ブレーキとアクセル
    - 2016/12/06(Tue) -
    交通事故のニュース
    いつまで経っても目にしますね。
    死亡者が少なくなったからと言っても
    交通事故が特に減ったわけではないのです。
    痛ましい事故も多くて、胸が潰れるような気持ちになります。

    ブレーキとアクセルの踏み間違いも多いですね。
    高齢者に多いとは限りません。
    ほんの少しのことで、間違えるものだと思います。

    以前このブログでも書きましたが、
    私も ブレーキとアクセルを踏み間違えたことがあります。

    その時、少し急いでいました。
    車に乗り込み、発進。
    駐車場から県道まで50メートルほどあり、
    一度左折してから、県道に出ます。
    左折するまでの間に段差があり、
    5メートル程下り坂になっています。

    アクセルを踏んで駐車場を出て、その少しの坂道の手前で
    ブレーキを踏みました。
    だけど全く速度が落ちない。
    焦って更にブレーキを踏みました。
    なのに更に加速する!!
    ブレーキが利かない!おかしい!!何故!?
    そこでやっと、踏み間違いに気付きました。

    僅か30メートル程の間です。
    気付くまでに数秒かかっています。
    誰もいなかったから事故にはならなかったけど、
    もしご近所の人が歩いていたら、
    撥ねてしまっていたかもしれない。

    それまで、ブレーキとアクセルの踏み間違いなど
    起こるのがおかしいと思っていました。
    自分がそんな間違いをするわけがないと思っていました。

    でも踏み間違いをするには、理由があったのです。
    急いでいたので車に乗り込んだ時に、
    体の向きが少しずれていたのです。
    目は前方を向いているので、
    体の向きがずれていることには気付いていない。
    アクセルを踏んで、次にブレーキを踏むという行為のなかで、
    右足をブレーキに移動させたつもりが、
    同じアクセルを踏み込んでいたのです。

    正しくブレーキを踏んで止まった時、
    冷や汗がどっと出ました。
    事故を起こさなくて良かった。

    その時私は30代でした。
    どじが事故に遭う、数年前のことです。
    その後は乗車の際には、一度落ち着くという、習慣がつきました。

    踏み間違いをすれば警告音が出る装置があると、
    ニュースが伝えていました。
    人は間違いを起こすもの。
    安全を機械に頼れるのは、安心出来ますね。
    全ての車に安全装置があれば、もっとよいのですが・・。

    それでも、運転をする人の心構えが一番、大事です。
    自分だけは大丈夫、と思わずに
    簡単に凶器となる車に乗るのだということを心に留めて、
    安全運転
    どうぞ よろしくお願いします。

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    世界道路交通犠牲者の日
    - 2016/11/21(Mon) -
    色を増してきた木々には目を向けたくないけれど
    こんな日常は撮りたくなる。
    20161114.jpg

    秋は辛い季節だけど
    家にこもることはなかなかできません。

    昨日は、交通安全啓発チラシの配布を行いました。

    11月の第3日曜日は
    世界道路交通犠牲者の日です。
    交通犯罪予防のため、道行く人達に
    安全運転をお願いしています。

    今年も昨年と同じ、
    イオンモールKYOTOの広場にて行わせていただきました。

    交渉してくださったおかげで、
    当日、出入りの多い場所でも配布できるようになり、
    準備していたチラシや風車、全て配布できました。

    毎年京都犯罪被害者支援センターと
    京都府警の方が協力してくださいます。
    今年は京都市役所の方もご協力くださいました。
    そのおかげで私達の活動もスムーズに行えます。
    感謝です。

    風車
    20161121.jpg

    無視していく人もいますが、
    受け取って、じっくりと読んでくださる人もいる。


    交通事故はなくならない。
    死亡者の数は減ってはいても
    事故後24時間を過ぎた死、
    重い障害を残した人の数は含まれない。

    人間の体など脆いものです。
    鉄の塊の車にぶつけられたらどうなるか、
    誰もがわかることなのに。

    自分のこととして捉えられないから。

    交通事故は他人事です。
    だから運転中にゲームも出来る。
    電話しながら運転も平気。
    ルールだってマイルール。

    その結果、事故を起こして
    大きな不幸を他人に与えてしまう。

    いい加減気付いてくれないかな。
    事故を起こさないでいるのは
    たまたま運が良かっただけなのだということを。
    周囲が危険を察して、避けている時も多いのです。
    そのことに早く気付いて欲しい。
    避けられない事故など、殆ど無いに等しいのですから。

