運転で。

    だけど街はクリスマス。
    クリスマスくるしみます と カビが山盛り生えたダジャレを言いながら
    ぼちぼち行こうかと思いつつまだPCに向かってる。


    12月の初めごろ、マイナンバー通知カードの配達に来られた郵便局員さんに
    「年賀状まだでしたなら」と賀状の購入を勧められたけど、
    あいにく 賀状は出さないのでとお断りした。

    いつもはいただいた方にだけ、寒中見舞いをお返事として出していた。
    今年はそれさえも書けなかった。
    一昨年も出せなかったけど
    その年は頑張って暑中見舞いを出した。
    今年は それもできなかったわけね。
    甘いといえば甘い精神。

    気力を出せばできることが できない
    のは 少々病的でもある。
    とにかく無気力なのです。
    感謝の気持ちはあるけれど
    形にしなければ相手には伝わらない。

    事故後早い時期に年賀状を復活していれば、
    習慣化して出せたのかもしれない。
    でもその機会がないまま、今になり
    たぶん、今後もずっと出せないだろうと思う。

    それでも今年こそは、寒中見舞いを出そうと・・
    心に決めてはいる。
    その前にお断りすれば良いことであるのに・・
    さて どう書こうと思うと もうペンがストップする。
    くださる方には、大変失礼な話です。


    先日引き出しを整理していたら
    事故前に作っていた年賀状が出てきた。
    毎年恒例、木版多色刷りで作っていた。
    デザインを考えて、彫刻刀で掘る。
    簡単なものが多いけど。

    24年前の申年はコレ
    P1010407.jpg
    時には右側のおさるさんみたい でも
    いい。 
    そうした方がいい時もあり
    そうでない方がいい時もあり
    なんでもありで。
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    世界道路交通犠牲者の日
    - 2015/11/15(Sun) -
    11月の第3日曜日は、
    『世界道路交通犠牲者の日』 です。

    1993年にイギリスのNGO(ロードピース)によって
    「道路交通犠牲者の日」が行われ、
    その後ヨーロッパを中心に支持が広がり、
    2005年10月26日の第38回国連総会で毎年11月の第3日曜日を
    『世界道路交通犠牲者の日』 とすることが決議された。


    春と秋の交通安全運動では、
    全国的にイベントが行われ周知されていますが、
    この11月の犠牲者の日は、ご存知ない人が多いと思います。

    この日に合わせ、交通安全啓発活動を行っています。

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    京都で行うようになったのは数年前からです。
    毎年、京都府警と、京都犯罪被害者支援センターさんに
    ご協力をいただいています。
    大学生さん達がボランティアで来て下さる年もあります。
    ご協力があって、私達もスムーズに活動が行える。
    感謝しています。

    今年は場所が変わりいつもよりは人が少な目で、
    多くなってきた頃には 残念、
    時間切れとなってしまいました。

    それでも最後まで
    一人で、または家族で、
    熱心にパネルをご覧になって下さっていました。


    安全は、ハンドルを持つ 「人」 の手に委ねられています。
    その 「人」 によって
    結果が大きく変わってしまいます。

    犠牲者の日があるという現実を、
    いつも心の片隅に留めて欲しい。
    加害者にも被害者にもならないように、
    自分達の命も、他人の命も大切に
    守っていただきたいと思います。

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