    自動ブレーキ、自動運転など
    安全に運転出来る車が開発されているけれど
    全ての人がそんな車に乗れるわけじゃない。
    自分の運転に自信を持つ人の中には、
    そのような車には 乗りたくないと思う人もいるかもしれない。

    だから大事になるのは 心がけ。
    それぞれが意識を変えていくこと。
    ハンドルを握るその手に
    自分の、他人の、 
    命が委ねられている。

    安全運転 お願いします。

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    悼む
    - 2016/11/16(Wed) -
    事故現場で
    手を合わせたことがなかったのです。


    他の人の事故現場なら できる。
    その人の死を悼み 
    遺されたご家族の心の安らぎを願い
    手を合わせることはできるし 
    したいと思う。


    でも 
    どじが死んだ場所で手を合わせることは 
    できない。


    今まで事故現場で
    掃除をしても 花を置いても
    通りかかっても
    手を合わせたことは 一度もなかった。
    心はいつも一時停止。
    笑うこともなく 泣きもしない。


    自分の子供が命を終えた場所で 
    冥福を祈り 手を合わせる。
    そんなこと できるわけがないのです。

    怒り 悲しみ 苦しみの
    負の感情で満ちている。
    空間もどんよりと曇り 重い。
    事故現場はそんな場所。


    だけど今年 
    初めて私は、 
    事故現場で手を合わせたのです。


    掃除を終え 花を置き
    その場所を去る前に、
    膝を折り 腰を落とし
    自然に手を合わせることができたのです。


    自分を解放したことが大きかったのかもしれない。
    その他にもいろいろと 
    想うことも 気付いたことも
    たくさんあった1年だった。
    そのおかげで 素直に手を合わせられたのかもしれない。


    19年の月日が過ぎた日、
    命を終えた その場所で
    心からどじを想い 悼むことができた。


    少し 進むことができたような気がしている。


    もう始まっている これからの1年も、
    どじと一緒に 進んでいこうと 
    思っている。

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    手を合わせる
    - 2016/11/07(Mon) -
    11月に入ってからいろいろと用があった筈なのに、
    何もしていないような。

    と感じるのは多分 
    断食をしていないからだと思う。

    何か物足りない。

    7月にやめてから、断食をする代わりに
    月命日には、あることをしようと決心をした。
    だけど忘れている月もあったから、
    まだ 習慣になれてない。

    明日、
    祥月命日には ちゃんと行おうと思う。


    今日はいつもの年のように
    花屋へ行き 花束を注文し
    夜になるのを待ち、
    闇に紛れて事故現場の掃除をし、
    花を飾った。

    やっぱり食事をしていると 動ける。
    いつもはふらふらしているのに・・
    と 偉そうに言ってはいても、
    断食をした期間は、たった3年と半年。

    禁酒はしているけど。
    それほど苦しいことではない。
    だから物足りないような気がする。
    もっと自分に苦しみを
    与えなければいけないような気がする。

    でも許そう 自分を。


    掃除が終わり 花を置き
    帰る前に初めて私は 
    手を合わせた。

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    1年の区切り
    - 2016/11/01(Tue) -
    ずっと書く気になれなくて、
    ブログさぼってました・・。

    今日から11月。
    初心に戻り、また書き始めたいと思います。

    今年は夏が終わっても、いつまでも気温が高かったですね。
    季節の流れをあまり感じられませんでしたが、
    カレンダーは今日から11月。
    それに合わせたかのように、
    10月末頃から寒さを感じるようになってきました。

    10月は何かとすることがあり、
    命日の準備なども全然していなかったのですが、
    (私にとっては、命日が1年の区切り)
    11月になった途端に切り替わりました。
    今日から家の掃除を始めています。

    今年も断食をするつもりでしたが、
    夏の初め頃からあまり体調が良くなく、
    また春頃から体重減少が始まって、
    ちょっと断食は控えた方がよいと思い
    7月からは行っていません。

    食事も、自然食だから大丈夫などと考えず
    きちんと食べるようにしたからか、
    今は元の体重に戻っています。

    何故痩せたのか? は不明。

    そのおかげで検査を受けるようになり、
    この命、大切にしようと思うことができました。

    ずっと、生きることに消極的だったのは、
    多分、自分に罰を与えていたからだったと思います。

    親として子供の命を守れなかったのに、
    何故私がいつまでも生きているのか。
    それが許せなかったのです。
    だから 健診にも行かなかったし、
    体を悪くして苦しむのも、当たり前だと思っていたのです。

    自分のことしか考えていなかったから。

    でもそれはやめようと思いました。

    死ぬ時が来るまでは、
    命、大切に生きようと思います。

    明日も掃除の続きです。
    窓拭きもしなくちゃね。

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    積み重ねてきたもの
    - 2016/08/21(Sun) -
    北の方では大雨の地域もあるそうですが
    こちらは晴れた日が続き、非常に暑いです。
    昨日は地蔵盆で殆ど1日外にいて
    厳しい暑さにぐったり。

    昨日は夢バンドのコンサートもありました。
    どじの歌は歌われないけど
    年に一度のコンサート。
    先生方(元先生も)の変化も感じられ、
    トークは聞き取れないけれども
    毎年楽しみにしていたのですが、
    残念、忙しくて少しの時間も行けませんでした。
    また来年のお楽しみですね。


    昨日の朝には、お世話になった方の死も知りました。
    既に他界されていて、昨日が四十九日だったとか。

    生命のメッセージ展開催や、「ゼロからの風」の映画上映、
    飲酒運転をなくすための講演などに、ご協力くださった方です。
    断酒会の方で、お酒を断って30年、
    知り合ってからは13年。
    いつも 助けていただきました。

    3月にお話しした時に体調を崩されていて
    その後連絡つかず、心配していたのですが、
    夏になる前に、お亡くなりになっていました。

    昨日は忙しさに考える時間がありませんでしたが、
    一夜明けると寂しさが募ってきます。
    人はいつか死ぬもので、その方の死はある意味、
    自然な流れではありましたが、
    周囲の高齢の方に比べるとまだ若い。
    もっと生きていただきたかったと思います。

    残念ですが、私ができることは
    その方から教えていただいたことを
    忘れずに生きていくことです。

    交通事故に関する活動は今は減らしましたが
    大切なことは他にもたくさんあり、
    微力ではあるけれども関わっていこうと思います。
    その時にはその方のことを思い出します。

    Gさん、今までありがとうございました。

    でも終わりではありません。
    積み重ねてきたもの 心にたくさん残っています。
    多分 これからも助けてくださることでしょう。

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    少し暑さになれてきた
    - 2016/08/08(Mon) -
    青い空に白い雲
    眺めているだけで一日過ごせる。

    とはいえなかなか
    そんな時間は持てないけど。

    夏はやっぱり 
    青い空に白い雲


    いつものように3日の誕生日は
    ちらし寿司をつくり
    例のスイカをつくり

    いつものように6日の原爆の日には
    亡くなった多くの人達の人生に想いを馳せ

    そして今日は8日で月命日
    いつものように カレーをつくる。

    と 淡々と日々を過ごしている。


    それにしても暑い 


    日中は極力外出せず
    永遠に続く身辺整理と手仕事して過ごす。
    いつものように。

    と 変化がないようで
    変化がある 今年の夏


    皆さんは 元気にされてますか?
    熱中症にならないように 気をつけて下さいね。

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    風が梅干しの香り
    - 2016/07/24(Sun) -
    201607 - コピー

    梅雨明けの3日後から梅漬けを干し始める。
    自分が管理しやすい場所で干すものだから
    お天気の良い日でも丸一日は干すことが出来ない。
    一日5時間程度、影になる個所を避けて
    ざるを回しながら。

    それでも赤く おいしそうな色になってきた。

    自分で漬ける梅干しは
    自分の味覚に合って、おいしい。
    1年置くと尚おいしい。

    だけど漬けるようになったのはここ数年で、
    以前1度だけ作って、あとは全然手をつけなかった。
    何故なら、面倒だったから。
    体調が悪くて何もしたくなかったのもある。
    精神的に何もできなかった時期もある。
    疲れていたのもあるし 忙しかったのもある。

    だけど忙しかった というのは言い訳だ。
    と 友人の言葉を書いてみる。

    http://forest0818.blog71.fc2.com/blog-entry-197.html

    友人 いいこと言うよね。


    梅を裏返しながら思う。

    忙しい、面倒だと思い何もしなかったこと
    なんてもったいない時間を過ごしたのだろう。

    確かに面倒くさい。
    でもこの手間と時間が
    豊かなものを手にさせてくれる。

    今年は手違いで、例年より多く漬けるはめになった。
    だけどその分 自分の味を楽しめると思うと、
    ちょっと 嬉しい。

    面倒という言葉を使うと
    本当に面倒になってくる。
    あまり考えずに動くのがいい。
    これからはなるべく 禁句にしていこう。
    という なるべく という言葉をつかうのも、
    自分の味のうちなんだろうね。

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    解放
    - 2016/06/22(Wed) -
    眠れないとき ふと思ったのです。
    今まで (これでも)信じられないくらいに元気に過ごせてこれたのは
    奇跡みたいなものだったと。

    どんなに自分の精神に酷使されても、
    文句も言わず体は応えてくれました。

    体調が悪いと不満に思いました。
    また悪くても無視していました。
    申し訳なかったと思います。

    こんな私を今までよく支えてくれましたね。
    暗闇の中で 心から
    体にありがとうと言いました。


    風邪をひいたり、痛みがあれば治したくて病院に行っても
    積極的に生きていこうという思いはあまりなかったので、
    どんなに痛くても翌日治れば放置していたし
    健診に行こうとも思いませんでした。
    自分が生きている間は 命を味わい生きていくけれど
    家族のためにも食事にも気を遣っていたけれど
    自分の体のこととなると いい加減でもありました。
    これでは家族への責任感も
    ないとは言えないまでも、
    あったとも言えません。

    いつも いつ死んでもいい と
    心の片隅で思っていたからですね。

    そのくせ もし
    余命があとどれくらいか聞かされたら
    きっと おろおろして 
    生きていたいと思うのだろうなと想像してました。
    生きているものは 生きていたいと思うものだから。


    だけど先日、ある男性の方の通夜に行って
    思ったことがありました。

    高齢の方です。
    奥様が優しい方なんです。
    お話しする度に
    気持ちがほぐれるような感じがして
    世の中には 優しい人がいるのだなと
    いつも 思っていたのです。

    家族葬で 参列されたのはほとんどがご親族の方でしたけど
    悲しいけれども ご家族の方にも 笑顔がありました。


    どじの葬儀の時は 私は笑顔になれなかった。
    悲しい 苦しいだけの葬儀でした。
    その気持ちをずっと引きずっています。
    死は終わりではないと感じていても、
    実際にこの世では二度と会えないのだから。

    だから長生きしたくないと思っていました。
    じゅうぶんに長生きな人が
    もっと長生きしたいと言われること、
    毎年欠かさず健診に行く人達のこと、
    そんな当たり前であることを、
    私は少し冷めた目で見ていたのです。


    でも 通夜の様子を見ていて思いました。

    笑顔が出る葬儀って
    いいものだなって。

    亡くなられた方がどんな方だったのかはよく知りませんが
    ご家族を見れば、いい方だったのだなということがわかります。
    入院されていた期間が長かったので、
    漠然と あまり質のよいものではないのかな と勝手に思っていましたが、
    そんなこと 他人の私が知ることができる訳がない。


    優しそうな笑顔の遺影を見ながら思いました。

    子どもを失った悲しみを引きずって生きていくのは
    今日で終わりにしよう。
    もちろん忘れることはありません。
    毎日 ずっと想っています。
    でもそれに囚われるのはやめようと思いました。
    私は私を解放します。

    18年と7ヵ月かかって やっと思えるようになりました。

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    森のくまさん
    - 2016/06/22(Wed) -
    ツキノワグマが人間の味を覚えたとか
    熊にとっては人間は襲いやすいとか
    大変恐ろしい動物のように繰返し伝えるテレビ。
    小動物を襲っている場面を何度も見せたりして
    見る度にため息が出て胸が痛くなる。

    熊が愛らしくて大人しい動物だとは言いません。
    力のある、大きな動物なんですから。
    でもヒグマとは違い、ツキノワグマは
    獰猛ではないと聞いています。

    以前岐阜県の観光駐車場で
    ツキノワグマがいきなり人間を襲ったニュースがありました。
    数人が怪我を負い、
    その熊は射殺されました。

    その時もとても胸が痛みました。

    襲われた人達は恐ろしかったでしょう。
    命を落とさなくて良かったです。
    他にもパニックになった人達も大勢いました。

    熊もパニックだったんですね。

    ニュースによると、人間の残飯を狙っていたのではないかということ。

    要するに、熊のテリトリーに人間が近づきすぎてしまったことが原因です。
    自然に近づきすぎてしまったんですよ。

    自然豊かなところに簡単に行ける。
    人間にとっては嬉しいことですが、
    あまりにも距離を縮め過ぎてしまった。

    近づきすぎて襲われれば
    熊は恐ろしい!殺せ! 
    となる方がもっと 恐ろしい。

    何でも 程良い距離感が大切なのです。
    自然と人
    人と人
    同じです。

    日本熊森協会という団体があります。
    私は会報を見るだけ、知るだけ会員ですが、
    この活動に賛同しています。

    別に頼まれて書いている訳ではないですが、
    熊について思い違いをしている人も多いのではないかと思い、
    ちょっと紹介してみました。
    協会のブログも一度、読んでみて欲しいと思います。

    http://kumamori.org/

    上手に共存していきたいですね。
    亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
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    鎮守の森のプロジェクト
    - 2016/06/04(Sat) -
    今日から梅雨入り。
    時が経つのは早いものです。

    「早くみつかりますように」 の 男の子、
    見つかって本当に良かったですね。
    想定外の場所でしたが、捜索して下さったたくさんの方々に感謝します。


    さて、
    ブログの左のくすのきの写真の上に貼ってあるリンク先、
    クリック募金(ついでにクリックお願いします) と、
    森の長城プロジェクト がありますが、
    プロジェクトの方は7月から名称が変更されます。

    新しい名称は
    「鎮守の森のプロジェクト」
    このブログでも変更しておきました。


    森の長城プロジェクトとは、
    東日本大震災で出たがれきなども入れて丘をつくり
    そこをその土地に適した常緑樹を密植・混植して森とする。
    津波などの災害の際には、森が街や人を守ってくれます。

    震災後数ヵ所で植樹を行ってこられました。
    5月にも宮城県の「千年希望の丘」で植樹活動がありました。
    行きたいと思いましたが、遠くてなかなか行くことが出来ません。


    「千年希望の丘」 とは

    津波で被災した岩沼市沿岸部に丘を15つくり、それをつなぐ園路に30万本の植樹をして森をつくるという千年希望の丘計画は、津波がきた時の避難所になり、さらに威力を減衰させるという役割を担っています。森の長城プロジェクトでは、この千年希望の丘にこれまで20万本の苗木を提供し、植樹の指導を行ってきました。


    (鎮守の森のプロジェクトHPより)


    名称を変え、今後は東北地方だけでなく、
    全国で森作りの活動を行っていくそうです。


    副理事長は生態学者の宮脇昭氏です。
    以前、お世話になった手話通訳者の方にこの方の本を薦められ、
    読んで感銘を受けました。
    その後何冊か読み、
    そして震災後に出版された本で、この活動のことを知りました。

    がれきを使用することに対して問題点を指摘する声もありました。
    専門家ではない私は何が正しいのかはわかりませんが、
    東日本大震災で、正しい 安全だと思われていたものが
    自然の力でいとも簡単に崩壊してしまったことを考えれば、
    どの方法が適正であるのかは、状況や場所によって違ってくるのでしょうね。

    活動は、指摘されたことについては検討し進めていく と
    どこだったか忘れたけど、書いてありました。


    今後全国で活動を展開していくことは、素晴らしいと思います。

    自然が凄いスピードで減少している。
    それが全て人間の手で行われてきた。
    自然に目を向け、再生していくのはとても大切だと思う。

    犯罪が増える 危険が増える、
    という声もまた、出てくるのだろうけれど
    人間に都合のよい環境ばかりではいけない。
    自然は人間だけのものではない。

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    謝罪
    - 2016/05/29(Sun) -
    日々いろいろなニュースがあり
    知るだけで胸が痛むものも多い。

    早く回復されますように
    早くみつかりますように
    大きな悲しみが癒える時が来ますように・・


    オバマ大統領の広島訪問がありましたね。
    オバマ氏が現職大統領として献花された姿に
    癒された人達はたくさんおられたのではないでしょうか。

    謝罪の言葉はなかったけれど、
    謝罪など必要ないと思う人々が多数いる国の大統領が
    その言葉を口には出来ないでしょう。


    安らかに眠って下さい
    過ちは繰返しませぬから


    その言葉に心を重ね 想いを重ねてもらうこと
    その場に行き 行動で示すことが
    大切ではないかと思う。

    小さな(だけど大きな)
    私の体験からでもそう思う。


    謝罪 
    簡単なようで 難しいですね。

    どじの加害者は何も行動しようとしなかったし
    もちろん謝罪もしなかった。
    そのことに対して長い間怒りを感じていたけれど、
    今思えばある意味 
    それでよかったのではないかと思っている。

    謝罪しないことで彼は苦しんだろうし
    それは彼が受けた罰でもあると思う。
    自分が自分に与えた罰なのです。
    口先だけの謝罪をしなかった訳が
    自分に与えた罰だったのなら、
    加害者を少しだけ、尊敬できるように思います。

    でも、私の願望に過ぎないのかもしれない。
    本心を聞く機会を失ってしまって 残念に思う。


    起こしたことを間違いと気付き、
    間違いと気付いたら行動すればいい。
    それがその人の赦しへの道となり
    被害者の癒しにつながるのだと思う。

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    受け入れる
    - 2016/05/08(Sun) -
    連休も終わりました。
    熊本へボランティアに行かれた皆さん、ありがとうございます。

    被災された方は疲れておられるでしょう・・
    出来るだけ早く
    落ち着いて生活できるようになりますように。


    さて
    いつも通る道にあった建物がいつの間にか解体されて
    更地になっているのを見た時、

    ここに何があったのだろう? と
    思いだせないこと ありますね。

    私もよくあるんですよ。
    (観察力・・ないに等しい)
    すぐ近くのご近所さんならわかるんだけど。

    いつもあった建物がなくなり
    新しい風景になる。
    それがいつしか 当たり前になっている。


    今朝 やっと気付きました。
    家でも似たようなことが起こっていたのを。
    違う点は 何があったのかは覚えていて
    ないのに あるとずっと思っていたこと。


    むっちぃが障子に残していた
    羽虫を追った爪のあと。

    いつの間にかなくなってました。

    そういえば家族が障子を貼り変えていた。
    だけど最近じゃない。
    まだ春になっていない頃だと思う。

    毎年、
    または2年に一度、
    爪痕が残る一つの枠はそのままに、
    他の部分は私が貼り替えていた。

    その部分だけ茶色っぽく変色した
    むっちぃの爪痕の残る障子は
    日常目にするもので、
    そこにあるのが当たり前。
    通る度に意識して見ていない。

    いつの間にかまっしろな障子に変わった時、
    むっちぃの痕跡もリセットされたかのように
    その風景をそのまま受け入れてしまっていた。

    今朝目覚めて、むっちぃの爪痕残っていただろうか?と
    気になり見に行って
    ようやく ようやく気がついたのだ。

    ずっと 爪痕が残っていると思いこんでいた。
    一日に何度もその横を通っていたのに。

    記憶と現実が重なっていない。
    爪痕のない現実を目にしていても
    爪痕はずっとそこに存在している。


    どじも 似たようなものだ。
    いつも どこでも 存在している。


    ちら見していたテレビの
    東日本大震災のビデオレターの番組で、
    友人達やご近所の人達や、
    3人の家族を失い
    今高校生になった子が、

    乗り越えていくことはできないだろうけど
    受け入れていくことはできるかもしれない

    と 話していた。

    その通りだと思う。


    むっちぃの爪痕と どじ
    現実にはないけれど
    ずっと存在していると思うのは、
    受け入れられるようになってきた
    からなのかもしれない。

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    たけのこご飯
    - 2016/04/17(Sun) -
    たけのこをいただいたのでたけのこご飯を炊いた。

    という日常を送れることのありがたさ。


    熊本の地震で亡くなられた方、そのご家族、
    被災者の方々・・
    とてもお辛いだろうと思う。

    熊本にはお世話になった人もいる。
    関わった人達 それぞれのお顔・・忘れてしまったけど
    雰囲気はずっと覚えている。
    その時だけで、別れてからはお付き合いは途絶えたけれど
    熊本と聞くと思い出していた。
    今はどうされているだろうか。 

    自宅が火事で半焼した時さえも
    ようやく落ち着いたのは半年を過ぎてからだった。
    地震で住む場所を失えば(東日本大震災もそうだけど)
    元の生活に戻るには、大変時間がかかるだろう。

    一日を生きる。
    あせらず 無理せず
    積み重ねていくしかない。

    生きるということは
    創り出し 壊し 壊され
    壊れたものを修復していく作業を
    繰り返しているように思える。


    テレビでは被災地が映し出されている。
    それを見ながらたけのこご飯を口にする。

    普通の生活を送っている自分が
    被災者の方に申し訳ないと思いながら、
    また 普通に過ごしている人を
    うらやましいとも思いながら、
    今を味わって 生きている。

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